83話
ブリルーノがカントゥス侯爵家で助産活動のために滞在することになって、二日が経過した。
その間のブリルーノの扱いは、普通の客人を持て成すぐらいの塩梅だった。
普通の扱いを受けているので、ブリルーノが文句を言う筋合いはない。
しかし、カントゥス侯爵夫人の次代の跡継ぎになりえる赤子を産みだす場に携わる者に対する扱いだと考えると、一つ上の扱いであっても不思議ではないはず。
(本命は侍医の手による出産で、俺様の助産活動は予備扱いといったところか)
ブリルーノにとって魔法を使っての助産活動は、望んでやりたいと思える活動ではない。だから活躍の場がないのであれば、それはそれで良いという考えだ。
そんな事を考えながら、二日目も無事に過ぎようとする深夜。
ブリルーノが客間のベッドで眠っていると、急にカントゥス侯爵家の屋敷の中が慌ただしくなった。
誰かが襲撃してきたことがありえないことは、ブリルーノは確信していた。密かに屋敷を覆うように張っていた探知結界には、誰かが外から入ってきた様子が一切なかったからだ。
「となると、夫人の出産が始まったな」
ブリルーノはベッドの上で眠気と戦いながら、自分はどう動くべきかに思考を向ける。
扱いからして、ブリルーノは夫人の出産に対する予備の扱いだ。
出産が始まったからといって、慌てて駆けつける役目は負ってないと考えるべきだろう。
「とはいえ、大人しく部屋の中で待っているのも、職務放棄だと思われる可能性が高い」
そう勘違いされることは避けるべきだと、ブリルーノは判断した。
ブリルーノはベッドから起き上がると、軽く身支度を済ませてから、部屋の外へ。
すると廊下を慌てて移動する使用人たちの姿があった。
使用人たちの腕の中には、出産に必要になる物品が抱えられている。
(使用人が進む先に行けば、出産場所までいけそうだな)
ブリルーノは使用人の後ろについていき、やがて屋敷の一つの部屋に辿り着いた。
その部屋は、中の広さが十二分にあるにもかかわらず、中にはベッド一つだけという簡素な内装をしていた。
部屋の中に夫人の姿はなく、使用人たちが真っ白なシーツをベッドにかけていたり、燭台を用意して部屋に明かりを灯したり、お湯で床を拭き清めている。
作業中の使用人たちの姿を見るに、この部屋は元は空き部屋だったのだろう。
(部屋数に余裕があるからこそ、出産場所を一室設けてあったわけだ)
そのブリルーノの予想が正しいと証明するように、この部屋に近づいてくる一団の姿があった。
使用人が囲う一団の中央には、陣痛の痛みに眉を寄せて脂汗を額に浮かべている、カントゥス侯爵夫人がいた。
そんな一団の脇を通り抜けるようにして、寝間着の上に白衣を着た女医らしき人物が、出産場所に変えられつつある部屋の前までやってきた。
「よしっ、私が指示した通りに処置してあるわね。では手筈通りに、部屋の中のベッドへ」
女医の言葉を受けて、使用人たちは部屋の中のベッドへと夫人を運んでいった。
夫人が苦しそうにベッドの上に横たわると、男性の使用人たちが一斉に部屋の外へと出始めた。
女性の使用人たちが作業中なのを見るに、まだまだやるべきことは残っているはず。
それなのにどうしてと、ブリルーノは首を傾げる。
すると女医が近づいてきて、ブリルーノに指を突き付けてきた。
「男性の貴方は、部屋の中に入らないで!」
一方的な宣言に、ブリルーノは不愉快になった。
「俺様がこの家で助産活動をするのは、ノブローナ王妃からの命だからだ。それに参加させないと?」
王妃を出すと、女医は一瞬怯んだ顔になる。しかしすぐに意気を取り戻した。
「出産が無事に終われば、貴方も問題ないでしょう!」
「……分かった。なにか問題が起こったのなら言いに来い。対処してやる」
「貴方の活躍の場なんて、絶対に来ない!」
女医は語気強く言い捨てると、部屋の中へ。
ブリルーノは、追い出される形になったことは仕方がないなと肩をすくませる。その後で、身近にいた女性使用人に声をかけた。
「本当に拙い事態になったら、あの女医の言葉に関係なく、俺様に状況を知らせに来て欲しい。もし現在元気な胎児が死産なんてことになったら、ノブローナ王妃の勘気に触れることになるかもしれないからな」
ブリルーノがノブローナ王妃の名前を出して脅すと、話を持ち掛けられた女性使用人は顔色を青くしながら首を二度三度と縦に振って了解の胃を示した。




