82話
ブリルーノは、ルーグネック辺境伯家で後継者争いに巻き込まれた後、王都に帰還した。一日の休日を挟んでから、ノブローナ王妃から与えられた助産活動リストに従っての活動を再開させた。
しかし再開といっても、ルーグネック辺境伯家に向かう前に、リストにある全ての貴族家に訪問は終わらせてある。
助産活動を行う対象は、七つの貴族家。その内の三つの家は、ノブローナ王妃から求められた助産活動中に妊娠が始まるかは怪しい。
(なんらかの問題がおきていないか、その六つの貴族家を適宜訪問すればいいな)
ブリルーノはそう結論付けると、直近で出産が始まりそうなカントゥス侯爵家に訪問することにした。
以前に訪れた際は歓迎されない雰囲気だったが、今回はその態度が多少は軟化していた。
態度の変化が起こった理由が何なのかは、妊婦である夫人が面会した際に教えてくれた。
「我が家の侍医の見解によると、いつ産まれても変ではないとのこと。ノブローナ王妃様から信任されておられる宮廷魔法師筆頭殿には、しばらく当家に逗留していただきたいですわ」
そう語る夫人の服装は、以前は体形を偽るものだったが、現在は膨らんだ腹を隠さない緩めの裁縫で作られた衣服を着ている。
態度と衣装も含めて、一体どんな信教の変化があったのか。
(自分の子とノブローナ王妃の子――ジャンルマとが同年代で、ジャンルマと子が友人になれば家の繁栄に繋がる。その未来の繁栄を妬んだ者から嫌がらせを受けることを警戒して、妊娠していることを極力隠そうとしていたのかもしれないな)
ブリルーノはそう考え、そしてルーグネック辺境伯家でのいざこざに思考が引っ張られているなと感じた。
だからこそ、あえて気が楽になる予想へと変更することにした。
(単純に、出産が近くなって不安感が増し、以前粗雑に扱った相手の手も借りたい心地になったというだけだろう)
そうブリルーノは結論を出すと、カントゥス侯爵夫人の要望について考える身振りを行った。
「要求は理解したが、俺様が診るようにと命じられている中に、出産が近い家が他に一つある。その他の出産を控えている家にも、とりあえず機嫌伺いはしてこなければいけない。その後でないと、逗留する判断を出すことは難しい」
「当家よりも、それらの家の方が重要なのかしら?」
「重要かそうじゃいかではなく、単純に出産の順番だ」
ブリルーノは、語調の強さで自分の意見を曲げる気はないことを伝えた後で、口調を少し和らげる。
「心配せずとも、他の妊婦に問題がなければ、半日もせずに戻って来れる」
「問題があったのならば?」
「その旨を伝えるために伝令は出す。逆に、俺様が居ない間に貴女に問題が起こったのならば、王城の宮廷魔法師の詰め所に報せを出せ。王城に詰める宮廷魔法師が魔法を使って、俺様に情報を伝えるだろうからな」
そうした代替案を出したことで、カントゥス侯爵夫人は安心したようだ。
「そういうことでしたら、仕方がありません。ですが、できるだけ早く、当家に逗留してくれることを要望しますわ」
「努力しよう」
ブリルーノは約束すると、早速リストにある他の貴族家へと妊婦の様子を見に行った。
リストに残る七つ――カントゥス侯爵家を抜いて、六つの貴族家を次々と訪問する。
どの家の妊婦も順調のようで、特段に大きな問題があるわけではなさそうだった。魔力視による診断でも、胎児はすくすくと育っていて、死産の心配はしなくて良さそうに見えた。
カントゥス侯爵家に続いて出産が近いのは、モルマッカ騎士爵家。
こちらの家の夫人の胎児は、その成長具合を魔力視で確認すると、カントゥス侯爵家に詰める数日の間に生まれそうには見えなかった。
ただ懸念があるとすれば、片や侯爵家という侍医が常駐していて、片や騎士家という侍医は持たずに街中のかかりつけ医が居るだけだという点。
その二つの家に出産に纏わる最悪の状況が起こった場合、カントゥス侯爵家では侍医が確実に解決に動けるが、一方でモルマッカ騎士爵家はかかりつけ医が不在だったら対処に遅れるだろう。
(これから数日、俺様はカントゥス侯爵家に滞在することになる。モルマッカ騎士爵家には、妊婦に問題が起こったら王城の宮廷魔法師とカントゥス侯爵家に伝令を出すように言っておくか)
ブリルーノは万が一のことを考えて、そう対処することにした。




