81話
ミルキブルーナとその腹に居た胎児を、遅効性の毒で殺害しようとした犯人。
それが次男の妻と判明し、シンザーレによって捕縛された。
どうして毒殺をしようとしたのか。
ブリルーノは、次男が次期当主になるためには、シンザーレの妻であるミルキブルーナが妊娠出産できることが不都合であるからだと予想していた。
事実、ミルキブルーナが妊娠できたことで、シンザーレは兄弟の中で唯一生殖能力があることを証明していた。
これでミルキブルーナが出産を果たし、その子供も健全な状態で産まれたとすると、シンザーレの生殖能力に瑕疵が一つもなくなり、一躍後継者筆頭に上ることが可能となる。
むしろ兄弟の中で一番最初に妻を妊娠させた――生殖の力が高いと判断されて、次期当主として任命される可能性すらある。
そうした未来がきたとき、どうなるか。
長男は、シンザーレの予備と位置づけられることになるものの、予備であるからこそルーグネック辺境伯家から追い出される可能性は低い。
すると次男は、いままでの立場である長男の予備という立場から外されることになり、家から出される可能性が高くなる。
そして恐らく次男は、予備として育成されてきたため、シンザーレのように自力で立身する術を身につけていない。なので家の外に出されでもしたら、家から多少の援助がもらえるとしても、貧乏暮しは免れないだろう。
次男の妻は、そんな未来が来ることを予見し、そうならないための方策として、ミルキブルーナないしは彼女の胎児を毒殺することを選んだ。
ミルキブルーナが妊娠した事実は覆せないが、胎児が死産となれば、シンザーレの生殖能力が確かだとは言えない状態へ持ち込める。
世の中には、女性を妊娠させることはできても、産まれた子供が死産だったり不具を抱えていたりと、生殖能力に問題がある場合もあるからだ。
ブリルーノが、実際に見聞きした情報からそういう風に動機を予想していたのだが、現実はもっと間抜けな理由だったらしい。
「自分より先に、弟の嫁が妊娠したことが許せなかったそうです」
そうシンザーレが語った内容に、ブリルーノはコメカミを押さえながら聞き直すことにした。
「つまりなんだ。貴族の子息の妻となったような人物が、嫉妬から毒殺しようとしたというのか?」
「信じられない気持ちは分かります。ですが、拷問してまで吐かせた事実が、そうだったです」
「毒見役を数人殺し、ミルキブルーナと胎児は俺様が来なければ死んでいたんだ。そんな毒殺が判明したら、自分の夫の立場がどうなるかを考えていなかったのか?」
「そんなことは思考の外だったようですよ。むしろバレたところで、大した罪にならないとすら考えていたみたいです。事実、こちらが強硬手段に打って出たことを非難してきましたし」
「……考えなしにもほどがあるだろう」
「考えなしだからこそ、これほど恐ろしい真似ができたのでしょう」
未来を想像する頭がないからこその、恐れ知らずの蛮行。
その事実を、ブリルーノは受け入れがたい気持ちで受け入れた。
「それで、その次男の妻とやらはどうなるんだ? それと次男の立場は?」
「血は繋がっていないとはいえ、家族を毒殺しようとしたんです。内々に処刑されることが決まりました。次男も、自身の妻の蛮行を止められなかった点が、辺境伯家を次ぐ素質に欠けていると判断されて、平民落ちが決まりました」
「なかなかに厳しい沙汰だな。そう決めた理由の一つに、貴殿の子供が無事に生まれた点が含まれてそうだが」
「それはあるでしょうね。父からしてみれば、孫が産まれているのだから、不出来な息子の一人を放逐しても構わないといったところでしょうから」
例えば今すぐにシンザーレを含む息子たちが全滅したとしても、シンザーレの子供がルーグネック辺境伯家を後継者指名すれば家は保たれる。
そのことを考えると、次男を家の外に出しても、ルーグネック辺境伯家は揺るがない。
「しかし、予備として教育してきた次男だ。この家の裏表を多くしっているだろう。平民として家の外に出したら、他家や他国に利用されないか?」
「その点は心配ないようです。家の裏表が外に漏れたとしても、ルーグネック辺境伯家の役目である、他国からの侵略を防衛する点は揺るがないそうなので」
「平民になった次男を通して、ルーグネック辺境伯家の防衛の仕方や、隠し通路などがバレる可能性は捨てきれないと思うが?」
「その点はご安心を。当ルーグネック辺境伯家は、他国からの侵入を阻めなかったとあれば、この領地を死地にする所存ですので」
全滅覚悟という防衛の仕方が、ルーグネック辺境伯家の国土防衛の既定路線らしい。
「そんな頭がイカれた戦い方をする家だと方々に伝わった方が、侵略する側が怖がって抑止に繋がるかもな」
降伏勧告は通じず、最後の一人まで戦おうとしてくる敵軍なんて、ブリルーノだって相手したくない。
「ともあれ、事態が全て収束したのなら、俺様は王都に戻るぞ。まだまだ他の家に助産活動をしなければいけないからな」
「今回のこと、大変たすかりました。貴殿が妻の助産をしてくださらなければ、毒に侵されていた妻と子は助からなかったでしょうから」
「俺様としては、助産活動はさっさと辞めたいのだけどな」
ブリルーノは肩をすくめると、シンザーレに見送られながら、ルーグネック辺境伯家の屋敷を後にした。
無論王都へ戻る路は、飛行魔法による空の旅である。




