#02
カランコロン。カフェを出るときの、涼やかな音が愛しい。私のかわいい妹は、おとなしく家で待っていてくれているだろうか。
「俺はどこで間違えたんだろう。」
そう言ってうなだれる彼をおいて店を出た。もう一度妹に近づかないように念押しをすると、今までの言動が嘘のようにあっさりと頷いてくれたから、たぶん大丈夫だろう。少しは、妹の気持ちを理解してくれたのだろうか。
念のため妹の同級生に協力を依頼するかどうかを考えつつ、まずはかわいい妹に電話をかける。
「おねえちゃん、用事終わったの?」
朗らかな声で応答する妹の後ろから、従弟の元気な声が聞こえる。5歳の頃から妹を嫁にするのが夢で、先日は妹を庇いながらゴキブリと戦った。勇敢で優しく将来性あふれる10歳児である。小学校高学年になると、お膝抱っこは恥ずかしくなったらしい。手をつなぐのは嫌じゃないというから、男の子というのは難しいものだ。今日は従弟が最近ハマっている戦隊ものの映画に二人で行ってきたはずだ。
「これから帰るよ。ロールケーキ買ってあるから、楽しみにしてて。」
はーい、なんて返事もそこそこにドタバタと音が聞こえる。楽しそうで何よりだ。今日、私が何をしてきたのかを、妹は知らない。彼と離れ、忙しい毎日を過ごす内に、妹は健康な精神を取り戻しつつある。そんな彼女に、彼の話をするのは酷だと思った。
そうはいっても、彼との時間は、長すぎた。忘れるまでにはもう少しかかるだろう。
微笑み以外の表情が見たかったと、彼は言った。妹が微笑みの奥に隠した表情を、見ようともせず、知ろうともしなかった。生来の性質だろうか、それとも何かきっかけがあったのだろうか。妹は他人に感情を見せることを嫌っていた。特に、負の感情は。
「嫌な気持ちの時に嫌な表情をしたら、周りの人も嫌な気持ちになるでしょう。笑顔なんてくすぐるくらいで出てくるものだよ。だったらいつも笑顔でいた方がいいじゃない。」
それが妹の口癖だった。でも、だからこそ、私や家族は彼女の表情を良く見ていたし、微笑んでいてもわずかな感情の違いが出ることを知っていた。彼のことが本当に好きで、彼と過ごした幸せな時間を思い出している時には微笑みが輝くことも。
けれど、彼は妹のことを本当の意味で見ることはしなかった。壊れる寸前まで傷つけることでしか、愛を示すことができなかった。
もっといい男を見つけてくれないと、おねえちゃんは心配よ、なんて思いながらぽちぽちと遊び場を検索する。あんな男のことを思いだせないくらい予定を入れてやろう。たくさんの思い出を作って、あんな男のことを考える暇なんてないくらいに忙しい日々を過ごして、1年もしたらきっと彼とのことは思い出になっている頃だろう。
まだまだ先のことはわからないけれど
小さな幸福をひとつひとつ積み重ねて、そうして未来に続いていけば
また胸を張って、前に進めるようになる。
だから、笑って。
笑ってさえいれば、辛い記憶もきっと思い出になるはずだから。