71 それぞれの一日 SideF
※三人称視点です。《フィレンツィア》の女子陣の一日をご笑覧あれ。
《フィレンツィア》のサブリーダー、レンツィア・アーデルの朝は早い。
アンデッドの身体は疲労と無縁である。
しかし肉体と繋がる魂がある以上、その肉体から齎す膨大な情報を整理するため、意識を一時シャットダウンする必要がある、それが魂の睡眠というものだ。最も、それは数日に一度くらいの頻度であれば十分であり、動物のように毎日取る必要はない。
魂の睡眠は効果だけ見れば、アイナリンドを封印してた術、深遠なる凍結と似ているかもしれないが、これは短時間に能動的な動きを遮断するだけで、外界からの刺激をある程度受ければ解けてしまう。
今も、レンツィアはカーテンのない窓から差しこむ太陽の光に目を覚ました。
横に寝ているフィレンを起こさないように身を起こし、ベッドの縁に座るレンツィアは、フィレンの頭を膝の上に移して、これで一ヵ月ぶりの日課が完成。
どちらかというと警戒心の強いフィレンだが、レンツィアのなすがままにしていた。いいえ、むしろ寝返った拍子にレンツィアに抱きついた。
「あらら」
膝枕は日課だったが、こうやってフィレンが無意識的に甘えるのは珍しい。
今日はラッキーだったねと思って、嬉しそうに笑顔が咲いたレンツィアは、フィレンが起きるまでそのまま一時間以上フィレンの寝顔を愛でていた。
弟との朝のひと時を終えたレンツィアは、フィレンを見送った後、ルナたちを起こしに行くことにした。
ハーフヴァンパイアのルナは普通に眠りにつけるが、それに憑いてるスーチンとリッチであるアイナリンドは前述の通り魂の睡眠を取ればいいので毎日寝る必要はない。
だからレンツィアがルナたちの部屋に入った時、アイナリンドは何かの作業に没頭していて、ルナとスーチンは普通に眠ってる。勿論ルナたちの部屋は自前のカーテンをつけているから、日光が入ってくることは無い。
さてはともあれ、フィレンが出かけて一時間後、《フィレンツィア》の女性陣も出掛ける準備を整えた。しかしいざ出掛けようとすると、どこに行こうか決めてないと気づく四人でした。
今日は女の子たちだけで買い物しに行くって決めるのはレンツィアだ。
スーチン、ルナ、アイナリンドもそれがどういうことなのかよく分からないけど、三人とも一人ぼっちの経歴が長いから、こういう行事にわくわくしていた。
しかしレンツィア自身も、普通の女の子の生活とは縁遠かった。
施設に居た頃は幼い子供の母代りに、施設を出てからは探索三昧だったから。
「今日は何をするの?」
子供の純真な疑問に困り果てるレンツィアであった。
「うーん、とりあえず服を買いに行きましょう。アイナさんもルナちゃんも、あまり服持ってきてないし」
「でもあたしはローブがあるの」
「私もこれを外すわけには行きませんし」
と、二人は自分の着ているフード付きのローブを指してる。
ルナの魔道の衣は戦闘に役が立つ上、陽光を遮る役目もあるから脱げるわけにはいかない。
そしてアイナリンドのローブは精霊の外套という、自然環境と同化して、身を隠すことができる魔道具。
勿論両方とも高価な魔道具だが、それ以上二人には脱いではいけない理由がある。
ルナは陽光を浴びると肌が火傷する、そしてアイナリンドはエルフの証である笹穂耳を晒しては騒動になるからだ。
「いいのいいの、たとえそれでもお洒落しなくちゃいけないのだよ、女の子は」
「そうなの?」
「そういえばイアヴァスリルちゃんもよく新しい衣装買ってくれました」
「そうよ、アイナさんは綺麗だからきっとなんでも似合うわ、勿論ルナちゃんもね」
「そ、そんな、私が綺麗なんて」
「はぅ、あたしもなの?」
「そうよ、ルナちゃんはお人形さんみたいに綺麗だから、ちゃんとおめかししてればきっとお姫様みたいになるわ」
ルナの頭を撫でながら、レンツィアはそう言った。
実際、姉のソラリスほどじゃないが、ルナの顔立ちも充分整っている。
陽光を避けるため、そしていまだに治らない人間不信のせいでいつも俯き加減だが、根は素直で、たまにフィレンに甘えてくるし、もしくは褒められる時の心の底からの笑顔が長旅の癒しでもある。
『レン姉ちゃん……私は……?』
自分が綺麗かどうかは特に気にしないが、なんとなく仲間はずれは嫌なので、スーチンはルナの体から浮かび上がってそう聞いた。
濡れガラスのような長い黒髪を足元まで伸ばし、異国の華美な服を身に纏うその姿はまるでアンティークドールのようで幼いながらも十分目を引く容姿である。
「スーちゃんは元々お姫様だから、もっと綺麗になるのよ」
『私も新しい服、買えます……?』
「ええ、買い物は無理なんだけど、スーちゃんの新しい服はお姉ちゃんに任せなさーい」
