70 それぞれの一日 SideM
朝食の後、姉さんに見送られて、俺は宿を出て、町へ出かけた。
ブライデン町はプロイセン邦の最西方で、フォルミドともっとも近いの都市、そしてルイボンド邦連から見ると、フォルミドとの貿易から大きいな利益を築き上げた町でもある。
ちなみにブライデンというのは、ルイボンドの中にいる少数民族の名でもあるらしい、全邦連では一パーセントくらいのブライデン人の多くがこの都市に暮らしている、とノアさんが教えてくれた。
実際街を歩くと、メデューサさんみたいに金髪碧眼のルイボンド人が過半数を占めているが、コーデリア大尉みたいに銀髪黒目のブライデン人もそれなりの数がいる。
「ふむ、さすが軍事力が高いプロイセン、武器の質もなかなか」
適当にぶらぶらと言っても、特に趣味もない俺は結局装備を揃えるために武器屋と魔道具屋が集中する区画に来ていた。
午前中はここで時間を潰して、午後になったら大通りに食事がてらお土産を探しに行こう。
そう思って適当に魔道具屋に入った。
「すみませーん」
「あいよ、フォルミドのお客さんダヨネーイラッシャイー」
カウンターに立っているのは、中年で少し太ってる男性だ。
よかった、発音が怪しいけどちゃんとフォルミド語だ。
ブライデンはその立地故、フォルミド語が通じる人も結構多い。そもそもフォルミド語とルイボンド語はルーツが近いから、通じなくとも単語とボディーランゲージでなんとかなる、実際宿の用務員たちともそれでいけた。
「これらを売りたいんだけど、見て貰える?」
「イイよー、ってなかなか良いモノ揃ってるな兄ちゃん、探索者ナノカイ?」
「ああ、ダンジョンで掘り当ててな」
俺はソクラテの研究室から持ってきた魔道具を数点、カウンターに並べた。詳しくわからないが、どれも数百金貨に値するはずだ。
正直金はまだあるから別にここで換金しなくてもよいが、このあとの事を考えたらその必要がある。
「ところで、最近戦争が起こるって噂を聴いてるんだけど、どうなの?」
「はっはっは、そんなの収穫期になったら毎年聴いとるワ、そんなの商人どもが値崩れを防ごうと流した噂ダロウガ」
「へぇ、そうなんだ。騙された所だったわ」
「なんだ兄ちゃん、傭兵カイ?」
「逆だよ、戦争なんて嫌だから今の内に出ようかと」
「それがいいだろうナ。まあ、今んとこそんな様子もねぇから安心しナ」
「そうなのか、ありがとう。ところで、アダマンティウムを強化できる魔術師を捜しているけど、何か知らない?」
「え、アダマンティウムってあのアダマンティウム?」
「たぶんあのアダマンティウム」
言った途端、店主の目が点になった。
「兄ちゃん、アダマンティウムの強化はまだ確立されてないんダゼ?」
訝し気に俺を見ている店主。
もし最初からいきなりこれを訊ねたら、冷やかしだと思われて叩き出されたのだろう。
「やっぱりここもそうなんだ」
「どこも似たようなもんだ、まあドワーフ共なら……いやそれも聞いたことねぇけどヨ」
「ドワーフか」
ドワーフ、あるいは山小人は山脈か地底に暮らす種族。彼らは人間より頭二個分くらい低い身長を持ち、頑丈な身体と疲れを知らぬ四肢で山を渡り、地面を掘り、人間では到達すら難しい場所で都市を作り、独自の文明を育む。
しかしエルフと違って、彼らと人間はそれなりの交流がある。生まれてから手先が器用、金属関連のユニーク魔術を操れる彼らは質の良い装備を産出して、人間の世界に輸出している。
「ドワーフの都市はここからじゃ遠いだよなぁ」
「自由都市地域の遥か南方ダシナ」
「まあ、情報ありがとう。じゃなお兄さん」
そう言って、俺は店を出ようとしたが、ひとつの魔道具に目が留まった。
それは一つの赤いガントレットだ。
「これはもしかして、《巨人の籠手》なのか?」
《巨人の籠手》とは、筋力を上げる魔道具だ。
シンプル故にその汎用性が極めて高い、ほとんどの戦士が欲しがる一品。しかしその製作にはかなりの大きさの《龍晶石》と、高位な魔術師の魂の一部が触媒として必要なんだから、絶対数が少ない上に並の探索者では手が出せない。
探索として駆け出しの頃、俺たちも一度目にしたけど、さすがに買えない。珍しくしょんぼりしてた姉さんに、いつか買ってあげると嘯いた記憶があった。
「お、兄ちゃん良い目してンナ。だがこいつはただの《巨人の籠手》じゃない、特別製だゼ」
「特別製とは?」
「通常の《巨人の籠手》は持ち主の筋力を上げる、それだけでも凄いのダガ、このミステラ学院謹製の《巨人の籠手》は、筋力と素早さを上げるの他、戦技をより速く発動させるのだ」
「それは凄いな……ってミステラ学院産なの?」
「ああ、フォルミドの大貴族ラッケン侯爵の特注品だから、この世に一点しかねぇゼ」
リースの家のものかよ!
