↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法適性ゼロで婚約破棄された俺、実は"古の魔王を受け止められる唯一の器"だった 〜嗤った令嬢と偽りの英雄に、真実を突きつける〜  作者: まる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/25

第十三話 勝てない試合

決闘の日は、雲一つないよく晴れた朝だった。

 学院の演習場には、朝早くから大勢の生徒が集まっている。


 普段なら授業が行われる時間だというのに、今日は誰も教室へ向かおうとはしない。

 演習場の中央には、白い石灰で大きな円が描かれていた。


 決闘の領域。


 その円の外側を取り囲むように、鈴なりの見物人が並んでいる。


「本当にやるのかよ」

「相手、フォンティスだろ?」

「首席と落第生じゃ勝負にならないだろ」

「いや、むしろ何秒持つか見ものじゃないか?」

「三秒くらいじゃないか?」


 あちこちから笑い声が上がる。


 俺はそれらを聞き流しながら、演習場の中央へ向かって歩いていく。


 聞こえてはいる。

 だが、わざわざ振り返るほどのことでもない。


『相変わらず、よく平気でいられるな』

 アイシャが呆れたように言った。


「いちいち反応していたら、身が持たない」


『それもそうか』


 やがて、決闘の領域を示す白い円が目の前に迫ってきた。


 円の外側で、俺は一度だけ足を止める。


 観客のざわめきが、わずかに大きくなった。


「来たぞ」

「あれがレイ・ヴァンフォードか」

「本当にあいつがフォンティスと?」

「何を考えてるんだ?」


 俺は周囲を一瞥する。


 以前なら、こうして大勢の視線が自分に集まることなどなかった。だが今日は違う。


 嘲笑だけではない。

 好奇心に、困惑。そして、わずかな疑念。


 学外実習での一件が、それまでの俺に対する評価を少しだけ変えていた。


 俺は余計なことを考えるのをやめ、白い円の中へ足を踏み入れた。



 小さく息を吐く。


『集中しろ、レイ』

 アイシャの声が隣で響いた。


『あの猟犬の視線を、意識しすぎるな』


 俺は観客席の最前列へ目を向ける。


 そこに、一人の男が立っていた。


 王室査問官、デュラン・ヴァイス。


 穏やかな笑みを浮かべ、まるで演劇でも観に来たかのように静かにこちらを眺めている。

 だが、その灰色の瞳だけは笑っていなかった。


『だが、忘れるな』

 アイシャの声が低くなる。


『お前が一度でも「深い水」を漏らせば、終わりだ』


「分かってる」


『蝋燭一本。それ以上は、決して』


「ああ」

 俺は小さく頷いた。


 今日の目的は勝利じゃない。

 正確には、勝ってはいけない。


 俺の力を知られるわけにはいかない。だから、可能な限り小さな力で終わらせる。

 相手の魔法を受け流し、攻撃を無力化する。そして、俺自身は魔法を使っていないように見せる。

 それが理想だった。


 ……もっとも。

 相手がそれを許してくれるなら、だが。


 円の向こう側から、足音が聞こえてきた。


 アレク・フォンティス。


 磨き上げられた革の手袋。仕立てのいい制服。乱れ一つない髪。

 その姿には、昨日までの焦りなど微塵も感じられなかった。

 むしろ、勝利を確信しているような余裕さえある。


「逃げずに来たか、落第」

 アレクが鼻で笑った。


「感心したよ」


 周囲から、くすくすと笑い声が漏れる。


「まあ、逃げても地獄だったろうがな」


 アレクはゆっくりと俺の前まで歩いてくる。


「せいぜい無様に負けて、詐欺師の正体をさらしてくれ」


「……そうか」

 俺はそれだけ答えた。


「なんだ、その顔は」


「いや」

 俺は肩をすくめる。


「随分と余裕だなと思って」


「当然だろう」

 アレクの口元が歪んだ。


「僕と君では、立っている場所が違う」


