それから……【フィリア大祭と、その後】
今年のフィリア大祭は、ちょっとこれまでとはちがう。
創世神であるフィリアへの信仰そのものは、当然ながら歴史をさかのぼることができる限りの太古からずっと存在していて、最初の信奉者はわたしたちいまの人類ですらなかった。
教会組織としておぼろげながら形になったのが4000年くらいむかしで、最初の聖女アルフィニアが天界へ昇って女神フィリアと直接言葉を交わし、フィリアの慈愛を地上の人々へわけ与えるようになってからが2000年と少々。
だが、初秋の豊穣祭と合体し、現在と同じく、年に一度フィリア大祭が催される形式になってからは、まだ700年くらいなのである。
これまでとは大きく異なるひとつめが、お祭りに天使たちが参加していることだ。
篝火や魔法の灯火の代わりに第五階梯使徒が光を放ち、第四階梯使徒が空からアメを撒いたり、お祭りの万国旗を引っ張ったり、ちびっこたちの遊び相手をしたりしている。
仮装行列には、被りものではないホンモノの獣の頭部をした第三階梯使徒の一団が加わっていた。
演出効果があって、見た目が華やかになるだけではなく、大きなイベントではどうしても起こってしまう、酔っ払ってのケンカや、置き引きなんかのドサマギ小犯罪を防止する効果が絶大だ。
天使たちの大祭への参加は、今後通例となるだろう。
そして、今年のフィリア大祭がこれまでと一番ちがう点が、テウデリク殿下とわたしの結婚式をかねているところである。
聖女が引退前に結婚するのは、史上初のこと。
……やっとこの日がきたよ。
週に二度の休みの日に、聖女制度の設計変更を各所と話し合いながら、隙を見てはちゅーだけで我慢していた忍耐の一ヶ月半……そろそろ限界です。
自重の意味なに? って、リン姉にもフィリアにもエレシーダにもリーチェにもセラーナにも冷やかされたけど。
最後に残った唯一のケジメだから、ここは守らないと、もう全部なし崩しになっちゃって、わたしは聖女じゃいられなくなる。
すでにリクのこと以外ロクに考えてないわけで、この世界べつにどうなってもよくない? このさきの聖女の心配をなんでわたしがしてんの? ってなっちゃう。なりかけてる。
でも、形式だけでも守れば、これからも、最低でも、つぎの聖女が一人前になるまでは義務感がつづく。恋を知る前のわたし自身が考え抜いていたことを、いまのわたしがたやすく裏切っては、かつてのわたしがかわいそうだ。
そんなことになったら「ひとり喪女のままで寂しく死ねばよかったのに、このクソBBA!!」って、以前のわたしならぜったいに言う。
ていうか、なにかのきっかけでそんな未来を知ったら、フィリアを脅して時間操作の奇跡を使わせて、自分の甘い恋にうつつを抜かすわたし自身を消しにくるだろう。
すくなくとも、リクとくちびるを重ねる前のわたしなら確実にそうする。まだ、そのていどにはかつての自分のことを憶えている。
でも、それもいずれは忘れてしまうだろう。そしてそのことを、いまのわたしは仕方のないことだ、って受け入れる。恋を知ったコストだ。リクとのしあわせに勝るものだとまでは、もう思っていない。
だから、憶えていられるうちに、やるべきことはかたづけなければならない。
これまでの歴代すべての聖女の労に報いるため、そして、これからのすべての聖女にその重苦に見合う支払いを準備するため、なにより、マザー・テルマの教えを信じ、守り、聖女をやってきたわたし自身のために。
「……ニア、泣いてるの?」
「リク……」
うしろから、わたしの肩を優しく抱いてくれたのは、ここには入ってこないはずのリクだった。
とおしたのは、たぶんエレシーダだな。ほんとうに、わたしのことわかってくれてる。
わたしは身体の向きを変えて、リクの胸におでこをこすりつけながら、フィリアにも言ったことのない、自分でもほんとうの気持ちなのかが確実ではないことをつぶやいていた。
