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不死の姉とネクロマンサー  作者: キリタニ
第二章 ラッケン州長の依頼
33/229

33 アイン・ラッケン

 

 裏町は相変わらず曲がりくねった路地が入り組んでて、建物が雑木林のように乱立し、どこからともなくドブの匂いが漂う。

 ここに来る前にフィリオさんに掛けて貰った変装魔術のお蔭で、なんとか目立つことなく目的地に辿り着けた。


 それは木造の二階建ての建物だ。見るからに危なさそうな増築があちこちから生え出て、奇形と言ってもいい家だが、この辺では珍しくもない。

 生者探索ディテクトリーヴィングの反応から見ると、二階に一人、一階に三人、地下室に一人、そして建物の表と裏には二人ずつ、こっちは見張りかな。


 俺たちは裏に回って、見張りの二人を沈める……の前に、向かいの家の二階に一人が監視しているから、そいつも沈めた。

 見張りかどうかわからないけど、念のためだ。


「入るよ」


 姉さんは口の動きだけでそう言って、扉の鍵を壊して突入した。

 中には薄暗い部屋、いくつのテーブルと椅子が雑然と置かれて、食事の後なのか、食器とワインボトルが積まれている。

 部屋には二人の男がたむろっていて、俺たちを見ると大声で誰何しようとして、


「我が誓う、静寂を守る者となりて、沈黙(サイレンス)


 予め小声で詠唱していたリースに声を封じられて、動揺する男たちは一瞬で姉さんに沈められた。

 二階の一人と表の二人が動く気配はないから、まず一階のもう一人から確かめよう。

 俺は部屋奥の扉を指差しすると、姉さんとリースは頷いた。


 扉を開けると、そこには数十人が寝転んでも余裕があるような大部屋だ。どうやら周りの隣家との壁を取り除いて、一つの部屋にしたようだ。

 部屋の隅には縛られてるロザミアさんがいる。

 まわりにはこん棒と鞭が転がっていて、ロザミアさんの顔には血が流れている。どうやら随分過酷な扱いを受けてたようだ。


 リースはすぐさま駆け寄って、ロザミアさんの縄を解いた。


「ロザミアさん!大丈夫ですか」

「……リース……リースなのか」


 意識が朦朧としたようで、ロザミアさんは囈言のようにリースの名を呼んだ。


「今治療しますか、ら……?」

「リース、リース!」


 どこから取り出したのか、ロザミアさんは短剣でリースの胸を貫いた。


「リース!」

「ロザミア……どうして……」

「リース、リースッ!」

「はい、大人しくしてね」


 俺はリースに駆け寄って、姉さんは問答無用にロザミアさんを絞め落とした。

 それと同時に、大部屋のそこかしこから隠し扉が開いて、二十人くらいの覆面の暗殺者がぞろぞろと出て来た。

 こいつら、生者探索ディテクトリーヴィングに映ってないぞ!


「チッ、罠か」

「そのようだね」


 ロザミアさんに変装の跡はないから、たぶん魔術に支配されているだろう。

 そしてリースは触発治癒(リカバリートリガー)が発動したにも関わらず起き上がらず、苦痛に堪えているようだ。

 おそらく何らかの毒を使ったのだろう、問題は致死性があるかどうか俺にはわからない。


「くくくっ、わざわざこの場にお出でくださって、ありがとうございます、ソラリス様」

「その、声は……!」

「……くっそベタなセリフどうも」


 いかにも悪役のセリフとともに、ラッケン家の家宰ルシウスが現れた。

 その後ろにいるのはーー州長アイン・ラッケン本人。


「とう……さま……ッ!」

 

 リースはアイン・ラッケンを見て、締め付けられたような喚き声を上げて意識を失った。

 きっと心の底ではどこか父親が黒幕だと信じたくなかったのだろう。

 リースを床に置いて、立ち上がる。

 

「やはりお前らが黒幕なのか」

「やれやれ、探索者風情が、ソラリス様と一緒にダンジョンで死んでくれたらいいものを......」


 ルシウスは芝居がかった動きで首を振り、ため息をついた。


「何か勘違いしていますね、ソラリス様は都市に蔓延るドラッグ売人の拠点を突き止め、勇敢にも単身で乗り込んで、売人を一掃しましたが、ご自分も力尽き、お亡くなられました、と」

