第三十八審 残す者、残される者の巻
自分が何やったかわかっとんか...(3ヶ月更新停止)
昼飯というのは生まれたときからあった。少なくとも今、外で生きている友人たちはそう言うだろうし、ない生活なんて考えないだろう。物を食べることは本来決まっていないはずなのだ、中学に入る前だったかに気づいた。腹が減ったときに何かを喰らえばいいのに人間は習慣化した。人間の傲慢さを感じる。だが別にいままでそれで困ったことは多くは無いし、それも自然の摂理で人間も動物の歩く道を知らずに歩いているということか。
するとメニューを目の前に叩きつけられた。その上に指がある。
「私はこれ!」
今さっきメニューと言ったが、画像やkcalや量は載ってない。品名と値段だけの電話帳(この比喩もここにはそぐわないが)のような紙だ。指の先には焼飯六〇〇と筆文字が、それもかなり達筆だ。
「いいだろう、なかなか礼儀をわきまえてるじゃないか。さすがオレの生徒。お嬢さんは何をお頼みになります?」
「お茶だけでけっこう」
彼女は目をそらしながらそう言う。それでいてオレのことを観察しているようである。絡まれてたことを思い出すと好戦的ではなく見えたが、いつ豹変するかもわからん。
「謙虚な方だ。将来あなたが死んだらオレを探してください、上手く取り次ぎますんでね。もちろんあの世での話ですが」
「え?どこの話と言った?」
「すいませ~ん、注文お願いしま~す」
「チッ...こいつ」
「なんか言ったか?その話ならご飯でも食べながらと言ったじゃないか?」
また彼女は窓の方を向いてしまった。危害を加える気はない、でもこういうからかいは根っからの性格からだ。
「お前、人間だと言ったな。その能力は生まれつきか?さっきのヘビや魚のことだ」
「ええ。気づいたときにはできてた。この世界では普通のことだと聞いて驚いたよ」
水に手をのばすと後ろから店員がやってきた。日本人ぽくはないかわいさだが、ファンクラブの1つ2つは持ってそうな容姿をしている。
「この焼き飯に、んーと天丼をお願いします。あとお茶も一杯」
返事をして済ませてすぐに厨房に連絡しに向かっていった。
「能力は別に普通じゃないぞ。そんな手に余る能力で何を将来何をする気だ?」
「決めかねてる。このままか、元に戻るか。家に...『外の世界』に帰るか」
「......幻想入りというやつか。聞いたことはある。だがその逆の物は存在するかどうかも怪しい。いや、無いって断言するよ。いいかい、幻想入りそのものが希少だ。一度入ったものを再び開放するなんてことはこの世界の結界にはありえっこない」
「まだ帰りたいとは言ってない。決めかねてるんだ。オレには愛する人が2人いる。1人は親として、1人は...女性として...だ。2人は違う世界にいる。両方を選ぶことはできない」
自然と立ち上がってしまった。これが今の自分の心境のすべてだ。オレの願い。エゴって言われれば認めなきゃならない。くだらなく、話すは価値は無いのかもしれない。そんな願いがあるってことをただ知ってもらいたかった。自分でもわからない感情だし、理解されないかもしれない。
「座りなよ。お前の未来のことは私にもわからない。何の手助けをしようとも思わない。私はただの妖怪だ。してやる必要などないんだ」
水を飲み干して、席に着く。氷だけがコップに入っている。氷は固体、だからオレの能力である生命エネルギーを流すことはできる。だが今は『濡れて』いる。これが重要だ。液体にオレの生命エネルギーは流れない。どんなものにも(自分の知ってる範囲では)弱点がある。自分のはこの水であり液体だ。固まってないとダメだ。生命とは形あるものに入り込む。決まった部分がないものには流れていかない。ちょっと水をかぶるだけだ。それだけで無効になる。
「おい、お前!コップがっ!カエルにっ!」
「わかってる...。ちと頭にキたんでな...!」
「先生、このカエルは食べていい!?」
「口の中ガラスと血まみれにしたいのか?やめろ...」
「わかったよ...。そんなに怒らないでよ先生...」
テーブルの上の氷が溶け始める。カエルが本能で水の側に寄っている。
「......多感な時期にこっちに来たのは同情するよ。だがさっきも言っただろ。私にはどうすることもできないんだ。思いの丈をぶつけられてもできるのは首を飛ばすくらいのものだ。ろくろ首なんでね」
