第282話 『グール』
昨日もそうだったが、地上にももちろん瘴気が漂っている。いわゆる良くない氣だ。
それが特に溜まって淀んでいるところを探知で視ると、目視ではわからなかった黒っぽいガスの塊が視える。
だから逆に探知だとそこにある物が隠れてしまい、かえって見えづらくなったりするわけだ。
それで”地上=底から視ると逆にわかりづらい”ということなのだろうか。
しかしあいつが言ってた『どん底から見る~』という教訓ってなんだろ?
俺が知らない格言ってのも大いにあり得るが、こんな場合にそんなヒントは言わないと思うし……。
代わりとなりそうな熱感知は俺の場合あまり距離が伸びない。今まで必要がなく、ほとんど使ったことがないせいだ。
なのでここは風で行う探知にしてみる。
風の探知とは、空気の流れで形を感じ取るやり方だ。
水もそうだが、物があるところはその物体に沿って風が動いていく。だから岩なら岩の形、人なら人なりの形にざっくりとながら分かるということだ。
幽霊みたいに風が通り抜けるようなヤツは確認出来ないのが難点だが、肉体のある者ならまず引っかかる。
これは隠蔽とかで気配を消している奴を探り出すときに有効な手なのだ。
俺は壁に背にして左側からそろそろと半円を描くように風を探っていった。
すると先ほど奴が視線を向けていた方角に、人型らしき形がある。
あらためてそちらに目を凝らすと、枯れ色のブッシュと墓石の隙間の向こう側に、赤茶色の後頭がチラっと見えた。
そっとそちらに移動しながら注視すると、昨日あの怪我をしたショウと呼ばれていた若者だった。
やや前かがみに腰を落とした姿勢で辺りを窺っているらしく、顔を左右に動かしている。
良かった無事だ。それでもう1人は?
そこで彼の斜め後ろ、10メートルにも満たないところにある灌木の陰に顔らしきものが見えてドキッとした。
指先と顔のほんの一部しか見えないがまず髪の色が違うし、どうやら横向きに地面に伏せていて動かない。
それでもショウにすぐ声をかけるのはやめた。
もう少し近寄って確認する? いや、あの隠れ方じゃ近くに行ってもよく分からないぞ。
仕方ない、ここはやっぱり探知で確認しよう。
注意されたとおり慎重に丁寧に。
俺はそっと注意深く、灌木の手前から茂みをゆっくり搔き分けるように探知を伸ばした。
思ったとおり枯草の上に置かれた頭は、あのシルバーアッシュの若者ではなかった。
まさに血の気のない紫がかった青白い顔に、泥のついたぼさぼさのコゲ茶の髪、若者どころか40前後の顔立ちに白濁して瞳孔が見えなくなった目。
肌の感じからもだいぶ時間が経っていると思われる。
ご遺体だな。探知の眼で視ると間近で覗き込んでいる感覚になるので、本当は引き気味で確認したいところではあるが今回は丁寧に視ろというし。
まあどのみち回収してやらないと。
と、その地面に伏せていた泥だらけの指先がピクッと動いた。白濁した白い目が上に動く。
その動きはショウを捉えている。こいつ――!
その時ショウが振り返った。すぐにこちらに向かって走りだす。と、同時に男も茂みから這い出すように飛び出してきた。
うわぁ、気色悪い!
男には下半身が無かった。腹のすぐ下から千切れた服の裾と背骨が突き出ていた。
背中や腕にも抉れた痕があり、欠けた後頭部に変色した脳の一部がこびりついている。黒く膨れ上がった舌がまる見えの口は、下顎が取れて皮一枚で片頬にぶら下がっていた。
ゾンビに間違いないのだがそれよりも恐ろしかったのは、もう一つの顔がダブって視えたことだ。それはぼわんぼわんと揺れ動きながら男の顔と重なっていた。
白く濁った目の中に茶色い瞳が現れては消える。遺体に取り憑いたレイスに違いない。
ボロボロの布切れと肉片のこびりついた骨まる出しの腕のくせに、Gみたいに素速く茂みを這い出て来た。
速攻で逃げ出したい気持ちを抑えて俺は隠蔽を解いた。
「こっちだ、ショウ! こっちに来い!」
ショウはすぐに墓石を飛び越えて俺の方へ走り込んできた。
彼が俺の後ろに回り込んだ途端、ゾンビ男は急に動きを止めると、半分骨となった両腕で体を起こした。体の前もぐちゃぐちゃで、胸の穴から肋骨と黒く変色した内臓がはみ出ている。
そうして折れた首で頭を斜めに起こすと、ゴボゴボと喉の奥を鳴らした。
「てめえはこっちに来んなっ!」
俺はバスターソードを抜いて威嚇した。
だがそれを無視してゾンビは言葉にならない低い唸り声を発した。その低音に段々とビブラートがかかってきて、あの恐怖映画特有の恐ろしい声に変わっていく。
嫌だっ 聞きたくねえっ!! もうとっとと失せろ!!
