好きだから
祭りらしい笛の音が、この公園までかすかに聞こえる。
「僕を傷つけて、そんなに楽しい?」
暗い中でも、飛田くんが怪訝な顔をしているのが分かった。
「違うよ」
わたしは顔を覗き込むと、彼は立ち止まった。その動揺する目を見て、わたしは少し微笑んでみせた。
――そう、これでいい。
「わたしが、飛田くんのことを好きだからだよ」
遠くで、大きな花火の音がした。飛田くんは何も言わず、そこに立ち尽くしている。
「ねえ、何か言ってよ。女の子が勇気出して告白してるんだから」
止まったままの飛田くんは、暗闇に溶け込んでいた。けれどその目だけが、不気味なほど光って見えた。
「……どうして、そんなこと言うの?」
「だから、好きだって――」
「どうして、嘘をつくの?」
彼は真っ直ぐに私を見ていた。何もかもを見透かすような、冷たい目で。
「質問の意味が……よく分からないな」
「五十嵐さんは、僕のこと好きじゃないでしょ」
また、花火の音。次々と上がる花火が、わたしに言い訳をさせる隙を奪っていく。
飛田くんが、こちらへ歩いてくる。胸の鼓動が早まる。
なぜか、追い詰められているような気がした。逃げ出したいのに、足が動かなかった。
飛田くんはわたしの横を通り過ぎるとき、歩みをわずかに緩めた。
「これ以上、美咲を苦しめるな」
耳元で囁かれたその言葉は、花火の爆音よりもずっと重く、心臓の奥まで響いた。血の気が引いた。
彼はすべてを分かっていた。わたしが、みーちゃんと飛田くんについた――嘘。
みーちゃんはあの日から、いつも側にいてくれた。けれど決して、わたしを"側に置く"ことはしなかった。
わたしには彼女が必要なのに、彼女にはわたしは必要なかった。あの息苦しい教室で、彼女だけは誰にも頼らずに生きていけたから。
悔しかった。でもそれが彼女なのだと、彼女はそうやって強く生きていく人間なのだと、自分に言い聞かせて無理やり納得していた。
だから高校に入って、みーちゃんが見せたあの横顔に、わたしは打ちのめされた。
飛田くんは間違いなく、彼女にとって"特別"だった。三年間わたしが手に入れられなかった特別を、彼はなんなく手にしていた。
いや、違う。みーちゃんの「特別」は、最初からずっと彼のものだったのだ。わたしには入り込めない絆が、二人の間にはあった。
許せなかった。認めたくなかった。彼がみーちゃんの"特別"であること。わたしが彼女の"特別"になり得ないこと。
だから、嘘をついた。
わたしは飛田くんのことなど好きではない。彼を遠ざけたかった。ただそれだけだ。
わたしの大事なみーちゃんを、守るために。
「わたしが、みーちゃんを苦しめてる? ……そんなわけない。ありえない」
――だってわたしは、こんなにもみーちゃんのことを想ってるのに。
「……みーちゃんには、言わないで!」
遠ざかっていく背中に向かって、わたしは言った。
彼は立ち止まり、振り返る。
「お願い。嫌われたくないの」
「なら、どうして嫌われるようなことするんだよ」
言葉に詰まった。
“好きだから”。そう言えばいいだけなのに。なぜか、口が動かなかった。
飛田くんは軽蔑するような目でわたしを見た。そして、背を向けた。
大きな黄色い花火が空に広がり、彼の黒いシルエットをくっきりと浮かび上がらせる。
「お願い、飛田くん……!」
わたしは泣きながら叫んだ。けれど、彼はもう振り返らなかった。




