28 行きはよいよい
「ソラリスさんはもともと黒姫を討伐するためにラカーンに戻ったのですか」
「ええ、一ヵ月前に父から連絡がありまして、私の力が必要だと」
二層へ戻る途中、俺はソラリスさんに訊いた。
フェリさんの話を聞いた時ただの箔付けだと思ったけど、ソラリスさんはそこまで功名心がある人には見えないし。
姉さんは俺に一瞥して、特に止めなかった。
「聖騎士というものはそういうのが多いのですか?」
「モンスター討伐自体はよくありますけど、ダンジョンでしかもハーフドラゴンは初めてです」
そういやこの前も言ってたな。
だとすると、州長のお節介かな。
「でもこれで依頼も達成されて、州長も鼻が高いでしょうね」
「それは、どうでしょう……」
ソラリスさんの整った顔立ちが一気に曇った。
ん? 何かまずいこと言ったか。
さりげなく姉さんを見たが、空気読めって視線を向けられた。
そういえば、出発する時、州長が尋常じゃなく暗い目をしていたな、少なくとも娘を見送るような目つきじゃなかった。
しまった、何か事情がありそうだな。
なんとなく、周りから「ちゃんとフォローしろよ」との視線が突き刺さる。
「そもそも、私を遠いところの騎士団を入れようと進言したのが父でした」
「え?」
意外にもソラリスさんが話を続いた。
「私がフェイバードソウルの力を発見した時、ラッケン州にいる第五、第六ではなく、離れてる第三騎士団に入らせるようにと父が進言したと、枢機卿から聞きました」
そんなのバラすなよ枢機卿さま、空気読めや。
「恐らく、父は私を遠ざけたいのでしょう」
銀の眼鏡の下に、ソラリスさんは目を伏せた。
正直ソラリスさんは悲しんでる姿も人離れした美しい、その泣きぼくろが年齢に似合わぬ艶めかしさを醸し出しているが、この空気で美人を鑑賞できるほど面の皮が厚くない。
「でも、やっぱり一人娘が可愛いから態々呼び戻したのではないですか?」
「そうだと、いいですね」
「ちゃんと討伐してたのですから、州長もきっと安心するのでしょう」
娘の事関係なく、ダンジョンでの脅威を取り除かれたら喜ばない領主もいないだろう。
まあ、「娘の事関係なく」っての時点で何の慰めにもなれないが。
「それは……確かにそうですね」
俺の言葉を深読みせずに、ソラリスさんは小さく頷いた。
「ところで、私は一人娘ではないですよ」
「あ、そうなんですか」
「ええ、一人妹が居ます、今は別のところで魔術を勉強していますけど」
「へぇ、魔術学院ですか、優秀ですね」
「ええ、本当に優秀な子ですよ」
よほど姉妹の仲がいいのか、妹の話題になると目尻を下げ、にこりと顔がほころぶ。
「妹さんと仲がいいですね」
「ええ、きっとフィレンさんたちにも負けませんわ」
「ほう、それは聞き捨てなりませんね」
俺はおどけて真顔になった。
すると、ソラリスさんが可笑しそうに笑った。
「ふふふふ」
どうやらソラリスさんは良い姉のようだ。
俺の中のソラリスさんの評価が天井知らずになっている。
一時間後、俺たちは二層への階段に登る。
前の時と同じで、フィリオさんが召喚した馬たちに先行させ、俺たちが後を追う。
しかし、先頭の馬がトリガーを踏む前に、人の声が微かに聞こえた。
「……空の彼方より…………鉄槌を…………」
詠唱だ。
「散開!」
魔術師であるフィリオさんが逸早く危険性を気付いて声を上げた。
「………震わせる……………禍星天墜!」
詠唱が終わるのと共に、炎に燃える無数の巨岩が何もない空中から突如現れ、とてつもない質量と熱量を持って落下する!
