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翡翠と琥珀  作者: ヤマキ ヒサト
アルスアルテ編
101/126

少女の失踪

今回より、物語が大きく動き始めます。

 ジャッキーの家を去るときには、帰って欲しくないとまたハンナが駄々をこね始めた。

 しかし今回は姉のハーティに諫められるとあっさり引き下がったあたり、ハンナも少し物分かりがよくなったようだ。

 このままでは毎日会いに行くことになってしまいそうじゃな、なんて笑っているアンバーは満更でもない様子で姉妹に手を振っている。

 アルスアルテにいる間常に姉妹と一緒にいるというわけにはいかないだろうが、それでもできる限り会いに行く時間は作りたいものだとジェードも考えていたのだった。


「くぅ~ッ、今夜も冷えるなあ。さっさと酒場に戻って飲み直そうぜえ」


「昨日も飲んだのに、今日もかい? 度が過ぎると身体に毒だよ、アーロンさん?」


「全然平気だっての。酒に弱くて酒場の主人が務まると思ったら大間違いだあ!」


 すっかり酒盛りする気満々のアーロンの後ろ姿に苦笑いのジェードが続く。

 あの様子ではきっと拒否権は与えてくれないだろう。ほどほどに付き合って彼を満足させてやるのが一番だ。

 そのようなことを考えているジェードだったが、隣を歩くアンバーの耳が何かを聞き取ったのか、ぴくりと反応したことにふと気が付いた。


「なんじゃ、酒場が騒々しいのう」


「酒場が? お客さんかな」


「いや、どうやら違うようじゃ」


 少しの間そのまま歩き、三人は酒場の前まで辿り着く。

 するとそこにはアーロンに保護されている子どもたちと、数人の大人たちがたむろしていた。


「てめえら、一体何してやがんだ。何の騒ぎだあ?」


「あっ! アーロンやっと帰ってきた!」


「遅いよアーロン! 大変なんだ!」


 人狼のスー、魔猪(まちょ)のリュカとユーリは、アーロンの姿に気づくと彼の前まで駆け寄ってきて騒ぎ始めた。

 落ち着け、何が大変なんだとアーロンが諭すと、子どもたちと共にその場にいた一人の男性が「僕から説明します」と口を開いた。


「実は黄昏時に、この子たちが騒いでいましてね。何事かと事情を聞いたところ、どうやらチェルシーが水汲みに行ったきり戻ってきていないとのことのようです」


「あぁ? チェルシーが戻らねえだあ?」


 険しい表情に変わったアーロンが子どもたちに視線を向けると、スーは何度もこくこくと頷いた。


「ほんとはもっと早く知らせたかったんだよ!」


「でもアーロンが遅いから、この人に助けてって言ったんだ!」


「おう。そっかそっかあ。わかった。遅くなっちまって悪かったな」


 子どもたちを落ち着かせようとするように、アーロンはスーたちの頭を一人ずつ撫でてやった。

 そしてアーロンは一度酒場に上がってランプを引っ掴むと、それに火を灯して再び外へ出てきた。


ガキ共(てめえら)はここで大人しくしてろ。俺は溜め池までひとっ走り探してくる」


 アーロンのその一言を合図に、事情を話してくれた男は人手を集めてくると言って去っていった。

 外はすっかり暗くなっている。そんな中で、あんなに内気で小さな女の子が一人行方不明。

 落ち着いた様子に見えるアーロンも、眉間にしわを寄せて難しそうな顔をしている。

 なにやら雲行きが怪しくなっているこの雰囲気に、ジェードも胸騒ぎが抑えきれなくなっていった。


「なら、僕も行くよ、アーロンさん」


「うむ。わしも手伝おう」


「いいや、兄ちゃんらは酒場(ここ)でガキ共をみててやってくれ。側に大人がいねえんじゃコイツらも不安だろうし、それにチェルシーも何かの間違いでひょっこり帰ってくるかもしれねえ」


 勢いで提案したジェードだったが、アーロンの返答を聞いて冷静になった。

 彼の言い分はもっともだ。確かに、まだこの街にやってきたばかりのジェードとアンバーが動くよりも、土地勘のあるアーロンたちに任せるほうが無難だろう。

 納得したジェードが「わかったよ」と答えると、アーロンはランプを揺らして酒場から走り去っていったのだった。




 *****




 それからしばらく。ジェードとアンバーは酒場のカウンターについてチェルシーが戻らないかと待ち続けた。

 子どもたちもジェードらと共にチェルシーを待っている様子だったが、深夜が近づくにつれてうとうとし始めたため、アンバーが部屋へ連れて行ったのだった。

 二人だけになってからさらに時間が経っても、酒場に誰かがやってくる様子はない。

 ジェード同様に不安を抑えきれないでいるのか、アンバーも耳をぺったりと寝かせたままずっとジェードの手を握っていた。


「アーロンも遅いのう……。まだ見つからぬのじゃろうか」


「そうだね……。見つかったならすぐにでも連れて戻ってくるはずだし」


 アーロンを見送ってからどのくらい経っただろうか。そんなことを考えていた矢先、酒場の戸がギィ、と鈍い音を立てて開いた。

 反射的に立ち上がったジェードとアンバーが音の方へ向き直ると、そこには肩で息をしながら酒場へと上がってくるアーロンの姿があった。


「どうだあ? チェルシーは戻ってきたか……って、聞くまでもねえ(ツラ)してやがるな」


「うん……。その様子じゃあ、そっちも同じだったみたいだね」


 ジェードに「ああ」と返事をしながら席についたアーロンは、ここまで走って戻ってきたのだろう、荒い息を苦しそうに整えていた。

 そんな彼の手に、出ていくときに持っていったランプとは別のものがもう一つ握られていることに気づいたジェードは、アンバーと再び席に腰を下ろしながら「それは?」と尋ねた。


