乂阿戦記1 第四章- 白の神子リーン・アシュレイと神鼠の鎧にして白神の槍ナインテイル-2 魔王城にようこそ
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三者会談が終わってから、幾日かが過ぎた。
ある朝――。
乂家の幕営の前では、雷音と雷華が旅立ちの準備を整えていた。
目指すは、タタリ族を治める魔王オームのもと。
荷物をまとめていると、一番下の弟・阿乱が二人のもとへ駆け寄ってきた。
「雷音兄さん、雷華姉さん。出発する前にちょっといい?」
「なんだ、阿乱?」
「まずはコレ。阿烈兄さんから預かってたんだ」
阿乱が差し出したものを見て、雷音の目が丸くなる。
「ん? オイオイ……これ、《契約の刻印》じゃねぇか!? アシュレイ家の家宝が、なんでここにあるんだよ!?」
「阿烈兄さんが、護身用に持っておけってさ。それから――こっちは母さんから」
続いて差し出されたのは、紅く輝く一つの指輪だった。
「亡くなった母さんのお父さん――つまり、僕たちのお祖父ちゃんから受け継いだ、とっておきのお守りらしいよ」
「爺ちゃんの……?」
雷音が指輪を受け取る。
「母さんが言ってた。もし雷音兄さんが《魂の双生児》に出会った時、この指輪がきっと力を貸してくれるって」
「魂の双生児?」
「普通の双子とは違うんだ。同じ魂から分かれた、運命の双子なんだって。母さんにも昔そんな相手がいて、二人で邪神と戦ったらしいよ」
「俺の……運命の双子か」
雷音は紅い指輪を陽光に透かした。
「いるとしたら、どんな奴なんだろうな……」
答えは、まだ誰にもわからない。
雷音は指輪を大切に懐へしまった。
「それと、もう一つ!」
阿乱が胸を張る。
「タタリ族の街に、僕の知り合いの腕利きの鍛冶屋がいるんだ。二人ともこれから何があるかわからないだろ? 予備の武器くらい持っておいた方がいいよ」
「確かにな。魔剣クトゥグァだけじゃ心許ない」
「でしょ? 準備を怠らないのが冒険の基本だからね!」
雷音と雷華は顔を見合わせ、苦笑する。
「わかった。じゃあ頼むよ、阿乱」
「おう! 任せて!」
*
阿乱が紹介した鍛冶職人は、確かに腕利きだった。
雷音には、拳を守りながら打撃武器としても使えるガントレット。
雷華には、一振りの太刀。
魔剣クトゥグァは二人で共有し、ここぞという時のみ使用する。
二人にとって、まさに欲しかった常用装備だった。
そして――。
旅を続けること、しばらく。
「見えたぞ!」
街道の彼方に、巨大な城が姿を現した。
「あそこか?」
「ああ。あれが俺たちの目的地――」
その時だった。
「――ようやく来たか。随分と待たせてくれたな」
「ん?」
声は頭上からだった。
見上げると、一頭のグリフォンが悠然と旋回している。
その背に跨がるのは、褐色の肌に金髪、鋭い金色の瞳を持つ少年。
年若く見えるその容貌とは対照的に、眼差しには他者を見透かすような知性と威圧感が宿っている。
タタリ族を治める魔王――オーム。
「よお、オーム! 久しぶりだな!」
「久しぶりだな、雷音。相変わらず考えるより先に身体が動きそうな顔をしている」
「久々に会って最初に言うことがそれかよ!」
「事実を確認しただけだ」
オームは涼しい顔で言い切った。
「それより神羅はどこにいる?」
「姉に会いたいか。ならば――」
オームは口元に小さな笑みを浮かべ、城門を指した。
「まずは、あの門を越えてみろ」
門の前には二つの人影が立っていた。
一人は巨大な戦斧を携えた、筋骨隆々の鰐の亜人。
もう一人は杖を持った、小柄なゴブリンの老人。
「あれが門番か?」
「鰐の方が“獣王”ワニキス。ゴブリンの老人がザビエル司教だ」
オームはグリフォンの上から二人を見下ろす。
「二人とも、我が国でも指折りの実力者だ」
「へぇ……」
「そして残念なことに、人間語での意思疎通は期待できない」
「マジかよ」
「門を通りたければ、自分たちの力でどうにかすることだ」
雷華が眉をひそめる。
「……オーム。何か企んでない?」
「さて、何のことだ?」
オームの表情は崩れない。
ただ、その口元だけがわずかに笑っていた。
「行くぞ、雷華!」
「もう……雷音はすぐ乗せられるんだから!」
オームは二人の背中を眺めながら、静かに呟いた。
「さて――《赤の勇者》のお手並み拝見といこうか」
風が唸る。
城門の前で、雷音の脚が地を蹴った。
「うおおおおおッ!!」
身体が弾丸のように宙を舞う。
気流を纏った回し蹴りが――ワニキスを捉えた!
