第23章: 屋敷の電化工事
23. 屋敷の電化工事
朝の爽やかな光が、領主邸の広大な敷地と白亜の豪邸を包み込んでいた。
昨日、発電所から門前まで引き込んだ送電線の本線は、朝露に濡れながらピンと張り詰め、静かに通電の刻を待っている。門の前で待機していたカロンが街道の先へ視線を向けると、パカパカと小気味よい蹄の音とともに、大型の荷馬車が二台連なって近づいてくるのが見えた。
商会が手配したその荷馬車の御者台や荷台の上には、昨日配った鮮やかな黄色い安全ヘルメットを誇らしげに被ったドワーフ親方団が、ぎっしりと乗っていた。
「おーい! カロン坊主!」
先頭の荷台で仁王立ちしたバログ大親方が、太い腕をブンブンと振って叫ぶ。荷台には厳重に麻布や木枠で固定された、ガロニアの特製魔導家電の数々が満載されていた。カロンも笑顔で手を振り返す。
荷馬車が屋敷の正門前に到着すると、門前を警備していた兵士たちが満面の笑みで駆け寄ってきた。一昨日に詰所を劇的にリフォームしてもらった東門の警備兵たちである。本日は領主邸の警備当番らしく、カロンを見るやいなや直立不動の敬礼をビシッと決めた。
「カロン殿! そしてドワーフの親方団の皆様、お待ちしておりました! さあさあ、門を開けろ!」
兵士たちの機敏で親身な誘導により、重厚な鉄門が押し開けられ、荷馬車はスムーズに屋敷の前庭へと引き入れられた。
「へっ、あの門番ども、相変わらずカロン坊主には頭が上がらねえ様子だな」
バログ大親方が荷台から軽やかに飛び降り、黄色いヘルメットの顎紐を締め直す。
「よし、野郎ども! 今日はいよいよ領主の屋敷の中を『電化』する大仕事だ。傷一つつけずに完璧に仕上げるぞ!」
「「「おうっ!!」」」
親方団が威勢よく返事をしたところで、屋敷の重厚な玄関扉が開き、背筋を真っ直ぐに伸ばした初老の男性が静かに姿を現した。黒の燕尾服を隙なく着こなした領主邸の執事長、セバスチャンであった。
「これはカロン様、そしてガロニアの技師の皆様。本日は何卒よろしくお願い申し上げます。旦那様も心待ちにしておられます」
セバスチャンが深々と優雅に一礼する。カロンも一歩前に出て応じた。
「セバスチャンさん、おはようございます。本日はいよいよ屋敷内部への配線引き込みと、各種家電の据え付けを行います。早速ですが、荷解きをしながら機器の説明をさせてください」
荷馬車から木枠が次々と外され、邸宅の前庭にピカピカに磨き上げられた最新の機器が並べられた。
その物珍しい光景に惹かれるように、屋敷の中から数人のメイドたちが恐る恐る顔を出し、興味津々といった様子で遠巻きに眺め始めた。カロンは彼女たちにも手招きをし、セバスチャンと共に輪の中へ招き入れた。
「本日持ち込んだ家電は、生活を一変させる道具たちです。順に説明しましょう」
カロンは前世の中山教授としての解説スキルを発揮し、実演を交えながら説明を始めた。
「まず、こちらが『扇風機』です。スイッチを回すと内部のモーターが回転し、うちわで扇がずとも涼しい風を送り続けます。首振り機能や風量調節も可能です」
「まあ……! 魔法を使わなくても、涼しい風がずっと……!」
メイドたちが目を輝かせて歓声を上げる。
「次に、これが髪を乾かす『ドライヤー』。温風と冷風を切り替えられ、入浴後の濡れた髪を一瞬で乾かします。そして、これが部屋を明るく照らす『電灯』と、手元を照らす『電気スタンド』。油の補給も蝋燭の芯切りも不要で、壁の『スイッチ』をパチリと押すだけで、昼間のような明かりが灯ります」
さらにカロンは大型の機器へと歩みを進めた。
「そして家事の負担を劇的に減らす三種の神器です。まずこの『冷蔵庫』。内部が常に氷室のように冷やされ、氷を入れ替えなくても食材や肉、飲み物を長期間新鮮に保ちます。下段は凍結室になっており、氷を自作することも可能です」
「ひ、氷室の管理が不要に……!? 毎朝地下の氷室から重い氷を運ぶ必要がなくなるのですか!?」
セバスチャンが珍しく驚きに眉を跳ね上げた。
「その通りです。そしてこちらが『洗濯機』と『乾燥機』。水と洗剤を入れてボタンを押せば、自動で回転して衣服の汚れを落とし、脱水まで行います。乾燥機に入れれば、雨の日でもふかふかに乾きます」
「たらいと洗濯板で手を真っ赤にして洗わなくていいなんて……夢のようです……!」
若いメイドの一人が、感激のあまり胸の前で手を組んで震えていた。
