特別になった日②
「次の移動教室、一緒に行こうよ」
美咲ちゃんは明るくて、優しくて、クラスの誰とでも仲が良い。だから、そんなに親しくもないわたしにも、こうして声をかけて。
「なんで、わたしなんかに構うの?」
「なんでって?」
「だってわたし、のろまだし、ダサいし、芋っぽいし……可愛くないし」
「そうやって、あの子たちに言われてるの?」
――ああ。どうして、そんなこと言うのだろう。
「わたしのこと、みじめに思ったの? 可愛くなくて、馬鹿にされて、笑われるわたしを」
「違うよ」
彼女は優しい顔のまま、きっぱりと強い口調で否定した。
「じゃあ、どうして?」
「わたしもね、否定ばっかりされてた時期があったの。仲の良かったはずの子たちが、いつのまにか罵倒の言葉を浴びせてくるようになって。こんなわたしには、もう居場所なんてないんだって、そう思ったこともあった」
わたしの知る彼女は、強い子だった。誰とでも仲が良いけれど、どのグループにも属さない。グループに属さなくても、一人でも平気な、とても強い子だった。
だから、彼女が語る過去の彼女を、わたしには想像することもできなかった。
「そんな中、いつも声をかけてくれて、側にいてくれる人がいてね。それだけで、すごく救われたの。だからわたしは、そういう人になりたいの」
「……信じられない」
「ん?」
「美咲ちゃんはわたしと違って、こんなに可愛くて優しくて素敵な人なのに……それなのに、否定する人とかいるんだね」
「紗月ちゃんは可愛いよ」
言われ慣れないその言葉に耳を疑った。
――可愛い……? わたしが?
「だから、あの子たちのことなんて気にしないで、もっと顔上げて、堂々と生きてればいいんだよ」
「そんなの……無理だよ、今さら。わたし、友達いないし」
「わたしは? 友達って、わたしじゃダメなの?」
驚いた。わたしなんかの友達になろうとしてくれるだなんて。嬉しくて泣きそうになった。
けれどやはり、あの子たちから離れるのが怖かった。わたしがいないところで、何を言われるのだろう。どんな言葉が飛び交うのだろう。
「大丈夫。わたしが側にいてあげる」
彼女は自分の髪から一つヘアピンをとって、わたしの長い前髪をすくい取った。視界が開けて、彼女の綺麗な顔がよく見えた。
その瞳はキラキラと輝いていた。
「やっぱり可愛いね、紗月ちゃんは」
美咲ちゃんは、太陽のように笑った。
ああ、大丈夫だ。この人がいれば何も怖くない。彼女さえいれば、他の誰になんと言われようと、構わない。
そう思えるほど、彼女のその笑顔には安心感があった。
聞き慣れた騒ぎ声が、廊下の方から聞こえてきた。どんどん近づいてくる。
「紗月~」
肩を組まれたわたしは、思わず体を強張らせた。
「次の授業、教科書貸してよ。友達でしょ?」
いつもこうだ。都合のいいときだけ、この子たちはわたしをうまく使おうとする。「友達」という言葉を使えば、わたしがいいなりになると思って。
「……できない。わたしが使うから」
「他クラスからでも借りてくればいいじゃん」
「……たまには、自分で借りてきてみてもいいんじゃない?」
「は?」
顔を上げる。彼女の目は怒りと殺気に満ちていた。
身体が震える。怖い、怖い、怖い――
「わたしの、使う?」
突然、目の前に教科書が差し出された。いや、これはいまにも怒りを爆発させそうな彼女に対して、差し出されている。
「……美咲ちゃん?」
「いいよ。わたしの使いなよ」
美咲ちゃんはわたしの声に一つも反応せず、ただただわたしの横の彼女を見つめていた。いや、睨んでいたと言う方が正しいのかもしれない。
普段穏やかな美咲ちゃんのその気迫に、彼女はたじろいでいるように感じた。
「……いらない」
彼女はわたしの肩から腕を下ろし、後ろにいる仲間のもとへ駆けていった。
美咲ちゃんは、いつのまにかいつもの穏やかな表情に戻っている。
「やっぱり、怖い?」
美咲ちゃんは、わたしの表情をうかがった。
後方から、あの子たちがコソコソと何かを話す音が聞こえる。わたしのことだろうか、美咲ちゃんのことだろうか。
きもい。うざい。だるい。聞こえないはずのその声が、また聞こえてくる。
——でも、だからなんだ。
「怖いけど、平気」
――だって、あなたが隣にいてくれるから。
「そっか、よかった」
「……みーちゃん」
「ん? みーちゃん?」
「みーちゃんって……呼んでもいい?」
彼女は目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
「いいよ」
眩しいほどに輝いた笑顔だった。その笑顔があれば、他のことなんてどうでもいいと思えた。
その日から、みーちゃんは私の特別になった。




