46 洞窟の中で
※ルナ視点です。
怖い。
あの日、あたしの身体があたしの身体じゃなくなったあの日から、怖いことの連続だった。
ずっと逃げて、逃げて逃げて、でも結局逃げられなかった。
今、あたしの周りにいるのは怖い人たちと、怖い化け物。
怖い人たちは、リースお姉ちゃんとフィレンさんをいじめた人たち、紫の人と赤い人、でも一番怖いのは、銀髪と赤い目の人だ。
化け物は……辞めよう、思い出したくない。今も目を瞑ったら見えそうなくらいおぞましかった。
普段のあたしなら、きっと泣きわめいて、粗相を晒したのでしょう。でも今は違う、周りに怖いものがたくさんあるけど、そんなに怖くない、うん、怖くなんかない。今のあたしは一人じゃない、フィレンさんの精霊さんと一緒にいるから。
あたしの一番最初の記憶は、一人だったこと。
あとから分かることだけど、あたしは施設っていうところに居た、そこにはあたしのような子供がたくさん居て、食べ物はまずいけれど、皆と遊ぶのはとても楽しかった。
「りょうしん」というものを知っている子が居て、みんなにもりょうしんがいるということを教えてくれた。しかしあたしはりょうしんというものに記憶がない、興味もない。
これもあとから分かることだが、りょうしんというのはお父さんとお母さんのことだ。
あたしにお父さんもお母さんもない、あたしは一人だった。
六歳くらいになった時、一組の夫婦が施設に来て、あたしを連れ出した。それが最初のお父さんとお母さんだ。
お父さんとお母さんは宿屋を経営する人だった、ずっと子供が居ないからあたしを家の子にしてくれた。美味しい物を食べさせて、可愛い服を買ってくれて、あたしが笑ったら、二人も笑ってくれた。お父さんとお母さんはまるで本当の子供のように愛してくれた。毎日二人の後についてて大きいな宿屋のあちこちに行って、仕事の手伝いをするの楽しかった。
仕事が終わったら、皆で食事する時間だ。お父さんは「たんさくしゃ」だった、それはもう凄いたんさくしゃだったと、食卓でよくお母さんに自慢してた。お母さんはいつもお父さんの盃に酒を注ぎながら、お父さんの話に付き合った。
これがりょうしんというものかな、と思ってた。
でもお母さんは身体が弱かった。
あたしが家に来てから二年もしないうちに、お母さんは病に倒れて、やがて亡くなった。
お父さんはとてもとても悲しんでだ。毎日看板も出さなくて、何もしなくて、ただ酒を飲みながらお母さんの名を呼んでいた。
あたしがお母さんの代わりに掃除と料理をしてたのを見て、すまん、とずっと謝ってくれた。
一か月後、お父さんがあたしを連れて家を出た。
昔の仲間のところに行って、そこであたしを捨てた。
そして一人目のお父さんが離れて、あたしに二人目のお父さんが出来てしまった。
二人目のお父さんの家はとっても大きいな屋敷だ。
とても紳士のお爺さんが、これからはここがあたしの家、あの人があたしのお父さんと教えてくれた。
でも二人目のお父さんは何も言ってくれなかった、紳士なお爺さんに任せたと言って、屋敷の奥に籠った。
そこであたしはようやく、自分がりょうしんに捨てられたと理解した。
また一人になった。
捨てられたあたしは、実は二人目のお父さんのことをよくわからなかった。
朝も夜も、お父さんはずっと奥の部屋に籠りっきりで、一ヵ月も見かけられないのが普通でした。
屋敷には使用人がいっぱい居るけど、みんなお父さんのことはよく分からないと言った。
でもそこで、あたしはリースお姉ちゃんと出会った。
リースお姉ちゃんはとてもとても綺麗な人で、あたしにもとても優しい。あたしが施設で皆としてた遊びを教えたら、すごく喜んであたしと遊んでくれた。
リースお姉ちゃんは忙しいから毎日遊んではくれなかったけど、時間がある時は絶対あたしのところに来て、話をして、本を一緒に読んで、遊んでくれた。リースお姉ちゃんと一緒にいる時間が大好きだった。
でも、やはりあたしは一人になるのだ。
あたしが魔術を使えるのを知って、お父さんは怒った、あたしをどこか遠い学校に送るって言った。
なんで、大好きなリースお姉ちゃんと離れなくちゃいけないの?