 なるほど。


 そういうところは相変わらずらしい。


 俺が何も言わないでいると、アレクは勝手に勝利を確信したように笑った。


 円の脇に、クラリスが進み出る。

 今日の立会人だ。


 紫紺の瞳が、俺とアレクを交互に見つめている。その目に以前のような冷たさはない。

 代わりにあるのは、純粋な観察だった。

 まるで実験対象を見る研究者のような目。


 ……嫌な目だ。


「両者、作法は承知ね」

 クラリスが淡々と告げる。


「個人の魔法のみ。魔導具の使用は一切禁止。相手を死に至らしめる意図の攻撃も禁止。どちらかが降参するか、戦闘の続行が不可能になった時点で、決闘は終わる」


 俺は頷いた。


 アレクも頷く。


「では」

 クラリスが片手を上げる。


 一瞬、演習場から音が消えた。


「始め」


 その瞬間だった。


「まずは、挨拶がわりだ!」

 アレクが腕を振る。


 三つの炎が宙に生まれた。

 赤々と燃え上がる炎球。それぞれが異なる軌道を描きながら、俺へ向かって飛んでくる。


 速い。


 普通の生徒なら、避けるだけでも精一杯だろう。


 だが、俺は避けなかった。


 体の奥に意識を向ける。


 深く。


 そこにある「虚」を、ほんのわずかに開く。


 炎が迫る。


 あと数メートル。


 二メートル。


 一メートル。


 そして、俺に触れる寸前――。


 三つの炎が、音もなく消えた。


 轟音もない。

 爆発もない。

 煙すら残らない。


 まるで、最初からそこには何も存在していなかったかのように。


 演習場が静まり返った。


「……は?」

 アレクが目を見開く。


 俺は何事もなかったかのように立っていた。


「どうした?」


「……今のは」

 アレクが自分の手を見る。


「不発……?」


 また、それか。


 俺は内心で苦笑した。

 自分の失敗を、真っ先に「不発」で片づける。

 前から何も変わっていない。


「どうした、フォンティス」

 俺はあえて口元を吊り上げた。


「挨拶がわりの魔法も、まともに撃てないのか?」


 観客席から、小さなどよめきが起こる。


「レイが煽ったぞ……」

「いや、あいつそんなこと言う奴だったか?」


 アレクのこめかみが引きつった。


「……調子に乗るなよ。僕の魔法が不発だっただけだ!」


「そうか」

 俺は頷く。


「なら、もう一度やればいい」

 その一言が、完全に火をつけた。


「言われなくても!」

 アレクが両手を広げる。


 空気が震えた。


 今度は炎ではない。


 冷気が演習場を満たし、白い霧が地面を這う。その霧の中から、無数の氷槍が生み出された。


「――凍れ!」


 数十本の氷槍が、一斉に飛来する。

 先ほどの炎とは比べものにならない。速度も、数も明らかに上だ。


 観客の何人かが息を呑んだ。


 だが、俺は動かなかった。


 迫り来る氷槍の群れを、ただ静かに見据える。


 次の瞬間。


 俺へ届く寸前で、氷槍が次々と消えていった。


 一本。


 また一本。


 そのまま数十本の氷槍が、音もなく虚空へと溶けていく。


 氷の欠片すら残らない。


 あとに残ったのは、白い霧と静寂だけだった。


「……」


 アレクの表情が固まる。


 演習場から、嘲笑が完全に消えていた。

 誰も笑っていない。


 ただ、困惑している。


「なんだ……今の」

「魔法が消えた?」

「でも、レイは魔法を使ってないぞ」

「じゃあ、なんで……」


 ざわめきが広がっていく。


 俺はその声を聞きながら、内心で舌打ちした。


 まずい。


 目立ちすぎている。


『レイ』

 アイシャの声が飛んでくる。


『力を抑えろ』


「分かってる」


『分かっている顔ではないぞ』


「……うるさい」

 俺は小声で返した。


 その間にも、アレクは攻撃を続けていた。


「ならば!」


