第12章:城門前の野営と黒き心の鑑定
第12章:城門前の野営と黒き心の鑑定
夕刻の茜色の光が、ルーセンを取り囲む雄大な平原を斜めに照らし出していた。
石畳が敷かれた本街道へ合流すると、行き交う人々の数と密度は一気に跳ね上がった。
白い石造りの長大な城壁と、その手前を流れる大河に架かる跳ね橋――その要衝を目指し、実に多彩な姿形をした旅人や商隊が、せわしなく足を早めている。
「……これが、地上の都市の日常か」
カロン(中山実)は、歩きながら周囲を興味深く観察した。
前世の地球で見慣れた人間の姿はもちろんのこと、頭部にしなやかな狐や狼の耳を生やした筋骨隆々の獣人、優美な歩調で長い金髪をなびかせ、背中に長弓を背負ったエルフ、さらにはカロンたちよりも小柄な小人族の行商人まで、絵画の世界のような多種族が同じ街道を肩を並べて歩いている。
しかし、すれ違う人々の視線が、時折カロンたち四人のドワーフへと向けられ、驚きや警戒を含んだものへと変わる。
背丈は低いが、横幅は人間の倍近くあり、全員が重厚な鋼鉄の鎧や超硬合金の武器を身につけている。何より、九歳ほどの少年が、歴戦の戦士たちの中央で堂々と隊列を率いているのだから、目立たないはずがなかった。
「おい、見ろよ……ドワーフの一団だぜ」「あんな重そうなハイス鋼の戦斧、どこで手に入れたんだ……?」「あんな小さな子供まで連れて……珍しいな」
囁き声が風に乗って届く。
カロンの隣を歩く父ガイルが、大髭を揺らして苦笑いを浮かべた。
「ハハッ、すげえ見られようだな。まあ無理もねえ。ドワーフ族ってのは、基本的に鉱山と炉の前から一生出ねえ奴が九割だからな。こうして武装したドワーフが人間の都市へ直接やってくること自体、年に数回あるかないかの珍事なんじゃよ」
「なるほど。閉鎖的な職人種族というパブリックイメージが定着しているわけですね」
カロンが頷くと、警備隊長のドランドが前方の城門を見据えながら顎髭を撫でた。
「日が落ちかけておるな。城門の跳ね橋の上には、入場待ちの荷馬車で長蛇の列ができとる。おいガイル、どうする?」
ガイルは西の空の夕日を見上げ、即座に判断を下した。
「夜間の入場手続きは審査が厳しくなって余計に時間がかかる。今日は無理に並ばず、城門の手前、あの川沿いの橋のたもとの野営地でキャンプを張ろう。明日、朝一番の開門と同時に入場した方が確実じゃ」
「賛成です。急いて夜間にトラブルを起こすより、しっかり休息を取って万全の態勢で臨みましょう」
カロンの同意を得て、四人は街道を少し外れ、大河の清流に面した芝生の広場へとテントの設営地を定めた。
夕闇が急速に濃くなり、野営地にはあちこちの旅人や商人が焚き火を灯し始めていた。
ガイルが手際よく頑丈なドワーフ製キャンバステントを組み上げ、バルクが周囲の警戒線を引く。
「よし! 寝床はできたな。カロン、腹が減ったろ。ちょっとそこの屋台で飯を仕入れてきたぞ!」
ガイルが嬉しそうに抱えて戻ってきたのは、街道沿いの露店商人が売っていたという大きな木皿だった。
皿の上には、小芋ほどの大きさの泥つきのイモが湯気を立ててゴロゴロと盛られ、上から粗挽きの岩塩がパラパラと振られていた。
「地上の商人が『茹でたてのホクホク芋』だって売ってたんじゃ。安かったぞ!」
「また芋か……」
カロンは思わず苦笑いしたが、移動でエネルギーを消費していたのも事実だった。
「いただきます」
カロンは一番小ぶりなイモを一つ手に取り、皮を剥いて端を少しだけかじった。
――ガリッ。
「……ん?」
歯に伝わってきたのは、ホクホクした芋の柔らかさではなかった。大根の芯を生かじりしたような硬い生煮えの感触。
そして次の瞬間――
舌先から喉の奥にかけて、チクチク、ピリピリとした強烈な針で刺されるような刺激が走った。
(……っ! これは、里芋(サトイモ系タロイモ)か! しかも、中まで全然火が通っていない!)