「ああ、これか。昼間チェルシーに持たせた(かめ)だ。この街の外れには、いつも街人(おれたち)が水を汲みに行く溜め池があってな。そこに落ちてたんだ」


(かめ)だけか? ということはまさか、チェルシーは溺れてしまったのではないか?」


「その線ならもう調べた。泳ぎが得意な尾人(ヤツ)に頼んでな。だが、良くも悪くもそんな形跡はどこにもなかったらしい」


「ならば、匂いはどうじゃ? 池に落ちたわけではないなら、鼻の利く尾人(もの)があとを辿れるのではないか?」


「そいつも試したさあ。それも真っ先に。だが、溜め池のあたりは湿気が多いからな。匂いなんかとっくに薄まっちまってんだと」


 アーロンはそう言ってため息をつき、ジェードは顎に手を当てて考えを巡らせた。

 (かめ)がそこにあった以上、チェルシーが溜め池までやってきたことは間違いないだろう。

 わからないのは、遊んでいた他の子らに流されることなく真面目に掃除にも取り組んでいた彼女が、溜め池まで辿り着いたあとでアーロンのお遣いを放棄し、行方をくらませたということだ。

 アルスアルテの周囲には魔猪の縄張りがあるとも聞く。山で暮らす魔猪と遭遇し、何かしらのいざこざに巻き込まれた可能性も十分に考えられるように思えた。


「山ん中はすっかり真っ暗闇で、もう何も見えねえ。だからあとは夜目が利く尾人(ヤツら)に任せて、人間(おれ)は明日明るくなってからまた探しに行こうと思う」


「そうかい……」


 こうして酒場から無事を祈ることしかできないのがもどかしい。

 一体チェルシーの身に何が起きたというのだろうか。真相の解明が急がれるが、当の本人が見つからないことにはそれもままならない。

 ジェードが物憂げな表情で俯くアンバーの肩を抱いてやると、酒場には少しの間沈黙が流れたのだった。


「――カピタラのやつらだよ……」


 不意に、酒場の奥からそんな声が聞こえた。

 ジェードとアンバー、アーロンが思わず声のした方へ視線を向けると、そこにはいつの間に起きて部屋から出てきたのか、目に涙を溜めた人狼の子――スーが立ち尽くしていた。


「スー? どうしたのじゃ。眠れぬのか?」


「カピタラのやつらのせいだ!」


「待て待て、何の話じゃ? カピタラが何じゃ?」


 席を立ったアンバーが歩み寄りながら尋ねるも、スーは尻尾をピンと立てて同じことを繰り返すばかりだった。

 やがてアンバーがスーの前までやってきて屈むと、スーはごしごしと目元を拭って俯いてしまった。


「あいつら、尾人(あたしら)みたいなののこときらいだから……それでチェルシーにいじわるしたに決まってるんだッ!! ぜったいそうだ!!」


「スー。首都(カピタラ)のヤツらの悪口は言うなって教えなかったかあ?」


 大声をあげることはしなかったものの、低く厳しい口調でアーロンが諫めると、スーは「うっ……」と小さな声を漏らして押し黙った。

 アーロンは大きなため息をひとつつくと、のそりと腰を持ち上げて歩き出し、スーの前に立った。


「えっと、その……うぅ……」


「スー。てめえも前に、人間にいろいろ言われて、たくさん嫌な思いしてきたんだろ?」


 叱られる覚悟を決めたのか、身体が強張ってしまっているスーはアーロンと目を合わせることができず、彼の問いに黙ってこくりと頷くことしかできなかった。

 しかしアーロンはスーを叱るどころか、大きな手で彼女の頭を掴むと、ぐりぐりと掻き回すように撫で始めたのだった。


「だったら、それと同じことをしちゃあいけねえ。チェルシーが心配なのはよーくわかってる。だが、だからってカピタラのヤツらのことを悪く言っていい理由にはならねえよ。わかるな?」


「……うん……ごめんなさい」


 反省したのかスーの耳も尻尾もしゅんとなっている。

 それを確かめたアーロンは「わかればよし」と呟くと、スーににっこりと笑いかけてみせた。


「んじゃあ、さっさと部屋に戻れ。良い子(ガキ)は寝る時間だ」


 アーロンに言われた通り、スーは背を向けてとぼとぼと部屋へ戻っていった。

 眠れないほどにチェルシーを心配しているスーの気持ちは痛いほどよくわかる。

 しかしジェードは、それ以上にスーが言っていたことが気がかりで仕方なかったのだった。

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