 今度は風。


 竜巻のような風が演習場を駆け抜ける。砂埃が舞い上がり、観客席から悲鳴が上がった。


 だが、その風も俺の前で途切れた。


 正確には、俺に触れることなく消えていった。


「土よ!」


 地面が隆起する。

 巨大な石柱が俺の足元から突き上がった。


 俺は半歩だけ横へずれる。


 石柱は俺を貫く寸前で、音もなく崩れた。


「雷よ!」


 空から光が落ちる。

 轟音とともに、一瞬、演習場全体が白く染まった。


 だが。


 俺の目の前で、その雷さえ消滅した。


 静寂。


 残されたのは、アレクの荒い呼吸だけだった。


「……なんで」


 彼の声が震える。


「なんで当たらない……? なんでだ!」

 アレクが叫んだ。


「僕の魔法が! どうして!」


 誰も答えられない。


 俺自身が答えられるわけもない。


 これは魔法じゃない。

 魔法という概念そのものを、俺の中にある「虚」が否定しているだけだ。


 だが、そんなことを説明できるはずがない。


「……お前」

 アレクが俺を睨む。


「何をした?」


「何も」


「嘘だ!」


「本当に何もしてない」

 俺は両手を軽く広げてみせる。


「俺は魔法を使えないからな」


「なら、どうして!」

 アレクが叫ぶ。


「どうして僕の魔法が消えるんだ!」


「知らないよ」

 俺は淡々と答えた。


「俺に聞かれても困る」


 その言葉に、アレクは歯を食いしばった。


 その顔から、余裕が完全に消えている。代わりに浮かんでいるのは、焦りと恐怖だった。


 俺はその顔を見て、少しだけ胸が痛んだ。


 こいつは、負けることを知らない。


 いや。


 負けることを、許されていないのかもしれない。


 宰相家の長男。

 学院首席。

 周囲から期待され、褒められ続けてきた人間。


 そんな立場にいるこいつにとって、「落第生に勝てない」という事実は、ただの敗北じゃない。

 これまで積み上げてきたもの、そのものを否定されるようなものなのだろう。


 だが、俺には関係ない。


 俺はただ、この場を無事に終わらせたいだけだ。


「もういいだろ」

 俺は言った。


「俺に魔法が効かないなら、降参すればいい」


「……降参?」

 アレクの顔が歪んだ。


「僕が?」


「ああ」


「君に?」


「そうだ」


 短い沈黙が落ちる。


「ふざけるな!」

 アレクが吠えた。


「僕が、貴様なんかに!」

 魔力が膨れ上がる。


 先ほどまでとは比較にならない。演習場の空気そのものが震え始めた。


 俺は思わず目を細めた。


『……レイ』

 アイシャの声が低くなる。


『これはまずい』


「分かってる」


 アレクの周囲に、複数の魔法陣が展開される。


 炎。


 氷。


 風。


 土。


 四属性。


 しかも、それぞれが同時に起動している。


「僕は……!」


 アレクの声が震える。


「僕は首席だ!」


 一つ目の魔法陣が光る。


「宰相家の人間だ!」


 二つ目、三つ目と魔法陣が輝きを増していく。


「お前みたいな落第生に!」


 そして。


「負けるわけがない!」


 四つの魔法が同時に放たれた。


 炎が走る。


 氷が飛ぶ。


 風が唸る。


 大地が砕ける。


 それらが複雑に絡み合い、一つの巨大な奔流となって俺へ押し寄せてくる。


 観客席から悲鳴が上がった。


「危ない!」


「クラリス!」


 立会人のクラリスが動こうとする。


 だが、俺は動かなかった。


 体の奥にある「虚」を、ほんの少しだけ広げる。


 それだけで十分だった。


 巨大な魔法の奔流が、俺の目の前ですべて消えた。


 轟音が止む。


 風が止む。


 炎が消える。


 氷が消える。


 土煙だけが、ゆっくりと地面へ落ちていった。


 俺は無傷だった。


 演習場が、完全に静まり返った。

