22 ささやかな日常
「クマモトさん、偉く二人の事褒めてましたよ、凄いですね」
ギルドに入り、俺たちを談話室まで案内したフェリさんがそう言った。
「大したことはしてない、モモは素直だからな」
「はあ……もう呼び捨ての関係なんですか、こんな短期間で有力者とのコネもしっかり作れたなんて、さすがですね」
「フェリさん今日はどうしたの?」
いつになく黒いぞ。
「あらごめんなさい、てへ」
っと、小さくペロを出して謝るフェリさん。ううむ、あざといぞ。
「では二人は依頼完遂と正式的に認められましたから、これはラッケン家からの依頼内容です、ご確認してください」
「ふむ……翡翠龍の迷宮のユニークモンスターの討伐依頼? 報酬は金貨500枚か、割と高いね」
「笹蟹織女のユニークモンスター、黒姫ですね」
笹蟹織女とは、上半身が女性の外見で、下半身が巨大な蜘蛛のモンスター、よく群れて行動するタイプだ。
そしてユニークモンスターとは、モンスターの中に特別に強力な個体のこと。何回か探索者と遭遇してやがて有名になってあだ名もついたモンスター、それがユニークモンスターだ。ネームドとも言う。
つまりある程度に有名になるのがユニークモンスターの条件だから、その強さは様々だ。だから討伐依頼はその度に張り出されるが、相場は美味くない、大体の場合は犠牲者が増えるのにつれて釣り上げるのだ。
最初から金貨500枚となると、それなりの強さがあるってことだろう。
「ええ、この黒姫は二ヵ月前から現れて、すでに幾人の探索者を返り討ちにしました。報告によれば、ハーフドラゴンの可能性があります、と」
「ハーフドラゴン?」
「お二人はまだハーフドラゴン種と遭遇したことがないのですね」
フェリさんの説明によると、一定以上の魔力を持つドラゴンが作ったダンジョンでは、その魔力が充満しているから、たまにその淀みから《龍晶石》という魔力の結晶が生まれる。
龍晶石は魔道具の素材としても優秀だけど、大体の場合はモンスターに食らわれる。
龍晶石を食べたモンスターは特殊な進化を辿り、ドラゴンの一部の特徴や能力を手に入れる、それがハーフドラゴンだ。
「たしかに厄介なんだけど、この手のモンスターは公開の討伐依頼として出すのが普通じゃないの?」
「それはそうなんですが、今回の依頼には一つの条件があります」
「何の条件?」
「ラッケン家の長女、ソラリス・ラッケン様に同行及び護衛をして頂きます」
「なるほど、子供に箔をつけたいってのか、次期州長にでもするつもりか」
俺は小さく口元を引き上げた。俺たちは差し詰め、偉い人のご息女の名を上げるための踏み石か。
しかし姉さんはどこか納得しきれないようだ。
「しかし騎士団でのモンスター討伐の指揮ならまだしも、少数での討伐に参加するとは州長の領分とは違うような気がするけど?」
「そうでした、二人ともはまだ来てばかりですから知らないのも無理はありませんね」
ん、どういうこと?
「ソラリス様は太陽神ミーロ様のフェイバードソウルで、ミーロ教会第三騎士団の聖騎士であられます」
『は?』
俺と姉さんの声がハモった。
魔術師が扱う秘魔術の他に、神術というものがある。
神術を扱う者は二種類がいる、一つは毎日神に祈って、その代わりに神力を授かれて神術を使う者、例えばプリースト。もう一つは生まれつきに神の寵愛でも受けてるように、身体に神力があり神術が使える者、それがフェイバードソウル、神に愛されてる魂。
フェイバードソウルは完全に天賦の才能で、しかもかなり希少、そういう者は大体教会に発掘され、重宝される。
そして太陽神ミーロは人間社会ではもっとも広く信仰される神である、何せその太陽の力はアンデッドの天敵だからな。
ミーロ教会の影響力は国をも越え、騎士団という私兵を所持しており、その力も極めて巨大
ミーロ騎士団の幹部であるの聖騎士なら下手の貴族より名誉があるかもしれないとさえ言われている。
「なるほど、次期州長としてではなく、聖騎士としての箔をつけたい、と?」
たしかに少数での討伐のほうが腕の証明になるのかもしれないな。
「州長様はユニークモンスターのことを一刻も早く解決したいと思っておりますゆえ、ご息女の聖騎士様を遣わしてまで討伐させたいのでしょう、としか言えません」
「ははは、それは州長様々ですねえ」
「ふふふ、本当ですねえ」
それなら二ヵ月も放置などしとらんわ。
俺とフェリさんは暫く白々しく笑い合った後、
「まだ何か質問がありますか?」
「あーその黒姫の出没地域を教えてくれ」