カロンは咄嗟に口の中のものを吐き出し、革袋の水ですすいだ。
「どうしたカロン? 美味くないのか?」
ガイルが不思議そうに同じ芋を丸ごと口に放り込み、バリバリと噛み砕こうとしている。
「父さん、噛んじゃダメです! 吐き出してください!」
「え? モグモグ……ん? なんか喉がいがらっぽいような……」
「それは生煮えの里芋に含まれる『シュウ酸カルシウムの針状結晶』のせいです!」
カロンは真剣な表情で三人を見渡した。
「里芋の細胞内には、目に見えない微細な針の形をしたシュウ酸カルシウムの結晶が無数に含まれているんです。これが口腔内や食道の粘膜に刺さることで激しい激痛や痒みを引き起こします。さらに、加熱が不十分なまま胃腸に入ると、消化不良による激しい腹痛や下痢を引き起こす危険があります!」
「「「…………???」」」
ガイル、ドランド、バルクの三人は、ポカンと口を開けて固まっていた。
「しゅう……さん……?」
「カルシ……なんだって……?」
「ええと……要するに、しっかり中心まで沸騰した湯で熱分解させないと、毒でお腹を激しく壊すということです!」
「な、なんじゃと! あの人間の商人め、毒入りの生煮え芋を売りつけおったのか?!」
ガイルが血相を変えて立ち上がろうとしたが、カロンが手を振って制止した。
「悪意ではなく、単に大量の客を捌くために茹で時間をケチっただけでしょう。大丈夫です、私がここで茹で直します」
カロンはテントの中から鉄鍋を取り出すと、バルクに頼んで近くの大河から汲んできた澄んだ水を注ぎ、木皿の里芋をすべて投入した。
(レベル4になって、マナの微細コントロールの精度は劇的に跳ね上がっている……。ただの火球ではなく、局所誘導加熱の要領で熱量を水分子全体へ均一に与える……!)
カロンは鉄鍋の底に手をかざし、頭の中に<火魔法>の紋章を展開した。
「――【ファイヤーボール・低温持続励起】」
ボッ……!
鍋底に張り付くように、青白く澄んだ微細な炎が極小サイズで点火された。
ブクブクと鍋の水が一瞬で沸騰し、細かな気泡が里芋の表面を均一に包み込んでいく。
カロンは【構造鑑定】を併用し、里芋の中心温度が八十度を超え、デンプンが完全に糊化(アルファ化)し、シュウ酸カルシウムの結晶構造が熱変性によって崩壊していくプロセスをリアルタイムで監視した。
十分後。
鍋から、里芋特有の甘く香ばしい豊かな香りが立ち上った。
「火を止めます。……さあ、どうぞ」
カロンが差し出した里芋を、ガイルがおっかなびっくり皮を剥いて口に運んだ。
一口噛んだ瞬間、ガイルの目が輝いた。
「……う、美味い!! さっきの嫌なチクチクが完全に消えて、中までトロットロに柔らかくなっとる!」
「本当じゃ! 箸がスッと通るような柔らかさじゃわい!」
ドランドとバルクも大喜びで頬張り、あっという間に鍋一杯の里芋が綺麗に胃袋へと収まった。
カロンもホクホクとした里芋に塩をつけて味わい、温かい湯で喉を潤した。
(前世の知識と魔法の合わせ技だな。調理器具が乏しい野営でも、火加減をワット単位で制御できるのは極めて便利だ)
食事が終わり、ドランドとバルクが交代で夜間の見張りへとついた。
ガイルは満腹感と旅の疲れから、テントの奥ですでに高い鼾を立てて眠りに落ちている。
カロンはテントの入口に腰を下ろし、静かな夜の空気を吸い込みながら、先ほどレベル4になった際に解放された【新魔法】の検証を行うことにした。
(ステータス画面で唯一の闇魔法としてアンロックされていたスキル……【アナライズダーク】)
カロンは意識を集中させ、頭の中に闇魔法の幾何学回路を展開した。
(対象の精神波、あるいは霊的な波長を分析する術式か……? 試しに使ってみよう)
「――【アナライズダーク】」
カロンの瞳の奥で、淡い紫色の燐光が微かに明滅した。
視界がふわりと切り替わり、夜の景色の中に、生物が放つ「オーラのような霊的色彩」が重なって見え始めた。
まず、隣で大の字になって爆睡している父ガイルを見つめてみる。
ガイルの全身からは、温かみのある赤橙色と大地の茶色が混ざり合った、極めて明るく濁りのない光が放たれていた。黒ずみや影のようなものは、爪の先ほども見当たらない。
見張りをしているドランドやバルクも同様で、引き締まった鋼色と純朴な灰色のオーラに包まれている。
(ドワーフたちの精神波は、驚くほど澄んでいるな。裏表のない、直情的な気質がそのままオーラに出ているのか)
カロンは視線を転じ、川沿いの野営地に点在する「他種族のテント」へと目を向けた。
その時だった。
カロンの視界の端に、異様な光景が飛び込んできた。
(……っ?! なんだ、あれは……?)