拒絶する恐怖が爆発する炎になって男にぶち当たる。
―― Ge aッ ァ!! !――eAaaaァ――!!;;:*⁑⁂ ** * …… …… …
悲鳴ともつかない恐ろしい声が上がった。
だが手ごたえがある。効いてる、炎が効いてるぞっ!
「逝けっ、そのまま成仏しろ、してくれっ!」
俺は相手が炎に包まれても火力は弱めなかった。もちろんまわりに火が回らないよう炎の袖は広げない。
その代わり炎の拳で握りつぶすように内へ内へと圧力を上げていき、じわじわと温度が上げていった。
対抗できるなら怖くない。このまま骨も残らないように完全火葬にしてやる。
「あ、あの、もう大丈夫じゃないかと」
後からショウに言われてやっと火を解除した。
火が消えると煙が立ちのぼり、焦げた嫌な臭いが一気に鼻をついてきたので風で吹き飛ばしながら冷却する。
黒く凹んだ地面にぽつぽつと、陶器みたいにテカリのある白い骨が少し残っていたがレイスはもういないようだ。
「どうも、助けてくれて有難うございます」
若者はぺこりと頭を下げると安堵の笑みを浮かべた。
「とても強いんですね。来てくれて安心しました」
「いや大した事ないよ、これでもハンターだからね。それよりも君の友達はどうした? 一緒だったんじゃないのか」
「……それが奴らに襲われた時にはぐれてしまって……」
またソワソワと辺りを見回す。
「そうかぁ……。でもとにかく君が無事で良かった。あとは俺に任せて」
ショウは昨日会った時に比べて態度がしおらしく、言葉使いも丁寧だった。
あの時はやられて混乱していたし、親が金持ちだというから本当はしっかりと教育を受けているのだろう。ちょっと会っただけで礼儀知らずと判断しちゃいけないな。
「とりあえず君を門のとこまで送っていくよ。そしたらすぐに友達の方を探しに行くから。
ところで彼の名前、なんて言うのかな? あの髪の毛がシルバーアッシュの友達」
女の子からことの経緯をしどろもどろに聞いただけで、彼女の名前さえちゃんと確認していなかった。
だが彼は視線を外すと目を泳がせた。
「……えと、門には行きたくないです。だって門番の人がいるんでしょう。絶対怒られるから……」
「そりゃしょうがないよ。君は友達を助けるつもりだったかもしれないけど勝手に入ったんだから。ルール違反したら怒られて当然だろ」
おまけに昨日の今日だしなあ。
それでもショウは叱られるのがかなり嫌なのか、しつこくねばってきた。
「でもやっぱり怒られるのはヤです。それにまだ僕たちが入ったってとこは見られてないから、なんとかバレずに出られれば誤魔化せるでしょう?」
「何言ってんだ。怒られる怒られないが問題じゃなくてさ、ちゃんと検閲して確認しないと迷惑になるだろ。もうなっちゃってるけどさ。
それにもうここに入ったことはバレてるんだよ。彼女が警吏に捕まって、――あの娘のこと心配じゃないのか?」
「あのコ……? ああ、あのコね。うん、そうですか、捕まっちゃったんですか。そりゃ可哀そうだけど仕方ないですね。見つかっちゃったんなら」
「はぁ? なんでそんなにアッサリしてんだ。どっちの妹か知らないが、昨日君をあんなに必死で助けてくれたのに」
こいつ、もしかしてこの悪い氣で頭やられてるのか?