「はい、3の3の3です、あとでマップにマーク付けて渡しておきますね」
ダンジョンの同じ種類のモンスターは一つの場所に出現することが多い、だから地下にいるダンジョンの場合は、階層によって出現するモンスターが違う、そして同じ階層でもいくつのブロックに分けられるから、この3の3の3ってのは笹蟹織女の活動地域だろう。
ちなみに翡翠龍の迷宮は地下三階が最深層だけど、別に深いからモンスターが強いということはない。
狩りたくないモンスターを避けて、狩りたいモンスターだけ狩るのが探索者だ。
「では二人ともはこの依頼を受けることに決定ですね? もし良かったからここにサインを」
「はいはいっと」
俺たちは言われた通りサインをした。普通の依頼ならこういうのは必要ないが、重要な依頼はサインをすることで依頼双方に強制力が発生することを聞いたことがある。
「ところで、私たち以外にも一組の探索者が受けたわよね?」
「はい、《デトネイター》の三人組のパーティです」
「本当に少数なんだね……」
まああんまり人が多いと、娘の勇名も上げられなくなるしね。
「それと《猛る者》のヴァイトさんから伝言を承りました、今夜は《折れ折れ亭》で飲む、会うならそこで、と」
「なんだそのネーミングセンスゼロな酒場」
「お二人は多分場所を知らないと思いますので、地図を書いてみました」
俺のツッコミをスルーして一枚の紙を差し出すフェリさん、どうやら随分と都市の外れのほうにあるらしい。
「ありがとう、さすがフェリさんは気が利くね」
「ありがとうございます」
「ところで、あの腕の鑑識はどうなった?」
「それが……」
笑みが消え、急に顔を曇らせるフェリさん。
「鑑識の結果は、ヴァンパイアである可能性は極めて高い、とのことです。今から教会と州長へと報告を纏めるところです」
「ゲゼル教国については?」
「今のところ動きはありませんが、もし本当にヴァンパイアと手を組んだとしたら非常に危険ですから、そのうち警戒態勢に入り、教会からの調査隊も派遣されると思います」
「そうなんだ、早く来てくれるいいな」
「はい、それもお二人が情報を持って帰りましたのお蔭です、探索者ギルドを代表してお二人にお礼申し上げます」
椅子から腰を上げて、深く頭を下げたフェリさん。
「いや、それは探索者として当然のことだ。……そもそも、ゲゼル教国というのはどういう組織だ?」
テロリストの集団としか知らないぞ。
「そうですね……」
フェリさんが頬に手を当てて、思索しながらゆっくりと語り出す。
その話によると、ゲゼル教国は元々《安息の会》という死こそ唯一の安息と信じている人たちの集まり、特に信仰する神がいないしテロ活動も行わない。ただ死を恐れる日々から解放されたいだけの、無害の人たちだ。
「死を恐れるのあまりに、死こそ安息で恐るべきものではないと思い込む、か」
「ええ、辺境か無政府地域にはそういう人たちが多いと聞いております」
ただでさえ戦乱が起こりやすいところに、教会も国の力も届くにくいからアンデッドへの対応も遅れがち、人ひとりの生死が驚くほどに軽い、思い込みに逃げるのも無理がない。
そんな無害の《安息の会》は、ある時期を境に死を司る神ナイアルを信奉するようになって、積極的に人々に安息――死を与えることでナイアル様への信心を証明できたら、死後は安息の地、神国ゲゼルに入ることができる。そのために、彼らは自分の身も顧みずに、各地にテロ行動を繰り返していた。
その頃から、《安息の会》は《ゲゼル教国》を名乗るようになった。
安息をばら撒くなんて、ありがた迷惑だな。
「相当危ない連中のようだな」
「そうですね、お二人も十分気を付けてください」
「ああわかった、ありがとうな」
ギルドを出た後、俺たちは時間つぶしに中央ストリートの屋台を回った。
ラカーン市には二つの城壁がある、一番外にあるのは都市全体をぐるっと囲んでいる壁、《一の壁》である。そして同心円のように都市の中心である貿易区画、偉い人のお家、教会、お城その諸共を守るのがもう一つの城壁、《二の壁》である。
《一の壁》は言うまでもなく外敵を拒むため、そして《二の壁》はアンデッドに襲われる時、感染のリスクのある人たちを中に入らせないためだ。都市の中枢にアンデッドを入らせたら崩壊を招かれる、というの建前で、本当は最悪の場合で外側を切り捨て籠城するためであろうと、平民は誰も思ってる。
それはともかくとして、この二つの壁を貫通して、ラカーン市に十字を刻むのが中央ストリート、この都市の平民にとってはもっとも馴染み深いところだ。
