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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第三章 死に至る病
45/229

45 ルナを取り戻すため

 


 ソーエンたちが去った後、一時間くらい経ったか、鎧の重量がやっと元に戻り、俺はすぐに立ち上がり、姉さんのほうに向かった。

 今の姉さんは屍霊(ナズグル)のままだ、死葬弔鐘(デス・ネル)の贄として、ロザミアさんの心臓はソクラテのとは比べようもないほど上質であったから、死葬弔鐘(デス・ネル)も本来の効果を発揮して、屍霊(ナズグル)の力は今も姉さんの身体の中に安定している。

 戦う時は黒い霧をだだ漏れすることもなく身に纏い、自分の意志で半霊体化もできる。そして戦いが終わったら霧を体内に吸い込んで、斑模様も消えてなくなり、姉さんの身体は元に戻っていた。

 そんな姉さんがしょんぼりした様子で、ソーエンが消えた方向を見ている。


「ごめんね、ルナちゃん取り戻せなかったの」

「ううん、姉さんのせいじゃないよ」


 実際、あの場で動けるのは姉さんだけだった、その姉さんさえ守れなかったから、誰もできないということだ。

 それより、ルナをどう助けるのが先決だ、しかしその前に――


「フィレンさん、レンツィアさん」


 ロザミアさんの側に膝付いて、放心してるリースの代わりに、レキシントン先生が俺たちに声をかけた。


「あたしの見間違いじゃなければいいのですが……君達はアンデッドなんですよね?」

「姉さんはアンデッドだ、俺は……死霊魔術師だ」


 レキシントン先生が得心したように頷いた。


「では、君が彼女を?」

「ああ、そうだ」


 俺は頷いた。事実だからだ。


「ふむ、なるほど」

「あまり驚いてないですね?」

「いいえ、これでも吃驚していますよ、その歳で一体どうやってそれほどの負のエネルギーを操れるのですかってね」


 そっちか。俺はレキシントン先生の予想外の反応に呆気を取られた。


「怖くないですか?」

「ふむ、フィレンさんはどうやらハーフリングについてあまり知らないようですね」

「どういうことですか?」

「ハーフリングのように死をも恐れない、という諺を聞いたことあります?」

「ありますよ」

「あたしは人間たちとは長いですから、お互いの意識の違いもよく理解しています、どうやら人間は普通、死を忌避するものなんですね」

「そりゃ……そうですが」


 死を忌避する。

 それは死にたくないのと同時に、死に纏わるあらゆる事象について心のどこかで怖がっているということだ。

 たとえば死を意味する、死と連想される言葉や表現を避けるのと、死者お扱う施設を遠ざけるという、人間として至って正常の反応だ。


「勿論あたしとて死にたくはありません、研究を続けなくなりますからね、しかしそれはあくまで楽しみが減りますという意味で、金がないからデザートを我慢します、という程度のものしかありません」

