↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/161

第37章:食堂大改造(後編)

第37章:食堂大改造(後編)


東の空が茜色に染まり始めた早朝、大聖堂の工房の前には、カロンが運転する銀色の電気自動車と、二台の大型荷車が連結されて待機していた。


荷台には、昨日カロンと留学生たちが組み上げた最新鋭の厨房設備一式――巨大な冷蔵庫、IHコンロ、食洗機、ステンレスシンク、換気扇、そして大量の規格配管や建築資材が整然と積み込まれている。


「よし、牽引開始! 出発するぞ!」


カロンがアクセルを踏み込むと、強力なトルクを誇る電気モーターが静かな唸りを上げ、重量級の資材を積んだ荷車を軽々と引っ張って走り出した。十三名のドワーフたちは、黄色い安全ヘルメットの顎紐をキュッと締め、隊列を組んで小走りで後に続く。


町の大通りを抜け、一行はアパートの前へと到着した。

見送りに現れた女将さんと娘が、「いよいよだね……!」と期待と緊張の面持ちで見守る中、カロンが高らかに号令を下した。


「これより、『食堂大拡張フルリノベーション工事』を開始する! 安全第一、作業開始ッ!」


「「「うおおおおっ!!」」」


怒涛の解体・構造工事が幕を開けた。


元々この二棟の建物は、一つの基礎の上に連続して建てられた長屋構造の木造建築だった。そのため、屋根を解体したり基礎を打ち直す必要はなく、内部の仕切り壁を撤去して空間を一体化させることが可能だった。


「壁の解体班、突入!」


屈強なドワーフ留学生たちがバールやつるはしを手に、隣の廃アパートとの間を隔てていた分厚い土壁と木製フレームを一気に打ち破っていく。

ドガァン! バキバキッ!と心地よい破壊音が響き、廃材や土埃が瞬く間に掻き出されていく。出た瓦礫は子供用の手押し車にテキパキと積み込まれ、別の荷車へと分別搬出された。


わずか一時間足らずで、二つの建物の一階部分は、遮るもののない広大な一つの大空間へと姿を変えた。


「次は構造補強だ! 梁を支える耐力柱を新設する!」


壁を取り払ったことで天井の荷重を支えるため、カロンが魔法で成形した太い集成材の化粧柱と鋼製ブレース(筋交い)が等間隔に組み込まれていく。留学生たちがトルクレンチを使い、カロン特製の高強度ボルトを均一な力でガッチリと締め上げていく。


続いて、インフラの敷設工事だ。

カロンは床下に潜り込み、前世の衛生設備工学の知識をフル稼働させた。


「『アース・パイピング』――給排水および電気幹線敷設!」


裏庭の大井戸の電動加圧ポンプから引いた冷水管と、屋外に新設する大型電気温水器からの耐熱給湯管が、床下を通って厨房の所定位置へとスルスルと配管されていく。排水管には、油汚れの詰まりを防ぐトラップと、適切な勾配が寸分の狂いもなく魔法で刻み込まれた。

壁の内部には難燃性の被覆電線が縦横無尽に張り巡らされ、大容量のブレーカーを備えた配電盤へと集約された。


床と外壁の内部には、夏の灼熱と冬の冷気をシャットアウトする「魔法断熱鉱物ウール」を隙間なく充填。

厨房エリアの壁面には、油や熱に強く掃除が極めて容易な「ヘアライン仕上げのステンレス防熱パネル」が隙間なく貼り巡らされた。


客席フロアの壁には、温かみのある木目調の耐水クロスがピシリと貼られ、天井には時間帯によって温白色と電球色を切り替えられる調光式の魔導電灯パネルが埋め込まれた。


さらに、厨房と客席を仕切る場所には、料理人が出来立ての皿をスムーズに受け渡しできるよう、カロンが滑らかな人造大理石で削り出した「大型配膳カウンター」が据え付けられた。


正午を回る頃、いよいよ大聖堂から運んできた最新鋭機器の据え付けが始まった。


「せーの、持ち上げろ!」


四人の留学生が息を合わせて巨大な四扉式業務用冷蔵庫を担ぎ込み、厨房の奥、搬入口から最も使いやすい位置へと水平に据え付ける。

その隣には、四口IH魔導コンロと大型電気オーブンがビルトイン形式でカウンターに組み合わされた。


中央には、広々としたステンレス・ダブルシンクが設置され、蛇口のレバーと給湯器からの配管がガッチリと接続される。シンクの真横には、魔導全自動食器洗浄機が隙間なくビルトインされた。


壁面全体には、手の届きやすい高さにスライドレール式の調味料ラックと食器棚が取り付けられ、コンロの上空には巨大なステンレス製レンジフードが据え付けられた。


「全機器のアース接続、給排水バルブ開放、通電テスト!」


カロンが配電盤の主幹ブレーカーをパチリと上げると――

ブゥン……と換気扇が驚くほど静かな音を立てて排気を始め、冷蔵庫のデジタル温度計がマイナス十八度とプラス三度を指して急速冷却を開始した。IHコンロの天板に置いた鍋の水は、スイッチを入れた途端にブクブクと激しく沸騰し始めた。


