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第25章:カロン、電気自動車?を作る

第25章:カロン、電気自動車?を作る


親方団がガロニアへと帰還した翌朝、東の空から差し込む柔らかな光が、静まり返った町の石畳を優しく照らし出していた。

発電所の建設、町中への送電網の敷設、領主邸や商業区の電化、そして夜遅くまでかかった教会の拡張工事と電灯設置――ここ数日間にわたって続いていた怒涛の緊急作業は、昨夜をもって一段落を迎えていた。


カロンはアパートの自室で目を覚まし、深呼吸をしながら窓を開けた。

心地よい朝の風が頬を撫でる。

水力発電所のタービンは今も川の流れを受けて順調に回転しており、町へ安定した電力を送り続けている。大きなトラブルの兆候はない。


身支度を整え、作業着に袖を通したカロンの頭の中に、前世である「中山教授」の工学者としての探究心がむくむくと湧き上がってきた。


「緊急の工事は片付いた。……ならば、前々から試してみたかった『あれ』を形にしてみるか」


カロンが思い描いたもの――それは、この異世界における移動手段の概念を根本から覆す可能性を秘めた乗り物、「電気自動車(EV)」の試作であった。


馬や馬車が主要な移動手段であるこの世界において、長距離の移動や重量物の運搬には多大な時間と労力がかかる。馬の飼育や衛生管理、疲労の問題も常に付きまとう。

もし、電気の力で駆動する乗り物が実用化できれば、物流も人の移動も劇的に効率化されるはずだ。


「理論上の設計は、すでに頭の中で組み上がっている」


工学教授として培った機械工学・制御工学の知識と、転生によって得たカロンの「万物創造・物質変換」の魔導クラフト能力。これらを組み合わせれば、必要な構成要素はすべて単独で作り出せる。


車体(シャシー&フレーム):軽量かつ高剛性を誇る魔導アルミ合金のモノコック構造。


電気モーター:希土類磁石と高純度無酸素銅コイルを組み合わせた高出力ブラシレスモーター。


パワートレイン:減速ギアボックス、ディファレンシャルギア、ドライブシャフト。


足回り:独立懸架式のダブルウィッシュボーン・サスペンションとショックアブソーバー。


タイヤ:魔導弾性ゴムを配合したチューブレス・ラジアルタイヤ。


操舵・制動系:ラック&ピニオン式のステアリング機構と、前後輪の油圧式ディスクブレーキ。


そして、最も重要な「電源」についてである。

本来の電気自動車であれば、膨大な重量のリチウムイオンバッテリーを積む必要があるが、カロンには自らの魔法という絶対的なアドバンテージがあった。


「雷撃魔法『サンダーボルト』で高密度の電気エネルギーを生み出し、それを高純度魔石を用いた魔導蓄電器『サンダーストレージ』へと安定供給・変圧してモーターへ送り込めば――物理的な大型バッテリーの重量問題をクリアした、極めて高効率なEVが成立する」


胸の高鳴りを抑えきれなくなったカロンは、工具袋を手に取り、足早に町外れの発電所へと向かった。


カロンがやってきたのは、水力発電所の建屋脇にある広大な平地だった。

川沿いの開けた場所であり、地面は平坦に整地されているため、大型の工作作業や試運転にはうってつけの環境である。


「よし……設計図の展開、開始!」


カロンは深呼吸をし、精神を研ぎ澄ませた。

空間収納から高純度の鉄鉱石、ボーキサイト、銅鉱石、魔石、弾性樹液などの原材料を次々と取り出し、広場の中央に積み上げていく。


「『マテリアル・アナリシス』――『トランスミュート・フォージ』!」


カロンの両手から眩い青白の魔導光が放たれ、素材の山を包み込んだ。

分子レベルでの再結晶化と超精密成形が、一瞬の狂いもなく進行していく。


まず姿を現したのは、銀色に輝く頑丈で美しい流線型のフレームシャシーだ。

続いて、前後のサスペンションアームとスプリング、高精度のギアが組み込まれたデフケース、そして心臓部となる小型・高トルクのブラシレス電気モーターが、まるでパズルのピースのようにカチリとフレームに組み合わさっていく。


