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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【紗月 side ①】
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特別になった日②

「次の移動教室、一緒に行こうよ」


 美咲ちゃんは明るくて、優しくて、クラスの誰とでも仲が良い。だから、そんなに親しくもないわたしにも、こうして声をかけて。


「なんで、わたしなんかに構うの?」

「なんでって?」

「だってわたし、のろまだし、ダサいし、芋っぽいし……可愛くないし」

「そうやって、あの子たちに言われてるの?」


――ああ。どうして、そんなこと言うのだろう。


「わたしのこと、みじめに思ったの? 可愛くなくて、馬鹿にされて、笑われるわたしを」

「違うよ」


 彼女は優しい顔のまま、きっぱりと強い口調で否定した。


「じゃあ、どうして?」

「わたしもね、否定ばっかりされてた時期があったの。仲の良かったはずの子たちが、いつのまにか罵倒の言葉を浴びせてくるようになって。こんなわたしには、もう居場所なんてないんだって、そう思ったこともあった」


 わたしの知る彼女は、強い子だった。誰とでも仲が良いけれど、どのグループにも属さない。グループに属さなくても、一人でも平気な、とても強い子だった。

 だから、彼女が語る過去の彼女を、わたしには想像することもできなかった。


「そんな中、いつも声をかけてくれて、側にいてくれる人がいてね。それだけで、すごく救われたの。だからわたしは、そういう人になりたいの」

「……信じられない」

「ん?」

「美咲ちゃんはわたしと違って、こんなに可愛くて優しくて素敵な人なのに……それなのに、否定する人とかいるんだね」

「紗月ちゃんは可愛いよ」


 言われ慣れないその言葉に耳を疑った。


――可愛い……? わたしが?


「だから、あの子たちのことなんて気にしないで、もっと顔上げて、堂々と生きてればいいんだよ」

「そんなの……無理だよ、今さら。わたし、友達いないし」

「わたしは? 友達って、わたしじゃダメなの?」


 驚いた。わたしなんかの友達になろうとしてくれるだなんて。嬉しくて泣きそうになった。

 けれどやはり、あの子たちから離れるのが怖かった。わたしがいないところで、何を言われるのだろう。どんな言葉が飛び交うのだろう。


「大丈夫。わたしが側にいてあげる」


 彼女は自分の髪から一つヘアピンをとって、わたしの長い前髪をすくい取った。視界が開けて、彼女の綺麗な顔がよく見えた。

 その瞳はキラキラと輝いていた。


「やっぱり可愛いね、紗月ちゃんは」


 美咲ちゃんは、太陽のように笑った。


 ああ、大丈夫だ。この人がいれば何も怖くない。彼女さえいれば、他の誰になんと言われようと、構わない。

 そう思えるほど、彼女のその笑顔には安心感があった。


 聞き慣れた騒ぎ声が、廊下の方から聞こえてきた。どんどん近づいてくる。


「紗月~」


 肩を組まれたわたしは、思わず体を強張らせた。


「次の授業、教科書貸してよ。友達でしょ?」


 いつもこうだ。都合のいいときだけ、この子たちはわたしをうまく使おうとする。「友達」という言葉を使えば、わたしがいいなりになると思って。


「……できない。わたしが使うから」

「他クラスからでも借りてくればいいじゃん」

「……たまには、自分で借りてきてみてもいいんじゃない?」

「は?」


 顔を上げる。彼女の目は怒りと殺気に満ちていた。

 身体が震える。怖い、怖い、怖い――


「わたしの、使う?」


 突然、目の前に教科書が差し出された。いや、これはいまにも怒りを爆発させそうな彼女に対して、差し出されている。


「……美咲ちゃん?」

「いいよ。わたしの使いなよ」


 美咲ちゃんはわたしの声に一つも反応せず、ただただわたしの横の彼女を見つめていた。いや、睨んでいたと言う方が正しいのかもしれない。

 普段穏やかな美咲ちゃんのその気迫に、彼女はたじろいでいるように感じた。


「……いらない」


 彼女はわたしの肩から腕を下ろし、後ろにいる仲間のもとへ駆けていった。

 美咲ちゃんは、いつのまにかいつもの穏やかな表情に戻っている。


「やっぱり、怖い?」


 美咲ちゃんは、わたしの表情をうかがった。


 後方から、あの子たちがコソコソと何かを話す音が聞こえる。わたしのことだろうか、美咲ちゃんのことだろうか。

 きもい。うざい。だるい。聞こえないはずのその声が、また聞こえてくる。


——でも、だからなんだ。


「怖いけど、平気」


 ――だって、あなたが隣にいてくれるから。


「そっか、よかった」

「……みーちゃん」

「ん? みーちゃん?」

「みーちゃんって……呼んでもいい?」


 彼女は目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。


「いいよ」


 眩しいほどに輝いた笑顔だった。その笑顔があれば、他のことなんてどうでもいいと思えた。


 その日から、みーちゃんは私の特別になった。

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