「そう言うシナリオかよ」


 ベタ過ぎて言葉も出んわ。


「では私たちはさしずめ、巻き込まれた哀れの探索者かしら?」

「ええ、二人にはラカーン都市の礎になって貰いますよ」

「俺たちを殺すためだけにこんな大人数で来るのか」

「君たちのダンジョンでの活躍を鑑ると当然です、特に君はどうやら珍しい探知の魔道具を持っているようで、全員に不可知の術(ノンディテクション)を掛けるのは手間掛かりましたねえ。まあ、これで邪魔者がなくなられるから良しとしますか」


 不可知の術(ノンディテクション)は断絶系の魔術で、予言系の魔術例えば探知(スクライング)を防ぐことが出来る。

 まさか生者探索ディテクトリーヴィングも欺けるのか、もしかしてアンデッドの生者感知にも効くのか、だとしたら大発見だなおい。


 それより、やはり最初からリースを殺すつもりか。

 俺は床に横たわるリースを見る、もしこれに致死性があったらまずいかもしれない。

 俺の心配を見抜いたのか、


「御心配なく、ソラリス様はミーロ様の聖騎士ですから、《即死回避(デスワード)》の加護も受けられてると思いまして眠らせただけです」


 《即死回避(デスワード)》の加護なんて初耳だけど、とりあえずリースに命の危険はないらしい。少なくとも今は、まだ。


「これでソラリス様の活躍により、ラッケン家と売人が繋がってる噂はなくなり、民を害するハートショットなるドラッグもなくなりました、めでたしめでたし」

「金策はいいのかよ?」

「そんなものいくらでも作れますよ、州長家の権力を使えば」

「おい、飼い犬に好き放題やられて、お前はいいのか?」


 俺は後ろのアイン・ラッケン州長に問いた。

 ルシウスはそんな俺の反応を予測したようにニンマリと笑った。


「......どうでもいい」


 アイン・ラッケンが小さく呟いた。

 それは喋ってるというより、ひとりごとのようだ。

 なぜならアイン・ラッケンは俺たちを、いや誰にも、何処にも見ていない、まるで夢を見ている人と会話してる不気味さ。

 州長家で見たアイン・ラッケンはひどく痩せてる男だ、そして今はその不気味さも相俟って、幽鬼のようにも見える。

 俺は思わず問い返した。


「何、言ってんだ?」

「どうでもいいと言っている」

「ラッケン州がめちゃくちゃになって、娘も殺されるぞ、それをどうでもいいって言うのか」

「ああ、別に」


 リースがまだ寝ていて良かったな。


「そこまでそいつの言いなりになってお前は一体何がしたいんだ!」

「......」


 アイン・ラッケンはただ気だるそうに俺を見ている。

 ダンマリかよ。


「アイン様、どうか貴方様の苦痛をこの下賎な人達にも分からせてやればいかがですか」


 意外にも、ルシウスがアイン・ラッケンに話しを薦めた。こいつさっきから喋りすぎだろう。


「......英雄になるのが、夢だった」


 だがアイン・ラッケンは頷き、語り出した。


「私は探索者だった、若年にしてすべての魔術を操る探索者として名を轟かせた」


 それはヴァイトさんから聞いた。アイン・ラッケンは凄腕の魔術師だと。


「実際、私が扱えるの魔術は、幻術系だけだ。だが私の幻術は全ての幻術系魔術をも凌ぐ、幻術で全ての魔術を再現出来る、それこそ人もモンスターも騙せるほど真に迫っている。奴らは私の焔の前に、自分が焼け殺されたと信じて疑わず、死んだ」


 俺はピンと来た、アイン・ラッケンは欠片の適合者、そして既存の幻術を凌駕している。

 つまり幻術系魔術の源となる欠片を持っているということだ


「人もモンスターも私の敵ではなかった。私は物語の中の英雄になれると信じていた。だが、アンデッドは違った」


 アイン・ラッケンが歯を食いしばり、初めて感情を顕にして、そこには悔しさに近い、諦めきれなかったのに諦めさせた虚無。


「奴らは私の幻術をものともせず、初めてのアンデッド討伐に、私はなすすべもなく逃げ出した」


 アンデッドには心がないから、精神的に効果を及ぼす魔術は効かない。

 姉さんのような魂があるアンデッドならある程度の影響は受けるけど、それでもかなり効きにくいのはずだ。

 


