10話~独白と告白と~
「今さら私を見る気になったの?」
紗智がとても高校生とは思えないほどの妖艶な雰囲気を醸し出しながら言う。
その傍らにはさっきの牙を折ったはずの炎狼が牙を剥き出しにして俺を威嚇している。
「そうだな。確かにそうかもしれない」
紗智の表情が少し歪む。
でも、と言葉を続ける。
「俺は今まで紗智に対して守るべき存在として見てきた。だけど本当はきちんと向き合わないといけなかったんだ」
紗智だけではなく意識内の真宵ちゃんや、スケッチブックを持って会話する綾辻さんも、俺の独白を静かに聞いている。
「親が険悪な雰囲気で別れて取り残された俺達は、由美子さん達の手助けを受けて生きてきた。それと同時に紗智に心配かけまいと、紗智がこう望むであろうという理想的な兄として生きようとして、結局紗智の事を見ていなかった。すまなかった」
真宵ちゃんの体だけど、しっかりと頭を下げて謝る。
「これからは紗智の事を一人の妹として見る。もう守るだけの対象としては見ない。まあ紗智が望むなら見るけど」
「……そう、それを言うのは今なんだ……」
「紗智?」
「でもねお兄ちゃん。お兄ちゃんはもう死んじゃってるの……! 私達の目の前で、そこの女がお兄ちゃんを殺したの……!」
さっきまでの静かな空気は、紗智の激しい怒りと共に崩れていく。それにしてもさっきから何なんだ? 俺が綾辻さんに殺されたって……?
『私の事は全て終わってから話す。それよりも今は暴走を食い止めろ』
綾辻さんの方を向くと文字を見ずに一瞬で書きつらねる。その早さに舌を巻きつつ、とりあえず紗智の暴走を止める事が先決だと再確認する。
「もうみんな……バラバラになって壊れちゃえ……!」
狂った笑みを浮かべて中華包丁を構える。それと同時に包丁の弾幕を作り始めた。
紗智だってさっきまでは手を抜いていたんじゃねえか。
紗智の暴走を止めるのには、行動をサポートしている炎狼からしっかりと倒さなければならない。だが普通に攻撃するのでは避けられて反撃をくらうだろう。
だが今は弾幕を作っている最中。炎が激しく燃え盛っているものの攻撃の避けようが無い今が、この戦いの中で一番の隙。つまりチャンスなのだ。
そして今がそのチャンス。体制を低くして一気に炎狼に詰め寄ると大きくバール(のようなもの)を振りかぶる。
「させない!」
紗智が炎狼を突飛ばして前に出る。
速度がついたバール(のようなもの)は止める事が出来ずにそのまま紗智の左頬に当たると、嫌な感触と共に紗智は後ろに吹き飛んだ。
「大丈夫か!?」
武器を捨てて紗智に駆け寄る。
見ると左目は血で開ける事が出来なくなっており、息も絶え絶えと言ったところだ。
「お兄ちゃんは、この炎狼の事、覚えてる……?」
紗智を殴り飛ばした俺を『お兄ちゃん』と呼んでくれている。だがそんな事すら気付かずに紗智を抱き締める。
さっきまでは臨戦態勢だった炎狼も、元気になってもらいたいと思っているのか紗智の頬を丁寧に、そして必死に舐めている。
「当たり前だ。だってそれは俺がお前にプレゼントしたやつじゃないか」
「そっか。お兄ちゃんが死んでからね。私、この子の事をお兄ちゃんだと思って暮らしてたの……」
「何も喋るな! 喋ったら血が出る!」
そんな俺の叫びも聞こえていないのか紗智は言葉を紡ぐ。
「でもね、ダメだった。お兄ちゃんがあの時に『強く生きろよ』って言ってくれたのに、強くなれなかった。私、悪魔に負けちゃった……」
「紗智……! お前は立派に俺の遺言を聞いてくれているんだろ? なら、生きろよ……生きてくれよ……!」
涙が溢れだして紗智の顔に零れ落ちる。でもそんな事で回復するなんていう奇跡は起こらない。
「お兄ちゃん……ゴメンね、弱い妹で。ありがとうね、生きてくれって言ってくれて」
紗智から抱き返される。
「私は、お兄ちゃんの事が……ずっと好きでした……!」
最期の力を振り絞ったのだろう。紗智の叫びに、不意の告白に。それでも何も返す事が出来ないまま紗智は静かに眠っていった。