第四章- 白の調停者メルコール・ヴォータン-13 傲慢なる神
緋王館の会議に現れた
ヴァルハラの影の支配者。
メルコール・ヴォータン。
彼は“世界から選択を消す”という
恐るべき思想を語り始める。
そしてその矛先は
フレアへ向けられた――。
「彼は“個”を獲得した。
巨人族でありながら、人類社会に適応し、倫理を学び、自己の選んだ正義に従って運用された“力”を行使した。
──これは本来、兵器にあってはならない性質だ」
アングが鼻で笑った。
「つまりお前はこう言いたい。“巨人族はただ従順な兵器でいろ。意志など持つな”と」
「当然だ。兵器は従うために生まれる。
なぜなら、個々の意志がぶつかり合えば、それは“戦争”になるからだ。
戦争とは、神々の秩序を乱す最悪の現象だ」
リーンが目を細める。
「戦争が神々の秩序を乱すのではない、神の秩序は戦争を生むためにあるのだ。
ヒトを高みに導く進化を促す為、神々はレールをしいて、ヒトに種の昇華を導く闘争を作る。それがヴァルハラと修羅界スラルが、神の神託を受け担った役割だったはずだが?」
ロキが口元に手を当てたまま、くすっと笑う。
「いいねリーン、その調子だよ。もっと怒らせてみて」
ヴォータンはリーンに一瞥だけ送り、すぐに興味を手放した。
“観察する価値はあるが、交渉は不要”というあからさまな捨て方。
その視線が、フレアに向いた。
その瞬間。
フレアは座ったまま、呼吸を失った。
心臓が、鎖で掴まれたみたいに固くなる。
見下ろされている感覚ではない。
解析されている感覚だった。
「…………やめ、て……」
小さく、喉が震える。
ヴォータンは穏やかに言った。
「君は、実に興味深い。」
フレアの顔から血の気が引く。
メフィストがその場で拳を握り、卓にきしみ音が走る。
「やめろ、ヴォータン。お前のその目を、我が孫に向けるな」
「誤解があるようだ、メフィスト・フェレス。」
ヴォータンは柔らかく首を振る。
「私は欲望しているのではない。“評価”しているのだ」
「どっちでも同じだろうが!」
「違うとも。欲望は衝動だ。評価は論理だ。私は論理だけを語る」
ヴォータンはフレアに向き直る。
「君は“血”の完成形だ。
七罪の魔女シュブニアが作り上げた”器”
巨人族の耐久と再生性。
人類域の社会順応性と感情共有能力。
そして一部、神性由来の演算機能と精神耐圧値。
三つは普通なら両立しない。ひずみが出て、どこかが壊れる。
だが君は壊れていない。」
フレアは震えながら、それでも睨み返した。
涙の膜が目に浮かぶ。それは怒りではない。屈辱でもない。
“この人は、わたしを人間扱いしてない”。
それが悔しかった。
「私は、普通に生まれただけだよ……っ」
「いいや。君は普通ではない。
“世界側が用意した答え”だ」
一瞬、全員の眉が動いた。
“世界側が用意した”。
つまりこの神は、フレアを「偶然の子」ではなく「調整のための装置」だと言っている。
ヴォータンは続けた。
「だから、提案する。」
空気が凍る。
この男の“提案”とは、ほぼ“宣告”だからだ。
「一つ。“シグルド・スカーレット”を、異端として断罪する。
彼は“自律を獲得した兵器”だ。つまり神の管轄から逸脱した産物である。
逸脱は、修正すべき歪みだ」
「……っ……!」
フレアが噛みしめた奥歯から、かち、と音がした。
「二つ。
フレア・スカーレット──君は、“保護”される必要がある。
君は混血の安定例であり、世界の分断を統合しうる“鍵”だ。
その価値は、個人の所有の範囲を超えている。
ゆえに今後、君は私の庇護下に移す。
これよりヴァルハラ西域、すなわち神々の領域が、君の正当な居所となる」
会場全体が、一斉にざわめいた。
椅子の背がきしむ音。
鎧が打ち鳴らされるような重い息。
封じられたマグマの渦が、ドーム天井の内側でばちばちと火花を散らす。
シュルト公が低く唸る。
「……この場でさらりと“拉致宣言”か。やはり神は嫌いだ」
アング・アルテマレーザーが椅子を軋ませて立ち上がる。
巨大な影が、炎光をさえぎった。
「貴様。御する事が難しいシグルドを殺し、ヨグソトースのカケラを奴の娘フレアに継承譲渡させようという魂胆だな? ヨグソトースのカケラがフレア・スカーレットに移行した後、保護を建前に暗黒時空神のカケラを自軍の所有物につもりだろ? みすみすお宝を渡すと思っているのか?」
ヴォータンは、アングに視線だけ向けた。
「巨竜王。
君は“個の誇り”で動く。
君の美徳は、同時に限界でもある。
私はそこに興味はない」
「くくっ……」
アングは笑った。
笑いながら、牙を見せる。
「いいぞ。いいなメルコール。よく吠える」
リーン・アシュレイも席を立たないまま、片手を軽く上げた。
今のところ唯一、呼吸が乱れていないのは彼だけだ。
ヴォータンの目が、ほんの少しだけそちらを向く。
リーンはにこっと笑った。無邪気な少年そのものの顔で。
「あなたの言う“庇護”とは
《フレアを神側に引き取る》
《彼女を聖女か新世界の器として祀り上げる》
《そのかわり巨人族・人類・竜族・炎界、全部の民意は神側の広報に書き換えます》
─そして“シグルドは悪役”という筋書きで宇宙配信する、それがシナリオかな?」
ロキが、横で小さく拍手した。「やーうちのリーン説明うまいねぇ」
ヴォータンは、ため息をひとつついた。
それは疲労の演技のようでもあり、慈悲深い父の振りにも見えた。
「表現が稚拙だな。
だが本質的には、そうだ。」
フレアのこぶしが震える。
自分の心臓の鼓動が、爆発音のように耳の奥で鳴っている。
「……ふざけないで」
彼女は、はっきりと言った。
いままででいちばん、よく通る声だった。
「ふざけないでよ。
父さんは、悪なんかじゃない。
父さんは宇宙刑事だ。
誰かを守ろうとしただけだよ。
それのどこが罪なの……?
ヴォータンは、ほんの一瞬だけ、目を細めた。
何かを観察する目。
「そこだ、フレア・スカーレット。
そこが、まさに“欠陥”だ。」
「……欠陥?」
「“誰かを守ろうとして戦った”。
その理念は美しい。だからこそ、他の者もそれを真似しようとする。
“自分の正義のために武器を取る”という行為は、指数的に連鎖し、
やがては万の“個別の正義”が互いを焼き合う、“戦争”を呼ぶ。
私の理想はそれを許さない。
私は、世界から“選択”を取り除きたいのだよ」
空気が止まった。
リーンが、眉を寄せる。
「なんともお粗末な屁理屈だ」
「侮辱は感情の産物だ。私は感情を持たない」
ロキが肩をすくめた。
「いや、お祖父ちゃん。それ“持ってるやつの言い方”なんだわ」
次回――
ヴォータンの宣告。
フレアを神域へ連行するという
衝撃の提案。
それに対し
巨竜王、炎界、修羅界が動く。
緋王館の会議は
ついに決裂の気配を見せ始める。




