72 ローザ
宿の部屋に戻ったら、姉さんたちがもう帰ってた。
そして知らない銀髪の女の子がベッドに眠ってる。
姉さんに疑問の視線を向けると、廊下に連れ出された。
「姉さん、あの子は?」
「ローザちゃんはねえ……」
姉さんの話によると、あの銀髪の子――ローザは町中で虐められた時姉さんたちに助けられたらしい。
助けたのはいいけど、よく見るとローザは傷だらけで放っておくにもいかず、それでポーションを飲ませて連れて帰った。
彼女はよほど疲れているのか、食事してる途中に寝ちゃったみたい。
ローザが虐められた原因は、ブライデン人だからだ。
色んな人種がいるフォルミド王国と違って、ルイボンド邦連の人口の九割以上がルイボンド人なのだ。
残り一割未満は他国人かハーフリング、後は幾つかの少数民族がある。
ブライデン人もその一つだ。
しかし少数民族と言っても、ブライデン人は別に貧しいというわけじゃない。
ルイボンド全体から見れば、実質人口の一パーセントにも満たぬブライデン人だが、その団結力故に、ほとんどが中流階級、もしくは軍や朝廷などに属している。
多くのブライデン人も商業的成功を収めて、それで各領域の同族を支援して、才能あるものを続出してきた。
しかしプロイセンは今の皇帝、セルリン二世の代になってから、ブライデン人排斥の政策を取り、多くのブライデン人は何らかの形で迫害を受けている。
国民もそれに乗っかって、ブライデン人を敵視している人が多いらしい。
「なるほどねぇ、それでその子はどうする、家まで送る?」
「それが、ローザちゃんはこの町の人じゃないの」
「どういうこと?」
「ローザちゃんは、コーデリア大尉の妹なのよ」
「へえ、そういえば大尉も銀髪だったな」
大尉は自分が嫌われるものだと言ったな。
ブライデン人であることと関係あるかもしれない。
「ローザは元々プロイセンの南部に暮らしていたけど、スロウリ峡谷の事を聞きつけて姉が心配だからブライデン町に来たって」
「子供一人で? 無茶な」
「一応、知り合いの行商人と一緒に来たけど、その人はもう町を出ちゃったって」
「ここに来たら大尉に会えるってわけじゃないのに」
軍人の駐留地は軍事機密だから、親族とはいえ民間人に詳しい場所を知らせるわけにはいかない。
それにスロウリ峡谷はもうダンジョンに化しているし、そもそも駐留する理由がなくなった。
遭難した部下を助けた後、どこかに移動した可能性は大いにある。
「となると家に帰すってのも無理か」
「そうね、大尉に連絡するのも難しいし」
顔と名前が分かるから、通信は使えるけど、事前に了承を取らないとマナー違反な気がする。軍隊は外界からの通信を遮断しているとも聞いている。
そもそもたとえ妹がここに居るって知っても、大尉が軍を離れてここに来るわけがない。
そして隊商に同行してる俺たちはローザを送ることができない。
「まあ、少し金掛かるけど探索者を雇って送ってもらおう」
「そうね、そうする方が一番だわ」
話が決まった後、俺は宿にもう一部屋を借りることにした。
探索者を雇うにしても、当日で出発するのは恐らく無理だ。
ローザの身体も暫くまともに動けないし、今日はここで休んでもらったほうがいいだろう。
部屋に戻ったら、ちょうどローザが目を覚ました。
さっきはちらっと見ただけで気付かなかったが、身なりは良さそうでいい家の子供みたい。
「初めましてローザちゃん、俺はフィレンだ」
「フィレンさん、初めまして、です」
「あ、寝てていいよ、まだ怪我が治ってないみたいだし。で、これからのことなんだけど……」
俺はこっちの考えを話した。
しかしローザはコーデリア大尉のことを心配しているようだ。
まあ、元々姉が心配でここまで来ていたし、やすやす帰るわけがないだろう。
「でも、姉上が心配です……」
「コーデリア大尉なら無事だよ、俺たちが見たんだから、今頃はプロイセンの援軍と一緒にいるはず」
「ほ、本当なんですか?」
「うん、本当だよ。な、姉さん?」
「ええ、ちゃんと無事にスロウリ峡谷から帰ったよ、私達と一緒にね」
「ね?だから大尉に心配させないためにも、家に帰ろ? 俺たちは送ってやれないけど、他の探索者を雇えばいい」
「でも、お金は全部取られました……」
「大丈夫だよ、報酬は俺たちが払うから」