さらにカロンは、天然ゴム素材を熱重合させて四本のワイドタイヤを生成し、ホイールに嵌め込んでアクスルシャフトへと固定した。

運転席には、握りやすい円形のステアリングホイール(ハンドル)、アクセルペダル、ブレーキペダル、パーキングブレーキレバー、そして前進・後退・ニュートラルを切り替えるシンプルなシフトレバーを配置。

座席は座り心地の良いクッションシートを二座並べ、後部には小ぶりな荷台を設けた、オープンタイプのコンパクトな二人乗り小型EVカートが組み上がった。


作業開始からわずか二時間足らず。

金属の冷たい質感と機能美が調和した、この世界に前例のない未知の機械が、朝日に照らされて静かに佇んでいた。


「ふう……機械構造としてのハードウェアは完璧だ。あとは、動力源の接続だな」


カロンは運転席の下、モーターに直結された特製の大型魔石アセンブリ――「サンダーストレージ」に片手を置いた。


「『サンダーボルト・マイクロインジェクション』――充填開始」


バチバチッ!


カロンの指先から極小に制御された黄金の電撃が放たれ、青く透き通った魔石の中へと吸い込まれていく。

魔石は淡い光を放ち始め、内部に安定した電力を蓄えていく。インバーター回路が正常に電圧を検知し、インパネに設置した魔導電圧計の針がスッと規定値まで跳ね上がった。


キィィィン……。


かすかな電子音のような励磁音が鳴り響き、システムが完全にスタンバイ状態となった。


「起動成功だ。……では、テストドライブといくか」


カロンはドワーフの小柄な体で運転席に乗り込み、シートの深さを調整した。

ステアリングを両手で握り、右足でそっとアクセルペダルを踏み込む。


スゥッ――。


馬の嘶きも、蒸気の唸り声も、激しいエンジン音もない。

わずかなモーターの回転音とともに、銀色の車体が滑るように、驚くほど滑らかに前進を始めた。


「おお……! 動いた!」


カロンは思わず声を上げた。

ステアリングを右へ切ると、前輪がクイッと角度を変え、車体は小気味よく右へ旋回する。左へ切れば左へと滑らかにトレースする。

ブレーキペダルを踏み込めば、四輪の油圧ディスクがしっかりと食いつき、ショックもなくピタリと停止した。


「加速、操舵、制動……すべて設計通りだ。レスポンスも極めて良好!」


カロンは広場をぐるぐると何周か走り回り、スラロームや急制動、後退のテストを繰り返した。低重心なシャシーとダブルウィッシュボーンのおかげで、未舗装路の段差もサスペンションがしなやかに吸収し、乗り心地は極上だった。


「よし……町の中を走らせて、耐久性と実用性の確認をしてみよう」


カロンはシフトをドライブに入れ、アクセルを踏み込んだ。

未知の乗り物は軽快なモーター音を響かせ、東門へ向かう街道へと滑り出していった。


ガラガラと荷馬車が行き交う東門の街道に、音もなく滑り込んできた銀色の奇妙な物体。

それは馬にも引かれておらず、煙も吐かず、四つの黒い輪を回転させながらスーッと滑るように走っていた。


「な、なんだあれは……!?」

「馬がいないのに、勝手に走ってるぞ!?」

「魔物か!? いや、鉄の塊だ!」


街道を歩いていた旅人や商人たちが、仰天して立ち止まり、指を差して騒ぎ始めた。

東門の警備をしていた兵士たちも、槍を構えかけそうになって目を限界まで見開いた。


しかし――その乗り物の運転席にちょこんと座り、器用に丸い輪(ハンドル)を回している人物の顔が見えた瞬間、門番たちの緊張は一瞬で霧散した。


「……あ、カロン殿だ」

「なんだ、カロンさんか」


兵士たちは構えていた槍をスッと下ろし、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「またカロン殿がとんでもないものを作ったらしいな」

