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18 宿敵との対峙①

 エドアルドは王太子からのらりくらりと逃げ回り、最後にちょろっと挨拶をしてそのままお暇する作戦のようだ。

 ルーチェもエドアルドにくっつき、王太子の様子を見つつエドアルドが薦める料理を口にしていた。


「ほら、ルーチェ。これ、すごくおいしいんだ。一緒に食べよう」


 エドアルドはすっかり食事を楽しむことにしたようで、あれこれルーチェに薦めてくれる。

 そして自らトングを手に取り妻の皿にせっせとよそうので、周りの者たちも「愛妻家ですね」と呆れたり温かい眼差しで見たりしていた。


「ありがとうございます、エド様。でもエド様も、ちゃんと食べてくださいね」

「もちろんだ。でも、俺がルーチェにおいしいものをたくさん食べてほしいんだ。……ああ、あっちにあるのは――」


 ルーチェに料理を紹介したくてたまらないらしいエドアルドは、お気に入りのおもちゃを見せびらかす少年のようだ。


 ルーチェは夫の新たな面を目にしてくすっと笑い、次のテーブルの方に向かったのだが――


(っ……マリネッタ様!)


 ちょうど、ルーチェたちの視界の先。そこに一人ぽつんとたたずむマリネッタがいたため、ふわふわ浮いていたルーチェの気分が急降下した。


 先ほどまで王太子の隣にいたはずのマリネッタが、なぜか一人でいる。周囲を探したところ少し離れたところに王太子がいたが、その横顔はなにやら苛立っているようだ。


「……また、殿下がマリネッタ様を叱られたようね」

「最近、多いらしいな」

「なんでも、大聖堂の聖女との結婚は殿下がお望みになったことではないのだとか」

「大聖堂との繋がりを強めるため、陛下が婚約を命じられたのだろう?」

「あんなにお美しい方なのに、殿下は贅沢ねぇ」


 貴族たちの、そんな噂話が聞こえてくる。

 つまりマリネッタと王太子との間になにか諍いが生じ、怒った王太子がマリネッタを放置してしまったのだろう。


 確かに、【1度目】の人生でも王太子が横暴でわがままで、婚約者でありながらマリネッタをぞんざいに扱っているというのは噂になっていた。そんなマリネッタを哀れに思ったエドアルドが彼女に声をかけたのが、始まりであるとか――


(……あ。それが今、なのね)


 どくん、と心臓が不安を訴える。


 そう、きっと【1度目】の同じ日の今まさにこのタイミングで、エドアルドとマリネッタが知り合った。

 パーティー会場に放置されるマリネッタを哀れんだエドアルドが彼女に声をかけ、それがきっかけで親密になっていき――


(エド様……!)


 さっと振り返る。エドアルドはまだマリネッタに気づいていないようで、テーブルの上の料理をじっくり観察している。だが、彼がマリネッタに気づくのも時間の問題だ。


(見ないで。行かないで!)


「エド様、あっちのテーブルに行きたいです!」


 マリネッタと会わせてなるものかと、ルーチェは夫の腕を引っ張って別の方向に誘導しようとした。


「ん? そうか。では――」


 だが、エドアルドが顔を上げたことで。

 マリネッタとエドアルドの視線が、ぶつかってしまった。


(しまった……!)


 エドアルドを移動させようと思ったのに、むしろ二人の初対面の手引きをしてしまった。

 ぎゅうっと心臓が掴まれたかのように苦しくなり、指先が震えて、脳の動きが止まってしまう。


 エドアルドがゆっくり瞬きをして、マリネッタを見る。マリネッタの方ははっとした様子でエドアルドの方を見て……その頬が、ほんのり赤く染まった。


 見られた。

 気づかれた。


 マリネッタが、エドアルドに見とれてしまった――!


「あれは、マリネッタ様か」


 エドアルドが言う声が、遠くから聞こえるかのように頼りない。


「なぜ、あんなところにお一人でいるのだろうか?」

「……エド、様……」

「あれではさすがに、かわいそうだ」


 エドアルドは憤慨した様子で言うと、あたりを見回した。そして誰かを見つけたようで手招きをして、近くにやってきた会場係に声をかける。


「あちらに、マリネッタ様がお一人でいらっしゃる。女性使用人をつけてやってくれないか」

「はっ、かしこまりました」


 会場係はお辞儀をして、足早に去っていった。

 そんな一連の流れを、ルーチェはぽかんと見ていた。


(エド様、ご自分では行かれなかった……)


「あれで、少しはましになればいいのだが」


 エドアルドはそう言ってからマリネッタに向かって軽く会釈し、そしてくるりとルーチェの方を向いた。


「仕方がないから、殿下に挨拶に行こう。そのときにマリネッタ様の扱いについて、釘を刺さなければならないな――」

「エド様、その……いいのですか?」

「うん? なにがだ?」


 思わず口にしてしまったルーチェに、エドアルドが不思議そうに首を傾げる。


「……ああ、釘を刺すことか。大丈夫、王太子殿下はいろいろ面倒くさい方だが、まっとうな感性は持っている。殿下だって、うら若い婚約者を放置するのが悪いことだとはわかっているはずだから、文句を言いつつも理解してくれるはずだ」

「あ、はい、ええと……」

「……あの!」


 どうやらエドアルドはルーチェの呼びかけをいい方向で勘違いしたようなので、ルーチェはほっとしたのだが――可憐な声が飛び込んできたため、心臓がぎりっと痛んだ。


 ……人混みの間を縫うようにしてやってくる、銀髪の美少女。シャンデリアの明かりを受けて、紫がかった髪がきらきら輝いている。


 頬を赤く染めてこちらにやってきたのは、マリネッタ。

 彼女はどこかとろんとした眼差しでエドアルドを見て、優雅にお辞儀をした。


「ごきげんよう。……あなたは、エドアルド・ベルトイア閣下でございますね?」

「はい。エドアルド・ベルトイアと妻のルーチェです」

「……お初にお目にかかります、マリネッタ様」


 エドアルドに続いてルーチェも挨拶をするが、表情が強張らないようにするので精一杯だ。


(まさか、自分から来るなんて……!)


 しかもこの表情からして、マリネッタの方はすっかりエドアルドに一目惚れしているようだ。


 彼女はルーチェの方をちらっと見て――ほんの少しだけ、眉根を寄せたのがわかった。マリネッタの本性を知るルーチェだけしかわからないような、微かな変化だった。


 だが、ルーチェにははっきりとわかる。

 マリネッタは、エドアルドの妻であるルーチェに嫌悪感を抱いている、と。


(エド様が独身だった【1度目】ならまだしも、自分から既婚者に近づくなんて……!)


 夫を渡すものか、と取り繕った笑顔の下で威嚇するルーチェからはすぐに視線を外し、マリネッタは甘えるような眼差しでエドアルドを見上げた。

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