第56話― 舞台裏の政治
冬の宮殿、ロダニア帝国
ヴァルトロスの夜と同時刻
宮殿の東翼、帝国の公式地図から意図的に抹消された一室で、公爵ケイラン・ヴォルスングが一人座っていた。部屋の隅の蝋燭が落ち着きなく踊り、冷たい石壁に長く伸びる影を生み出している。
ケイランはクリスタルのグラスに赤ワインを注いだ。その鋭い目は、卓上の古びた通信アーティファクトに向けられている――仄かな紫光を脈打たせる大きなクリスタル。それは、国境を越えた回線が繋がっている証だった。
クリスタルの中で影が凝集し始め、彼がよく知るシルエットを形作る。宰相ヴァルン。
「ヴァルトロスからの報告はもう届いたか?」ヴァルンの声は、何千キロも離れているにもかかわらず、明瞭に響いた。
ケイランはゆっくりとワインを啜った。「ああ。シャドウハンドの実行部隊が恐ろしいほどの効率で動いた。被験体は現在、国境の秘密研究施設へ移送中だ」
「よろしい」ヴァルンは満足げだった。「この被験体は純粋級の異常存在だ。彼女が持つオリジン・フラグメントは人工アーティファクト由来ではなく、ヴァルトーラの塔を破壊した存在そのものから直接もたらされた」
「星なき夜の女帝」ケイランは、半信半疑と警戒の入り混じった口調でその異名を呟いた。
「その通りだ。もしこの抽出が成功すれば、ロダニアは現在の魔力の理を超越した兵器を手に入れる。そしてもし失敗しても…少なくとも、その死体には高い研究価値が残る」
ケイランは目を細めた。「生き延びた銀の騎士はどうする? あれは計画の汚点になり得るぞ」
クリスタルの向こうから、ヴァルンの低い笑い声が聞こえた。「あの騎士には好きなだけ探らせておけ。ロダニアに深く入り込めば入り込むほど、『外交事故』の生贄として仕立て上げやすくなる。同盟国の秘密施設への潜入を試みて死亡したアウレリアンの騎士…それは政治的粛清を始めるのに完璧な筋書きだ」
ケイランは小さく頷いた。「して、そちらの皇帝は? まだ眠っておられるのか?」
「我々にとって極めて好都合な長い眠りだ」ヴァルンは簡潔に答え、クリスタルの接続は薄れ、消えた。
部屋は再び静寂に包まれた。ケイランはしばらく黙って座り、濃い赤のワインの表面に映る自分の姿を見つめていた。それから、振り返ることなく、深い敬意を込めた声で囁いた。
「すべて計画通りに進んでおります、我が主」
蝋燭の光が届かぬ部屋の隅から、声が応じた。その声は深く、威厳に満ち、完全に人間とは言い難い共鳴を帯びている。
「よろしい。私が自由に近づけば近づくほど、この世界が真の夜の恐怖を味わう時も早まる」
地下研究施設、ロダニア
ミーシャは、頭を金槌で打たれたような感覚で目覚めた。手足に嵌められた金属の枷はひどく冷たく、体内の残り少ないエネルギーをゆっくりと吸い上げ続けている。しかし、胸の内だけは、不自然な温もりを保ったままだった。
(サーシャ姉さん…お願い…)
鉄の扉が軋みながら開く。規律正しい足音が近づき、続いて、くたびれた白衣に、魔導灯の光をギラつかせて反射させる分厚い眼鏡をかけた男が現れた。モーデイン教授。
「こんばんは、ミーシャ令嬢。いや、おはようかな? 地下の時間というものは相対的でね」モーデインは微笑んだ。それは無理やり貼り付けた仮面のような表情だった。「良い知らせがある。明日から集中観察段階に入る。君は私のお気に入りの被験体になるだろう」
ミーシャはただ、純粋な憎悪を込めて彼を見つめた。
モーデインは小さく笑い、気に留めなかった。「そんな目で見ないでくれ。今のところ、君はまだ極めて貴重だ。まだ生きている。まだ無傷だ」
彼は去ろうと振り返ったが、戸口で一瞬立ち止まった。
「おっと、忘れるところだった。ロダニアへようこそ、ミーシャ令嬢。あまり早く壊れてしまわないように」
鉄の扉が重い衝撃音とともに閉まり、狭い独房に轟いた。ミーシャは目を閉じ、祈った。
(星なき夜の女帝…もしあなたが本当に存在するのなら…お願い…)
外では、厚い黒雲に覆われたロダニアの空で、冷たい風がほんの一瞬だけ激しく吹き抜けた。まるで、この宇宙が今しがた、聞こえぬ答えを返したかのように。