「一昨日詰所を一瞬で城みたいにしちまったお方だぞ。馬なしで走る鉄の箱くらい、作れても不思議じゃないさ」


門をスムーズに通過し、町の大通りへと入っていくカロンの車。

通り沿いの商店街からは、買い物客や店主たちが次々と店から飛び出してきて、目を丸くして車の後を追うように見つめていた。


「おい見ろよ! なんだあの乗り物!」

「すっごい速い! 音も全然しないよ!」

「誰が乗ってるんだい?」


野次馬たちが運転席を覗き込む。

そこにいたのは、いつもの作業着を着て、穏やかな顔でハンドルを握るドワーフの魔導士――カロンであった。


その姿を確認した瞬間、あちこちの群衆から、納得と諦めが混ざり合った独特の声が漏れ聞こえてきた。


「……ああ、カロンさんか」

「カロンさんならなあ」

「うん、カロンさんなら作るわな」

「昨日の今日で、今度は走る鉄の馬かい。まったく、あのドワーフのおっちゃんは退屈しないねえ」


町民たちにとって、すでに「カロンのやること」は常識の範疇を超越しているのが当たり前となっていた。

「ドワーフ=頑固な鍛冶屋」という固定観念など疾の昔に吹き飛び、「カロンだからしょうがない」「カロンならあり得る」という、一種の絶対的な信頼と諦観を伴った『公然の常識』が町全体に定着していたのである。


カロンは沿道から手を振る町の人々や子供たちに、軽く手を挙げながら応えた。

歩行者の速度に合わせてゆっくりと走り、馬車とすれ違う際にも驚かせないよう静かに徐行する。取り回しの良さと小回りの利き具合は、狭い町の路地でも完璧に機能していた。


町の中央通りを抜けたカロンは、西区にあるメリス教の教会へと車を滑り込ませた。

白亜の教会の前庭に車を停め、キーをオフにしてモーターを停止させる。


すると、昨夜新築・拡張されたばかりの教室から、バタバタと無数の足音が響き、扉が勢いよく開いた。


「うわああああっ! 何これーっ!?」

「カロン先生! これ、どうしたの!?」


先頭を切って飛び出してきたカイとミミルを筆頭に、孤児たちや貧困区の子供たち、そして老神父までもが目を輝かせて駆け寄ってきた。子供たちはあっという間に車を取り囲み、ピカピカのフレームや黒いタイヤを興味津々で触り始めた。


「先生、これ、馬がいないよ!?」

カイが目を輝かせながら車体の下を覗き込む。


「どうやって動くんですか? 魔法の馬車なんですか?」

ミミルも不思議そうに首を傾げた。


子供たちの好奇心に満ちた眼差しを見て、カロンは満面の笑みを浮かべた。

(素晴らしい知的好奇心だ。……よし、今日の授業はこれを使おう)


「みんな、よく集まってくれたね。昨日は教室の工事を手伝ってくれてありがとう。今日はね、この新しい教室で勉強を始める前に、この『電気自動車』を使って、特別な理科と工学の授業をしよう!」


「「「わーいっ!!」」」


子供たちから歓声が上がる。

カロンは子供たちを車の周りに集め、神父にも椅子を勧めて、青空の下での特別講義を開始した。


「まず、みんなが疑問に思った通り、この車には馬がいません。煙を出す火も使っていません。動かしているのは――昨日、みんなの教室の電灯を灯したのと同じ『電気の力』です」


カロンは座席のシートを持ち上げ、内部のメカニズムを子供たちに見せた。


「ここに、電気を蓄える『魔石のストレージ』があります。そしてここにあるのが『電気モーター』です。磁石と銅線のコイルに電気を流すと、目に見えない力――電磁気力によって、この軸が猛烈な勢いで回転します」


「磁石と電気で……回るの?」

貧困区の少年が目を丸くして尋ねる。


「そうだよ。そして、その回転する力をそのままタイヤに伝えると速すぎてコントロールできない。だから、ここにある大小の歯車――『ギア』を組み合わせて、回転の力を強くしながら、適切な速度に変えているんだ。これを『パワートレイン』と呼びます」


カロンは黒板の代わりに地面にチョークで簡単な図を描き、てこの原理や歯車の噛み合わせ、トルクと回転数の関係を、子供たちにも分かりやすい身近な例えを使って説明していった。


