第38話 ― 空すら拒絶した魔法
夜が夕暮れの光を飲み込み、街灯のかすかな明かりだけがちらちらと瞬いていた。ガリックは丘の上に立ち、胸を締めつけるような緊張の中で森の境界線を見つめていた。彼の下にいる数千の兵士たちは息を潜め、顔を強張らせている。あの紫の影は、いまだ彼らの夢に現れていた。二晩が過ぎたというのに、あの記憶は消えない。まるで自然そのものが、彼らの一挙一動に見えない圧力をかけているかのようだった。
ついに王都から援軍が到着した。しかし、それは普通の軍隊ではなかった。二百人の精鋭魔道士が漆黒のローブをまとい整然と並び、額のマナクリスタルが権力への渇望を宿したように輝いている。そしてガリックがこれまで見たこともない巨大なルーン砲が、森を引き裂く瞬間を待つかのように鎮座していた。ガリックは唾を飲み込み、彼らがこれから対峙するものをまったく理解していないことを悟った。
金の刺繍が施された濃紫のローブをまとった老人、ヴォラーが馬車から降り立つ。その視線はガリックをなぞり、まるで靴についた塵を見るかのようだった。「退却を報告したのは貴様か?」その声は冷たく鋭かった。ガリックは怒りを押し殺しながら答える。「私はただ事実を報告しただけです、閣下」
ヴォラーは乾いた笑い声を上げた。「数千の兵士が、たった一人の女に怯えて逃げ出したという事実か?」ガリックは黙り込む。
ヴォラーは前線へ歩み出て、飢えた獣のような目で森を見つめた。「そのお伽話はすべて読んだ。しかし報告には、この魔導砲の力が計算に入っていない。一撃放てば、この森の歴史の半分は消し飛ぶ」
ガリックは拳を握り締めた。爪が皮膚に食い込むほどだった。彼は知っていた。今この瞬間、自分の兵士たちの墓穴が掘られているのだと。
森の縁で、フロスティーヌは静かに立っていた。紫の髪は夜風に流れ、紫の浴衣が静かに揺れている。遠くから、魔道士たちが無理やり凝縮させたマナの気配を感じ取っていた。熱せられた金属の匂い、オゾン、そしてむき出しの強欲。
アリスはいまだ眠りの中にあり、ピップはその隣で丸くなっている。リルは青い瞳を光らせ、警戒していた。ルファスがフロスティーヌの隣に立ち、黄金の瞳で地平線を捕食者のように見つめている。
「どうやら新しいおもちゃを持ってきたみたいね」彼女が囁いた。
「分かっているわ」フロスティーヌは静かに答える。「ただ見てみたいの。愚かさが彼らをどこまで連れて行くのか」
ルファスは目にも止まらぬ動きで木の上へと跳んだ。上から声が降ってくる。「やっと……見応えのあるショーが始まりそうね」
フロスティーヌは薄く微笑んだ。彼女の存在そのものが世界の理を圧迫している。全力を出す必要などどこにもなかった。
前線ではヴォラーが手を掲げた。ルーン砲が電光のような青い光を放ち、空気がマナの圧力で震え始める。精鋭魔道士たちは魔力を送り込み、呼吸の一つ一つが魔力の鼓動に合わせて震えていた。
「撃て」
ヴォラーが命じた。巨大な青いエネルギーの塊が音速で放たれ、光の尾を引いて森へと突き進む。
しかし――
その塊は突然、空中で止まった。
まるで、何かより高次の存在の許しを待っているかのように。
「な……何が起きている!?」
ヴォラーが叫ぶ。
エネルギーは音もなく消滅した。何も残らない。撃たれることさえ許されなかったのだ。
古い大木の陰から、フロスティーヌが姿を現す。髪と浴衣が優雅に揺れ、紫の瞳が彼女を見つめるすべての者を貫いた。
彼女はゆっくりと手を上げた。しかしそれは呪文のためではない。
その瞬間――
頭上の空が、目を焼くような幾何学模様とともに「ひび割れた」。
空気が震え、現実そのものが薄いガラスのように歪んでいく。ルーン砲の紋様は消え、魔道士たちのクリスタルは砕け、粉塵となった。放たれようとしていたすべての攻撃が存在そのものを消されていく。
反射されたのではない。
消されたのだ。
ヴォラーはよろめき、恐怖に満ちた目でその光景を見つめた。これはただの魔法ではない。存在そのものを否定する、世界の法則だった。
遠くで見ていたサーシャとミーシャは身体を震わせながら立ち尽くしていた。彼女たちは理解する。フロスティーヌはただの怪物ではない。最高位の魔道士でさえ抗えない、力そのものの顕現なのだ。
木の上でルファスが低く笑った。捕食者のような目でその混沌を見下ろしている。「さあ……ようやく見応えのあるショーね」
フロスティーヌが手を下ろすと、空のひび割れは薄く残り、まるで警告のように漂った。
ガリックは膝をついたヴォラーに歩み寄る。その影が震える大魔道士を覆った。「言ったはずだ」彼は冷たく囁く。「警告した」
ヴォラーは答えられなかった。ただ森の境界に立つ紫の影を見つめる。その姿は避けられない終焉の約束のようだった。
兵士や魔道士の中には気を失う者もいれば、虚空を見つめてよろめく者もいた。巨大な魔導砲は今やただの鉄屑であり、ゴミ同然だった。
遠くでサーシャとミーシャはまだ動けずにいる。彼女たちは理解していた。自分たちは今、世界を超える存在を目撃したのだと。
フロスティーヌとルファスが放つ不気味なオーラは、この戦いがまだ始まりに過ぎないことを告げていた。空のひび割れは、より大きな脅威の前触れ。王国を、魔道士を、そして彼女たち自身をも、運命を決める選択へと追い込んでいく。
そしてヴォラーは、数十年ぶりに祈った。
勝利のためではない。
ただ――生きて帰ることを許されるように。