「姉さん!」「フィ-君!」
俺が走り出す瞬間、背中から何かがぶつかる。
一瞬バランスを崩れかけた俺の腕を姉さんが咄嗟に握り緊める 、
そして後ろにいるのは人間だと気づいて、反射的にそれを掴み、
姉さんの怪力に引っ張られて、落下範囲から脱出した。
次の瞬間、天変地異を彷彿させるような轟音がダンジョンに響き渡る。
空気の震動が肌にぶつかるように伝わってくる。
俺たちは土砂にまみれて、地響きに足を囚われながらも命からがら逃げ出した。
「フィー君、怪我はない!?」
「あ、ああ、助かったよ姉さん、それと……ってソラリスさんか」
「げふん、げふん……ええ、ありがとうございます、お蔭で、助かりました」
どうやら俺が掴んだのはソラリスさんのようだ。
彼女は膝をついて、一面に飛び散る土砂に咳をしている。
一瞬、助けなければ良かったっと頭によぎったが、そもそもさっきの距離では欠片を回収できるかどうか分からないし、自分の意志によらない殺しはなんだか違うのような感じもする。
それにこの状況では戦力が一人でも多いほうが良いだろう。
「フィリオさんたちがいないね……」
「ああ、向こうに無事でいればいいが」
咄嗟の判断に下へ逃げるのが仇になったか。
二層への階段は完全に塞がれた。
山のような巨岩が何重も重なって、元々谷底のような地形にブリックのように積み上げた。
焔を纏っていた巨岩は今も熱気を帯びて、蒸気を噴き出している、とても近づくことはできない。
それと、
「っと、まったくこの場所は本ッ当に嫌になるぜ」
生者探索に引っ掛かる、十二体の人型生物。
「フィレンさん?」
「立ってくださいソラリスさん、どうやらさっきのが終わりじゃないですよ」
俺たちを包囲するように、黒い人影が階段の下から現れた。
それぞれ覆面をして、武器を持ち、殺意に溢れる目付きはどう見てもモンスターではない、人間だ。
魔術で分断を狙って、この狭い階段で俺たちを仕留めに来てるのか。
こっちは狙われる心当たりはないから、目標はソラリスさんの可能性が高い。
しかし居合わせた以上見逃されるわけもなく、ここで返り討ちにするしかない。
「はああああ!」
《瞬歩》で距離を詰め、右の貫手で心臓を狙う姉さん。
敵もそれなりのやり手のようで、短剣で往なしカウンターを狙いに来るが、姉さんは素手で短剣を掴んだ!
「ぬりゃ」
武器ごと引っ張って、左手で首を掴む、そのまま投げた。
ハーフドラゴン種すら投げ飛ばす姉さんは懐に入って背負ってから投げる必要はない、哀れな襲撃者はもう一人を巻き込んで、緑色の岩壁に夥しい血と臓物をまき散らした。
勿論姉さんの指も無事ではないが、《再死の首飾り》でみるみるうちに塞がってゆく。
残り十人のうち、五人が姉さんを、五人が俺とソラリスさんを囲い込む。
俺は《乱壊嵐》を放って、激しい斬撃の嵐で迎撃したが、五人とも怯んでないのようだ。
まずい、俺が引き受けられるのはせいぜい三人だ、その間にソラリスさんはどうする?