――ドゴォォォン!!
戦斧ごと巨体が吹き飛び、土煙が舞い上がる。
同時にザビエル司教が杖を掲げた。
《テイ・アール・ヴァルグ・ラド――》
「させるかよッ!」
雷音が一気に間合いを詰める。
蹴りで杖を弾き飛ばし、そのまま拳を鳩尾へ叩き込んだ。
「ぐぼっ!?」
ザビエルは白目を剥き、その場に崩れ落ちる。
「ふぅ……片付いたか」
「なるほど」
オームはグリフォンの上から戦況を観察していた。
「判断速度は悪くない。先に術者を無力化したのも正解だ」
「なんだよ、偉そうに!」
「僕は魔王だぞ? 偉いに決まっているだろう」
「ムカつく奴だな!」
だが――。
「――まだ終わっておらんぞ」
「!?」
ズシン――!
大地が揺れた。
土煙の中から、ワニキスが悠然と姿を現す。
全身の鱗には――傷一つない。
「見事だ、小僧。さすがは《灰燼の覇王》乂阿烈の弟よ」
「…………」
雷音が固まった。
そして。
「って、普通に喋れるじゃねぇか!!」
ワニキスは首を傾げる。
「何を言っている?」
「人間語が通じないって聞いたんだよ!」
「誰からだ?」
沈黙。
雷音がゆっくりと上を見る。
オームは頬杖をつき、実に愉快そうな笑みを浮かべていた。
「…………オーム」
「何だ?」
「てめぇ……騙したな?」
「騙した? 心外だな」
オームは悪びれる様子もなく答える。
「僕は『意思疎通は期待できない』と言っただけだ。一言も『喋れない』とは言っていない」
「屁理屈じゃねぇか!!」
「戦場で敵の言葉を額面通りに受け取る方が悪い」
「こいつ……!」
オームの金色の瞳が細められる。
「情報を疑え、雷音。目で見たものを判断し、自分で答えを出せ。力だけで全てを解決できると思うな」
「……!」
一瞬だけ、雷音が言葉を失う。
オームは意地悪で騙しただけではない。
これもまた――雷音を試すための仕掛けだった。
「もっとも――」
オームがニヤリと笑う。
「お前が見事に引っかかったのは、純粋に面白かったがな」
「やっぱり遊んでんじゃねぇか!!」
「フッ。否定はしない」
その時、ワニキスが戦斧を構えた。
「余所見とは余裕だな、小僧!」
「っと!」
雷音が構え直す。
「このワニキス、かつて《メギドの城壁》と謳われた男! 凡百の一撃で崩れるほど柔ではないわ!」
「だったら……こっちも本気でいくしかねぇな!」
「雷音!」
雷華が前へ出る。
その手には、紅蓮の魔剣――クトゥグァ。
「私も行く!」
「頼むぜ、雷華!」
二人が同時に大地を蹴った。
雷華の斬撃が炎の花を咲かせ、雷音の拳が雷鳴を轟かせる。
だが――。
「甘い!」
ワニキスは、その巨体からは想像もつかない動きで攻撃を捌いていく。
剣を流し。
拳をかわし。
そして――。
「ぬおおおおっ!!」
「ぐあっ!?」
逆撃。
雷音が吹き飛ばされ、雷華も弾き返される。
(速い……! こんなデカいのに……!)