十数メートル離れた、ひときわ豪奢な馬車と大型テントの前にいる一人の人間――絹の豪奢なローブを纏った太った商人らしき男。
その男の全身が、夜の暗闇とは明らかに異質な、「ドロドロとした粘性を帯びた完全な漆黒」に塗り潰されていたのだ。まるで、人の形をしたタールが服を着て立っているかのようなおぞましい光景だった。
カロンは耳を澄ませ、聴覚を強化した。
「――おい! 何をボサッと突っ立っているんだ、この役立たずが!」
漆黒のオーラを纏った太った商人が、平手で若い御者の頬を激しく張り飛ばした。バチンッ! と鋭い音が夜気に響く。
「も、申し訳ありません、旦那様……! ですが、明日の早朝開門に間に合わせるための馬の給水が……」
「言い訳をするな! 明日一番に城内へ入れなければ、積み荷の相場が下がるんだぞ! 徹夜で荷馬車を磨き上げろ! 食事は抜きだ! もし傷一つでもついていたら、お前の妹の借金に上乗せして路頭に迷わせてやるからな!!」
商人は喚き散らし、怯えて震える若い従者を何度も足蹴にしている。
周囲の他の旅人たちも眉をひそめているが、商人の雇った私兵たちが剣の柄に手をかけて威圧しているため、誰も口出しできずに視線を逸らしていた。
(……なるほどな)
カロンは術式を解除し、夜の静寂の中で小さく息を吐き出した。
(【アナライズダーク】――対象の悪意、欺瞞、強欲、加虐心といった『邪悪な情動の絶対量』を視覚化する精神鑑定魔法か。
あの商人のように、自己の私利私欲のために他者を踏みにじり、搾取することを何とも思わない精神構造を持つ者は、文字通り『腹黒い』存在として漆黒に染まって見えるわけだ)
地底都市ガロニアのドワーフたちは、頑固で喧嘩っ早いところはあるが、仲間を騙したり不当に搾取するような陰湿な悪意とは無縁の世界で生きていた。
しかし、外の人間の世界には、これほど露骨な悪意と格差が存在している。
(明日会うゲオル商会の人間たちが、どのような精神の持ち主なのか……この魔法は、極めて強力な防諜・交渉フィルターとして機能してくれるはずだ)
カロンは静かな確信を抱きながら、冷えてきた空気を避けてテントの中へと潜り込み、明日の大一番に備えて深い眠りへと落ちていった。
翌朝。
地平線から太陽が昇り始めると同時に、城門の周囲は凄まじい活気と怒号に包まれた。
ゴオォォォン……! ゴオォォォン……!