「それは……ハーフリング皆そうなんですか?」

「個人差はありますが、おおむねそうと言えますね……それで、あたしを殺しますか?」

「今はそのつもりはないですよ」

「今は、ですね、できれば殺される前に色々お聞きしたいですけど……今はそんなところではないですね」


 と、レキシントン先生はリースに視線を向けた。

 リースはロザミアさんの側にいて、さっきから微動だにしていない、ずっとロザミアさんの凝視している。

 俺はそんなリースに近づく、声を掛けた。


「リース」

「……」

「リース、ルナを助けるんだろ?」

「っ!」


 リースは面を上げて、俺の視線と向き合った、それは溺れた子供が縋りものを見つけたような表情だ。

 しかしすぐにその目には恐怖と不信に染まって、リースは膝付いてるまま後ずさった。

 ああ、やっぱりと、俺は思った。これが人間として普通の反応だ。


「フィレンさん……あなたは、ネクロマンサーなんですね?」

「ああ、そうだ」


 ネクロマンサーとは、死霊魔術師のことだ。

 秘魔術の一つの系統として、死霊魔術を使う者は勿論死霊魔術師と呼ぶのが正しいのだが、物語とかの中では死者を操り、生者に仇成す者がネクロマンサーと呼ばれている。


「どうして、ここにいるの、あなたの目的は一体何なんですか……?」

「目的か、そうか、まずそこからか……」


 俺は姉さんの方を見る。

 全てを話そうか、と聞いてる俺に、姉さんは頷いた。


「わかった、信じられないかもしれないけど……」


 俺はすべてを語った。ダンジョンで裏切られたこと、フォー=モサに出会ったこと、死霊秘法(アル・アジフ)魂の酷使(ホノリウス)のこと、姉さんをアンデッドにしたこと、そしてフォー=モサの願いと、欠片の適合者を殺すこと。

 とにかくすべてだ、リースの大事な人、ロザミアさんの命を頂いたんだ、その対価として、リースはすべてを知る権利がある。


『……』


 総て語り終わったあとでも、リースとレキシントン先生は黙ったままだ。

 ただしリースはぽかーんと形の良い唇を開いて、レキシントン先生は興味津々に何か考えてるようだ。

 姉さんは俺の後ろに立っている、何も言わないが、もしこの二人が敵意を表すようだったら、一瞬で殺すつもりなのだろう。


「……一つ、聞かせてください」


 暫くしたら、先に口を開いたのはリースだ。


「もしかして、父を殺したのも欠片の適合者とやらだったからですか?」


 やはり気付いたか。

 リースのことだ、俺たちがギルドの人と約束を交わして州長家の依頼へ飛び込み参加したことも知っているのだろう。俺たちの事情を知っていれば、州長家に適合者がいると思うのが自然だ、そしてあの事件で死んだのはルシウスとアイン・ラッケンだけだった。

 もっとも、自分も適合者であることを、リースはまだ知らない。


「その前に、俺の言ったこと信じるのか?」

「いいえ、勿論フィレンさんたちが常人とは考えられない力を持っているのはわかりますが、話のスケールが大きすぎて、今は真実かどうか考えないようにしています」

「そうですね、とりあえず力は本物のようですし、まず真実として話を進みましょう、あとでいくらでも検証できますわ」


 レキシントン先生がリースに賛同した。


「実験には付き合いませんよ?」

「む、そこはどうか」


 俺はレキシントン先生を放ってリースに向いた。


「さっきの質問だが、そうだ、アイン・ラッケンは適合者だったから殺した」

「やはり……」

「ちなみに、リースも適合者だ」

「私が、ですか?」

「そうだ、アイン・ラッケンの欠片は幻術系の力だった、そしてリースの欠片は、その目だ」

「この目が……では、私も殺すのですか?レンツィアさんを助けるために」


 リースは自分の眼鏡に触れながら訊いた、なぜかその目に恐怖はない

 俺は、当然のように頷こうとしたが、言葉が上手く繋がらない。


「いつかは殺す、つもり、のだが……」


 殺すと断言できないでいる俺がいた。


「フィー君、無理しなくてもいいのよ?」


 駄目だ、姉さん。俺は俺たちのために、無実な人をも殺すと決めたんだ。そこに自分の意思で選別してはいけないのだ。


 姉さんはきっと、俺の葛藤を見抜いたのだ。

 俺は既にリースから父を、そして大事だった友人を奪った。

 欠片に翻弄されてなお、頑張り続けたこの少女にたった一人残された家族もハーフヴァンパイアになった。これ以上、彼女から何かを奪うなんて、俺にはできないのだ。


 しかしアイン・ラッケンなら殺して良いのか? ルシウスなら殺して良いのか? それを決められるほど俺は偉いのか? 


