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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【紗月 side ①】
22/57

好きだから

 祭りらしい笛の音が、この公園までかすかに聞こえる。


「僕を傷つけて、そんなに楽しい?」


 暗い中でも、飛田くんが怪訝な顔をしているのが分かった。


「違うよ」


 わたしは顔を覗き込むと、彼は立ち止まった。その動揺する目を見て、わたしは少し微笑んでみせた。


――そう、これでいい。


「わたしが、飛田くんのことを好きだからだよ」


 遠くで、大きな花火の音がした。飛田くんは何も言わず、そこに立ち尽くしている。


「ねえ、何か言ってよ。女の子が勇気出して告白してるんだから」


 止まったままの飛田くんは、暗闇に溶け込んでいた。けれどその目だけが、不気味なほど光って見えた。


「……どうして、そんなこと言うの?」

「だから、好きだって――」

「どうして、嘘をつくの?」


 彼は真っ直ぐに私を見ていた。何もかもを見透かすような、冷たい目で。


「質問の意味が……よく分からないな」

「五十嵐さんは、僕のこと好きじゃないでしょ」


 また、花火の音。次々と上がる花火が、わたしに言い訳をさせる隙を奪っていく。


 飛田くんが、こちらへ歩いてくる。胸の鼓動が早まる。

 なぜか、追い詰められているような気がした。逃げ出したいのに、足が動かなかった。

 飛田くんはわたしの横を通り過ぎるとき、歩みをわずかに緩めた。


「これ以上、美咲を苦しめるな」


 耳元で囁かれたその言葉は、花火の爆音よりもずっと重く、心臓の奥まで響いた。血の気が引いた。


 彼はすべてを分かっていた。わたしが、みーちゃんと飛田くんについた――嘘。




 みーちゃんはあの日から、いつも側にいてくれた。けれど決して、わたしを"側に置く"ことはしなかった。

 わたしには彼女が必要なのに、彼女にはわたしは必要なかった。あの息苦しい教室で、彼女だけは誰にも頼らずに生きていけたから。

 悔しかった。でもそれが彼女なのだと、彼女はそうやって強く生きていく人間なのだと、自分に言い聞かせて無理やり納得していた。


 だから高校に入って、みーちゃんが見せたあの横顔に、わたしは打ちのめされた。

 飛田くんは間違いなく、彼女にとって"特別"だった。三年間わたしが手に入れられなかった特別を、彼はなんなく手にしていた。

 いや、違う。みーちゃんの「特別」は、最初からずっと彼のものだったのだ。わたしには入り込めない絆が、二人の間にはあった。


 許せなかった。認めたくなかった。彼がみーちゃんの"特別"であること。わたしが彼女の"特別"になり得ないこと。

 だから、嘘をついた。


 わたしは飛田くんのことなど好きではない。彼を遠ざけたかった。ただそれだけだ。

 わたしの大事なみーちゃんを、守るために。




「わたしが、みーちゃんを苦しめてる? ……そんなわけない。ありえない」


――だってわたしは、こんなにもみーちゃんのことを想ってるのに。


「……みーちゃんには、言わないで!」


 遠ざかっていく背中に向かって、わたしは言った。

 彼は立ち止まり、振り返る。


「お願い。嫌われたくないの」

「なら、どうして嫌われるようなことするんだよ」


 言葉に詰まった。

 “好きだから”。そう言えばいいだけなのに。なぜか、口が動かなかった。


 飛田くんは軽蔑するような目でわたしを見た。そして、背を向けた。

 大きな黄色い花火が空に広がり、彼の黒いシルエットをくっきりと浮かび上がらせる。


「お願い、飛田くん……!」


 わたしは泣きながら叫んだ。けれど、彼はもう振り返らなかった。

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