エピローグ
山神高校の音楽準備室に置いてあったグランドピアノは、箕島家が買い取ることになった。その橋渡しをしたのは、他でもない生徒会長の森崎叶美であった。
そして今、そのピアノは町のとある学童施設に置かれている。
贈呈式では、箕島紗奈恵が一曲披露したという話だった。実は彼女のピアノの腕は確かなもので、県内のコンクールで何度も優勝経験があるのだと、後に吹奏楽部の生徒から聞いた。
(みなみさん、あなたの愛したピアノはこの先もみんなに愛され続けるわ。どうか安心してくださいね)
いよいよ警察が動き出した。
寺間誠一郎の証言をもとに、小学校の旧校舎と新校舎の結合部から月ヶ瀬庄一の遺体を掘り出す作業が開始されたのだ。遺体が眠る場所は、さすがに子どもの教育にふさわしくないと教育委員会が判断したらしい。
例の非破壊検査で、コンクリートの塊の位置を特定して、壁に最小限の穴を開けることで取り出しに成功した。中からは成人男性のものと思われる白骨化死体が出てきた。DNA鑑定の結果、それは三十年前の学校の用務員、月ヶ瀬庄一と断定された。
さらに同じ場所から6年2組のタイムカプセルが見つかった。寺間はこれについてはよく覚えていないと証言したが、おそらく箕島校長が掘り起こして校長室に保管しておいたカプセルを、遺体と一緒に処分したのだと考えられた。寺間としては、校長室でカプセルが見つかれば、それを不審に思った人物が埋設場所を掘り起こすと考えて処分したのであろう。
実際そのせいで、月ヶ瀬みなみの遺体は三十年も発見されることがなかったのである。
探偵部は、箕島家が祖父の墓の隣に、月ヶ瀬庄一と娘みなみの墓を建てたという連絡をもらった。二人は今、町外れの小さな寺に静かに眠っている。
「これで学校の怪談はなくなりましたね」
多喜子が嬉しそうに言った。
タイムカプセルは当時の学級委員だった佐々峰知輝の元に返された。彼は自宅に持ち帰ると、娘二人の前でカプセルを開けてみることにした。
知輝は自分のよりも、月ヶ瀬みなみの作文の方が大事だった。たった十二歳で命を奪われた彼女はどんなことを思っていたのか、それが知りたかった。
彼女の作文用紙はすぐに見つかった。
全体にやや茶色がかってはいるが、鉛筆で書いた文字はしっかりと残っていた。ついさっき書いたばかりのように生々しかった。
わたしは大人になったら、ピアノの先生になりたいです。クラスのみんなにはひみつですが、わたしは毎ばん音楽室のグランドピアノをひいて練習しています。どうしてそんなことができるのかというと、お父さんがこの学校の用務員で、わたしたちは学校でくらしているからです。昼間、学校でお父さんに会ったりするのは、ちょっとはずかしいです。だからみんながいる前では知らん顔をしています。みんなにお父さんが仕事をしているところを見られたら、笑われないかと心配になります。
しかしお父さんは仕事にほこりを持っています。学校のことは何でも知っているし、先生やみんなが知らないうちに、こわれた道具や機械も直しています。また道具がなくなると、いっしょうけんめいに探します。わたしもいっしょに探して、お父さんを助けています。誰も知らないけど、お父さんは小学校をかげで支える、えんの下の力持ちだと思います。
そんなお父さんを喜ばせるため、わたしはピアノを練習しています。大人になって小学校の先生になったら、どうどうと毎日お父さんといっしょにいられるからです。
お母さんが死んでしまってつらいけれど、お父さんといつまでもいっしょにくらしていけたらいいなと思っています。
6年2組37番 月ヶ瀬みなみ
完