「さらに、床のゴミや埃を一瞬で吸い取る『掃除機』。火を使わずに安全に鍋を加熱できる『電気コンロ』、短時間でお湯を沸かして保温できる『電気ポット』、そして温度を精密に制御してムラなく肉やパンを焼き上げる『オーブン』です」
一通りの説明が終わる頃には、セバスチャンをはじめとする屋敷の使用人たちは、完全に言葉を失っていた。これらすべてが魔法の素質を持たない一般人でも、指先一つで扱えるというのだ。
「カロン様……これは、家事の概念そのものを根底から覆す、まさに奇跡の道具たちでございますね……」
セバスチャンが震える声で呟いた。
「喜んでいただけて何よりです。では、これらを屋敷の各部屋へ配置し、電線を張り巡らせていきましょう!」
カロンの号令で、屋敷内の本格的な電化工事が始まった。
貴族の屋敷であるため、壁や天井の豪奢な装飾を傷つけることは許されない。カロンは前世の建築知識と土木・石工魔法を駆使し、壁の内部や床下を通す「隠蔽配線」を完璧にこなしていった。
「『アース・トンネリング』――そして『ケーブル・インストレーション』」
カロンが指先を壁面にかざすと、漆喰や石材を崩すことなく、電線を通すための極小の空洞が壁の内部にスルスルと形成される。そこへ絶縁被覆された銅線が吸い込まれるように通され、要所要所の壁面に美しい陶器製の「スイッチ」と「コンセント」がカチリと埋め込まれていった。
各部屋の天井中央には、シャンデリアの代わり、あるいはその内部に組み込む形で美しいガラスシェードの電灯が設置され、ドアの脇に配置された壁スイッチと確実に接続された。
一方、ドワーフの親方団は、セバスチャンの案内のもとで重量級の大型家電をテキパキと指定の位置へ運び込んでいった。
「おーい、冷蔵庫は厨房の勝手口近く、料理長の動線の邪魔にならないここだな!」
「洗濯機と乾燥機は裏手の脱衣場兼洗濯室へ据え付け完了だ!」
「電気コンロとオーブン、厨房の調理台へガッチリ水平に設置したぞ!」
屈強なドワーフたちが数人がかりで軽々と機器を運び、カロンがその背後から専用の高容量コンセントを敷設して電線とアースを接続していく。見事な連携プレーにより、巨大な屋敷の隅々にまで、目に見えないエネルギーの動脈が張り巡らされていった。
工事が佳境に入り、一階の大広間と執務室の配線を行っていた時、奥の扉が開いて豪奢なガウンを羽織った領主――ハインリヒ侯爵が姿を現した。
「おお、やっておるな! カロン殿、技師の皆様!」
「侯爵閣下、お騒がせしております」
カロンが会釈すると、侯爵は目を輝かせながら部屋の中を見渡した。
「いやはや、朝から物凄い手際だとセバスチャンから報告を受けておったよ。……して、これが噂の『家電』というものかね?」
侯爵の視線は、執務机の上に置かれた卓上スタンドや、部屋の隅に置かれた扇風機へと注がれていた。カロンは微笑みながら、実演してみせた。
「閣下、こちらをご覧ください」
カロンが壁のスイッチをパチリと押し下げた。
次の瞬間――天井の電灯がパッと眩い温白色の光を放ち、薄暗かった執務室が一瞬にして昼間のような明るさで満たされた。
「うおおっ……!?」
侯爵が思わず後ずさりし、目を丸くする。
「火もないのに、一瞬で部屋全体が……! 煙も出ず、油の臭いも一切せんぞ!」
「さらに、手元の書類を照らす際はこの電気スタンドを。そして暑い日には、この扇風機のスイッチを回せば――」
カロンがダイヤルを回すと、ファンが静かな回転音とともに回り始め、心地よい涼風が侯爵のガウンと金髪をふわりと揺らした。
「おお……! す、涼しい……! うちわで煽がせる必要もなく、こんな心地よい風が絶え間なく吹くとは……! これは魔法の魔導具以上ではないか!」
さらにカロンは、サイドテーブルに置かれた電気ポットに水を注ぎ、スイッチを入れた。わずか数分でシュンシュンと湯気が立ち上り、沸騰を知らせるカチリという音が響く。
「いつでも瞬時にお湯が沸きますので、執務中のお茶もすぐにご用意できます。入浴後にはこちらのドライヤーで髪を乾かすことも可能です」
侯爵は電気ポットから立ち上る湯気を眺め、扇風機の風を浴びながら、信じられないといった様子で何度も感嘆のため息を漏らした。
「素晴らしい……! 実に見事だ、カロン殿! これほどの利便性と快適さ、王都の王宮ですら味わえんぞ! 我が領地が、世界で最も進んだ文明都市になった気分だ!」
手放しで絶賛する侯爵に対し、カロンは少し表情を引き締め、真剣な眼差しで口を開いた。