「くそっ!」
雷音が再び踏み込む。
拳と拳が激突する。
次の瞬間――。
「がはっ……!」
ワニキスの拳が雷音の腹へ突き刺さった。
身体が地面を転がる。
「雷音!」
「ぐっ……!」
起き上がろうとする雷音。
その頭上で、巨大な戦斧が振り上げられた。
「――終いだ、小僧」
「っ!?」
その瞬間――。
「お姉ちゃんキィィィィック!!」
「なにぃ!?」
上空から飛来した影が、ワニキスの顎を蹴り抜いた!
――ドゴォン!!
「ぐぬっ!?」
巨体が揺らぐ。
桜色の髪が、風に舞った。
「……神羅!?」
「神羅姉様!」
乂一族の次女――神羅。
誇り高き戦姫が、弟妹の前へ舞い降りた。
「うーはははは! 危なかったね、我が弟妹たち!」
「助かったぜ、神羅!」
神羅は雷音へ手を差し伸べる。
「当然でしょ? 可愛い弟を守るのは、お姉ちゃんの務めだからね!」
その光景を見下ろしながら、オームは小さく息を吐いた。
「……まったく。予定より早く出てきたか」
神羅が振り返る。
「オーム君! 私の弟たちで遊んでたでしょ!」
「人聞きの悪い。実戦形式で能力を測っていただけだ」
「それを遊んでたって言うんだよ!」
「結果として良い訓練になった。問題はない」
「あるよ!」
雷音は思わず苦笑した。
「相変わらずだな、お前ら……」
ワニキスも戦斧を下ろす。
「見事だったぞ、小僧ども。よくぞ我が試練を越えた」
「ワニキス将軍……マジで強いッスね」
「お前たちもな」
戦いを終えた者同士に、静かな敬意が生まれる。
「――そこまでだ」
オームの一言で空気が切り替わった。
「ワニキス、ご苦労だった。十分なデータは取れた」
「はっ、若」
「データって……俺たち実験台かよ」
「魔王として、客人の戦力を把握しておくのは当然だ」
オームは平然と言い放つ。
「もっとも、雷音があと二、三発殴られるところまで見られれば理想的だったが」
「お前やっぱり俺が嫌いだろ!?」
「いや?」
オームが薄く笑う。
「むしろ気に入っているからこそ、からかい甲斐がある」
「嬉しくねぇ!」
その時だった。
オームの視線が地面の一点で止まる。
「…………待て」
声色が変わった。
「どうした?」
「ザビエル司教は、いつからあの状態だ?」
「え?」
全員が振り返る。
そこには――。
「…………」
ザビエル司教が倒れていた。
ピクッ。
ピクピクッ。
口から泡を吹きながら、妙な痙攣をしている。
沈黙。
「…………」
「…………」
「…………」
オームの顔から、完全に余裕が消えた。
「雷音」
「な、なんだよ」
「お前……どこを殴った?」
「鳩尾だけど……」
「…………」
オームは数秒だけ考え込む。
そして――。
「全員、聞け!」
魔王の声が響き渡った。
「試練は中止! ザビエル司教を医務室へ搬送する! 雷華は回復魔法の準備! ワニキスは司教を運べ! 神羅は医務室へ先行して治療班を呼べ!」
「は、はいっ!」
「承知!」
「わかった!」
瞬く間に全員へ指示が飛ぶ。
「雷音、お前も来い!」
「俺は何すればいい!?」
「責任を取れ!」
「指示になってねぇぞ!?」
「いいから走れ!!」
「お、おう!!」
こうして――。
神羅との感動の再会を味わう暇もなく。
雷音たちは泡を吹くザビエル司教を担ぎ上げ、大慌てで魔王城へ駆け込んでいくのだった。
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