「ソラリスさん、まず自分の身を守ってください!」
「我が誓う、光の盾となり、神聖の盾!」
俺とソラリスさんの前に浮遊している白い盾が現れた。
この盾は自動的に攻撃を防ぐ、お蔭で俺は何とか三人の猛攻を凌いでる。
だがソラリスさんはあくまで神術使いで戦士ではない、二人相手にわずか数合ですでに壁際まで追い詰められた。
「ちっ!」
俺は《乱壊嵐》をもう一度使うふりをして、敵が攻勢を緩めた瞬間《閃光塵》を取り出した。
これはダンジョンで包囲されたときに姉さんも使ってた視界を奪う魔道具。
それを地面に叩きつけ、一瞬、強力な光と粉塵が爆ぜた。
襲撃者たちは俺が《閃光塵》を取り出した時に既に手で目を覆い、音と気配に頼って襲い掛かる。
だが俺の目的は、一瞬でもソラリスさんの視線を遮るためだ。
「ぐぇ!」「ぎゃぁぁぁ」
《闇夜のマント》から飛び出した巨大な顎と尻尾が、一人の上半身を食い千切り、もう一人の心臓を貫いた。
閃光が消えるのと同時に、俺は驚愕のあまりに動けなくなった最後の人を斬り捨てた。
轟ッと、ソラリスさんの杖が一瞬閃いて、無詠唱神術が一人の頭を吹き飛んだ。
最後の一人は形勢不利と見て、なんと短剣を捨て掴みかかった!
ソラリスさんはヤツの肩を強打、
俺は横から駆けつけ、ナタボウを投げて片足を切り落としたが、それでもお構いなしにソラリスさんに抱きつく!
「くっそ!」
俺は《突進》を使い、全身でソラリスさんにぶつかり、なんとか割り込めた瞬間、襲撃者の身体が爆発した。
単なる爆薬ではなく、何らかの魔術を用いたと思われる強力な爆発が俺を数メートルほど吹き飛ばした。
「フィレンさん?フィレンさん! 待ってください、すぐ治療を――」
ソラリスさんは倒れた俺の側に駆け寄り、治癒の神術を唱えようとして、姉さんに止められた。
「え、レンツィアさん?」
「フィー君は無事ですよ、ほら」
「いててて、ここまでやるかよ普通……」
俺は愚痴をこぼしながら身を起こした、身体に多少の火傷が残ってるが、命に別状はないようだ。
「触発治癒ですか、全く驚かさないでくださいよぉ……」
気の抜けた声を出して、ソラリスさんはずるずると座り込んだ。
「いや別に驚かせようとはしてませんが……え、ソラリスさん?」
「え、どうしました?」
ドクン、と。
俺は息を呑んだ。
目の前のソラリスさんは、目も魂も吸われるほど美しい。
まるで心が打たれたのようだ。
「フィレンさん? やはりどこかに怪我が?」
ぶつかった時に落ちてたのだろうか、眼鏡を外した緑と青の瞳が近づいて、俺は心の奥底まで覗き込まれて、しかしどこか心地良いな感じがしている。
ソラリスさんの沁み入る美しさが俺の体を包み込んでゆく。
そのあまりにも美しい顔に、俺は手を――――
「くっ!」
僅か一瞬だけ、姉さんの顔が頭によぎった。
俺は伸ばしかけた手をグッと握り込む、爪が手の平に食い込んで、その痛みに集中して一瞬脳からソラリスさんを駆除した。
ああ、俺はもう大丈夫だ、いつものように姉さん一色だ。
「フィレンさん?なんか表情が……あっ!」
ソラリスさんは顔に触れ、眼鏡がないのを気付き、脱兎のように飛び離れて、素早く地面に落ちていた眼鏡を拾って掛け直す。
今のは……心霊系の魅了と同じ効果かな?
「フィー君、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ姉さん」
俺は姉さんの手に引かれて立ち上がった。
心霊系の効果が通じにくい姉さんも何か気付いたようだが、俺は視線で今は訊くなと抑えた。
眼鏡をかけ直したソラリスさんは恐る恐る戻ってきた。
「フィ、フィレンさん、何か、異常はありませんか?」
「いや、少し火傷があるだけです、お願いできますか?」
「え、本当ですか?」
ソラリスさんが信じられないといった様子で俺の顔を覗き込んだ。
うむ、相変わらず美しいが、それだけだ。
「えっと、本当に大丈夫そうですね、では治療しますね」
「お願いします」
ソラリスさんに治療されながら、俺は襲撃者たちのことを聞いた。