『ありがとう……ございます』
「皆素材はいいから、似合う服見つかればそこいらの男じゃ放っておけないわ」
「えっと、ヒューマンの男の関心を集めてもいい事はありませんと思いますけど……」
「あら、それはフィー君に見てもらわなくてもいいってこと?フィー君は綺麗な女の子に弱いから、アイナさんが新しい服着てたらきっと喜ぶわよ。フィー君をドキドキさせたくないの?」
それを聞いて、急に慌てだしたアイナリンド。
「え? フィ、フィレンさんは別というか」
「というか?」
「させたいです……」
恥ずかしさに俯いたアイナリンドは、その形のいい目元を隠すように、柔らかい波を打たせる碧色の髪を目の前に垂らした。灰色の瞳で自分の足先をじっと見て、消え入りそうな声で小さく答えた。
「宜しい」
「き、綺麗な女の子、それならお姉ちゃんにもチャンス……」
「ルナちゃんどうしたの?」
「い、いいえ、はやく行きましょう!」
「じゃ、いざ、服を買いに行こうー」
「はいなの!」「はい!」『おー……』
なにはともあれ、四人がこのブライデンに一番混雑で商業活動も活発してる繁華街に来ていた。
宿の女将から大きな古着屋の場所を聞いて、道を訪ねながらなんとか辿り着いた。
ちなみに語学は魔術の基本なので、ミステラ学院の優等生であるルナはルイボンド語も堪能である。
エルフ語にもそれなりに通じるけど、アイナリンドはエルフがヒューマンとの交流を断つ前に生まれたから普通にフォルミド語を喋れる。
「あら、服が一杯ありますね、目移りしそうです」
「これがブライデンの古着屋なんだー」
ブライデンでは、というかこの地域では、既成の衣装を買うには古着屋に行くのが普通である。
古着と言っても店によって質と値段は結構ばらつき、格式のある服も探せばなくもない。
特にこのブライデン一と誇る古着屋は品揃えも良く、値段も合理的、色んなニーズに対応できるから、中階層の市民に男女を問わず人気である。
これよりもっと良い物をお求めの人たちは服屋かブティックに行ってオーダーメイドのを依頼する。
勿論それだと時間が掛かるから、隊商と一緒に移動しなければならない《フィレンツィア》の女性陣には向いてない。
しかし、古着屋にも不便なところがある、
「うーん」
「どうしたの?」
「なかなかぴったりの服が見つかりませんね~」
「そうなの」
体型が子供とほぼ変わらないルナはお洒落な服を探すのに難航しているようだ。
それとは逆に、暴力的なプロポーションを持つアイナリンドに着れそうな服も中々見つからない。
レンツィアもどちらかというと着れる服が少ないが、この二人ほどではない。
「大丈夫よ、帰ったら私が丈を直してあげる」
「レンツィアさん裁縫もできるの?」
「ええ、なんなら気に入ったデザインがあったら布を買って作ってもいいのよ」
「本当なの!?」
「施設に居た頃は良く皆の服作ってたし、フィー君の服も作ってあげたことあるわよ」
「レンツィアさん……凄いです、お綺麗な上でそんなに器用だなんて尊敬しちゃいます」
アイナリンドはよほど興奮してるようで、ガシっと両手でレンツィアの手を握ってる。
「そんな大袈裟な、でもありがとう」
アイナリンドほどの美人に褒められて、普通なら嫌みに聞こえなくもないが。彼女の性格をそれなりに分かってきたレンツィアは素直に賛詞として受け止めた。
実際、方向性が全く違うが、レンツィアもアイナリンドに引けを取らないほどの美しい女性である。
長身でスレンダーな彼女はその赤い髪もあって、人混みの中でも目立ってしまう。そして今日はフィレンが結い上げたハーフアップに合わせて少しお淑やかな服を選んでいるため、普段の野生の猫科動物みたいな健康的な可愛さの他に凛とした気品を感じられる。
入店してからこの三人――スーチンはルナの身体に居るから――が古着屋内外の注目を集めているが、それに気づいてるのはレンツィアだけでした。
「私なんて、料理も裁縫も全然をできなくて、いつもダメアホエルフって言われてました……」
しゅんとなるアイナリンドを見て、どうやってフォロー入れようかと、レンツィアが苦笑いをこぼした。
スロウリダンジョン(仮)からブライデンまでの七日間、アイナリンドはそのドジっぷりを遺憾なく発揮しておいた。裁縫は下手で料理は焦げる、トレーを持たせたら零しちゃう、風呂を用意して貰ったらお湯になる。今朝のホットミルクもレンツィアにポットを持たせて、アイナリンドはただ呪文を唱えてポットに触るだけだった。
しかし、いざ作業道具に触れれば人が変わるように器用になり、八面六臂の働きを見せてくれる。
かと思いきや、作業や考え事に集中しすぎると平地でも転ぶし、素手で真っ赤に燃えてる金属に触って火傷する。それがアイナリンドというエルフである。