「さらに、走るだけじゃ事故になってしまうね。曲がるための『ステアリング』、止まるための『ブレーキ』、そしてデコボコ道でも車体を安定させる『サスペンション』。……これらすべてが、精密な計算と物理の法則に基づいて組み合わさることで、安全に人を運ぶ乗り物になるんだ」


子供たちは誰一人として私語を交わさず、カロンの一言一句に真剣に聞き入っていた。

カイは熱心にノートに歯車の図を描き殴り、ミミルはブレーキの油圧の仕組みに感嘆の声を上げていた。


「勉強というのはね、本の中の文字を覚えるだけじゃない。世の中の仕組みを知り、こうして新しい便利なものを生み出して、みんなの生活を豊かにし、誰かを助けるためにあるんだ」


カロンの言葉に、子供たちは大きく頷いた。

貧困区から来た子供たちの瞳には、日々の過酷な労働の中では決して抱くことのできなかった、「未来を創る知恵」への強い憧れと希望の光が力強く灯っていた。


老神父は子供たちの真剣な横顔を見つめ、胸の前で手を組みながら、静かに涙を拭っていた。


講義と簡単な試乗体験を終え、新しく広くなった教室で読み書きの補習を行った後、夕暮れの鐘が鳴り響いた。


「カロン先生、今日もありがとうございました!」

「先生、僕、大きくなったら先生みたいに凄い機械を作る職人になる!」

「私ももっと魔法と算術を勉強します!」


子供たちは元気いっぱいに手を振り、笑顔でそれぞれの家へと帰っていった。

教会の前庭に残ったカロンは、満足感に胸を満たしながら再び電気自動車に乗り込み、夕闇が降りてきた町を静かに走らせてアパートへと戻った。


車をアパート脇の空きスペースに停め、魔導ロックをかける。

一階の食堂の扉を開けると、リノベーションされたかまどの温かい薪の爆ぜる音と、香ばしい肉の焼ける匂いが出迎えてくれた。


「いらっしゃい、カロンさん!」

女将さんと娘が、満面の笑顔で出迎えてくれる。


「見たわよカロンさん! 昼間、あの大通りをスーッて走ってた鉄の乗り物! 町中でその話題で持ちきりだよ!」

「あはは、少し試運転を兼ねて教会まで行ってきたんですよ」


カウンターの特等席に腰を下ろすと、冷えたエールと、湯気立ち上る熱々の夕食が手際よく運ばれてきた。

今夜のメニューは、新型オーブンでじっくりとジューシーに焼き上げられた肉厚のローストポークと、ホクホクのベイクドポテト、そして新鮮な野菜のポタージュスープだった。


「いただきます」


ナイフを入れると、驚くほど柔らかく肉汁が溢れ出すローストポーク。口に運べば、ハーブの香りと豚肉の甘みが広がり、冷えたエールとの相性は抜群だった。


「美味い……! 今日も最高ですね、女将さん」

「ふふっ、最高のオーブンがあるんだから当然だよ! 遠慮しないでたくさん食べてね!」


温かい料理と女将さんたちの笑顔に癒やされながら、カロンは綺麗に皿を平らげた。


食事を終え、女将さんたちに礼を言って二階の自室へと戻った。


鍵を開けて部屋に入り、卓上の魔導ランプに灯りを点す。

静まり返った部屋の椅子に深く腰を下ろし、心地よい疲労感の中で静かに息を吐いた。


今日一日を振り返る。

自らの手でゼロから作り上げた電気自動車。理論通りの走行性能を見せ、町の人々を驚かせ――そして何より、あの教会の子供たちに「科学と工学の面白さ」を伝える最高の教材となった。


「カロンだからなあ」という町民たちの声が、思い返せばなんとも可笑しく、そして温かい。

この町において、自分という存在が確かに受け入れられ、信頼されている証拠でもあった。


「……さて、明日は発電所の定期点検と、商会のショールームの様子見だな」


カロンは満足げな笑みを浮かべ、上着を脱いでベッドへと体を横たえた。

柔らかな毛布に包まれると、心地よい眠気の波が意識を穏やかに包み込み、満ち足りた静寂の中へと深く沈んでいった。

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