「全系統、完全作動!」


最後に、広々とした客席フロアに、カロンが製作した真新しい無垢材の四人掛けテーブル八セットと、カウンター席六席が整然と運び込まれた。

以前の三倍以上――最大で四十人近くが一度にゆったりと食事を楽しめる、広大で明るく清潔な大食堂が完成した。


作業開始から約七時間。太陽が西に傾き始めた頃、そこには中世の面影を完全に脱ぎ捨てた、この世界で最も先進的な「奇跡のダイナー」が誕生していた。


夕方、完成したばかりの食堂に、メリス教会の子供たちがやってきた。


「うわああああああっ……!?」

「なにこれーっ! すっごい広い! すっごい綺麗!」


カイやミミル、孤児院の子供たちは、ピカピカに輝く床と明るい照明、そして見たこともない未来的な厨房に目を奪われ、歓声を上げて駆け回った。


カロンは子供たちを厨房カウンターの前に集め、特別講義を行った。


「みんな、見てごらん。この新しい厨房には、火を焚く薪も、煙を出す炭も一切ないね。すべて、電気と磁気の力、そして水と熱のコントロールによって動いているんだ」


カロンは実際にIHコンロの上に紙を敷き、その上に置いた鉄鍋の中の水だけが沸騰し、敷いた紙は一切焦げない実験を見せた。

「わあっ! 紙が燃えてないのに、お湯が沸いてる!」

子供たちは目を丸くし、拍手を送った。


「目に見えないエネルギーを正しく理解し、形にする。それが、こうしてみんなの美味しいご飯を安全に作る力になるんだよ」


子供たちは真剣に頷き、未来の技術への憧れを胸に刻み込んでいた。


「さあ……女将さん、娘さん。新しい厨房の使い初めをお願いします!」


カロンに招かれ、恐る恐る厨房に足を踏み入れた女将さんと娘は、ピカピカに輝くステンレスの調理台と各種機器を前に、震える手で胸を押さえた。


カロンは横に立ち、手取り足取り操作方法を説明した。


「このレバーを左に捻れば冷水、右に捻ればいつでも熱湯が出ます。コンロはこのダイヤルを回すだけで強火からとろ火まで自由自在。オーブンは温度を合わせれば自動で焼き上がります。そして汚れた皿は、この食洗機に並べてボタンを押すだけで、自動で熱湯洗浄と乾燥まで終わります」


女将さんは蛇口から溢れ出る豊かなお湯に触れ、IHコンロの強烈な火力を目の当たりにし、感極まって涙を拭った。


「カロンさん……こんなに使いやすくて、広くて、綺麗な台所……本当に夢のようだよ! よし、腕によりをかけて、みんなにお祝いのご馳走を作るよ!」


女将さんは力強くエプロンを締め直すと、新調された大型冷蔵庫から上質な肉や新鮮な野菜を取り出し、猛烈な勢いで調理を始めた。

包丁の小気味よい音が響き、四口コンロのフライパンから立ち上る煙は、静音換気扇によって吸い込まれるように屋外へと排出されていく。厨房内は一切熱気が籠もらず、驚くほど涼しく快適なままだった。


やがて、広々とした客席フロアの全テーブルに、出来立て熱々のご馳走が次々と運び込まれてきた。


中央に鎮座するのは、新型大型オーブンの精密な温度管理によって、表面は香ばしく中は見事なロゼ色にしっとりと焼き上げられた、極上の『特製ローストビーフの山盛り大皿』。

その周囲を、新鮮なトマトとハーブを強火で一気に乳化させた濃厚なパスタ、サクサクのフライドポテト、彩り豊かな温野菜サラダ、そして具沢山のコンソメスープが彩る。


「さあ! 新・食堂の開店だよ! みんな、遠慮しないでたらふく食べておくれ!」


女将さんの威勢のいい掛け声とともに、盛大な宴が始まった。


「「「いただきまーす!!」」」


留学生たちと子供たちが一斉にフォークを伸ばす。


「う、うおおおっ……! なんだこのローストビーフは!?」

留学生の一人が絶叫した。

「歯がいらないくらい柔らかい! 噛むたびに肉汁がジュワッと溢れてくるぞ!」


「パスタも最高です! 麺のコシとソースの絡み方が昨日までと全然違う!」

カイとミミルも頬を膨らませて大喜びしている。


さらに、大型冷蔵庫の急速冷却スペースから取り出された冷酒ジョッキが、留学生たちに配られた。


「おい見ろよ! ジョッキごと凍りついてるぞ!」

「エールが……赤玉ワインが、キンキンに冷えてやがるッ……! 喉越しが信じられないくらい爽快だ!」


ドワーフの留学生たちは、冷え切った極上の酒と美味な料理に狂喜乱舞し、ジョッキを打ち鳴らして歌い始めた。


途中、明かりにつられて恐る恐る扉を開けた近所の住民や常連客たちも、広々とした店内に驚きつつ、「空いてるかい?」「もちろんさ、座っとくれ!」と女将さんに迎えられ、笑顔で宴の輪に加わっていった。


活気と笑顔、そして美味なる料理の香りが、新しく生まれ変わった大食堂いっぱいに満ち溢れていた。


宴がお開きとなり、満腹で幸せそうな子供たちや常連客、そして留学生たちを見送った後、カロンは二階の自室へと戻った。


静まり返った部屋の浴室へ向かい、蛇口を捻って完璧な四十一・五度のお湯を張る。

湯気に包まれながら肩まで浸かると、一日中動き回った全身の心地よい疲労感が、じんわりとお湯の中に溶け出していった。


(隣の廃アパートの買収、空間の統合、最新鋭キッチンの構築、そして子供たちへの教育……。すべてが完璧な形で結実したな)


湯船の縁に頭を預け、目を閉じる。

女将さんの嬉し涙、留学生たちの歓声、子供たちの輝く瞳、そして常連客たちの戻ってきた笑顔。


工学とは、ただ便利な機械を作ることではない。人々の暮らしを支え、人と人とを繋ぎ、温かな幸福の場を生み出すためにこそある。その信念が、また一つ確固たる形となって町に根付いた。


「……明日も、美味い朝飯が食えそうだな」


カロンは至福のため息を漏らし、温まった体で柔らかなベッドへと潜り込むと、満ち足りた静寂の中で穏やかな眠りへと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。