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16 どのドレスがお好き?

 王太子の誕生日会は、本城で開かれる。

 従兄の誕生日会はこれまでも王族の服喪期間などと被らない限り毎年開かれていて、エドアルドもうんざりしつつ一人で参加していた。ルーチェはそんな彼を、少し寂しいと思いつつ見送っていた。


 だが今年は……今年からは、彼のパートナーとしてルーチェも一緒に参加できる。

 それが、とても嬉しくて誇らしかった。


「奥様。本日の装いはいかがいたしましょうか?」


 鏡の前に座ったルーチェに問うのは、専属侍女のフェミア。

 彼女はお祝いパーティーの日に専属に任命されたばかりではあるが、侍女長の指導のもと日々めきめきと実力をつけており、とうとう侍女長からも「もう一人で大丈夫でしょう」というお墨付きをもらっていた。


 本日のルーチェの身仕度も、フェミアが専属になって初めて彼女一人で担当することになっており、フェミアも心なしか緊張しているようだった。


「そうね……」


 ルーチェは横に視線を滑らせ、開かれたクローゼットの中に並ぶドレスを見やる。


 今夜開かれる王太子の誕生日会にどんなドレスを着ていくのか、実はかなり迷っている。

 大まかに言うと、『強さの感じられるばっちり衣装』か、『儚く上品な感じのするおしとやか衣装』の、どちらの雰囲気にするのかについて。


(私が今夜対峙するのは、あのマリネッタ様。彼女を圧倒しエド様の妻として堂々とできるような強い感じにするか、それともマリネッタ様の雰囲気に似せた儚げな感じにするか……)


 見た目だけは儚げなマリネッタを、【1度目】の人生のエドアルドが見初めたという。

 だとしたら愛らしい装いの方がいいのだろうが、恋敵の真似をすることでエドアルドの関心を引こうとするなんて負けを認めたようなものだから悔しい。


(どうしよう。どっちがいいのかしら……)


「迷ってらっしゃるのですね」


 ルーチェの髪をブラシでとかしながらフェミアが言ったので、ルーチェはうなずいた。


「ええ。エド様の妻として強くありたいけれど、ふんわり儚げな感じの方が似合うかもしれないとも思っていて……」

「そうですね……お悩みでしたらいっそ、旦那様に相談されては?」

「いいのかしら?」


 ルーチェが振り返ると、フェミアは笑顔でうなずいた。


「いいに決まっていますよ! 妻の仕度は完了するまで夫に見せるべきではないとか言いますが、旦那様の意見を聞くのはとっても大切なことです。それに旦那様なら、きっと喜んで相談に乗ってくださいますよ」

「……そう、ね。そうよね」


 よし、とルーチェは立ち上がった。


「フェミア、今夜のパーティーに向けたコーディネイトをいくつか考えてくれる? それをエド様にお見せするわ」

「お任せください!」


 フェミアは、目を輝かせた。

 そんな彼女には出会ったばかりの頃の神経質そうな雰囲気はもうなく、とても生き生きとしていた。










 フェミアにドレスと靴、そしてかつらを使ったコーディネイトをいくつか作ってもらってから、ルーチェはエドアルドを部屋に呼んだ。今日の彼は夜のパーティーまで仕事がなく、居城でゆっくりすると言っていたのだ。


「……ほう、これはどれもなかなか」

「どうでしょうか? どれが似合うと思いますか?」


 今夜の服装に悩んでいる、とルーチェが相談すると、エドアルドは二つ返事で請け負ってくれた。

 そして部屋に来た彼はトルソーにかけられたドレスや靴などの小物を見つけ、しげしげと眺めた。


「うーん、そうだな。ルーチェは愛らしいからこんな感じのふわっとしたのが似合うだろうが、それはまた別の機会に着てほしいところだ」

「そうですか?」


 真っ先にマリネッタふうゆるふわコーデが外されたので意外に思っていると、次のドレスの前に立っていたエドアルドがうなずいた。


「確かに瑞々しくてかわいいが、今晩のパーティーには王太子殿下のご婚約者も出席されるという。俺はまだその方と会ったことがないが、噂によるとこんな感じの衣装を着る女性らしい。被ってしまうと、せっかくのルーチェの魅力が伝わらなくなるかもしれないからな」

