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聖女に全てを奪われた私の、リベンジライフ  作者: 瀬尾優梨
♦【2度目】の人生♦

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21/45

17 誕生日会にて

 その日の夜、ルーチェはエドアルドと共に本城に向かう馬車に乗っていた。


(いよいよ、マリネッタ様と会うことになる……)


 本城の姿が見えてくるにつれて、ルーチェの不安も膨らんでいく。


 昼間は新しいドレスに興奮したりフェミアとあんな話やこんな話をして盛り上がったりしたが、いざ着替えて馬車に乗ると、これから怨敵と対面することになるのだという緊張と不安、そして【1度目】の人生で味わった屈辱感が蘇り、胃のあたりが痛んできた。


「ルーチェ、大丈夫か?」


 隣に座るエドアルドは妻の異変に聡く気づき、まだガウンを着ていないむき出しの肩にそっと触れてきた。


「寒いのか? 体調が優れないのなら、すぐに帰ろう。君に無理は言えない」

「いいえ、大丈夫です。私、初めて王太子殿下にお会いしますしたくさんの人の前に出ることもこれまでなかったので、緊張してしまって……」


 エドアルドに気づかれたので、あながち嘘でもない理由を述べておいた。


【1度目】の人生のルーチェは、しがない下級神官だった。エドアルドが出席するパーティーなどのことも人づてに聞くだけで、王太子の姿を見ることもほぼなかった。


 ルーチェはエドアルドの妻として今夜初めて社交界に出るのだから、緊張するに決まっている。さらにそこに、マリネッタというどでかい敵が立ちはだかっているのだ。


(大丈夫。今回は、私がついている。エド様がマリネッタ様になびくことは、ないはず……)


 そう思うものの不安で、ルーチェはエドアルドの腕にぎゅっとしがみつく。


 ……ルーチェとしては他意はなかったのだが、本日のドレスは布面積が非常に少ないので、抱きつくことでルーチェの柔らかな体の感触がエドアルドの腕にダイレクトに伝わっている。

 筋肉質な夫の腕がぴくっと動き、そして彼はごまかすような咳払いをした。


「……その、ルーチェ。それは、誘っているのか?」

「えっ?」

「いや、なんでもない。だが……そうだな。パーティー会場でもしんどくなったら、いつでも俺に言うように。それに、俺たちの結婚をよく思わない者もいる。絶対に俺のそばを離れず、こうしてくっついているんだ」


 エドアルドが少し赤い顔で言うので、ルーチェはほっとした。エドアルドの方から「離れないように」と言ってくれるのなら、心強い。


「はい! できることなら、会場でもこうしてエド様にぎゅーっとくっついていたいです」

「そ、それはとても嬉しいが、皆の前ではさすがにもう少しだけ間隔にゆとりを持った方がいい」

「それもそうですね」


 確かに、あまりにもくっつきすぎたら歩きにくくなってしまう。運動神経抜群で器用なエドアルドはともかく、ルーチェはうっかりヒールの先でエドアルドのつま先を踏んでしまうかもしれない。


(……なんにしても、頑張らないと)


 夫の腕に頬ずりしながら、ルーチェは意志を固めていた。










 本城は、ルーチェにとって忌ま忌ましい記憶の残る場所である。


『エドアルド様の幼馴染みであるあなたに、わたくしの部下を紹介するわ』


 ルーチェと二人きりの部屋で、見下したような笑みを浮かべて言ったマリネッタ。

 王妃という絶対的な立場を確立させた彼女は、憎きルーチェをどこまでも痛めつけようとした。


 ナザリオとの愛のない結婚を命じられ、「ドブネズミ」と嘲られ、ブリジッタたちに笑われ蹴られた記憶しかない、王城。


(……大丈夫。今の私はもう、やられっぱなしの小娘ではないわ)


 胸を張り、前を向く。

 世界で誰よりもルーチェが頼りにする夫の腕に掴まり、パーティー会場のドアの前に立つ。


「エドアルド・ベルトイア閣下、並びにルーチェ・ベルトイア夫人、ご入場」


 案内係が告げて、ドアが開く。


(そう、私はエド様の妻の、ベルトイア夫人)