 誰も言葉を発しない。


 ただ一人。


 アレクだけが、呆然と俺を見ていた。


「……嘘だ」


 小さな声だった。


「こんなの……」

 彼が一歩後ずさる。


「ありえない」


 さらに一歩。


「僕の魔法が……全部……」


 その姿を見ながら、俺は嫌な予感を覚えた。


 勝負はもう、とっくについている。

 これ以上続ける理由はない。


 俺はクラリスを見る。


 だが、彼女は俺を見ていた。


 紫紺の瞳。


 そこには驚きよりも、強烈な疑念が浮かんでいる。

 攻撃が消えるたびに、彼女は俺の手、足、呼吸、視線、そして魔力の流れを追っていた。


 何かを探している。


 まるで、答え合わせをしているように。


 そして最前列。


 デュラン・ヴァイスもまた、こちらを見ていた。


 穏やかな笑みは変わらない。

 だが、その灰色の瞳だけが細くなっている。


『……気取られる寸前だ、レイ』

 アイシャの声に、初めて明確な緊張が混じった。


『あの二人、勘づき始めている』


「……分かってる」


『長引かせるな。そろそろ幕を引け』

 俺は頷いた。


 アレクを見る。


「フォンティス」


 彼は答えない。


「もう終わりにしよう」


「……」


「これ以上やっても、意味がない」


 俺はできるだけ穏やかに言った。


「お前の魔法じゃ、俺には届かない」


 言った瞬間、しまったと思った。


 言い方が悪かった。


 アレクの肩が、びくりと震える。


「……届かない?」


「いや」


 訂正しようとした。


 だが、遅かった。


「届かないだと……?」

 アレクが俯く。


 拳が震えている。


「僕の魔法が……届かない……?」


 その瞬間、アレクの雰囲気が変わった。


 怒り、屈辱、焦り。


 それらが混ざり合い、その奥から何か暗いものが滲み出している。


 俺は目を細めた。


『待て』

 アイシャが鋭く言う。


『妙だ』


「……何が?」


『あの男だ』


 アレクはうつむいたまま、肩で息をしていた。


「こんな……」


 掠れた声が漏れる。


「こんなはずがない」

 やがて、ゆっくりと顔を上げた。


 その目には、もう理性らしいものがほとんど残っていなかった。


「僕が……落第如きに……」


 手が懐へ伸びる。


 俺の背筋に、冷たいものが走った。


「フォンティス」


 クラリスが気づく。


「その手を止めなさい」


 アレクは止まらない。


「宰相家の、この僕が……」


「フォンティス!」

 クラリスの声が鋭くなる。


「決闘規則に反する行為は――」


「うるさい!」

 アレクが叫んだ。


 懐から何かを引きずり出す。


 黒く歪んだ、宝玉のような塊だった。

 表面には無数の亀裂が走っている。その内部では、何かが蠢いていた。


 ぞわり。


 見ただけで、本能的な嫌悪感が込み上げてくる。


 次の瞬間、どす黒い魔力が爆発するように噴き出した。


 空気が震える。


 観客席から悲鳴が上がった。


「何だ、あれ!」

「魔導具……?」

「でも、あんなもの……!」


 俺の隣で、アイシャが初めて明確な恐怖を滲ませた。


『魔導具だ!』

 鋭い声が頭の中に響く。


『しかも禁呪級の代物!』


「……何?」


『レイ、下がれ!』


 アイシャの声が、これまで聞いたことがないほど切迫していた。


『あれは――制御できていない!』


 黒い宝玉の亀裂が、さらに広がる。


 その奥から。


 何かが、こちらを覗いた気がした。


 俺は反射的に一歩後ろへ下がる。


 そして理解した。


 さっきまでの決闘など、もう終わっている。

 これは、決闘ではない。


 もっと危険な何かが、今、この学院のど真ん中で――


 目を覚まそうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。