せっかく金持ってるし、たまにモンスター以外の食材も楽しめたいと、俺たちは屋台をたくさん回して、両手いっぱいの状態で宿に戻った。
姉さんは勿論自分の身体で食べることはできないが、スーチンの時と同じ要領で魂だけ俺の体に入り、一緒に食を楽しめることができる。
もっともこの場合、スーチンは一旦姉さんの体を出ることになってる、つまり幽霊状態だから、人の目を避ける必要がある。
「うむうむ、この緑色のソースと羊肉が入ってるパンは一番美味しいかも」
『そうね、三つも買って良かったわ』
姉さんが身体の中から話しかけてくる。
正直慣れない感覚で、ちょっとムズ痒いというか、自分でも知らない内臓が響いてるような感じだ。
姉さんはこんなの四六時中経験してるのか、凄いな。
でも姉さんと一つになってると思うと、少し嬉しいのもある。
『ジー……』
っと、さっきからスーチンが羨ましそうに見つめてくる。でもどうしよう、さすがに俺はスーチンの魂を降霊できないぞ。
『フィー君、ちょっと体貸して?』
「お、おう、いいぜ」
「おいで、スーちゃん」
言われた通り身を姉さんに任せたら、自分の口と両手が勝手に動いて、手の平には淡い緑色の光が広がってくる。
さっきよりさらに不思議な感覚だ、自分の身体なのに、なんだか遠いところから眺めているようだ。
言うなればまるで夢の中のように、自分のことを少し後方の斜め上から観察しているような感じ。
そうやって段々スーチンが俺の身体に溶きこんでくる。
今のは間違いなくソクラテの研究室で使った術なんだよな?
「姉さん、今のは俺の体で魂の酷使を使ったの?」
『ええ、《神降ろし》という術だよ。魂の状態でも欠片の存在を感じられるし、たぶんできるとは思っていたけど、まさか本当にできちゃった、ふふ』
まったく魂の酷使はなんでもありだな。
『さすがに一つの体に三つの魂がいるのはちょっと狭いかもしれないね』
「そう?」
『ええ、受けた刺激は一人分だけど、感情は三人分だから身体への負担も大きくなるのよ』
『すみません、我が儘言って……』
『ううん、せっかくだから一緒に食べるほうが楽しいし、それに長時間じゃなければ大丈夫だわ』
「そうだな、ガキは遠慮なんてするな、こんな美味いのは毎日食えるもんじゃないぜ」
『フィー君もまだ子供じゃないか』
「うるさい、来年で二十歳だぞ」
俺は羊肉のパンを一口齧る、スパイスが効いていて羊肉の味を引き立てる、程よい辛味と香りのバランスがしかし諄くない、なんなんだこの緑のソース美味すぎるぞ、こんなの何個でも食べられるぜ。
『真に……美味……』
「だろう?」
また一口、肉汁が美味い、羊肉の割に臭みもない。
『なんだか昔、施設で似たようなことあったね』
「ああ、祭りの時に気前のいい屋台のおっさんがくれた串を二人で分け合ったな」
『それでまた食べたいって言ったらフィー君が買ってくれたよね』
「してないからな、金なかったし」
『じゃおじさんをぶん殴って奪い取った?』
「おっさん可哀想すぎるだろう……」
もう美化というか捏造だよな、ガキになに期待してんだ。
『またいつか町に戻ろうね』
「そうだな……」
生まれの村じゃないけど、施設で数年、探索者になってから四年、それなりに思い出深い町だ。
アンデッドに襲われたが、幸い人々は無事だ、いつか復興終わったらまだ帰ろう。
『なんだか……暖かい……』
『そうね、どれも暖かい思い出だよ』
「お? スーチンもわかるか」
どうやら俺と姉さんが思い出に浸してるから、スーチンにも伝染しちゃったらしい。
本当にどこまでも共感できるよなあ。
『うん……二人から暖かいのが伝わて来ています……』
「ははは、じゃいつかスーチンにもあの町を見せようか」
『うん……ありがとうございます』
俺は三つ目の羊肉パンを平らげた。
「さて次はどれかなー」
『私はあのラズベリーのケーキが食べたい』
「え、でも甘い物は最後でしょう?」
『今食べたいの、あとフィー君食べるの早すぎ、もっとゆっくり味わいたいのに』
『焼き魚……食べたいです……』
やれやれ、これぞ三頭立ての馬車か。
傍から見れば姉さんの身体がベッドに横たわって、隣にいるのは一人ぶつぶつ言ってる男という危険極まりないの光景だが、俺たち三人は間違いなく楽しんでいるのだ。
一時間後、腹が普段の数倍も膨らんで、げっぷの一つも出ないくらい満腹の俺はベッドの上で倒れていた。姉さんとスーチンは元の体に戻ってこの苦痛を共感してくれない、薄情者め。
初めてこの姉弟の日常を書いた気がします。