「そ、そんな、いけません!」
「気にしなくていいよ、これでも結構稼げているから」
「それでも、そんな迷惑を掛けられません」
「硬いなぁ、じゃこうしよう、俺たちが一先ず払って、後でコーデリア大尉に請求するってのはどう? これなら俺たちの負担にもならないし、正直に言って、ローザちゃんのような女の子を一人にするほうが心の負担が大きいだよ」
「はい、わかりました……それならお言葉に甘えて、ありがとうございます、フィレンさん」
「どういたしまして。ローザちゃんって礼儀正しいよね、言葉遣いも綺麗だし、結構いいお家かな?」
そう聞くと、ローザの顔が急にぱあと明るくなった。
「はい、チェルニー家に爵位はありません、家財も決して裕福とは言えませんが、代々プロイセン皇帝を支えてきて誇り高き家族です。我が家の先祖様は――」
ローザの話をまとめると、初代チェルニー家の当主はプロイセン建国の皇帝とは親友だったらしい、そして建国したのち、莫大な武勲を上げたのにも関わらず爵位を拒めて、自分は武にしか能がない武人だから地位なんていらない、皇帝の剣として威を振るう立場が欲しいと申し出た。
やがてそれが美談となり、一種の伝統になった。だからチェルニー家は貴族ではないが、代々の当主はチェルニーの姓を受け、近衛か一軍の将を任されていた。
「なるほど、忠義篤き人達だね、チェルニー家は」
「ええ、姉上もまさに滅私奉公が服を着て歩いてるみたいなお人なんです」
「ははっ、コーデリア大尉が好きなんだね」
「はい、尊敬しております!」
良い子だ。姉好きに悪い子はいない。
「あ、もう一部屋借りることにしたんだ、依頼を受ける人が来るまではそっちに住もう。大丈夫、これも請求するから」
「はい、わかりました」
姉さんに頼んで、ローザを彼女の部屋に運んだ。
それから皆で少し遅い夕食をした。
姉さんたちが買って来た食べ物はすっかり冷めてしまったけど、アイナさんの加熱金属を使って、姉さんも台所を借りて温め直した。
「そういえば皆は何を買ったの?」
「服を買ったの、あとで見せるわ」
「それは楽しみだな」
「フィー君のお土産は?」
「あ、そういえば」
俺は今日買ったものを取り出した。
「はい、これはアイナさんの」
「え、私の?」
吃驚したアイナさんに、俺は鬱金色のヴェールを渡した。
「あ、ありがとうございます!これは……ヴェールなんですか?」
「これなら耳を隠せるし、戦闘でも簡単に外れない。ずっとフードを被ってるよりはいいだろう?」
「綺麗な色、それと作りも丁寧なんですね……」
「付けてあげるね」
うっとりとヴェールを見つめてるアイナさんから取り上げ、その頭に被せてあげて、留め具もつけた。
少し大きめなヴェールがアイナさんの笹穂耳をすっぽりと隠して、明るい色のヴェールがアイナさんの碧色の髪と着映えしてて、レースの部分が良いアクセントになった。
さすがパウロさんが紹介した店だ、あとで礼を言わないと。
「うん、やはりアイナさんの碧色の髪と良く似合ってるね。そういえば今日髪型変えたね?」
いつもは背中に流しているアイナさんのロングヘア、今日は三つ編みにして肩の前から垂らしている。それでも普通に太ももくらいに届きそうな長さだけど。
「ええ、この方が動きやすいし、今日は人混みが多いですから。似合ってませんか?」
俺の言葉を聞いて、アイナさんは三つ編みの尻尾をいじりながら少し心配そうに言った。
「いや、お淑やかな感じで似合ってるよ、どこかの淑女みたいだね」
「ほ、本当なんですか、ありがとうございます! 嗚呼、これはフィレンさんからの初めてのプレゼントなんですね、ずっっと大事にします、ずっと……ぐずん」
「あああ、ほら泣き止んで」
ぽろぽろといつものように泣き出したアイナさん。
俺は慌ててハンカチを取り出してその涙を拭いてあげた。
なんだか施設に居た頃、泣き虫の子供の世話をしていたことを思い出す。
「ずっと大事にします、誰にも開けない最高に強固な箱を作って仕舞っておきます!」
「いや付けてくれよ」
そのために買ったのだから。
「そしてこれは姉さんの」
「あら、ありがとう。これはもしかして《巨人の籠手》? ふふ、フィー君覚えてくれるんだ」
「勿論だよ、俺が姉さんとの約束を忘れるわけないだろう。でもそれはただの《巨人の籠手》じゃないぞ」
