88話
ウパルト子爵家にて、妊婦の中にいる胎児が急成長したのは、この家に秘匿されて受け継がれた魔法薬の効果だということが分かった。
そしてブリルーノは、その魔法薬の効果が高すぎて、胎児の成長に懸念を持った。
「胎児の急成長について、これ以上の問答は要らないな。妊婦を診させてもらうぞ」
「どうぞ。何も問題はないと思いますがね」
ウパルト子爵の許可を受け、ブリルーノは妊婦に対して魔力視による診断を始めることにした。
妊婦の胎児を魔力視で確認して、ブリルーノは顔を顰めた。
胎児の持つ魔力量が、明らかに少なかったからだ。
ブリルーノは危惧を抱きながら、より詳しく魔力視で診断していく。
その結果分かったことは、胎児にある魔力は母親由来のもので、胎児自体に魔力が備わっていないということ。
魔力を持たない人間というのは、実は少なくない数いる。
しかしそういう存在は、魔力量の少ない家系における劣性遺伝の果てのようなもの。押しなべて魔力量が低い平民には見られる現象ではあっても、魔力量を重視しがちな風習が残る貴族家には極めて少ない。
ブリルーノは、ウパルト子爵と妊婦を魔力視で見て、二人の魔力量を確認して並であることを把握。
この二人の子供であれば、魔力を備わっていない赤子が出来る確率は、とても低いと言わざるをえない。
そして現実に魔力を持たない胎児がいる点を考えると、ブリルーノが考えつく原因は一つに絞られる。
(俺様が使う胎児を成長させる魔法では、こんな状態にはならなかった。どんな魔法薬を使ったんだ、いったい)
秘匿された魔法薬に対する懸念が増すのと同時に、ブリルーノは困った事態だと感じていた。
ブリルーノが妊婦の腹の中にいて外から見えない胎児を確認するには、魔力視という体内魔力まで確認できる特別な魔法を使うしかない。
しかし魔力視とは、その名前の通りに、人の魔力を見るための魔法である。
つまり魔力を持たない存在に対して、全く意味のない魔法でもある。
いまブリルーノが胎児の様子を薄っすらとだが確認できているのは、母親の魔力がへその緒を通って胎児に流れているから。そして薄っすらとしか見えないので、胎児の様子を詳しく診ることが難しい状態である。
それこそブリルーノの魔力視上では、胎児が微妙に動いている状態を確認できていなければ、腹の中で死んでいるようにしか見えなくもないぐらい。
正直言って、 ブリルーノは魔力視では胎児が無事かどうかを判別できないでいた。
「……言い難いことだが」
と前置きしてからブリルーノは、胎児は生きているようだが魔力が備わっていないことをウパルト子爵に伝えた。
「つまり、この子は魔法の不能者だということか。以前の診断では、そんなことを言ってなかった!」
「以前は普通に魔力を持っていたのは確認している。だがいまは、魔力が体内から消えている。不思議なことにな」
ブリルーノが言外に含ませた意味が分かったのか、ウパルト子爵は狼狽えた。
「使った魔法薬の所為だと言いたいのか! だがあの魔法薬の使用結果に、そんな事例はなかった!」
「だが貴殿はレシピを改造した魔法薬を使ったんだろ。机上で効果を確信したとして、実際に被験体を用いて効果実証をしたのか?」
「それは……」
そんな時間はなかっただろう。
なにせノブローナ王妃の息子と同期になる可能性が低いことは、ブリルーノが前に胎児を診断したときに判明した事実だからだ。
その日から魔法薬のレシピに変更を加える研究を始めたとしたら、実証実験に入って効果を確かめる時間の猶予はないのだから。
「それで、どうするんだ。胎児には魔力が備わっていないことが分かってだ」
「……どうするもこうするもない。産ませるとも。もともとその予定で、魔法薬を使ったのだからな」
「その判断は尊重するが、まともな赤子が産まれるかにつういて、俺は保証できないぞ。怪しげな魔法薬で成長した魔力のない子、なんて存在は出会うのが初めてだからな。産まれてみたら、人間ではなかったなんて可能性も残っている」
ブリルーノが独自見解を伝えると、ウパルト子爵が逆上してきた。
「我が家の魔法薬を、化け物を作る薬のように言わないで頂きたいな!」
「そこまでは言っていないぞ。ただ俺様の手に余る案件だというだけだ。そして俺様は、赤子に魔法を使ったから化け物が産まれたと噂されないために、ウパルト子爵家の出産にこれ以上関わる気がないということを伝えておく」
「我が家にて助産活動をするのは、ノブローナ王妃様からの要望なのだろう。それを拒否するというのか!」
「事情を話して分かってもらうさ。ノブローナ王妃は理知的な方だからな。俺様が懸念点を伝えれば、その判断は仕方がないと納得してくれるはずだ」
主張の違いから、ブリルーノとウパルト子爵は睨み合う。
それから、ウパルト子爵の方が先に声を出した。
「そういうことなら、すぐに我が家から出ていってもらおう。言っておくが、我が家の魔法薬の件について、悪い噂は流さないことだな」
「良い降らしたりはしない。活動報告でノブローナ王妃に伝えることはするがな」
ノブローナ王妃に伝わることは仕方がないと理解したのか、ウパルト子爵はそれ以上何かを言うこともなく、ブリルーノに対して屋敷の外を指して見せてきた。
出ていけという指示だと把握し、ブリルーノは別れの言葉すらかけることなく、ウパルト子爵家を後にすることにした。
屋敷から離れる道をあるきながら、ブリルーノは愚痴る。
「我が子の存在を歪めるような真似をしてでも、自分の目的のために利用するなんてな。家を守り反映させる存在である貴族らしいといえばそうだが、鬼畜の所業であることは変わらないな」
ブリルーノは、やはり助産活動に自分は向いていないと思いながら、ノブローナ王妃に報告するために移動先を王城にした。