「それよりも今はここから出ることが肝心です。
そうだ、裏門なら警備が手薄かもしれませんよ。ここ何十年も使われなくて今や蔓草で覆われて見えづらくなってるんです。
蝶番も錆びてるし、2人で力を合わせればこじ開けられるかもしぃ ――
”ヴァァッチィン!!” ―― グギャッ!!」
いきなりショウが雷に打たれたみたいに後に跳ね跳んだ。顔が別人のように酷く歪む。
えっ、なに、どうした?! 今のは静電気……じゃあなかったぞ。
「……ショウ、あらためて訊くが、君と一緒に入った友達は何て名前なんだ?」
だが、ショウは答えない。口をへの字に閉じたまま、乱れて垂れた長い前髪の隙間から上目づかいにこちらをじっと見てくるだけだ。
「なんで言えないんだよ、おまえ……」
すると彼はゆっくりと顎を上に上げた。目はこちらに向けたまま、見下すような視線を送ってくる。同時に顔が陰湿で醜い内面をさらけ出すように大きく歪んだ。
もう先程までのどこか爽やかさの残る青年の面影は全くない。
こいつ、ショウじゃねえのか……。
そいつがグッと腰をかがめて飛び掛かってきた瞬間、俺は鼻先にさっき奴を弾いたアミュレットを直接突き出した。
【グゥッ ギャッ!】
腕で顔を庇いながら醜く豹変した男が慌てて退く。
「お前はなんだっ!? あいつに化けてやがったのか!」
その時思い出したのは、グールの中にはたまに人に化ける能力を持つ者がいるということ。
それは幻覚ではなく、本当に体を変化させて現れるので見た目だけでは分かりづらいと、以前読んだ本に書いてあった。
だが、その変身原理が色々とあった。
シェイプシフターのように対象を観察しただけで化けられるとか、または喰った相手に化けるとか……。
「てめえ……、あいつらを喰ったのか」
昨日ちょっと会っただけの通りすがりみたいな縁。世間知らずで無謀な若者だったがこんな終わりかた可哀想だろ。
どっちにしろ、こんな化け物このまま放っておくわけにいかない。
俺が氣を練り始めようとしたその時、
「……たすけて、おじさん。お願い 助けて……」
そいつが急に震える声を発した。顔がまた元の半泣きの青年に戻る。
「僕の中に……なにか恐いヤツが入ってきて……。僕を支配しようとするんだ……」
青年がぐずぐずと泣き出しながらその場に膝をついた。
なんてこった、とり憑かれてるのか。
危なかった。もうちょっとでさっきみたいに火焔をぶち込むところだった。
「わかった、そいつにとり憑かれたんだな。悪いけど俺じゃエクソシストは出来ないんだ。
だけど心配するな、すぐに先生を呼んで祓ってもらうから」
「ぅっくっ、ソレこっちに向けるのやめて。なんだか凄く苦しいよ……」
ショウがまた喘ぐように顔を背けた。
「それは君にとり憑いた奴に効いてるからだよ。辛いと思うけどなんとか頑張ってくれ。門まで行って君を安全に拘束したらすぐに助けを呼んでくるから。
それまでの辛抱だ」
「苦しい、痛い、苦しいよぉ……、くる、げふっ、ごぼっ、 しぃ……」
とり憑いた奴が暴れているのか、それとも言わされているのか、本当のところ俺にはわからないが、とにかくアミュレットに威力があるのは確かだ。
だが彼は次第に頭を抱えながら前後にガクガクと揺れだした。
「ショウ、頑張れっ! 今すぐ門のとこまで連れてってやるから」
ヤツが言ってた警告も、スキルがバレる心配も後回しだ。すぐさまショウを連れて門まで転移だ。
そう移動地点に集中しようとしたまさにその時、ズリっと唐突にショウの首が地面に落っこちた。
そのままゆっくり体が前に倒れ込む。
「はぁっ? アァッーー!!? 」
何が起こったのか、僅かな間だが思考が止まってしまった。
そうして一拍置いて、一番最悪のシナリオが頭に湧き上がって来た。
護符の力が強すぎたのか? それとも化け物が一蓮托生にショウを道連れにしたのか?
どっちにしろ、俺の行動が彼を殺すことになったんじゃ……。
取り返しのつかない後悔に思考がグルグルと空回りし、頭の奥で小さく警鐘が鳴っているのに、俺は心臓の音ばかりを聞いていた。
バッキィッッンンン!!
痛ぇッ! 突然右手に衝撃が走った。
気が付けば右手に持っていたアミュレットが吹っ飛んでいた。そのまま激しく壁にぶつかると、向こうの茂みの中に勢いよく落ちて消えた。
だが確認する暇もなく、目の隅に凄い勢いで石板が迫ってくる。ギリギリのところでのけ反ってかわした。
振り向いた先には草むらから伸びている肉色の触手。いつの間にかそいつが落ちていた墓石を掴んでアミュレットを叩き飛ばしやがったのだ。
続いて倒れていたショウの体が、膝もつかずに尻から不自然に起き上がって来る。足元に落ちている顔がごろっと逆さまになると、そのまま足伝いに上がっていった。
やられたっ!
