89話
ブリルーノはノブローナ王妃に面会がてら、ウパルト子爵家の秘蔵薬を使用すると生まれた子供が魔力なしになる可能性があることを伝えた。
ノブローナ王妃は重大な事だと認識し、繋がりが深い貴族家にのみ情報を伝えることにしたようだった。
全ての貴族家に周知しないのは、ノブローナ王妃に益をもたらさない貴族家の子が魔力なしになっても構わないという考えだろうと、ブリルーノは判断した。
この報告ついでに、ブリルーノは助産活動の辞意を伝えたものの、あえなくノブローナ王妃に却下されてしまった。
「今回の一軒といい、貴殿には隠れていたことを暴く才があるようよな。なに、あと一、二か月の辛抱よ。それまで活動は継続しておくれ」
第一王妃という立場の者からそう言われてしまえば、上司が王家である宮廷魔法師筆頭であるからこそブリルーノは拒否することはできない。
仕方なくブリルーノは、次に出産が始まるであろう、モルマッカ騎士爵家を、二日三日に一度の頻度で妊婦の様子を見に行くことにした。
モルマッカ騎士爵家は、平民と大差ない門構えの家ながら、当主夫婦の他に先代当主と複数の子供たちがいる大家族だ。
家族が多いため生活費が多くかかるかというと、使用人を雇っていないため、多少は余裕があるらしい。
モルマッカ騎士爵家の当主の仕事は、爵位の通りに騎士。それも王家が所有する騎士団の団員なのだそうだ。
「実はブリルーノ殿と戦場を共にしたことがあるのですよ。王都近辺の森に作られた、魔物集落の破壊任務でです」
「あー、悪いな。宮廷魔法師になってから同じような任務を十件以上やっているから、どの戦場でかは思い出せん」
「いえいえ、仕方がないことかと。その当時、私たち騎士がやったのは、ブリルーノ殿が無力化した魔物の止めを刺して回ることだったので」
「集落一つを無力化する魔法は、俺様が宮廷魔法師筆頭になってから使っているからな。ということは最近なのだろうが……」
やはりモルマッカ騎士爵に見覚えがないと、ブリルーノは首を横に振る。
モルマッカ騎士爵の夫人の健診を終えた後の、ブリルーノの労苦を労うための茶会――という形式だけは整えた、食卓に座っての雑談である。
二人の周囲には、遊び回るモルマッカ騎士爵家の子供たちと、弱った足腰で子供たちの世話をする先代当主の老人の姿もある。
普通の貴族家なら、子供が遊び回っている音が五月蝿いと苦情を口にするような場面。
しかしブリルーノもモルマッカ騎士爵も戦場を経験している者たちだ。この程度の騒ぎなど、魔法の呪文や炸裂音に騎士の掛け声が充満する戦場に比べれば、小川のせせらぎのように耳に入っても気にしないぐらいの雑音でしかない。
「それにしても、子供が多いな。何人いるんだ?」
「五人ですね。妻の腹にいる子が六人目で」
「騎士働きで得られる給金から考えると、作りすぎじゃないか?」
「いやそれが、騎士団に所属する騎士は子供を作れば作るほど、手当がでるものでして。その手当で子供の食費を賄っているので」
「子供を作ると金がもらえるのか? 宮廷魔法師にはそんな制度はないが?」
「元々は、騎士になりえる次代を確実に作るための政策だったようで。それが転じて、騎士になれない子でも兵にはなるからと」
「騎士の跡継ぎという理由はわかるが、兵の補充用に騎士爵家の子が必要なのか? そこは平民からの登用で十分だろ?」
「騎士爵家では、どんなに才能のない子供に戦い方や愛国心を教えます。なのでその子が兵になってしまっても、新兵の段階である程度の教育が済んでしまえるのですよ」
「質のいい新兵を入れ、教育期間にかかる時間と資金を減らすための方策か。その減らした資金を、騎士爵家の子供の養育費にあてているという形だろうな」
ブリルーノは納得してから、どうして魔法使いや騎士爵家以外の貴族家には同じ制度がないかを予想する。
「騎士爵より上の貴族家では、国から補助金を貰うなど、プライドが許さないんだろう。それに魔法使いは、血統の良し悪しも大事だが、それよりも個人の才能に大きな比重があるからだろうな。第魔法使いの子や孫が、大魔法使いにならないどころか、魔法使いの素養すら芽生えないなんてザラにあるからな」
騎士爵家の子供は確実に騎士や兵士になるのに比べて、魔法使いの家に子育て用の補助金を投入しても確実に魔法使いになれるとは限らない。
費用対効果が悪いとして、魔法使いの家に子育て支援の補助金を投入することは取り止めになったのだろうと、ブリルーノは予想した。
「面白い話がきけた――さて、お茶も飲み終わったことだから、お暇をさせてもらうよ。今回診た結果も、ちゃんと胎児は成長している。心配はいらない」
「その言葉がきけるだけで、救われるここちです。途中途中の様子を産婆に診てもらうと、どうしてもお金がかかって生活が苦しくなってしまうので」
「タダだからという理由で有難がるな。こちらは王妃の命令で、仕方がなくやっているんだからな」
「もちろん、宮廷魔法師筆頭殿の働き自体にも、重々に感謝しとりますとも!」
調子のいいやつめと、ブリルーノは笑顔を向けてから、モルマッカ騎士爵家を去ることにした。周りで遊び回っていた子供たちによってこっそりとローブにくっつけられたゴミを、魔法によって布地から排除しながら。