「わたしね、しあわせになることに対して、罪悪感があった。おばあちゃんを助けられなかったわたしは、おばあちゃんから受け取ったこの生命を全部使い切るまで、おばあちゃんがやり残したことをやらなきゃいけないんだって思ってた。おばあちゃんとちがってわたしには治療術の才能があって、聖女になれるから、世界中のひとたちを助けなきゃいけないんだって」
「考えすぎだよ」
「そう……わたしは傲慢だった。聖女だろうと、ううん、女神自身であってもすべてのひとを十全に救うなんてこと不可能なのに、わたしにはやれるんだって。おばあちゃんは自分のしあわせを捨てて、聖女以上に立派な人間になっていた。わたしはおばあちゃんほど人間としては立派じゃないけど、そのぶん数を多く助ければいいんだって」
「マザー・テルマが、自らの個人的幸福を捨てて奉仕活動をはじめるにいたった事情については、聞いたことがある。でも、聖母であろうときみの人生を指定する権利はない」
リクの言葉には一切の躊躇がなかった。神であろうと、聖母であろうと、わたしの運命を決めたり、傷つけることは許さないと、言ってくれた。
「……ううん、おばあちゃんは、私より多くの人々を救って、と言っただけで、生涯を懸けろとか、わたし自身の人生を捨てろとまでは言ってない。わたしが勝手に背伸びしただけなんだ」
「きみはもう、十二分にやりとげた。これ以上背負わなくていい」
「ありがとう、リク。もうちょっとだから、わたしが自分で決めたゴールまでは、走らせて」
「あんまりつらそうに見えたら、無理矢理にでも止めるよ」
「だいじょうぶ。いまはもう、前よりもずっと楽だから。リクがいるから」
作った表情ではなく、ほんとうに笑うことができた。
リクの優しい蒼い眼が、ほんの間近でわたしを見つめている。
つぎにキスするのは、結婚式のとき。正式な夫婦の証になるキスだから、独身としては、これが最後だな。
・・・・・・
わたしは史上初の既婚聖女として、テウデリク殿下との結婚後も聖女を続投し、のちには聖母、マザー・ニアと呼ばれるようになった。
いまのところ聖女を五人ほど育成したけど、結婚をきっかけにとか、自分の故郷の治療体制を向上させたいとかで、これまでの聖女勤続平均より早く、四年ほどでフィリア教会本山を卒業する娘が多い。
これは、計画どおりのことではある。
……できれば自分の娘は聖女にしたくなかったんだけど、けっきょく、ひとりは聖女になってもらわざるをえなかった。
その娘、リクとわたしの三女であるエルデリーシェは、昔のわたしにそっくりで、ときどき面と向かって「このクソBBA!」とののしってくる。
「かーわいいー!! 若いころのわたしに生き写し! 鏡見てるみたい!」って茶化すと、すごい不機嫌になって、楽しい。
天界でフィリアと交わす話は、内容がずいぶん変わった。
神っていうのは自分で子供産んだり育てたりする機会がないから、これまでの聖女は未婚少女のみだったこともあり、わたしの実体験を興味しんしんで聴いてくる。
なんか、遠い将来には、わたしの代わりに子育てのアドバイスなんかもできるようになりたいみたいだ。
そのうち、創世神にして愛と家庭と子育ての女神フィリア、とかになるのかもしれない。
影の女帝とか、真の太母とか、枢密院の最高執政とか、なんかマフィアの裏ボスみたいなふたつ名が増えたけど、わたしはいたって無私清廉です。
ほんとだよ?
……あ、リクの愛だけは独占してます。こればっかりは、わたしだけのものだから。
おしまいっ!
最後までおつきあいいただきありがとうございました。
めっちゃ口悪い聖女、のみをコンセプトに書きはじめた今回のお話ですが、思いのほか色んな要素が入り込んできて、作者当人にとっても予想外の展開となりました。
自分で予想できないときが、書いててやっぱり一番楽しいんですよね。
ラヴラヴハッピーエンド! っていう初期計画はちゃんと貫徹できたので良しとしたいと思います。
ブックマークや★が増えると、次回作が早く書かれるかもしれません。ニヤリとしていただけたらどうかよろしく。