そこでつい俺は、護符を拾おうとして反射的に転移をかけてしまった。
注意していたのにやはり動揺していたらしい。
空間を跳躍するその刹那、ズイッと斜め後ろに引っ張られる感覚が――マズいっ! 即座に跳ぶのをやめた。
「わぁっ!」
すぐ目の前に逆さまになったショウの顔があった。
何故か俺は、縦から横の体勢で、しかもショウの方に頭から向かっていた。もうちょっとズレていたら彼の中へ突っ込んでいたところだ。
あわや頭突きとなる寸前、両手で突き飛ばして難を逃れた。
なんだ、どうなってる??!
ここじゃ転移を使うと相手に引っ張られるのか?!
それに今ヤツを触った感触、さっき瘴気の中に感じたアレじゃねえのか。
あらためて得体のしれないものに対する不安が走る。
待て、落ち着け俺! まずは離れろ!
いや、転移は駄目だ――。
即座に壁側に向かって走る。
ガァキイィィンッ!!
すぐ目の前を石板が壁に当たって砕けて飛び散った。振り返る鼻先にまた別の墓石が飛んでくる。
「なんて罰当たりな!」
昭和生まれの日本人としては嫌悪を催す行為だ。嵌められた悔しさも相まって改めて冷静さを取り戻した。
幸い指は骨折していないようだし、これくらいならそのうち自然と治るだろう。
バスターソードを抜きながら向き直ると、戦意を見せた俺を警戒するようにヤツが動きを止めた。
そうだ、ナメられちゃいけない。敵にビビっていると思われたらお終いだ。
いつの間にかショウもどきの顔は腹にあった。その頭も服も、溶け始めたバターのように体にずぶずぶと融合している。先程の触手はこいつの足から伸びていたものだった。
もう悪霊じゃなくて”謎の物体X”だ。気味が悪いことこの上ないが悪霊よりマシだ。
すぐさまぶちのめそうとしたが、またある疑念が浮かんできて攻撃をためらわせた。
ひとまずバインドだ。
パアァ――ッ、奴の体全身を白い光で包み込む。直径2メートル強くらいの大きさだが、光の強さは真夏の太陽だ。我ながら直視しづらい。
けれど自分の光なので中を感じることが出来る。
Xは苦しいのか、手をついて四つん這いになると、しきりに体をブルブルわなわなと震わせた。
思った通り、こいつは光に弱いんだろう。闇系の魔物は一部を除いて大抵光に弱いものだ。強い光を浴びると魔素が抜けて急激に小さくなるものもいるくらいだ。
その隙に再び護符に向かおうとした時、Xの奴が大きく身震いするとボスッと地面に頭の無い首を突っ込んだ。
え、動けるのか!
あっという間に奴は、水中に潜るがごとく姿を消した。
地面に潜ったのか、まわりに同化したのか。
もはや墓場の土を触りたくないとか好き嫌い言ってる場合じゃない。奴がいると思われる地面の土を丸ごと『地』力で掴む。
うえっ、なんだこの感触!
瘴気は上だけでなく、地面にも沈殿している。それは汚水のように地中に溜まり、土を穢していた。もう皮膚感覚で痛いほどの腐臭を感じる。
その負のエナジーが俺の力を阻んでくる。
土をコンクリートのように固めるどころか、どろどろとぬるぬる、持つも掴むも出来ないまさしくヘドロになっていた。
そして来た! 即座にその場を飛び退いた。次の瞬間、地面から突き出す肉色のランス。
奴が地上から姿を消したのはほんの一秒あったかないか。自分の周りにだけ探知の網を張り巡らせておいて正解だった。
だが奴の行動も早かった。
俺が飛び退きざま枝に飛び移り、その勢いで向こう側に飛ぼうとしたのを素早く前に回り込むと、まわりにあった墓石や石を次々と投げつけてきやがった。
墓石を避けたせいでバランスを崩し、また斜め後ろに着地してしまった。
こいつ、さっきのフェイントといい明らかに狡猾な知能がある。俺を護符のところに行かせないようにしている。ただの魔物じゃない。
グールってこんなやつなのか? いや、そもそもグールなのか確信が持てない。
俺が知っているグールは人の姿か、またはハイエナに似た魔物だ。
しかし今目の前にいる奴は、全身の皮を剥いだ四つ足の獣と化していた。
ぬらぬらとした表面は赤と薄ピンク、灰色の混ざった肉にピクピクと蠢くベージュ色の筋が絡みついている。
頭のあったところからはぶりぶりとした腸に似た花弁が5枚に開いて、中から伸びる赤く長いメシベを舌なめずりするようにねっとりと動かしている。
姿は物体Xだが、その厭らしさはどちらかというと人に近い。
やはり悪霊なのか。
俺が反撃してこないのに奴は優位と感じたのだろう、じりじりと今度はゆっくりと迫って来た。
チャンスだ。すかさず解析を発動。
相手に気取られないようパネルに視線を動かした。
《 ************* 解析対象: 未知***不明*** 解析:不能*** 》
またもやロブの歯の時と同じく、目の前の解析結果のパネルが不気味な暗い赤になる。
あの世関係はこういう色になるのか?
