二人の旅が終わります
『ふーあーゆー』
それは、甲高く、ゆっくりとした声。
裏声のような不安定な、震えた声。
というより音だった。
「アイム セイント アンナ」
「アイム デーモンロード ベリアル」
『はう あー ゆー』
「アイム ファイン。 センキュー。ハウ アー ユー」
『あいむ ふぁいん。せーんきゅー』
アンナとベリアルは反射的に答えてしまい、思わず顔を見合わせた。
「ちょと卵がしゃべってるんだけど、何なの」
「何なのって、私が知っているわけないでしょう。ここは貴女の方が詳しいでしょう」
「私にも分からないよ」
『ふぁっつ あっぷ?』
「え、なに?」
「何か用かって」
「ああ、そうか。アイ カム トゥー ルック フォー デリアのメモリー」
『はーはぁん』
「……なんかムカつかない?」
「しっ!」
「ねぇ、あれ、見て」
口元を手で覆ってベリアルは卵の上部を小さく指差した。
「あれって人間の頭?」
白い卵の上には黒髪の少女の頭が乗っている。
頭上の金冠がきらりと輝いた。
眉毛の所で前髪ぱっつん。
「よく見えないけれど、デリアに似ている気がするな」
「腕が六本あるわね」
「目が良いね……え? 六本?」
ベリアルは目を細めた。
頭と卵の間に小さな球体がくっついていて、そこに小さくて細い腕が蠢いていた。
「本当だ。虫みたい」
「頭部に胸部ってことは、これって卵じゃなくて」
「肥大した腹部?」
『あいむ くいーん びー』
「女王蜂だ!」
『わと ぶりんぐす ゆー ひやー』
「……」
『ほわっと ぶりんぐす ゆー ひやー』
ベリアルがアンナを肘打ちした。
「え、わたし? アイ カム トゥ リターン トゥ リアルワールド」
『ぱーどぅん?』
「やっぱりちょっとムカつくわね」
「だろう」
「アイ ウォン トゥ ゴー ホーム」
『ゆー あー あ ごっどねす?』
「アイ ワズ ア ゴッドネス」
『あい しー。ざっと いず ぐれいと』
女王蜂が震えた。
彼女の周りを飛び回っていた蜂たちが整列していく。
『まい どーたーず あー べりー さんくふる ゆー』
「何って?」
「娘が世話になったって」
蜂たちが文字を作る。
「フォロウ……ついてこいだってさ」
「ヘイ クイーン。 ミーは?」
『ゆー きゃん のっと かむ ばっく』
「え? 私だけ戻れないのはずるくない? 私、何かした」
『わん うぇい とりっぷ とぅ めもりー』
「記憶世界に行くには一方通行だってさ」
「嘘?」
『りありー』
「ちょっと待ってて」
『はりあっぷ。たいむ いず まねー』
ベリアルとアンナは顔を寄せた。
「ちょっと大丈夫なの? 戻れないって」
「なんとかなるんじゃないかな」
「当てがあるのね」
いつになく真剣な表情でベリアルは頷いた。
「アンナ、お願いがある」
「何よ、気持ち悪い。いつもなら、問答無用のくせに」
「そうだっけ?」
「そうよ。お願いなんて、魔王らしくしなさいよ」
「魔王らしくねぇ」
ベリアルは覚悟を決めたように、早口で捲し立てる。
「アンナは辺獄から現実世界に戻って」
「わかったわ。たぶん玉座には旦那もいるから、叩いてでも現世に戻るわ」
「その間に私は、デリアの記憶に潜り込んで「切断」の数式を探す。うまくいけば、切断された私たちの体が「結合」を始めるはずだ」
「そうしたら、私の鎮痛魔法の出番ね」
「念入りに頼むよ。鎮痛が遅れると、反動で死にかねないから」
「善処するわ」
アンナは右手を差し出す。
つられてベリアルはそれを握り返す。
「勘違いしないで。私が心配しているのは貴女の依代のほうだから」
「素直じゃないな」
「でも、まあ、この旅は楽しかったわ。魔族に対する偏見も少しは薄れた気がする」
「それはよかった。私は、神族の連中の傲慢さが納得できたわ」
アンナは眉を吊り上げた。
ふっと鼻で笑う。
「現実世界で会いましょう」
「ああ、またあとで」
アンナは蜂の誘導に従って温泉を回り込むように進んだ。
振り向くとベリアルが手を振っていた。
次の瞬間に女王蜂の巨大な腹部がベリアルを飲み込むのが見えた。
すぐに湯気が立ち込めて視界が真っ白になる。
蜂たちの羽音の誘導に従って行くと、唐突にエスカレーターが現れた。
天上に向かって伸びた長いエスカレーターの行きつく先は良く見えない。