「わかってるよ。初対面の女性に期待なんかかけてない。当然このガキにもな。だがオレは...!」
「注文がきたぞ」
彼女はニヤリと笑っている。さっきの仕返しということか。
「フー...もしかして根に持つタイプかい?」
「何のことだかわからないわ」
そう言ってお茶を飲む顔はどことなく嬉しそうであった。しかたなく自分の注文に手をつける。
「そういえば名を聞いていないな。覚えておくから名乗れ」
「茨戸秀、15だ」
「15?そんなものか、ちなみに住所はどこだ?年賀状出したり、押しかけるようなことはないが」
「あの世だ、是非曲直庁」
彼女の筆が止んだ。オレをにらみ、そしてため息をつく。
「お前死人なのか?それとも死神か?よく死神は別の姿でやってくるという伝承はあるが...」
「これって役職は言えないが、早い話が閻魔の雑...使者だ。死ぬ方じゃなくてな」
また筆が動き始めた。にらむ対象は持っている帳に移っている。関係ないがこの店は割りと当たりだ。今度小町さんに教えよう。
「よくはわからんが、覚えておく。わかってると思うが私の正体のことは...」
「心得てるよ、言わなきゃいいんだろ?」
「ああ、それと私みたいに潜伏している妖怪は多い。素性が気になっても今みたいに関わったりするな。揉め事もな」
「二度と誘うなってことか?はぁ...ま、いいけど」
「やっぱりフラれたじゃん、先生~」
「やかましい、意欲点下げるぞ」
1人での生活だから賑やかな食事は新鮮に感じる。学校で給食食べてた頃を思い出す。味は褒められたものではなかったがな。
「ごちそうになった。支払いはお前が払うんだろう?それでは失礼するよ」
「はいはい、じゃあさようなら」
特に目立ったことは無かったが、知り合いが増えたからよしとする。これを食べて、日が暮れる前に、そしてこの生徒連れて服屋に行けるだろうか。何故か行く気も失せた。考えが多いと気分が悪くなる。PCとかと似て不便なものだ。
「さて、どうするルーミアちゃん、オレはこれ食ったら帰ることにしたが、お前も帰るか?いや、そもそもお前、家持ってるのか?」
「森」
「庭の広い大豪邸だな、オーガニック100%の。ならそこまで送ろうか?」
「いいよ、近いし。あとさ先生、さっきの腕もう1本置いてってくれる?」
すっと橋を持っていた手を上に引き、片方の手でかばった。言葉が出てきたのはその後だ。
「オレの腕は高いんだ。一本ただで食えただけいいと思うんだな。(まだ結構痛いんだぞ...。これ以上は関節1本だってやらねぇ)」
この飯の後もまたせがまれた。ルーミア曰く、血の味が他の人間よりも苦味が強くて美味、だそうだ。
食われない内にさっさと三途の川に向かった。ちょうどそこで仕事終わりだという小町さんに会った。正しく言葉を選べば、今日の仕事を終わったとした小町さんだが。かといって、当人にとやかく言う気もない、言ったところで反省もしないことは知っている。一応部下という立場でもあるしな。基本『さん』を付けるのもそのせいなのかもしれない。
「よお、今日休みだっけ?」
「あぁ、ちょっと用があってな。今暇なら乗せてけ、歩きで是非局まではつらい」
「いいよ、でもわざわざ船なのか?あたいが能力使えば一歩なのに」
「風情があるだろ?わからない?それとも気にしないか」
首を傾げられた。船を出した後には笑われた。
「もう風情を大事にする年か...。ふふっふふ...」
「二度と言わねぇ...。そう笑っている場合じゃねえんだ、小町さん。聞きたいことがある」
「なんだい...今部下の言葉を取り上げて笑うのに忙しいんだ」
「外の世界に出たい、行き方を知らないか」
笑い声が止んだ。船のスピードも緩んだようだ、水しぶきも飛ばなくなった。そしてゆっくりと自分の目に小町さんの視線が歩いてきた。
「...急に何を言ってる?今のは笑えない冗談だったね。お前さんらしくないじゃないか」
「面白くない冗談は言わねぇよ、本心だ」
「諦めろ」
たった一言でオレの質問は流された。船が元の速度に戻ろうとする。加えて船頭は眠ろうしていた。
「諦めろ!?そんなことはないだろ?きっと間にある結界とかいうのを通り抜ける方法があるはずだ!」
すっと立ち上がった小町さんが言った。
「茨戸...確かにその方法はあるのかも知れない...。でもね、お前さんはもう死んでいるんだ。あんたが生きていた世界でね、無理とか不可能じゃないんだこれは。元のまま『蘇る』ことは。今やろうとしてんのは『蘇り』だ」
