望まぬ邂逅 前編
ジェードがこっそりカピタラへ行ったことがアーロンに気づかれた、その後の回想です。
「――あの街は"俺たち"にとっちゃあ、文字通り本物の"地獄"になっちまってるかもしれねんだよ……ッ!!」
困惑するアンバーに向けて、わかりやすいほどに取り乱しながらそう喚いたアーロン。
彼は自分の頭を掻いたり抱えたりしながら「だから知られたくなかったんだ!」とか「なんで昨日口滑らせちまったかなあー!」なんて騒いでいる。
周囲の捜索隊の仲間が落ち着かせようとしても、アーロンはまったく聞く耳を持とうとはしなかった。
「のう、アーロンよ、どういうことじゃ? ちゃんと説明してはくれぬか? 首都には何があるのじゃ?――」
「――町長! 町長ッ!!」
アンバーが尋ねる声に被せるように、一人の男がアーロンを呼んだ。
声のした方には、三十代くらいの壮年の男が、大きく息を切らしながら走ってくるのが見えた。
「んだようるっせえな! あとにしやがれ! 俺は今苛ついて――」
「――関所を強引に抜けられました。……"ヤツ"です……ッ!」
尋常ではないほどに慌てた男の言葉に、アーロンが表情を歪めて押し黙った。
その場にいる全員が顔を青くし、一斉に関所の方を見上げると、そこには風になびく赤旗が上がっていた。
これは外部の者が街へ入った合図――それも厳重な警戒が必要な相手である証だ。
さらに言えばその相手は、関所での制止を無視して強行突破してきたと男は言っていた。
なんだかとても嫌な予感がする。アンバーは咄嗟に頭を一撫でして耳を隠し、人間に擬態して状況を窺った。
それからまもなく、ガチャガチャと不快な金属音を鳴り響かせながら歩く集団が、次第にこちらへ近づいてくるのがわかった。
どうやら侵入者は金属の鎧を身にまとった兵士たちであるらしく、彼らは一糸乱れぬ隊列のままアルスアルテの中心部まで行進してきた。
そして先頭の兵士がアーロンの姿に気づくとピタリと歩みを止め、それに合わせて後続の部隊も順に停止していった。
兵士たちは皆、鎧の上からでもわかるほど屈強な肉体をしており、腕の立つ者を中心に編成された部隊なのだろうと想像できた。
そんな兵士たちはアーロンらの前で整列したまま口を開こうとはしなかったが、やがて隊列が左右に分かれたかと思うと、その間から一人の男が歩み出てきたのだった。
「久しいな、アーロン。突然の来訪、失礼する」
「…………サリバン」
アーロンの表情はただでさえ威圧的なのだが、今日は一段と眉間のしわが深く見える。
そんな彼と睨み合いをしているサリバンと呼ばれた男は、銀の鎧が眩しい部隊の中で一人だけうっすらと金色の鎧を身に着けている。
歳はアーロンと同じくらいだろうか。左瞼には目立つ古傷がついていて、その部分だけ眉毛が生えていない。第一印象が完全に"歴戦の熟練兵士"といった感じの彼は、おそらくこの部隊を率いている実力者なのだろう。
「失礼だってわかってんなら、こんな派手に登場すんじゃねえ。困るんだよなあ、ちゃんと入口で手続きしてもらわねえと」
いかにも機嫌が悪そうなアーロンがサリバンを睨みつける。
しかしサリバンは後ろで腕を組んだまま、涼しい顔でアーロンの視線を受け続けていた。
突然のことで状況が把握できていないアンバーは、隣に立っている街人に「誰じゃ、あの者は?」と小声で尋ねた。
「……彼はサリバン。カピタラの衛兵部隊の隊長です。町長とあの男は、アルスアルテが尾人を匿っているだのいないだので、昔からよく揉めているんです」
「確かに、なんだか近寄りがたい雰囲気じゃのう……」
「ええ。犬猿の仲というより、人狼と狒々のほうがむしろ仲がいいくらいですよ」
感情を剥き出しにしているアーロンに対し、サリバンは表情一つ変えることなく冷静沈着。
正反対な性格の二人は、尾人の存在を巡って何度となく衝突してきたらしい。
しかしながら、現在に至るまで尾人の存在が公になっていないあたり、アーロンはこれまでも随分うまく立ち回っていたのだろう。
「今度の要件は何だ。大勢でずかずか入ってきやがって。しょぼい話だったらぶん殴ってやる」
「よくぞ聞いてくれた。今日我々が訪れた理由は"これ"を伝えるためだ」
そう言いながらサリバンはアーロンに歩み寄り、一枚の紙を手渡した。
それを乱暴に受け取ったアーロンは、手早く目を通したあとで再びサリバンを睨んだ。
「……んだよ、コイツは」
「読んだのならわかっただろう。カピタラの長――ディーノ様からの公文書だ」
「物が何なのかを聞いてるんじゃねえよ。これに書いてある中身の話をしてんだ」
文書には何と記してあったのだろうか。この状況を見守りながら、アンバーを始めアルスアルテの住民たちが息を呑むのがわかった。
サリバンは変わらず冷静な態度をまったく崩そうとしない。それに対してアーロンは、今日一番の憤りすら感じられる、低く重い声でゆっくりと呟いた。
「――"アルスアルテ町内に潜伏する異端思想家の即時退去命令"って、どういうことだよ?」
アーロンが文書の題を読み上げたが、形式ばった文章はすんなりと理解されるには至らず、住民たちは何のことやらと顔を見合わせていた。
しかし不穏な雰囲気だけはなんとなく感じ取れる。"異端思想家"という文言が何を指すのかは曖昧だが、"即時退去命令"ということは、何らかの対象者をこの街から追い出そうとする動きがあるのだろう。
「そのままの意味だ。アルスアルテには異端な思想を持つ輩が潜伏していることがわかっている。我々が今回賜ったのは、首都に被害が及ぶ前にその危険因子を炙り出して追放せよとのご命令だ」
「はぁ? 寝言は寝て言いやがれ。確かにこの街に変人が多いこたぁ認めるが、異端な思想を持つヤツなんか一人だっているもんかよお。いつもいつも変な言いがかりばっかつけてきやがって」
アーロンは公文書をサリバンの胸に突き返しながらそう答えた。
サリバンは「そうか」と呟き、ひとまずその公文書を受け取りなおすと、不意に左手を上げて背後の兵に合図を送った。
「異端な思想はないと言ったな。だが、それならば"これ"をどう説明するつもりだ?」
サリバンの背後から現れたのは、何やら大きな革袋を運んできた二人の兵士だった。
兵士はサリバンが頷いて合図すると、頷き返した後に革袋をアーロンの目の前まで運んできた。
一体何を見せるつもりだ、とたじろぐアーロン。そんな彼の前に、二人の兵士は革袋の中身を雑に放り出してみせた。
ばたりと音をたてて地面に転がったものが、一瞬何なのかわからなかった。
しかし、凝視すればするほどに、その正体に見覚えがあることに気づかされ、その場にいる街人全員が息を呑んだ。
小刻みに震えて地面に横たわるそれは、昨日から行方不明となっていた鳥人の少女――チェルシーだったのだ。
次回、後編へ続きます。