七話 ご指名
悠馬が店を始めて何日か経った。店の評価は上々だ。ナイフや包丁などといった日用品から武具までなんでも作ってくれるからだ。そしてオーダーメイドこれが主婦に受けたのもある。
ここの店主はなんでも作れるといったうわさまで流れる始末だ。
そしてそのうわさを聞いて一つの指名がギルドに入った。
「依頼ってなんじゃらほい」
「なんと! 協会からのじきじき依頼ですよ。鼻が高いってもんです」
悠馬はギルドから指名が入ったとの連絡を受け呼び出されていた。
「だから協会だの何だのはいいから。内容おしえろよ」
「ふふふ。いいんですか。言っちゃいますよー」
「だからな。はよう言え」
エマは内容をなかなか言わず、悠馬を焦らしていく。そしてついに我慢が出来なくなった悠馬が叫ぶ。
「次で言わないと受けないからな! 却下だ却下」
その言葉を聞いても余裕そうなエマがにやりと笑い口を開く。
「ギルドの指名は絶対なのですよ。断るとお店もパーになるってもんです」
「死ね」
悠馬は怒りを諸悪の根源エマにぶつけまくる。だがエマもそろそろ暴れられては困ると内容を語りだす。
「簡単な話です。協会が突撃龍の角で作った槍を直せないか、とのことです」
「俺じゃなくてもいいんじゃねえの」
「まあこれはある一種の通過儀礼ってとこですね。貴方のお店が偉い人に認められた証ですよ」
悠馬は指名と書かれた依頼書をエマから取り上げ自分でも確認する。
「なあ死んでも責任取らないとか書いてあるんだけど」
「大丈夫です。年に五十人ほどしか死んでません」
「それ高いよね。職人五十人って死にすぎだよね」
「それだけ名誉なことなのです。ここは誇るってもんです」
なにげに高い死亡率を聞かされた悠馬は本当に槍の修理なんだよなと一人つぶやき落胆した。
「ではこれより突撃龍の角を素材とした突撃槍の修理を始める」
悠馬は今とても後悔していた。エマともめたあの時逃げていればよかったと。
半径五十メートルほどの円状になった闘技場のど真ん中、悠馬は一本の槍と対峙していた。先端は鋭く見ているだけで自分が貫かれるイメージが浮かぶほど。そこから螺旋状に筋が入るように広がっていき三メートルぐらいに伸びている。その中から柄が伸びており、握ったときに滑らないようざらざらとしている。が、あまりにも鋭いそれは手のひらを削り取らんばかりだ。そして先端とは逆の石突き、そこには一つ赤い球体が爪で掴むような装飾にはめ込まれている。
そんな槍と一緒に闘技場にほうりだされ周りを兵士が囲んでいるのだ。
「心配そうな顔押するな。こう見えてもこの兵士達は皆百五十レベルを超えている」
放り出される前にこの一言。余計に心配になってくる。槍を直しに来ただけなのに百五十越えの兵士に槍と一緒に囲まれる。普通じゃ出来ない体験だ。
「さあ始めてくれ。修理箇所は芯の部分だ。ひびが入っている。拒絶されたら逃げろ。われわれが抑える」
「拒絶ってなにさ」
悠馬はつぶやきに何も反応が無かったので仕方なく加工を発動する。
槍の中心に一筋のひびがある。それをくっつけ……。
「拒絶だ皆おさえろ! 吹っ飛ばされた鍛冶師は安全なとこまで!」
悠馬はなぜ自分が空を見上げているのか、なぜ寝そべっているのかわからない。
ただ槍を直そうとして、そこから記憶が無い。
兵士達が何かと戦っている。だがそれも遠くに感じる。
そしてやっと脳の処理が追いつき一つの事実を突きつけられる。
「ああこりゃあ年間五十人は死ぬわ」
出てきたのはその一言だった。
そのあとのことを悠馬は覚えていない。気絶してしまったからだ。
「すまない。君へ初撃を防ぐことが出来なかった」
「いいよべつに。それより非難させてくれてありがと。こんど割引してあげる」
気絶から戻った悠馬はそっけなくそう返す。自分であんな間抜けなことになったのが恥ずかしいのだ。何がくるのかわからなかったが不意を撃たれただけで気絶したのは事実なのだ。
こんど鍛えよう。そしてあの槍を修理してやる。そう心に決め、行きとは違う顔つきで悠馬はギルドへと帰った。
「あ、行きとは雰囲気が違いますねー。かっこいいってもんです」
「あの依頼について細かく教えろ」
悠馬はあと三年、いやいや五年などとぶつぶつ言っているエマにぶっきらぼうに話しかける。
「あれはですね。天狗になっていそうな人の鼻をへし折るためのものです。あの槍は修理したい気持ちは山々なんですがいつも拒絶されてしまって。腕のよさそうな人に修理させてみて失敗でも向上心を促せたらなと。修理できたら儲け物。そんなもんです」
「たしかに。あれはいいわ。良すぎだ」
エマの言葉にそう答える。エマはその代わり様に心底驚いたようなポーズをとる。
「なんですと! あの悠馬君が、イノシシの真似をしてた悠馬君が。効果ありすぎです。びっくりしたってもんです」
「ほっとけ」
恥ずかしくなり少し頬を染めた悠馬は店に戻る準備をする。
「まあ。こんな依頼もたまにはいいもんだ。またよろしく頼む」
「はい。わかりました」
こうして悠馬への初の指名は終わったのであった。