「閣下、喜んでいただけて光栄です。……ですが、一つだけ、くれぐれもお願いがございます」
「む? 何かね?」
「この家電の存在と便利さについては、極力、他の領地の貴族や王都の有力者には吹聴なさらないようお願いいたします」
カロンの言葉に、侯爵はハッとしたように表情を改めた。
「カロン殿の言う通りだな。……これほどの利便性を他領の欲深き貴族どもが知れば、利権を巡って押し寄せてくるか、最悪の場合、技術を奪おうと不穏な動きを見せかねん。ガロニアとの本格的な量産体制と、この町の防衛・変電網が完全に整うまでは、他言無用といたそう。セバスチャン、屋敷の者たちにも箝口令を敷いておけ」
「かしこまりました、旦那様」
セバスチャンが深く一礼する。侯爵の賢明な判断に、カロンもホッと胸を撫で下ろした。
屋敷中の全配線と全家電の最終動作確認が終わる頃には、西の空が深い茜色に染まり、夕暮れの鐘が町中に鳴り響いていた。
厨房では、新型の電気コンロとオーブンを使って早くも夕食の仕込みが始まっており、料理長が「火加減の調整が思い通りになって素晴らしい!」と歓声を上げているのが聞こえてくる。洗濯室でも、ふかふかに洗い上がったタオルを抱えたメイドたちが嬉しそうに談笑していた。
前庭に集まったカロンとドワーフ親方団の前に、侯爵とセバスチャンが並び立った。
「カロン殿、そして親方団の皆様。本日は誠にご苦労であった。我が屋敷の生活は、今日を境に劇的に変わるであろう。皆様の類稀なる技術と労苦に、領主として心より感謝申し上げる」
侯爵が深々と頭を下げると、バログ大親方がカハハと豪快に笑った。
「よしてくだせえ、閣下! わしらにとっても、自分たちの打った鉄と機械がこうして見事に動く姿を見られたのは最高の酒の肴ですわい!」
親方団も満足そうに黄色いヘルメットを叩き、笑顔で領主邸の門を後にした。
屋敷の外へ出たところで、カロンは親方団と明日の打ち合わせを行った。
「皆さん、今日はお疲れ様でした。明日の予定ですが――明日は町の商業区へ向かいます。商会の建物、その隣に新設する家電販売店兼ショールーム、そして冒険者ギルドの電気引き込みおよび配線工事を行います」
「いよいよ一般の町民や冒険者どもにお披露目する拠点の工事だな!」
父が拳を鳴らす。
「はい。ショールームが完成すれば、町の人たちにも実際に家電を見てもらい、電化の恩恵を広げていくことができます。明日もよろしくお願いします」
「おうよ! 任せときな!」
親方団は威勢よく手を振り、今夜も宿へと引き上げていった。
親方団と別れたカロンは、夕闇が降りてきた町を歩き、日課であるメリス教の教会へと向かった。
教会に着くと、今日も教室にはカイとミミル、孤児たち、そして貧困区から通い始めた子供たちが満員御礼で待っていた。
カロンはいつものように教壇に立ち、分かりやすく熱のこもった授業を行った。身を寄せ合いながら一生懸命に文字や計算を学ぶ子供たちの姿に、カロンは「早くこの教室を広げて、電灯をつけて夜でも明るく勉強できるようにしてやりたい」と、改修への思いを一段と強くした。
授業を終え、子供たちと笑顔でハイタッチを交わして見送った後、カロンは歩いてすぐの自分のアパートへと戻った。
一階の食堂の扉を開けると、カロンがリノベーションした新型かまどの温もりと、美味しそうな料理の香りが漂ってくる。
「いらっしゃい、カロンさん! 今日も一日お疲れ様!」
女将さんと娘が満面の笑顔で迎えてくれた。
カウンターの特等席に腰を下ろし、冷えたエールで乾いた喉を潤す。運ばれてきた温かい夕食を口に運ぶと、素材の旨味が五臓六腑に染み渡り、今日一日の心地よい疲れがすーっと溶けていくようだった。
食事が終わると、カロンは女将さんたちに礼を言って階段を上がり、二階の自室へと戻った。
鍵を開けて部屋に入り、卓上のランプを灯す。
静まり返った部屋の椅子に深く腰掛け、大きく息を吐いた。
発電所から始まった電化事業は、今日で領主邸への導入を無事に完了した。明日は商会とショールーム、そして冒険者ギルドへの送電工事だ。町全体が光と動力で満たされる未来が、確実に、一歩ずつ現実のものとなりつつあった。
「……明日も忙しくなるな」
カロンは満足げな笑みを浮かべ、上着を脱いでベッドへと横たわった。
柔らかな毛布に包まれると、心地よい眠気が瞬く間に意識を覆い、穏やかな夜の静寂の中へと深く沈んでいった。