「そ、そうなのですね」


 エドアルドはさらりと言うが、ルーチェの頬はかっかと熱を放っている。


 マリネッタの名を話題に出されたことには驚いたが、エドアルドは「主役の婚約者とのコーディネイト被りはよくない」からではなくて、「ルーチェの魅力が伝わらない」から却下したのだとわかり、嬉しかった。


(よかった、マリネッタ様を真似たコーディネイトにしなくて……!)


 ほっと胸をなで下ろすルーチェの心のうちを知るよしもないエドアルドはその後も丹念にドレスを観察し、やがて「これがいいな」と指さした。


「普段はあまりこういうのを着ないようだから、せっかくだし見てみたい」

「こ、これですか?」


 エドアルドが希望したのはまさかの、ずらりと並ぶコーディネイトの中でも一番ぐいぐい攻めているお色気系の赤いドレスだった。


 お色気といっても、破廉恥すぎるほどのデザインではない。だがルーチェが普段着ているドレスのどれより肌の露出が多く、今流行の背中が大きく開いたデザインなので背中側が丸出しだ。


(えええええっ!? エド様って実は、お色気系が好きだったの!?)


「あ、あの、エド様って実は、こういうのを私に着てほしかったのですか?」

「というか、ここにあるのはどれも俺が贈ったドレスだ。つまり基本的に全て俺の好みで、いずれもいつか君に着てほしいと思って贈ったのだが」


 確かに、そう言われればそうだ。


(知らなかった……。それじゃあこれから、もしエド様を誘うことがあればかわいい系じゃなくて色っぽい系の方が喜んでもらえるのね)


 ごくりと生唾を飲み込むルーチェに、エドアルドが期待の眼差しを向けてくる。


「それで、これを着てくれるのか? ああ、でもこれだと露出が多くて少し心許ないかな?」

「僭越ながら、旦那様。でしたらパーティーの間は奥様には、こちらのガウンをお召しいただくのはいかがでしょうか」


 フェミアが進み出て、薄手のガウンを差し出した。レース編みのガウンは軽やかだが編み目がしっかりしていることもあり、透け感はない。


「移動中の馬車の中ではお脱ぎになることで、旦那様だけが奥様のドレス姿を堪能できます。皆の前に出られるときだけ、こちらをお召しいただくのがよろしいかと」

「ああ、それがいい! これならルーチェの美しさを一層引き立ててくれそうだ」


 エドアルドは大喜びでフェミアの提案に乗り、ルーチェに笑顔を向けた。


「な、そういうことだから是非、これを着てくれ!」

「……わかりました。では、そちらにします」


 ルーチェは苦笑いしてうなずいた。


 ルーチェとしても夫の願いを叶えたいし、たまにはこういう強い感じのドレスも着てみたいと思っていた。それに、フェミアの提案のように皆の前に出るときにはガウンを着ていれば、露出もあまり気にならないだろう。


 エドアルドはこれから外回りに出るらしく、「また夕方に!」と上機嫌そうに去っていった。


 今回選ばれなかったコーディネイトを片づけていたフェミアがふと振り返り、ルーチェを見ていたずらっぽく笑った。


「……どうやら、奥様の夜のお召し物として新しいものを購入するべきのようですね」

「……えっ。あー……」


 どうやら、フェミアもルーチェと同じことを考えていたようだ。


「今お持ちのものはどれも、清楚でかわいい系ですからね。赤い布地に黒いレースつきのナイトドレスなんて、旦那様が喜びそうではないですか?」

「……喜びそうだわ」


 二人は顔を見あわせ、ふふっと笑いあった。


 エドアルドに相談して本当によかったと、心から思えた。

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