 この名前はまだ馴染みがないので、少しくすぐったい。

 だが、夫の家名であり――ルーチェをエドアルドのもとに導いてくれたオルテンシアやシルヴィオと同じ家名を名乗れることが、とても誇らしい。


 パーティー会場には既に大勢の貴族が集まっており、自分たちの方にざっと視線が向けられたのがわかる。

 好奇、興味、無関心、嫌悪――いろいろな思惑が入り乱れる視線を全身に浴びながら、ルーチェはエドアルドと足並みを揃えてパーティー会場に足を進めた。


 大丈夫。そのへんにいる貴族なんて、ルーチェがわざわざ気にかける必要はない。


 ルーチェが挑むべきなのはたった一人、聖女マリネッタだけなのだから。


 エドアルドはルーチェを守ると決めているようで、挨拶のために寄ってくる貴族たちを見事に捌きながら、さりげなく「そちらが、奥方ですか……」とルーチェに切り込もうとしてくる者たちをかわしていた。


 なにか言われる前にエドアルドの方から話題を振り、それでもルーチェについて詮索しようとする者がいたら「実は妻とは、子どもの頃からの仲で……」「父も、ルーチェのことをとてもかわいがっていて……」と、自分の方からどんどん話題を打ち込んでいく。


 相手に余計な話をさせない、質問をさせない。


 エドアルドが笑顔で砲撃を放っていると、ほとんどの貴族は苦笑いをして去っていく。中にはエドアルドの愛妻家っぷりに感心して、「素敵なご夫婦ですね」と味方になってくれる人たちもいた。


(エド様、すごいわ……!)


 本人は「社交界なんかより、剣の素振りをしている方がいい」とげんなりとした顔で言っているのだが、いざ人前に立つと完璧な貴公子の役をこなしている。

 ルーチェの腰を抱いて妻の自慢話をして、時折髪や頬にキスをして周りの者たちを沸き立たせる。


「エド様……」

「ルーチェ、大丈夫か?」


 何十人目になるかわからない貴族との挨拶を終えたエドアルドに声をかけると、彼は疲れの一つも見せない完璧な顔で尋ねてきた。


 ルーチェとエドアルドでは踏んできた場数が違うし、体力や精神力も雲泥の差だ。


(それでも、エド様だって疲れているはず)


 社交界に不慣れな平民出身の妻が極力しゃべらなくていいように、普段の二倍以上饒舌になっているのだ。疲れないわけがない。


「……居城に帰ったら、うんと甘えてくださいね」


 夫の腕を引っ張ってこそっとささやくと、小さく息を呑む音がした。


「……そうか。強がっていても、ルーチェにはお見通しか」

「はい。私のために、ありがとうございます」

「俺が俺のためにやっているだけだ。でも、君の提案はとても魅力的だ。城に帰ったら、君に甘えさせてくれ」


 エドアルドは嬉しそうにささやき返し、前髪を上げているため露わになっているルーチェの額にキスを落とした。それを見た若い令嬢がきゃっと黄色い悲鳴を上げたのが、聞こえた。


 ……しばらくして、会場の奥にあるドアが開かれた。それを見た貴族たちはおしゃべりをやめて、ドアの方に注目する。

 いよいよ、本日の主役である王太子の登場だ。


 ドアの前には金髪の青年と女性が立っており、皆の注目を浴びながら螺旋階段を下りてきた。


 本日二十二歳を迎えた、王太子ヴィジリオ。エドアルドの従兄だけあり面差しはよく似ているが、エドアルドよりも体の線が細くて気難しそうな表情をしている。実際、猜疑心が強くて従弟に対する対抗心に燃えている、かなり苛烈で扱いにくい王子だった。


 だが、ルーチェの視線は彼ではなくてその隣の女性に釘付けになっていた。


 波打つ銀髪に、神秘的な青色の目。大聖堂の認めた聖女らしい麗しい令嬢で、シャンデリアの光に溶けて消えてしまいそうなほど儚く愛らしい。


 聖女マリネッタ。

 ルーチェの、最大の敵。


『この、卑しいドブネズミ』

『好きでもない男に辱められる姿、見せてちょうだいね?』


 忘れない。

 絶対に忘れないし、許すつもりもない。


 あの愛らしい聖女の顔は仮面で、その素顔はどす黒い悪女だということを、ルーチェは知っている。

 エドアルドを手に入れるためなら手段を選ばず、ルーチェをとことん虐げる執念深さがあることを、知っている。


 ルーチェの体は、心は、マリネッタからつけられた傷を忘れていない。


(……あっ、エド様は!?)