「気にすることないわ、アイナさんは職人だもの。そういえばアイナさんのゴーレム、アサシン君とイージデ君かな、練習相手になって貰えるんかしら?」
「本当ですか、名案ですね。でもレンツィアさんにとっては少し手応えが足りないかもしれませんよ?」
やっぱりゴーレムの話になると、すぐ食いついてきたアイナリンド。
「そんなことないわ、アイナさんのゴーレムは変わった戦闘スタイルしているからきっと参考になると思う。それとフィー君とビャクヤもいるしね、本当ならシーちゃんとリアちゃんも一緒に稽古に参加してくれたらいいなと思ったんけど、さすがに見られちゃまずいものね」
「シーちゃんとリアちゃん?」
「ええ、フィー君の八骸の番人、シルヴァーとオーレリア」
「八骸の番人……そんなものまで……ッ!?」
「どうしたの?」
「い、いいえ、なんでもないです」
少し様子が変なアイナリンドだが、喋るつもりはなさそうからレンツィアも深く踏み込まない。
それからアイナリンドも特に気に障ることなく、四人でわいやわいやで服を選び、古着屋を二、三軒を回り、気づいたら昼が過ぎて、そろそろ食事買って帰りましょうとレンツィアが言い出した。
人ごみを縫うように進みながら、露店で串焼きやらスナックやらを買い漁り、宿に戻ろうとした矢先に、
「――薄汚いブライデンの猿が――っ!!!」
「――ブリィの淫売が――!!!」
ルイボンド語での争う声が聞こえた。
振り返ってみたら、大通りに繋ぐ路地の中に三人の男性が一人の女の子を甚振っている。
女の子が地に転げ、身を縮めて声も上げられない位暴力に必死に耐えている。
それを見て、レンツィアは眉を顰めた。
「あれは?」
「ブライデン人がどうのこうのって言ってるの」
ブリィっていうのはブライデン人への蔑称。
プロイセンに入って初めて聞いた言葉だが、悪意に関して人一倍敏感なルナはすぐそれが分かった。
しかしルイボンド語が堪能のルナでも、男たちの言葉が汚すぎてよく聞き取れなかったらしい。
ただブライデン人への罵倒だけは分かった。
「ブライデン人ってたしか銀髪の」
「うん、少数民族って聞いたの」
よく見てみれば、土砂に汚れてるけど、女の子だけが銀髪で周りの男たちが金髪碧眼だ。
女の子に対して、数人の男が容赦なく暴力を振り舞う。
男たちに武器はないが、その蹴りやパンチの一発一発が女の子にとっては致命傷になりうる。
「レンツィアさんっ」
「事情はよく知らないけど、あれじゃ後遺症が残るからね」
《瞬歩》を使って、足が動いた様子が全くないレンツィアはすでに男たちの側に来ていた。
突如現れたレンツィアに面を食らった男たち。
「って、なんだてめえは?」
「ねえ」
レンツィアは口元を吊り上げ、形の良い唇を開いた。
「――キエナサイ――」
それはどこからとも判らない声。
強いて言えば、それは振動だ。レンツィアの魂の振動が男たちの感情に激震を引き起こした。
一部の上位アンデッドかモンスターが持つ力、声だけで恐怖の感情を植え付ける能力。
強さこそ及ばないが、これはガーリック村にてモモ・クマモトが失禁するほど恐怖した白い霧の叫び、もしくは蛇龍の龍咆と同系統の能力である。
本能の奥に存在した最大な恐怖を呼び起こされた男たちは、一瞬で抵抗する意志を手放した。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
「たすけてくれぇぇぇ!」
「ぶるっるううるるる!」
奇声を上げながら、男たちは路地の奥へ逃げていった。
レンツィアは屈んで倒れている女の子を起こした。
「大丈夫……じゃないよね、意識はまだある?」
「……ありが……とう……ございます……」
「これ指が何本か分かる?」
「さ……ん……」
「大丈夫みたいね、じゃポーション飲んで?」
軽く見た感じ、女の子に深刻な怪我などなく、多数な挫創だけ残ってる。
しかし内出血か内臓にダメージに届いても可笑しくはないので油断にならない。
ルナもアイナリンドも治癒魔術を使えないからとりあえず女の子にポーションを飲ませた。
女の子の傷が見る見るうちに回復していくのを見て、レンツィアは満足げに頷いた。
「立てる?」
「はい、ありがとう……あ」
レンツィアの手を掴んで立ち上がろうとしたが、力が入れなくて崩れ落ち、その前にレンツィアに抱きしめられた。
喋れるようにまでは回復したけど、四肢には力が上手く入れないようだ。
「ポーションはちゃんと効いているみたいけど、まだ少しかかるかもしれないね」
「丁度宿に帰るとことですし、一緒に来ます?」
アイナリンドもレンツィアの側まで来てそう言った。
ルナも後ろから心配そうに覗いてる。
女の子は力無く頷いた。
「よし、じゃ決まりね」