そういえばアイン・ラッケンは元探索者でミステラともパイプがあるらしい、それなら特注もありえるかもしれない。
ルシウスがラッケン家の家財結構売り払ってしまったしな、これもその一つか。
あとラッケン家は子爵な、実権はあるが歴史が浅いから爵位は高くないとリースが言ってた。
「確かにいいものらしいのだけど、籠手はなぁ」
「どうした、兄ちゃんは剣士だろう、別にいいじゃねぇか?」
「格闘士の人に贈りたいんだけど、なんとかならない?」
格闘士にとって籠手は武器である、高価な魔道具をポカポカと殴るわけにはいかない。
実際今の姉さんの籠手はゴーレムを何体も破壊したせいでもうボロボロだ。
「なんとかって、うちは職人でゴーレム魔術師じゃねぇんだからヨォ」
「ゴーレム魔術じゃなんとかなるのか?」
「魔道具の形を変える魔術があると聞いてナ、この都市にはいねぇが、首都のセルリンなら数人いるはずダゼ」
「ふむ、じゃ買った」
「マジか兄ちゃん、これ金貨五千枚もするんダゼ?」
「ふむ、手持ちは……丁度か、じゃこれとこれとこれもつけとく」
俺は大量な金貨と白金貨、そしてさらに何点の魔道具を取り出した。
ポカーンと目と口が大きく開いた店主。
「気前がいいな兄ちゃん、その気前を見込んで、これらはまとめていい値段で買い取るゼ」
「頼むぞ、まだ珍しいものがあったら来るから」
またブライデンに来るかどうか分からないけど、とりあえずそう言っとけばぼったくられないだろう。
店主に鑑識の魔術を使って貰って、そこには確かミステラの印と説明、それと前の所有者ラッケン家の家紋がある。ラッケン家からの再売買許可もあるから盗品ではない。それを確認して、俺は金を払った。
「マイド―アリー」
店を出た後、適当に他の店を二、三軒を回してたが、どれも戦争の噂については似たような感じでして、真に受けるの一人もいなかった。
そろそろ大通りに行くかと思った時、ノアさんとパウロさんと鉢合わせした。
パウロさんは俺を見かけて手を振った、ノアさんは相変わらず渋い顔している。
「よう、アーデル弟か」
「こんにちは、パウロさんにノアさん」
「今食事のついでに飲みに行こうってところだ、お前も一緒にどうだ?」
「すみません酒はちょっと」
俺も姉さんも酒はそこそこ飲めるけど、姉さんは酒の匂いが好きじゃないらしい。
酒を飲んだ日には、一緒に寝てくれないから俺も酒を控えてる。
するとパウロさんは大袈裟にり首を振り溜息を吐いた。
「なんだつまらん」
「まあ無理強いはよくない。ところで、行商人の奴が抜けたのは知ってるか?」
パウロさんを宥めて、ノアさんが気になることをこぼした。
この隊商の行商人というと、一人しかいない。
「行商人というと、メデューサさん?」
「ああ、やっぱり知ってるか。あいつはブライデンに着いた日に荷物と共に消えちまったんだ」
「消えた?元々ルイボンドが目的じゃないのか?」
「そんなわけあるか、この隊商はポーランまで行って、フォルミドに帰るのが目的だ、途中下車なんて損するだけだ」
この隊商の商人たちはポーランで商品を卸して、ポーランの特産品をフォルミドまで連れ帰るのがほとんどだ。
それに参加費は徴収済みのはずだ、途中下車だからと言って安くなるとはいかない。
つまり下手を打たなければ、普通は隊商と一緒に都市を渡れば渡るほど儲かるはず。
だが、メデューサさんは最初から、ルイボンドにすべての商品をさばける算段があり、そして確実に大儲けする自信があった。
俺はメデューサさんの話を二人に話した。
「……なるほど、にわかに信じがたい話だが、確かにそういうことなら途中で抜けるのは頷ける」
「まあ俺たちも信じられなかった」
というより、例え本当でもメデューサさんのような人と協力するのは危険だと姉さんが判断した。
「あとでこっちからラシードさんと話すから、この件はここだけの話にしよう、無闇に不安させるべきではない」
「わかった、お願いするよ」
ラシードさんは商人側のリーダー役、たとえ信ぴょう性が低くても、一応相談するのが筋だろうとパウロさんが言った。