そして解析エラー。
これって相手の抵抗力が強いのか、もしくはレベルが違うということなのか……。
いや、そんなことよりさっきから俺の気持ちをざわつかせてるのは、果たしてこいつがショウに化けているのか、それとも憑依して操っているのかという疑問だった。
何しろその背中にショウの顔があった。
その顔は厭らしい毒花とは違って、メソメソと泣きながら助けを乞うていた。
もし本当にショウがとり憑かれているのだとしたら下手に攻撃は出来ないぞ。
だが転移は使えないし、肝心の神具は茂みの中。
もう彼には悪いがここはスタンガンを使うか。
化け物自体には無駄でも、操っている肉体をちょっとの間麻痺させることは出来るかもしれない。
俺が何かをやろうとしているのを察したのか、奴が揺らしていた赤い舌の動きを止めた。そのまま犬が飛び掛かる寸前のように、一瞬体を後ろに引く。
来る! 俺はその両手足とあの厭らしい舌めがけて電撃を――
――いやまてよ、やっぱりここは転移だ!
【 ギャアァンンンッッ!! 】
妖怪野郎が後にどぉっとひっくり返った。
やったぜ! 奴にぶつかって跳ね返った護符を無事にキャッチした。
転移するにはした。
だがそれは俺自身ではなく、アミュレットをだ。
俺の手元に引き寄せたアミュレットは、さっきと同じく見事にヤツに引き寄せられた。
おかげで直接ヤツに叩きつけることができた。
【 ンッギョオエェェエェェェ! 】
再び奴に向かって転移を繰り返した。
引き寄せられても正しく届いても、どっちも奴にダメージを与えられる。
特性が仇になったのだ。
妖怪野郎が大きな悲鳴を上げながらのたうちまわった。
「出てけっ、化け物! そいつの体から離れろっ」
さながらエクソシストの神父が悪魔に容赦なく振りかける聖水みたいに、間を開けず続けざまにアミュレットを叩きつけてやった。
と、転げまわっていた妖怪は、またもや吸い込まれるように土中に消えた。
逃がすかよっ。
俺はすかさずアミュレットを地面の下に移動させた。
異様な悲鳴とともに十数メートル先の枯れ木がぐらっと揺れる。飛び上がって根っこにぶつかったな。
「出てこいっ! でないとお前の腹ん中にぶち込むぞ!」
そう脅したものの、本当はそこまではやるつもりはない。
そんなことをしたらショウ自身もとんでもないダメージを受けるかもしれないし、映画みたいに溶けるか爆発する可能性だってある。
さっきはフェイクだったが、本当に一蓮托生になるかもしれないのだ。
そんな不安を感じつつ、小刻みに転移を繰り返して土中の奴にアミュレットを押し付けまくった。
と、急に汚泥を跳ね上げながら奴が飛び出してきた。
肉色をしたぶよぶよの犬のような体のあちこちに、焼けただれてめくれた赤い火脹れが走っている。おそらくアミュレットが当たった部分だろう。
赤い舌どころか悍ましい花弁もなくなり、代わりに悲痛な顔が首に乗っていた。
ただそれは穴ぼこの目と口だけの顔になっていた。髪もなく、顔全体がひっつれたムンクの叫びに似ていた。ショウの面影はまったくない。
もしかするとこれが本当の奴の顔なのかもしれない。
「これで逃げられないのはわかっただろ」
俺は再び手にしたアミュレットを前に突き出しながら言った。
「言葉はわかるよな? だったら答えろ。
お前、彼らをどうしたんだ。
彼にとり憑いてるのか? それとも……」
四つん這いのまま、こちらの動向を探るように向けて来た目らしきものは、光が届かない洞窟の闇のようだった。
最後の方は口に出すと真実になりそうで嫌だった。
―― それともやっぱり 喰っちまったのか ――
ここまで読んでいただきいつも有難うございます。