 マリネッタを凝視していたルーチェははっとして、隣のエドアルドを見た。そんなことが起きてほしくはないが、夫は今回もマリネッタに一目惚れをしてしまうのではないかと不安になったのだ。


 だがルーチェが隣を見ると、青色の目と視線がぶつかった。エドアルドはマリネッタではなくて、ルーチェの方を見ていた。


「ルーチェ、大丈夫か? 少し、顔色が悪いようだが」

「えっ」


 ささやかれて、ルーチェは驚いた。エドアルドは絶世の美女であるマリネッタではなくて、マリネッタを前に緊張しているルーチェの方に視線を向け、労ってくれた。


 ……すっと、胸の奥が楽になった。


 自分は、性格が悪いのかもしれない。

 今、ルーチェは「勝った」と思ってしまったのだ。


「……はい、大丈夫です。王太子殿下もマリネッタ様も、とてもお美しいですね」

「ん? ……ああ、うん、そうだな」


 かまをかけるつもりで言ったのだが、エドアルドはあまり気乗りがしない様子だ。そんな仕草からも、胸の奥から安堵が湧いてくる。


(大丈夫、大丈夫。エド様は、マリネッタ様に一目惚れなんかしていない……!)


 皆の前に降りてきた王太子は歓迎の挨拶をして、そして隣に立つマリネッタの紹介をした。


「私の婚約者の、聖女マリネッタだ」

「マリネッタでございます。若輩者ではございますが、殿下の妃となる者として尽力いたします」


 朗々とした王太子の声と違い、マリネッタの声は今にもかき消えそうなほどか細い。


(……私に結婚を命じたときには、あんなに大声を上げられたのにね)


 周りの貴族の中には、「なんてお美しい……」「麗しいお方だ」とマリネッタの美貌と慎ましさに魅入っている者もいるようだが、彼女の本性を知るルーチェからすると鼻で笑いたくなる。


 ちなみに。マリネッタが自己紹介をしている間も、隣の夫はルーチェの方を見ていた。視線が合うと、にっこり微笑まれた。


 挨拶が終わり、皆が我先にと王太子とマリネッタのもとに挨拶に向かう。だがエドアルドは列を成す貴族たちではなくてドリンクテーブルの方に行くので、ルーチェは彼の袖を引っ張った。


「挨拶はいいのですか?」

「ああ、いい。俺が会いに行っても殿下の機嫌を損ねるだけだし、最後にちらっと声をかけるだけで十分だろう」


 エドアルドはつまらなそうに言ってから、「それより、ルーチェ。なにが飲みたい?」とドリンクテーブルを手で示して尋ねてきた。ルーチェの世話を焼きたくて、焼きたくて仕方がない、とそのきらきら輝く目が語っているようだ。


(エド様、王太子殿下のことが本当にお嫌いなのね……いえ、王太子殿下がエド様のことを嫌っているのだったわ)


 エドアルドが嬉々として渡してくれたシャンパンを受け取り、それをちびちびと口にしながらルーチェは考える。


【1度目】のエドアルドは、国王や王太子と真っ向から対立して王位継承内乱を起こした。それにはマリネッタの存在も大きいだろうが、そもそもエドアルドと王太子では考え方や理念が全く異なる。


(今回も、エド様は王位を争ってしまうのかしら? できるなら、王太子殿下と和解してほしいのだけど……)


 もしエドアルドが王位継承権を勝ち取ったら、彼は国王になり――結果としてルーチェも王妃になる。

 自分が王妃の器ではないのはよくわかっているものの、王太子よりエドアルドが王になった方がこの国のためになるのは確かだ。


(エド様が王太子殿下の根性ををたたき直してくださるとか、そうなればいいのだけど……)


【1度目】では、今から約半年後にエドアルドが内乱を起こした。それまでの間に、二人の関係が良好なものになるのが一番だろう。

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