「そうなの?」
俺は店主から聞いた話を述べた。
「そうなの、ソラリスさんのお家の」
「お姉ちゃんの家の……」
「ルナちゃんの家でもあるからね」
どうもルナちゃんはラッケン家の一員である意識がないようだ。
まあ今までの処遇を考えれば仕方ないか。
「というわけでルナ、あとでリースに使っていいかって聞いてくれない?」
「あ、はい、でもお姉ちゃんなら多分良いと言ってくれると思うの」
「む、フィレンさん、新しい装備を買いましたね」
いつの間に泣き止んだアイナさんがずいっと近寄った。なんか目が怖い。
あ、そういえば――
「『何か装備品が必要になる時、是非私に任せてください』って言ったじゃありませんか、浮気なんて酷いです!あんまりです!」
「いや浮気って、別にそういうわけじゃ」
アイナさんの気迫に攻められて、なんだか本当に浮気の言い訳みたいなことを言った気分になった。
「職人にとってそれが浮気です!」
「えっと、そうだ、これは元々アイナさんに依頼したいもの、むしろアイナさんにしかできないことだ!」
「え、私に?」
「ああ、これは籠手なんだけど、姉さんは格闘士なんだから、さすがに魔道具で殴るわけにもいかないだろう?」
「ええ、そういえばそうですね」
「で、ゴーレム魔術には魔道具の形を変える術があると聞いたけど、指輪かなにかに変えて貰えるか?」
「指輪はダメよフィー君」
俺が必死にアイナさんに言い包めようとしてると、姉さんが割り込んだ。
「え、どうして?」
「フィー君からの初めての指輪は魔道具じゃなくて、ちゃんとしたものが欲しいなあ」
お茶目っぽいにウィンクした姉さん。
ああ、そういえば姉さんにはいろいろ贈ったけど、指輪だけはまだだったね。
なんとなくだが、いずれ贈るつもりではあるけど。
「ん? 姉さん、《死配者の指輪》着けているじゃん?」
「あれはフィー君が買ったわけじゃないからノーカン」
「ああ、わかった、いつかちゃんとしたものを用意するさ」
「ふふふ、期待しているわ」
俺と姉さんが見つめ合っていると、今度はアイナさんが割り込んできた。
「いちゃいちゃしないでください、私は怒っていますよ!」
「あ、ああ、勿論分かってるよ。これはあくまでアイナさんに新しい装備品を作ってもらうために買ったものだから、それでいいじゃないか」
「む、それなら……」
「アイナさんなら、きっともっと良い物に仕上げると信じてるよ」
「ふぃ、フィレンさん……そんなに私の事を信じて」
「ああ、なんだってアイナさんは白樺の森一の神工匠だろう?」
「はい、分かりました、絶対に素晴らしい一品に仕上げます!」
ふぅ、なんとか誤魔化せたな。
さて、最後は。
「で、これはルナの」
「ありがとうフィレンさん。これは髪留めなのね、でもどうして二つなの?」
ルナは作りが同じの金色と銀色の髪留めを手に持って、首を傾げている。
「この銀色のはルナちゃんの、金色のはリースへのお土産、フォルミドに帰ったらルナが渡してあげて」
「あ……!」
「姉妹お揃いのほうがいいだろう?」
「ありがとうフィレンさん!リースお姉ちゃんもきっと嬉しいなの!」
「どういたしまして」
ルナの頭を撫でながら、俺はスーチンに話しかけた。
「ごめんねスーチン、何かいいもの思い付かなくて、代りにデザート一杯買ったから、一緒に食べましょう」
『ううん……嬉しい……ありがとうございます』
「それは良かった、じゃそろそろ食事しよう」
「えっとフィレンさん、私は食べれませんが……?」
あ、そういえばアイナさんはまだ俺達と一緒に食事したことなかったな。
アイナさんが来てからは移動ばかりで、宿に落ち着くことができるのは今日が初めてだ。
「大丈夫だよ、姉さんがなんとかするから」
「はぁ……」
その後、俺たちは遅れた食事を取った。初めて姉さんの《神降ろし》を体験したアイナさん最初は戸惑ったが、やがて百年ぶりの食事の味にわんわん泣いちゃった。
食事の後、皆で色とりどりのデザートを楽しんだ。あまりにも大量な甘味に俺はまっさきにダウンして、小柄のルナが最後まで頑張って、リースのように頬を膨らんでいた。それを見て、スーチンはデザートを味わいながらクスクスと笑って、は終始楽しそうだ。
翌日、プロイセンがポーランに宣戦布告した。




