第一章 黒星剣士は朝定食を楽しみたい〜突然のヤラセ魔獣襲撃と、不可視の『カメラ』〜
黒星剣士は朝定食を楽しみたい〜突然のヤラセ魔獣襲撃と、不可視の『カメラ』〜
「ギシャアアアアアアッ!」
鼓膜を劈くような不快な咆哮と共に、ルナキン(二十四時間営業の魔導ファミレス)の分厚い正面強化ガラスが、まるで薄い飴細工のように粉砕された。
朝の穏やかな陽光が差し込む店内は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌する。
「ひぃぃっ!? ば、化け物だぁぁッ!」
「逃げろ! なんでこんな場所に『ギガント・ビートル』が!?」
吹き飛ぶテーブル。ひっくり返るサラダバー。悲鳴を上げて逃げ惑う客たち。
体長十メートルを超える漆黒の甲殻。魔導戦車の砲撃すら容易く弾き返すその巨大な魔獣は、本来ならルナミス帝国と獣人王国の国境深く、危険地帯にしか生息していないはずのAランク指定危険生物だった。
それがなぜ、三国間の非武装緩衝地帯であるこの平和な『ポポロ村』の、しかもファミレスのど真ん中に突っ込んでくるのか。
そんなパニックの中心で。
俺――前世は日本の社畜エンジニアであり、現在は冒険者界隈で『黒星剣士』などと呼ばれている黒鉄翔は、揺れるコーヒーカップを片手で押さえながら、深々とため息をついた。
(……せっかくの、モーニング目玉焼きセットが台無しだ)
焼き加減は完璧な半熟。厚切りのトーストにはたっぷりのバター。そしてポポロ村特産の陽薬草がほんのり香るブレンドコーヒー。
数々の修羅場をくぐり抜け、ようやく手に入れたスローライフの至福の時間が、目の前の巨大な昆虫によって無惨にも踏みにじられようとしていた。
「ギチチチチッ!」
魔獣の複眼が、逃げ遅れて席に座ったままの俺を完全にロックオンした。
鋼鉄をも両断する巨大な大鎌が、高く振り上げられる。狙いは俺の首。振り下ろされる速度は時速百キロを優に超えている。
腰を抜かしたウェイトレスが目を覆い、誰もが俺の首が飛ぶ凄惨な光景を幻視した、その瞬間。
「食事の邪魔だ。地べたを這ってろ」
俺は椅子から立ち上がることも、背に負った剣を抜くことすらもせず。
ただ空いた左手の指先を、トンッとテーブルの上から下へ向けた。
――【重力崩壊】局所百倍。
「ギ、ヂッ――!?」
直後、魔獣の巨体を『目に見えない規格外の超質量』が上空から容赦なく叩き潰した。
振り下ろされるはずだった大鎌が床にめり込み、魔導戦車の装甲より硬い漆黒の甲殻が「メキメキメキィッ!」と嫌な音を立ててひしゃげていく。
「ギィ、ギャアア、ア、ア……ッ」
悲鳴は一瞬だった。
十メートルあった巨大な魔獣は、俺の頭上十センチの空間から一切先へ進むことを許されず、まるでプレス機にかけられた空き缶のように、石畳の床ごとクレーター状に陥没し、ペシャンコに圧殺された。
緑色の体液が周囲に飛び散るが、俺の周囲三十センチには【重力障壁】を展開しているため、コーヒーカップには一滴の汚れも飛んでいない。
「……ふぅ。ごちそうさま。店長、お会計はツケで頼む」
静まり返った店内。圧倒的な力を見せつけられ、言葉を失ってへたり込む客たちを尻目に、俺は冷めかけたコーヒーを飲み干して席を立った。
だが、俺の意識はすでに死んだ魔獣の残骸に向けられていた。
(おかしい。Aランク魔獣が、なんの目的もなく一直線にファミレスへ突っ込んでくるわけがない。それに、この死骸から微かに感じる魔力の残滓は……)
ひしゃげた魔獣の首元に近づき、目を凝らす。
甲殻の裏側に、人工的に刻まれた『操作術式』の魔法陣が焼き付いていた。
「……遠隔操作。意図的にこの店へ突っ込まされた『仕込み(ヤラセ)』か」
俺は目を細めた。俺は合理主義者だが、平穏な日常を不当に脅かす輩には一切の情けをかけない。
俺は己のユニークスキル【特異点】を起動した。
あらゆる質量、引力、そして『事象の重み』すらも統率し、空間の歪みを視認する規格外の力。