あの時は信じられないと思って俺達も黙っていたが、メデューサさんが消えた現状じゃ少し現実味が出てるし、商人たちもある程度は考慮してくれるだろう。
この件はパウロさんに任せるとして、俺は別の事を思い付いた。
「そういえば、スロウリ峡谷で倒した黒いゴーレムはどうなった?」
「あれか、お前らが落ちた後動かなかったから回収した」
「それは良かった、買い取りたいなのだけど、幾らになる?」
あれはアイナさん製のブレイダー君というゴーレムだから、できれば回収したい。
正当防衛とはいえ壊したのは俺達だから、せめて残骸を回収したらアイナさんが作り直せるかもしれない。
「金はいらん。あれはお前らが居てから倒せたものだ」
「いやそういうわけにはいかない、依頼中で倒したモンスターは全員の取り分があるのはずだろう?」
コーデリア大尉は依頼人が同行して、形だけ言えば黒姫の依頼の時、リースと同じようにむしろ護衛される側だから取り分はない。しかし《ノアズアーク》はこっちと同等だから半分を主張する権力はある。
「倒したのは俺らではない、お前とレンツィアだ」
「それはあくまで結果論だ、実際の支援は受けていたから全部俺たちの力とは言えないよ」
暫く争ってる俺たちを見かねて、パウロさんは口を開けた。
「ノア、ここは大人の器を見せて素直に貰え」
「しかし」
「お前がいらなくても、仲間の分は取っときな」
「むぅ……わかった、あとで送り届けるから、金はその時に貰うぜ」
「ありがとう、ノアさん、パウロさんも」
「金絡みの調停は腐るほどやってたけど、払いたいのと受けたくないのが争うの見たことねぇぞ、お前ら揃って変人だな」
呆れてるようにパウロさんが頭を掻いて言った。
と、その時。三人の男が近くの路地から飛び出してきた。
「はぁ……はぁ……お、おい、なんで逃げんだよ」
「アホかお前、あの女ぜってぇやべぇって、殺されるわ!」
「ああ、この俺様のシックスセンスがピーピー鳴りやがってるぜ、ありゃ化けもんだぜ、俺様が真っ先に逃げてなきゃ今頃全滅だ」
「逃げてんのにカッコつけんな!って」
何かから逃げてるように、喋りながら走ってくる男たちはノアさんにぶつかった。
ガラの悪そうな男は今頃ようやく俺たちを認識してたようで、ノアさんに睨みつけ、
「あん?てめえなにぶつかりやが――ひぃぃぃ!」
ノアさんの厳つい顔を見て腰抜かした。
「お、おいどうした」
「に、逃げよう!」
「またかよ!」
「この俺様のシックスセンスがピーピー鳴りやがってるんだ!早く逃げないと!」
「ちくしょ!とんだ日だぜ!」
腰を抜かした男を担いで、騒がしい三人は去っていった。
何かなんだかまったく分からない俺、デフォで顰めっ面のノアさん、そして肩を竦めるパウロさんを残して。
「気にすんな、ノアがこの悪人面してるからよくあることだ」
「はぁ……そうなのか」
「よくあってたまるか!」
「んじゃ、俺たちは飲みに行くわ、そっちは?」
「俺は大通りに――そういえばパウロさんはこの都市に詳しいのか?」
「言ってなかったっけ、俺はこっち出身だ」
ルイボンド人なのか、それは知らなかった・
「実は贈り物を探したんだ、何かお洒落な店を紹介してくれないか?」
「ほーへー」
すると、パウロさんはなぜか面白がってるような目で俺を見ている。
「なにその目?」
「まあ、マメな男はモテるっていうし?お宅綺麗どころ揃いだし?」
「いや、そんなじゃないから」
「まあまあ、皆そう言うからわかるさ、なあノア?」
パウロさんがいきなりノアさんに投げた。
思いっきり面白がってるパウロさんと対照的に、ノアさんは眉間にしわを寄せて、心配そうに見えてる。
「ふむ、しかし気を付けよう、女性関係で崩壊するパーティは何組も見て来たからな」
「経験者は語るなぁ」
「昔の話だ!とにかく十分に気を付けよう!」
「あ、ああ、とにかくなにかいい店ないか」
「そうだった、お洒落な店な、任せとけ。ここから大通りに行くとな、まず右に――」
パウロさんの言葉を頭に入れて、俺はブライデンの大通りに足を延ばした。