「もう」


 姉さんは俺を抱きしめた。


「考えすぎだよ、フィー君、それに一人で背負いすぎ、私だってソラリスさんが死んだら嫌なんだよ? 嫌なことならしない、それが当然でしょう? フィー君は私、ううん、私たちのためにいっぱい頑張った。誰が何を言おうと、私がフィー君は間違ってないと大声で言えるの」

「姉さん……」


 そして、俺をそんな葛藤から救い上げたのは、意外なことにリース本人だった。


「フィレンさん、こう考えてはいかがですか?」

「リース?」

「フィレンさんの話によりますと、別に私に対して恨みがありませんよね?」

「ああ、勿論だ」


 俺は即答した。

 どちらかというと、ソラリス・ラッケンはむしろ好ましい人物だ。


「では私が自分の有用性を証明できれば、見逃してくれますか?」


 俺は目を見張った。

 リースは顔を上げて、まっすぐに俺の目を見て言ったのだ。

 自分を見逃せ、その代わりに人殺すのを手伝う、と。


「そんなでいいのか?」

「フィレンさんが言うには、さっきの二人も欠片の適合者ですよね? 人知を超える力を持つ者がゲゼル教国にいる、それだけで人々の脅威となりえます。私が居れば、フィレンさんたちも彼らを追跡しやすくなりますでしょう?」

「なるほど、俺たちを利用するということか」

「お嫌ですか? やはり私を殺したい、と?」

「いや、悪くない」


 俺は首を横に振り、口元が緩むのを感じた。

 利用して利用される関係なんだけど、騙して殺すよりは遥かにマシだ。なぜか心が軽くなった気分だ、やはり俺も本当にはリースを殺したくないかもしれない。

 見ればリースも疲れて、本当に疲れたような顔をしているが、口元は笑っている。


「では、厚かましいことですが、フィレンさんにお願いしたいことがあります」

「勿論、ルナは助ける」

「それは、何故ですか?」


 リースは訝し気に眉を顰める。

 まあ、分からないだろうな。そもそもルナと出会うのは数時間前の事だし。


「まず、ゲゼル教国は何を企んでいるのは知らないが、ロクなことじゃないのは確かだから阻止したい。それと、ルナのことはなんだか、他人事とは思えない」


 俺たちもいつかそうなるかもしれないから。

 と、俺が言わなかったことを察したのか、リースは一応の理解を見せた。


「……分かりました、フィレンさん、お願いします、ルナを助けてください」


 リースは深々と頭を下げた。


「ふむ、それでは困りましたね、あたしはどうやって自分の有用性を証明するのでしょうか」


 俺とリースのやり取りを見て、レキシントン先生は手を顎に当てて、何か困ってるように言った


「元々先生を殺すつもりはありません、あとでリースに制約の誓い(クエスト)掛けて貰えますけど」

「なるほど、まあいいでしょう、あたしはそもそも喋る気ないですが」


 制約の誓い(クエスト)は上位神術の一つ、術者の望む通り、対象に制約を掛けて、一つだけ言う事を強制遵守させる呪文である。明らかに死に至る行動は無理だが、それ以外のことを従えなかった場合は、対象は極めて大きいな苦痛を感じる。死にはしないが、あまりにも恐ろしい苦痛であるから、拷問かうっかり漏らすことはありえるが、意識して抗うことは決してない。

 ちなみに精神系魔術には同じ効果を持つ術がある、制約の誓い(ギアス)という、こっちは主に価値のある奴隷、たとえば容姿が優れるか、腕の立つ者を従わせるために使われている。


「条件を出す立場ではないのは分かっていますが、一つお願いを聞いてくれませんか?」

「嫌な予感がしますが、なんですか?」

「実験に、いやいや実験体になれとかではなくて、」


 俺の露骨に嫌そうな顔を見て、レキシントン先生は慌てて説明する。


「一度あたしの研究に手伝って頂けませんか?いくつの魔術を実演してくれればいいですから、フィレンさんなら簡単です。それにフィレンさんは死霊魔術に詳しいというわけではないですね?なにかアドバイスできるかもしれませんよ?」