視界がモノクロに反転し、魔力と情報伝達の波紋が可視化される。
――見つけた。
俺の頭上、天井付近の虚空。光学迷彩のような魔法で完全に隠蔽された、ソフトボール大の「浮遊型ドローンカメラ」が、こちらをジッと見下ろしていた。
「あんな特等席で、他人の不幸をタダ見しようってのは虫が良すぎるな」
俺が右手をかざし、指を握り込むと、ドローンカメラにかかる重力が反転した。
「ヒュンッ!」という風切り音と共に、隠蔽が剥がれた無機質なカメラが、俺の掌へと吸い込まれるように収まる。
俺がそのレンズを覗き込んだ瞬間。
カメラに内蔵されていた小型スピーカーから、ヒステリックで甲高い『怒声』が店内に響き渡った。
『おい! なんだ貴様は! 下等生物の分際で、我が神界の機材に気安く触るな!』
その声には、人間を虫ケラとしか思っていない傲慢な威圧感――神気とでも呼ぶべき力が込められていた。普通の人材なら、声を聞いただけで精神を焼き切られていただろう。
だが、俺は【重力】でその精神的プレッシャーを完全に相殺し、鼻で笑った。
「下等生物ね。随分と偉そうな口を叩くが……お前、誰だ?」
『痴れ者が! 我は天上界『GOD』に所属する第3種惑星創造神格公務員、炎上神ワイズである!』
「神様、ね。で、その神様が何故こんな辺境の村にカメラを回してる?」
『決まっているだろう! 我が運営する「ゴッドチューブ」のざまぁ・悲劇チャンネルの生配信中なのだ! 本当なら今頃、その魔獣が村人を半分ほど惨殺して絶望が頂点に達したところで、我が契約勇者ゼロスが駆けつけて救うという『最高のバズり台本』だったものを……!』
カメラ越しの神・ワイズは、己の罪悪感など微塵も感じていない様子で喚き散らした。
『貴様のようなイレギュラーがしゃしゃり出たせいで、PV(視聴率)がガタ落ちではないか! 予定外の行動でスポンサーへの体面を汚した罪、貴様の魂を地獄の業火で焼き尽くして――』
「……黙れよ、クソ神」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。
前世の記憶がフラッシュバックする。上の都合で台本を押し付け、現場の人間の命や生活を「数字」と「使い捨ての駒」としか見ない連中。
俺がこの世界で一番嫌悪する、搾取する側のクズだ。
「村人を半分惨殺して、マッチポンプで勇者ごっこか。随分と安っぽい台本だな」
『な、なんだと……!? 貴様、神に向かって――』
「聞こえなかったか? お前らのくだらないヤラセ配信のせいで、俺の朝飯が台無しになったって言ってんだよ」
俺は右手に込める【重力】の質量を、一気に跳ね上げた。
ミシミシと、神界の超技術で作られたカメラの外装が悲鳴を上げる。
『や、やめろ! それがどれだけ高価な機材か分かって――』
「神様のヤラセ配信か。……人の朝飯を邪魔した落とし前は、きっちり神界ごと重力で叩き潰して払ってもらうぞ」
バキィッ!!
俺が容赦なく拳を握り込むと、重力圧縮によってカメラは完全な球体へとひしゃげ、電子音の断末魔と共に沈黙した。
カメラの残骸をゴミ箱へ放り投げ、俺は首を鳴らす。
平穏なスローライフは、どうやら一時お預けらしい。
だが、売られた喧嘩だ。相手が神だろうが勇者だろうが関係ない。俺の日常を脅かす害虫は、底辺の絶望まで残さず叩き落とす。
「さて……まずは、遅れてやってくる『偽物の勇者サマ』を歓迎する準備から始めるか」
黒星剣士の、神殺しの配信ジャックが幕を開けた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「主人公の重力無双、カッコいい!」
「クソ神や偽勇者を早くカメラの前でボコボコにして、ざまぁしてほしい!」
と少しでも楽しんでいただけましたら、ぜひ画面下(または上)にある、
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