ルーセンの巨大な鐘楼から、朝の開門を告げる重厚な鐘の音が鳴り響く。
「開門だーっ!」「押すな! 順番を守れ!」
カロン、ガイル、ドランド、バルクの四人は、夜明け前から列の前方に並んでいたため、比較的スムーズに大河を渡る巨大な石造りの跳ね橋へと進むことができた。
橋の上から見下ろす大河は、川幅百メートルを超える雄大なものだった。滔々と流れる豊かな水量は、ガロニアの地底川の数倍に達している。
(……素晴らしい流量だ)
カロンは手すり越しに水流の速度と水深を目測した。
(ルーセンの街の脇をこれほどの河川が流れているのなら、取水路と導水管を適切に設計すれば、ガロニアの発電所を遥かに凌駕する数百キロワット規模の大規模水力発電プラントが建設可能だ。街全体の電化どころか、近隣の農地への電動揚水ポンプによる灌漑事業まで一気に展開できる)
工学者としての頭脳が、すでに現地の地形データを取り込んで発電所レイアウトのシミュレーションを開始していた。
やがて、一行は巨大な白石の城門へと到達した。
門の前には、銀色のプレートアーマーを着込み、長槍を手にしたルーセン市警備兵たちが厳重な検問を行っていた。
「次! ……ん? ドワーフか? 珍しいな」
恰幅の良い門番の兵士が、物珍しそうにガイルたちを見下ろした。
「おう。ガロニアからの使節じゃ」
ガイルが懐から、事前にボルト先生から預かっていた「ガロニア長老会および工房親方会の公式親書」と通行手形を差し出した。
門番は書類を受け取り、そこに押された純銀のドワーフ親方印と長老会の蝋封印を見るなり、ギョッとして姿勢を正した。
「……! ガロニア親方会の公式使節団……?! し、失礼いたしました! ゲオル商会様から事前に伺っております『特別来賓』の方々ですね!」
「うむ。通してよいか?」
「は、はい! 武器の持ち込みも許可証が出ております! どうぞお通りください!」
門番たちの敬礼に見送られ、カロンたちは白石のアーチをくぐり抜け、ついに交易都市ルーセンの内部へと足を踏み入れた。
「うわあ……」
城門を抜けた瞬間、カロンは思わず声を漏らした。
目の前に広がっていたのは、前世の中世ヨーロッパの歴史都市をそのまま巨大化させたような、圧倒的なスケールの街並みだった。
整然と敷き詰められた白石の石畳。
三階から四階建ての木骨造り(ハーフティンバー様式)の美しい家々が延々と立ち並び、一階の店舗からは焼きたてのパンや香辛料、焙煎されたハーブの芳しい香りが漂っている。頭上を行き交う小鳥のさえずりと、石畳をリズミカルに叩く馬車の車輪の音。
「カロン、商会の場所はここから歩いて五分ほどじゃ。十年前に一度、鍛冶の鋼材を納品するために荷物持ちで来たことがあるからな、俺についてこい」
ガイルが得意げに大髭を撫で、先頭を切って歩き出した。
大通りを右手に折れ、中央広場に面した一角へと進むと――
周囲の建物を圧倒する威容を誇る、巨大な建築物が姿を現した。
重厚な白灰色の切り石で組み上げられた、壮麗な五階建ての大建造物。
正面玄関には美しいアーチ状の柱廊が構えられ、最上階の破風には、黄金で鋳造された「天秤と大船」を模した巨大なエンブレムが掲げられていた。
交易都市ルーセンの経済の中心――『ゲオル商会・総本部』。
「ここじゃ。相変わらずデカい建物だぜ」
ガイルが見上げ、ドランドとバルクも警戒を怠らずに周囲に視線を配る。
カロンたちは正面の重厚なオーク材の扉を押し開き、中へと入った。
一階のロビーは、高い吹き抜けの天井と大理石の床を持つ広大な空間だった。
数十人を超える商会の職員や番頭たちが、羊皮紙の帳簿を抱えて慌ただしく行き交っている。
カロンたちが正面の受付カウンターへと進み出ると、黒い上質なドレスを着た人間の女性受付嬢が、少し驚いたように眼鏡を直して応対した。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
カロンは一歩前に出て、澄んだ声で告げた。
「ガロニアより参りました。ゲオル会頭よりお手紙をいただいておりました『水力発電所および電気技術の導入協議』の件でお伺いしました。私が技術責任者のカロンです」
「……! ガロニアの……発電機の技師様方ですね! お待ち申し上げておりました!」
受付嬢は慌てて立ち上がり、最敬礼した。
「会頭より、皆様がお見えになられたら直ちに最上階の特別応接室へご案内するよう厳命を受けております! どうぞこちらへ!」
カロンは歩きながら、何気なく受付嬢に【アナライズダーク】の視線を向けた。