「はぁ……分かりました、それでいいなら」



「では、、そろそろ本題に入りましょう?」


 姉さんは俺たちの話が纏まったのを見て提案した。


「ああ、そうだな、でもその前に」

「ええ、ロザミアさんを、弔ってほしいです」


 俺たちはロザミアさんを弔って、その遺体を燃やした。

 リースがロザミアさんに別れを告げた時、俺たちは気を利かせて彼女を一人にさせた。

 その間ずっと、レキシントン先生は死葬弔鐘(デス・ネル)のことを根掘り葉掘りと聞き続けた。

 この人、初対面の時は常識人に見えるが、死霊魔術を研究することだけあってとんだ変人だ。

 あまりにもしつこいから、八骸の番人(デュアルガーディアン)のシーちゃんとリアちゃんを呼び出して相手にして貰った。レキシントン先生は最初こそ驚いたが、すぐ打ち解けて魔術談義になっている、ハーフリングって凄いだな……。


「お待たせしました」


 戻ってくるリースの目が赤かった。


「では、ルナを助けに行こう、それにはレキシントン先生、貴方の力が必要だ」

「あたしですか、恥ずかしながら荒い事には不得手でして」

「いいえ、勿論戦いに連れていきません、ただルナの居場所を探す必要があるです」

「そう言えばそうですね、しかし探知(スクライング)するにしても、向こう不可知(ノンディテクション)は掛けているでしょうし」

探知(スクライング)する対象は、スーチンという女の子です」

「誰ですか?」


 ルナを取り戻した時、また攫われるのを見越して、姉さんはスーチンの遺灰の壺をルナの懐に忍ばせて、降霊術でスーチンを付かせてもらった。《神降ろし》ではないから長時間持たないけど、数日は大丈夫。


「向こうもまさか幽霊がついて行ってるとは思わなかったのでしょうが、あたしはそのスーチンって子を見た事ありませんよ?」

「あ」


 そうだった、探知(スクライング)は、術者が対象の名前を知っている、そして顔を直に見ることがあるというのが条件なのだ。


「でもフィレンさんはその子を知っていますよね?でしたら思念読取(リードソーツ)で読んで貰えれば大丈夫と思います」


 思念読取(リードソーツ)とは、精神系の魔術で、その術者が対象の表層意識を視覚で読み取れる。思念読取(リードソーツ)で見た者は、探知(スクライング)の対象にもなりえるから、重大案件の調査によく使われる。


「そう!それを言いたかった!」

「……」


 やめて、姉さんも、生暖かい目で見ないで。


「では、思念読取(リードソーツ)掛けますけど、抵抗も余計なことも考えないでね」

「スーチンのこと考えればいいですね?」

「そうです、少し屈んで下さいね、はいこれくらいでいいです」


 レキシントン先生が俺の頭を触れるように、俺は身を屈む。

 小さい指で俺の頭をわさわさ撫でまわるレキシントン先生、やがてその指は前額に止まった。


「万物に偏在する理に誓う、力の源を操る者となりうると祈り奉る、果てしない道を歩むものとして告げる、汝の思いを我に示せ、思念読取(リードソーツ)


 一瞬前額にチクっとした感じがして、やがて意識に靄がかかって、上手く頭が働けなくなってゆく。

 どれくらい経ったか知らないけど、暫くしたらレキシントン先生の指が離れ、すうっと頭の中の靄も消えていった。


「ずいぶん時間掛かりましたね?」


 リースがレキシントン先生に聞いた。


「ええ、フィレンさんの意識にはレンツィアさんのことだらけで、スーチンという娘の情報を捜すのに苦労しましたよ」

「フィレンさん……」

「フィー君……」


 なんだかリースと姉さんが呆れてる表情で俺を見ているが、俺は確かに努めてスーチンのことを考えたのだから、仕方がないことは仕方がないのだ。


「次は探知(スクライング)っと」


 レキシントン先生がバックから手鏡を取り出す、ゆっくりと呪文を唱えた。

 呪文が終えたのと同時に、鏡は強く光って、やがて光が収まり、そこにはルナの姿が映っている。

 ルナは後ろ手で縛られて、黒い石の地面に横たわっている。

 周りはどうやら洞窟のようで岩壁があり、人影はないが、不滅の灯火コンティニュアル・フレイムらしき照明用の魔道具が見られる。


「ルナ!」

「ここは……!?」

「知ってるのですか、レキシントン先生」

「ああ、この壁の色は《マエステラの大機関》だ」


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