「いくらモンスターを倒したって、アンデッドに勝てなければ、所詮は一介の探索者、英雄にはなれん。だから、もうどうでも良かった、この家が欲しけりゃ持ってけば良い、娘が邪魔なら殺して構わん、私を一時でもこのつまらない世界から逃がさせてくれればな......」


 酷薄に口元を吊り上げ、アイン・ラッケンは本当にどうでも良さそうにリースを見ている。



 それが、酷く癇に障った。


「何か御大層な理由でもあるのかと思ったら、ただ一度の挫折で諦めたガキじゃねぇか。世界よりお前の昔話のほうがつまらねぇよ、聞いて損した気分だぜ」


 俺はそんなアイン・ラッケンに舌打ちして、心底下らなさそうに言い放った。


「そうね、子供が転んだらそのまま数十年も泣き喚いて大人になっちゃったって感じだわ」


 姉さんも呆れたようだ。

 子供好きの姉さんでも、子供のようなおっさんは無理らしい。


「そもそも失敗したから薬にハマるとかダサすぎるだろおっさん、それなら遊ぶ金欲しさから薬に手を染まる奴のほうがマシだわ」

「どっちもどっちだよ、フィー君」




「……」

「くくくっ、やはり下賤な人ではアイン様の苦痛を理解できるはずもありませんね」


 アイン・ラッケンは俺の言葉など気にも留めないようで、笑みを浮かべている。

 ルシウスはわざとらしい仕草で肩を竦める。


「しかし、アイン様のお蔭で準備が済みました、君たちを確実に仕留めるための、ね」


 ルシウスさんの言葉と共に、建物が揺れ傾くような地響きがして、次の瞬間、天井を突き破って何かが二階から墜ちて来た!


 『ゴォォォォォォォン』


 ソレは山羊、ライオン、蜥蜴の首を持っていて、ライオンの上半身、山羊の下半身、鷲の翼と蛇の尻尾を持っている。二メートル高、四メート長のその体は赤い龍鱗に覆われて、爪と牙には炎を纏っている。


混合獣(キマイラ)!?」


 混合獣(キマイラ)はいくつの獣の特徴を持っているモンスターだ、その蜥蜴の首はブレスを吐く、獅子の首は鉄をも砕く、山羊の首から呪いを放つ、鷲の翼で空を駆け、蛇の尻尾で敵を毒殺。

 さっきから話が長いのはこのためか!?


「くくくっ、このハーフドラゴンの混合獣(キマイラ)は《紅玉髄龍の火山》から見つけたものでね、強力ですがテイムするのは骨が折れましたよ、不可知の術(ノンディテクション)も掛けないから運ぶのにも一手間、ですからこうやって時間を稼がせていただきました。さあさあアイン様、これでようやく準備が整いました、どうぞ彼らの最後の足掻きをご笑覧あれ」


 混合獣(キマイラ)の三つ首がぐるるるるると低く唸り上げ。

 そして周りに暗殺者たちからも殺気が一気に高ぶり、今にも襲い掛かりそうだ。

 ルシウスの命令一つで、虐殺が始まる。


 しかし、


「たしかにこれは用意周到だな、俺たちを殺すために混合獣(キマイラ)まで持ち出すとは」


 俺はナタボウを抜いて、混合獣(キマイラ)など意にも介さないようにアイン・ラッケンとルシウスに視線を向けた

 ルシウスはそんな俺を嘲笑ってるが、それは俺も同じだ。

 口元が知らないうちに吊り上げ、手で触れてみれば、それは歯を覗かせる獰猛な笑みだった。


「だが所詮は中身がガキのおっさんとその悪戯仲間だ、頭が足りねぇよ。リースを眠らせたのは失敗だったな、これで俺たちは誰の目も気にしなくて済む」

「フィー君、周りは任せるわ」


 どうやら姉さんは一人で混合獣(キマイラ)とやるらしい。

 全身に負のエネルギーを溢れさせて、俺は周りの暗殺者達を挑発した。


「来いよ、悪いけどこうなりゃ一人でも生き残れると思うなよ」

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