「この体のまま行けばいいだろ」
「......じゃあ行けたとしよう。もし外の世界に出たら何が待っているかわかるか?」
「...何だよ」
肩に鎌をかけ小町さんは言った。
「肉体が崩壊して魂もどこかへ消える。四季様の手でね」
「映姫さ...ま...にだ?」
衝撃、うろたえよりも悲しみがすべてを襲った。母への慕情と映姫様への愛情は相反するものだと改めて叩きつけられた。
「この体はいつどこだって無くせるんだ。しかも元から存在しなかったようにね。生命の理を超えることはできない。生から死は一方的なんだ。もし戻ろうとしたら即刻排除されるに決まってるさ、自分の部下なら特に」
返す言葉も無い。お前らしくない、何かあったかと聞かれる。たまたま思いついたからからだ、と答えると不思議そうな顔をされた。
「あれかい?ホームシックってやつ。やっぱりまだ子供なんだねぇ」
「半分当たってるかもな、でも他にもある。親にとって最上の幸せは『子に看取られて死ぬ』こと。最たる不幸はその逆だとオレは思うんだ。『子を看取られずに失う』こと。オレはその最悪をやってしまった。だから子としてその罪を贖う...いや、なかったことにしなくてはならないだろッ!」
「...アタイはよく仕事はサボるが今までたくさんの魂を見てきた。病気で若くして死んだやつ、長年連れ添った相手に殺されたやつ、妖怪に食われたやつ、親に殺されたやつ、その逆...。初めて間もない頃は哀れに思ったり目を背けたくなった。慣れは恐ろしいぞ。何とも思わなくなっていったんだ。死ぬってことは誰にでも起こる。経験者はよくわかるんじゃないかい。だから先に死ぬべき、見送るべきなんてものはない。お前は『残した』側の人間。『残された』人間を振り返るな。こっちではどうすることもできないんだからな」
「抑えろ...と?そう言ったか」
「ああ、秀はいつもみたいに映姫様のことだけ考えてればいいだろ?無理なものは無理だ。あきらめるんだ」
そのときの言葉は心のどこかに引っかかった。次にその引っかかりは行動に変わった。金属の鎌が大きく響く。
「アタイにかなうと思ってるのかい。手下ろしな。まだ間に合う」
鎌の間を入り込み蹴りを入れた。瞬間小町さんの体は鎌の上に移動した。背後を取られ空中から首を右手で船底に抑えられた。
「まったく...。血の気が多いと短命になる。気をつけな、ほらついたぞ。愛しの映姫様でも見て気分転換しな」
「わかったよ...でもあきらめねーぞ...。絶対は絶対にない。必ず会いにいく...いつかな...」
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「お疲れ様です、映姫様」
「はい、ありがとう」
このセリフだけでかなり気分がよくなった。好きな人の声というのはやはり心地がよい。
部屋に戻るとドアの前に小町さんが立っていた。
「気分はどうだい?」
「少しはよくなったよ、おかげさんで。映姫様のね」
「その調子じゃ大丈夫だな、んじゃな」
「そうだ、映姫様が探してたぞ。サボりのことじゃねぇか?」
「!?...ぼちぼち行ってきますか」
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「小町ッ!!あなた自覚があるんですか?」
「許してくださいよ四季様~!今日のはちょっと違うんですよぉ!」
「...まあいいでしょう。今回の件とは関係ないので」
「え?じゃ今回はお咎めなし?」
「少し頼まれてくれますか。交換にいままでの処分を免除しやうと考えています」
「給料減額と有給使用の不可もなくなるんですか!?なんでも言ってくださいよ!」
「じゃあこれ」
「なんです?」
「隣の地獄、外の世界の是非曲直庁からの密書です。密書という程でもないですがね。ある報告です。北国で11月18日、午後1時37分10秒に死んだ男がいました」
「秀?!あいつの記録だ。これをどうしろと?」
「問題はその下です」
「死因:交通事故死...。本人もそう言っていたし、別におかしなところはないんじゃ...」
「事故死だからおかしいんです。その事故現場に遺体がなかったから。茨戸の遺体がどこにもないんです」
今後の更新は受験勉強のため遅れる場合が想定されます。(予防線)
次回からは地霊殿あたりやります。




