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驚くべきことに、実験室には色水の入ったフラスコは設置されていない

 驚くべきことに、実験室には色水の入ったフラスコは設置されていない


 ベリアルはタイマーを覗き込んだ。

 残りは三分程。

 ベリアルは廊下に出る。

 まだ誰もいない。


(廊下で待っていたら、どうなるんだろう?)


 ピピピピ。


 部屋の中でタイマーが鳴っている。

 廊下に出てくる人影はない。


 突然、扉の前にデリアが出現した。


(おっと、そういう感じね)


 両手を少し広げたポーズで立っていた。

 タイマーが十回鳴ったところで、デリアは扉を開けた。

 ベリアルは扉から頭を出して中の様子を観察することにした。


 デリアは澱《よど》みない動きで先ほどの動きを繰り返した。

 ザルにジャガイモをあけると、盛大に湯気が立ち上る。

 ザルを振って湯切りした後、扉を開けて、真鍮の鍋を手にかけた。


(あれ? ジャガイモをつまみ食いしなかったな)


 デリアが鍋を抱えて部屋を出て行った。

 廊下に出たデリアの姿がスーッと消えた。


(なかなか興味深いわね)


 廊下の左端は階段が続いている。

 そこには小さな縦長の窓がある。

 夕陽が差し込んで、床をオレンジ色に染めていた。


(試してみよう)


 ベリアルは窓ガラスに向かって進んだ。


(おっと)


 ドアと同様に壁を抜けて、ベリアルの頭が外に飛び出した。

 眼下の瓢箪型の池が夕陽を反射して煌めいていた。

 メタセコイヤの並木道が長い影を作っている。

 ベリアルは身を乗り出すようにして、窓ガラスの数を数えてみた。


(一、二、三……ここは六階なのか)


 意を決して、ベリアルは一歩前に踏み出してみる。

 薄目を開けて、外の様子を窺う。


(浮いているね)


 ピピピピ。


 タイマーが鳴っている。

 ベリアルが廊下に戻ると、ちょうどデリアが部屋に入っていくところだった。


(さて、どうしよう。向かいの部屋を覗くか、五階に降りるか)


 ベリアルは自分のポケットを弄《まさぐ》った。

 残念ながらコインは見つからなかった。


(デリアがジャガイモを摘《つま》み食いしたら向かいの部屋を探索してみよう。それ以外なら下に行く)


 壁を抜けて、部屋に入り、デリアの様子を観察する。

 湯気がたちのぼり、ザルを振るデリア。


(どっちだ?)


 その手がジャガイモに伸ばされ、摘み上げられた。


「まっず」


 デリアは口に入れたジャガイモを咀嚼することなく右手に吐き出した。

 それをゴミ箱に捨てると、白衣で手を拭った。


(判定に困るなあ)


 後の動きは同じだった。


(まあ、口に入れたから食べたことにしよう。えっと、向かいの部屋の探索だったね)


 ベリアルは廊下の向かい側の部屋の壁をくぐった。


(実験室だ)


 飾り気のない黒い天板の机がいくつも並んでいる。

 机の上にはそれぞれ棚が設《しつらえ》られていて、色々なものが雑然とならんでいた。

 天井から、どこからか引き回してきた電源コードや、ステンレス製の管がぶら下がっている。

 ベリアルは大学に行ったことがないけれど、そこが実験室だということはわかった。


(ニュースでみたことがあるよ)


 ベリアルは部屋の中を見て回る。


(アマテラス製薬、第三技術開発部)


 実験台の上に無造作に置かれた書類のヘッダーをベリアルは読み上げた。

 もちろん声は出ない。


(アレは、ないの?)


 ベリアルは緑色に怪しく光る試験管や、謎の泡を発生し続ける三角フラスコを探した。

 部屋のあちこちに、棚だけでなく、床にも、見たことのない機械や、どうやって使うのか分からないガラス器具が置かれていた。

 どれもこれも地味なデザイン。


(ひょっとして、アレって演出なのかな?)


 そのかわりに、青白い光を発する巨大な装置を見つけた。

 どう見ても単なる箱にしか見えなかったけれど、その中には丸い容器が何枚も積み重ねられていた。

 覗き込んだベリアルを、シャーレの中で成長した眼球が睨み返した。


 部屋の端には古い木製テーブルが置かれている。

 デリアがそこで熱心にメモを取っていた。

 ベリアルはデリアの様子を覗きこむ。

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