乂阿戦記4 第三章 桜の魔法少女神羅と天下の大泥棒-18 医務室にて…
〜医務室〜
そこは、試合の喧騒とは無縁の静寂に包まれていた。
ベッドには二人の人物が並んで横たわっている。一人は言わずと知れた鳳博士。そしてもう一人は、例の“サル顔泥棒”カイトーに電撃で昏倒させられたリリスであった。
ふたりはまだ意識を取り戻していなかったが──やがて、うっすらと目を開け始めた。
「ううっ……ここは、一体……?」
視界をぼやかせたまま、あたりを見回す鳳博士。その様子はどこか呆然としている。ここが病室らしき場所だと察してはいるものの、なぜ自分がここにいるのか、まだ思い出せないようだ。
するとその時、ドアが静かに開いた。
入ってきたのは、白衣を身にまとった男。年の頃は二十代後半、柔らかい笑みを浮かべながらベッドに歩み寄ってくる。
「目が覚めたか?」
その声に鳳博士は、ぱっと顔を上げて驚愕の表情を浮かべた。
「……あんたは……アン・テイル!? あの、伝説の戦場医師がどうしてここに……?」
そう口にした瞬間、彼の脳裏に記憶が走馬灯のように駆け巡った。自分がここに運び込まれた理由を、ようやく思い出したのだった。
***
一方、もうひとつのベッドの主──リリスもまた、同じように目を覚まし始めていた。
「うぐぐぐ……カイトーッ!! あの泥棒サル顔ッッ! まんまとしてやられたわねッ!! キーッ!! 悔しすぎるッッ!!」
そんな彼女がなぜこのようなところにいるかと言うと理由は単純明快で、いつものように敵を撃退しに向かったが、返り討ちに遭ったらしい。
気づけば、ここで寝かされていた──それだけが事実だった。
「……っていうか、ここどこ?」
寝ぼけた頭で状況を整理していると、再びドアが開いた。
現れたのは、黒髪を星屑のように伸ばし、白衣を羽織った女性。どこか見覚えがある……いや、すぐに思い出した。
「鵺……今宵鵺! あんた、あたしのクラスメイトじゃない!」
彼女の後ろからはもう一人、見知った顔が現れる。アカデミア学園のゼロ・セイラ。その二人が自分を手当てしてくれたのだと気づき、リリスは素直に頭を下げた。
「……ありがと、助かったわ」
するとその時、リリスは胸元に何かが差し込まれていることに気づく。一枚の手紙──差出人の名前を見るまでもなく、誰の仕業かは明白だった。
カイトーからの一文。
『ツェペシュ家の姫様へ──。気をつけな。アカデミア学園側の参加者“クロウ”……奴はサンジェルマン伯爵の仲間だ。絶対に、何か企んでいるぜ』
その文面に、リリスの眉がピクリと動いた。
(……あたしを狙ってきたのは、この忠告を伝えるため……? まさかね……)
そしてまさにその瞬間。
「よう、嬢ちゃん。シビレはもう抜けたか?」
突然部屋のドアが開き、あのサル顔の張本人──カイトーが、真顔で入ってきた。
「カ、カイトー……ッ!? あんた、なんでここに!?」
警戒心をむき出しにするリリスだったが、カイトーは意外なほど落ち着いた口調で言った。
「今宵鵺、乂聖羅、レヴェナから聞いたぜ。お前さんらの“真名”のこと。だから伝えておく。俺たちは、ジュエルウィッチハートからは手を引く。レヴェナにもそう言ってある。……だから、あんたらは“上のゴタゴタ”なんか気にせず、青春を満喫しときな。……ユキルちゃん、今度は幸せになれるといいな」
その言葉を残し、踵を返して立ち去ろうとするカイトー。
呆然とする面々だったが、リリスは思わず叫ぶ。
「ちょっと待ちなさいよッ!! この手紙、あれは何なの!? あたしに何をさせたいわけ!? それにサンジェルマン伯爵って誰なのよ!」
カイトーは振り返り、口の端を僅かに吊り上げて言った。
「ただの忠告さ。……お前の親父さん、ブラド公爵には昔世話になった。それだけだ。サンジェルマンは、あの公を目の敵にしてる。俺としても見過ごせなかったってわけだ」
そして、懐中時計を取り出して慌てたように叫んだ。
「うおっ、ヤベェ! ジキルハイドのジジイが動き出してる! 間に合わねぇ!」
そのまま走り去っていくカイトーの背中を、誰もが呆気にとられて見送るしかなかった。
やがて沈黙が落ちる。
その中で、最初に口を開いたのは鵺だった。
「ねぇリリス。……サンジェルマン伯爵って、誰?」
……と、そのとき。部屋の扉が再び軋んだ。
彼女たちの背後から、どこか懐かしさを含んだ声が届く。
「……サンジェルマンについて知りたいのか?」
振り返った先に立っていたのは──白髪の男、白阿魔王ゼロ・カリオン。そしてその隣に立つのは、銀髪の女戦士──乂羅刹。
「ならば教えてやろうじゃないか。まずは──座れよ」
ふたりの登場に戸惑いながらも、少女たちは席に着く。そして、ゼロ・カリオンがゆっくりと一冊の本を取り出す。
その表紙に記された著者名──それは、かの《大賢者ノーデンス》の名だった。
「……ど、どういうこと!?」
驚く一同を前に、ゼロと羅刹は顔を見合わせ、静かに頷き合った。
「さあ──ここからが、本当の話だ」
この語りは、少女たちの運命を根底から揺るがす、禁断の真実だった。
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