あたしもリースお姉ちゃんも泣いたけど、誰もお父さんの言うことに逆らえなかった。
また一人になった。
ミステラ学院は凄いところでした。魔術使いがたくさんいて、あたしも魔術使えるけど、それとは比べられないほどみんなの魔術がすごかった。
これでは皆に置いて行かれると、みんなについて行けるため、毎日勉強してた。
食事と睡眠、あとはリースお姉ちゃんに手紙書く時間以外勉強に費やしてた、いつの間に先生に褒められるようになったけど、友達作る暇もなかったから、気づいたら一人のままでした。
でも、ルームメイトのアリーザさんはいつも気を遣って話を掛けてくれた。
アリーザさんは仕草がお上品な人で、誰にも優しくてクラスの人気者。教室では中々話す機会なかったけど、部屋の中では二人でいっぱいお喋りしてた。
そしてあの日、教室でノートと向き合ってた時、太陽がまぶしいと思ったら、隣の子が悲鳴を上げた。
クラスの皆がこっちに振り向いて、何か恐ろしいものを見たように口を開けて、あたしを指差した。
それでようやく、自分の髪が銀色になったと気づいた。
あたしは元々金髪で、目も緑色でした。リースお姉ちゃんみたいに綺麗な白髪になりたいけど、この髪は雪のような白さではなく、月のような銀色だ。
しかもそれだけではなく、クラスメイトたちが怯えるような声で、あたしの目が赤くなったと教えてくれた。
銀髪と赤い目、それは物語の中で、悪いネクロマンサーと一緒に悪事をやり放題のヴァンパイアの姿だと、あたしにもわかる。
クラスメイトは皆吃驚して、いいえ、恐怖してた、あたしに。先生までもブルブルしてて、授業するところではなくなった。
どうせ授業しないのなら部屋に戻って本でも読みたいなと思って、あたしが席から腰を上げたその時。
化け物だ、捕まれ!と、誰かか叫んだ。
そこからの事はよく覚えてない。
大騒ぎになって、教室から逃げ出した人、あたしを押さえつけようとした人、泣き出した人、どこから縄を持ってきてあたしを縛り付けようとした人。
あたしは火の魔術を唱え、皆を押し退けて、なんとか教室から逃げ出し、寮に戻った。
あたしと違う講義を取ってるから、この時間にアリーザさんは寮にいるはず。
この姿を見せたくないから、ローブを頭からかぶって部屋に入った。
もうここには居たくない、あたしは家に戻るとアリーザさんに伝えて、荷物を纏めて部屋を出る時、フードがすり落ちた。
アリーザさんの息を飲んだ音を聞こえた。きっとクラスの皆と一緒にあたしを怖がってるのだろう。あたしはアリーザさんの顔を見るのも怖くて、逃げ出した。皆今のあたしの顔を見たらいじめてくる、きっとアリーザもそうなんだ。
ジューダスの町でもそう、あたしを人攫いから隠してもらった人たちは優しかったけど、あたしの顔を見たらすぐ怒鳴って、悲鳴を上げた。悲鳴が人をどんどん呼んできた。とてもとても怖い人、皆の目がまるでモンスターの様にギラついていた、あたしは何もできなくて、ただ縛られ、火刑台に上がらせた。
あの時のことはよく覚えている、村長らしい人の言った言葉は難しすぎてよくわからないけれど、皆があたしを呪っている、あたしは何も悪いことしてないのに、あたしを呪って、あたしの死を、最も残酷な死を望んでいる。
ああ、あたしはここで、一人のままで死ぬのか、と諦めた時、まるで高い高いところから落下するような感じがした。これが死の感じかな、よかったね痛くなくて、と自分に言いかせた。
そしてあたしは、フィレンさんに出会った。
フィレンさんはあたしが燃やされかけた時、結局一人のまま死ぬのかと諦めようとした時、たった一人あたしを助けた人、あたしを見ても全然怖がらない人、一人目のお父さんと一緒に頭を撫でてくれた人、あたしをリースお姉ちゃんと合わせた人。
フィレンさん、リースお姉ちゃんと仲が良さそう、お姉ちゃんがフィレンさんの話をする時、目が笑ってるような気がする、もしかして恋人同士なのかな。
すぐそういうことに思いつくのは良くないと、アリーザからよく言われるけど、もしそうだったらいいな。
リースお姉ちゃんとフィレンさん、二人とずっと一緒に居たいと思ってる。
「……フィレンさん、いつ来るかな」
『……大丈夫……すぐ来る』