(……ん、薄っすらとグレーの影があるな。まあ、日々の仕事のストレスや小さな計算高さ程度だろう。問題のない範囲だ)
案内されたのは、五階の最奥にある、豪奢な赤絨毯と重厚なマホガニーの家具が並ぶ「特別貴賓室」だった。
大きなガラス窓からは、ルーセンの美しい街並みと、雄大な大河の流れが一望できる絶景が広がっている。
「こちらでお掛けになってお待ちください。直ちに会頭をお呼びいたします」
受付嬢が一礼して退出し、室内にはカロンたち四人だけが残された。
「すげえ部屋だな……。椅子のクッションがフッカフカで尻が沈み込むぞ」
ガイルが落ち着かない様子で腰をもぞもぞと動かしている。
それから数分後。
重厚な扉が静かにノックされ、カチリと真鍮のドアノブが回った。
「――大変お待たせいたしました、ガロニアの使節団の皆様」
鈴を転がすような、凛とした気品のある女性の声が室内に響いた。
入室してきたのは、二人連れだった。
先頭に立っていたのは、目を見張るほど知的な美貌を持つ人間の女性だった。
年齢は二十代後半から三十歳前後。夜空のように深い艶やかな黒髪を後ろで上品なシニヨンにまとめ、細身の仕立ての良い深紅のビジネスドレスを隙なく着こなしている。知的で涼やかな琥珀色の瞳と、引き締まった口元。全身から、幾千万の金貨と巨大組織を動かすトップリーダーとしての洗練されたオーラを放っていた。
「初めまして。私がゲオル商会の会頭を務めております、ゲオル・ルーセンと申します。遥々ガロニアよりお越しいただき、心より歓迎申し上げます」
女性――ゲオル会頭は、優雅にスカートの裾を引いて一礼した。
そして、そのすぐ後ろに控えていた男性が一歩前に出た。
年齢は三十代半ば。銀色の縁なし眼鏡をかけ、完璧に糊の効いた執事風のスーツを纏った細身の男だった。手には分厚い書類挟みを抱え、慇懃無礼なほどに完璧な営業スマイルを浮かべている。
「会頭秘書および技術調達部門の主任を務めております、ガストンと申します。以後、お見知り置きを」
ガストンは深々と頭を下げた。
カロンは立ち上がり、ドワーフ側の代表として礼儀正しく頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ゲオル会頭。私がガロニア工房親方会より全権を預かって参りました、技術責任者のカロンです。こちらは私の父であり護衛隊長のガイル、同じく警備隊のドランドとバルクです」
「まあ……! お手紙で伺ってはおりましたが、これほどお若い……いえ、愛らしくも理知的な親方様がお見えになるとは」
ゲオル会頭は驚きに琥珀色の瞳を丸くしたが、決してカロンを子供扱いして侮るような態度は微塵も見せず、敬意を込めて微笑んだ。
その瞬間――
カロンは、瞳の奥で静かに【アナライズダーク】を発動させた。
(……鑑定開始)
視界が淡い紫色のフィルターに包まれ、目の前の二人の「魂の色彩」が露わになった。
まず、会頭のゲオル・ルーセン。
彼女の全身を包んでいたのは――澄み渡るような青空の青と、純白の光だった。
商人としての厳格な計算高さを示すわずかな薄墨色の揺らぎはあるものの、それは都市と商会を守るための正当な防衛心であり、悪意や欺瞞の黒ずみは「ほぼ皆無」と言っていいほど綺麗に透き通っていた。
(ゲオル会頭は……本物だ。都市の発展と交易の繁栄を真摯に願う、極めて高潔な信念を持った誠実な商人だ)
カロンが内心で安堵した、次の瞬間。
カロンの視線が、隣に立つ秘書の男――ガストンへと移った。
(……っ?!!!!)
カロンは、あまりの光景に息を呑んだ。
ガストンの全身は――
昨夜、野営地で従者を足蹴にしていた悪徳商人など足元にも及ばないほどの、「ドス黒く濁った完全なる漆黒(ヘドロのような闇)」によって、頭の先から爪先まで完全に覆い尽くされていたのだ。
顔には涼しげで完璧な笑顔を張り巡らせながら、その内面には、底知れぬ強欲、他者を平然と陥れる冷酷な裏切り、そして何か恐るべき陰謀を企てている真っ黒な悪意が、渦を巻いてドロドロと煮え滾っていた。
(この男……ガストン。外見は慇懃な秘書を装っているが、腹の中は完全に腐りきっている……!)
純白の信念を持つ会頭・ゲオル。
そして、その背後に潜む、漆黒の野心を秘めた腹心・ガストン。
巨大な商業都市ルーセンを巡る、光と闇の思惑が交錯する密室の中で――
近代工学と異世界の命運を懸けた、緊迫の「発電所調印交渉」の幕が切って落とされようとしていた。