独り言のような小さいな呟きに、答える声がした、あたしの体の中から、あたししか聞こえない声で。
今のあたしは、青い洞窟の中で怖い人たちに捕まっている。
でも、一人じゃない。
フィレンさんが遣わした精霊さんと一緒にいるから。
怖い人に攫われる前に、レンツィアさん――フィレンさんのお姉ちゃん、少し怖い人――がフィレンさんが精霊使いだと教えてくれた、フィレンさんが精霊さんにあたしに付いて行くように頼んでおいたから、また怖い人に捕まってもこの精霊さんがいれば、フィレンさんが必ず助けに行くと。
だからあたしはフィレンさんを信じる、あたしを助けてくれたフィレンさんなら、きっと怖い人をやっつけてあたしを助けに来る。
「――――――」
「――――――」
怖い人たちが何か話してる。
魔術にとって語学は基礎だから、周辺国の言葉は一通り話せる、しかしそれはあたしの知らない言葉だだ。違う系統の言葉なのか、聞いても全然分からない。
もしかしてあたしをどうやって殺すのか相談してるのかな、怖い人だからきっとあたしが想像もできない残酷な方法でしょう。そう考えてたら身震いが止まらない。
その時、あたしの中の精霊さんが翻訳してくれた。どうやら精霊さんには彼らの言葉が分かるようだ、さすが精霊さん、ありがとう。
精霊の姿は見えないが、彼女が喋るとまるで体の中に何かか振動してるようで、暖かくてくすぐたい感じがする。
「進捗はどうですか?ソーエン」
銀髪の赤い目の人が言った。いいえ、現実逃避はやめよう、あれがヴァンパイアだ、あたしと違って、本物の。
紫の女性、リースお姉ちゃんとフィレンさんに酷いことをした人が答えた。
「まずまずってところかな、最近はどこも目が厳しくて、なかなか人が集まらないもの」
「だからあの子を攫ったのですか?」
「ええ、黒翡翠にはあの子以上の贄はないっと、エンマが言ってたわ」
「私としては、あの子をこのまま成長させて、あの男の再来に賭けたいですけどね」
「どうせコレクションに加えたいからでしょう? あなたのコレクター趣味なんてどうでもいいわ」
「ふっふっふ、では私はそろそろお暇しますよ、貴方達の企みに幸があらんことを」
不気味に笑うヴァンパイアが、マントの一振りと同時に無数の蝙蝠と化して消えていた。
やはりあれが本物のヴァンパイアだ……この人たち、一体誰なの、ヴァンパイアの仲間?
「一体何しに来たのかあいつ」
岩壁に寄り掛かって座ってる赤いコートの男が言った。
「さあね、気まぐれに様子見かしら」
紫の女性が肩をすくめた。
「ところで、貴方までやられるとは珍しいね、ジューオン」
「ああ、とんだ化け物だったなあれ」
赤いコートを着ている人は自分の胸元を触れながら言った。
「あれは一体何なの? あんなアンデッド見たことないわ」
「さあな、戻ったらエンマにでも聞いてくれ」
「身体は大丈夫?」
「もう治りかけてる」
「大した再生能力ね、あんな酷い怪我だったのに」
「まったくだ、後ろへ飛んでなければ即死だった」
「そこまで危険なモノなの……」
「もう一度あいつを斬りたいな、なあ、お前さんもだろう?」
赤い男は楽しそうに、手に持っている剣に笑いかけた。
紫の女性は自分に言ってると思ったのか、不快そうに顔を顰めた。
「冗談じゃないわ、貴方とロントのような狂人じゃないもの、できれば二度と会いたくないわ」
「まあ心配するな、今度は簡単にやられはしないさ。それと」
赤い男は洞窟の奥にいる化け物を指差した。
「エンマから借りたあれがいるだろう?」
「あれか……」
それと呼応するように、浮遊している化け物のいくつの口から火の吐息を噴いた。
「オリジナルアンデッドの実験がしたいから貸してくれたっていうけれど、こんなデカブツが暴れる機会なんてそうそう来ないもの」
「そりゃそうだ、今回は暴れるのが仕事じゃないしな」
「早く地上に出て、愚かなる人々に死の警鐘を鳴らしたいわ……はぁ……」
紫の女性は頬に手を当てて、悩ましいため息をした。
「お前さんもお前さんで狂ってるがな……ん?」
赤い男は剣を提げて立ち上がる。
「どうしたの?」
「喜べソーエン、暴れるチャンスが来たみたいだぞ」
次の瞬間、岩壁が爆ぜた。




