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シュトレンと通訳するスライム

 ラートにお願いをされ、プニーが新しい訓練生となるスライムの通訳をする約束の日。


「じゃあ、またあとで迎えに来るからな。ラートさんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」

『うん! 任せてー! てー!』


 レイヤに戦闘訓練施設へと送ってもらったプニーはラートの肩に乗り、手を振る代わりに身体を揺らしながらレイヤと別れた。

 プニーが通訳をしている間、レイヤは冒険者ギルドで依頼を受けて次の昇級試験のためのポイントを貯めようとしていた。

 そのためプニーとラートの二人で新しい訓練生となるスライムとその契約者と対面することになる。


「さて、ヴェイグちゃん。前回は全く訓練にならなかったけど、あなたが従魔スライムのポプラちゃんの訓練を諦めないから今日は助っ人を呼んだの」

「助っ人、ですか?」


 ヴェイグと呼ばれた男がもしかしてと言わんばかりの視線をラートの肩に乗るプニーへと向けた。


「そう。この子はね、例のクイーンキラービー襲撃事件で活躍した一匹よ」

「! そのスライムがあの噂の戦えるスライムなんですね! 直々に指導してくれるんですかっ?」


 目を輝かせながらプニーとラートを交互に見るヴェイグ。そんな彼とは対照的に隣には興味なさげにただ佇んでいる彼の従魔であるポプラがいた。


「指導担当はアタシよ。この子は通訳をしてくれるの」

「通訳……? ポプラの言葉を、ですか?」

『うん! 僕がこの子のお話を聞いて、みんなにお話するよー。よー』

「うわ! 喋った!」

「対話スキル持ちなのよ、だから通訳を頼んだわけ。さぁ、プニーちゃん。早速ポプラちゃんに訓練をさせたいんだけど説明をお願い出来るかしら?」

『まっかせて~。て~』


 ラートの肩からぴょんと飛び降りたプニーはポプラとい名の同じスライムの前に立つ。

 緑色の体色を持つプニーとは違い、向こうは水色の体色。色違いだからといって能力に差があるわけではない。

 プニーは久しぶりに仲間と出会えたこともあり、少し嬉しげに声を弾ませながら話しかける。


『こんにちは、ポプラ! 僕プニーだよっ。よっ。今から僕が通訳するから話を聞いててね』

『ポプラ……ってオレのことか?』

『? そうだよ。君はポプラでしょ? みんなそう呼んでるよ』

『人間の言葉がわかんねーんだし、それがオレの名前ってことも初めて聞いたぜ』


 ふわぁ、と欠伸をひとつして気だるそうに答えるポプラの話を聞いてプニーも「そっかぁ」と呟いた。


『それで? オレの契約者はここでに何させようってんだ?』

『ここはねー戦闘訓練施設なの! の! ポプラはね、ここで訓練して強くなるんだってー! てー!』

『は? なんだよ、それ。オレは鍛えるつもりはこれっぽっちもねーよ』

『えっ? どうして? て?』


 身体を横に傾けて人間でいう首を傾げるような動作をするプニーにポプラは溜め息を吐き捨てる。

 二匹のスライムの会話を見守るラートとヴェイグはプニーの言葉はわかるけど、ポプラがなんて言っているのかわからないため通訳の言葉を待つしかなかった。


『オレ、戦いたくねーし。そもそも生き残りたいから人間の従魔になったんだぜ? タダ飯食わせてくれるし、安全に暮らせるし。だから契約者にそう伝えてくれ』

『うーん、うーん……わかったよ。よ』


 少し残念そうに頷くと、プニーはラート達に身体を向けてポプラの言葉をそのまま伝えた。

 ラートは頬に手を当てながら、あらあらと苦笑いをし、ヴェイグは眉を下げながら盛大な溜め息をつく。


「ヴェイグちゃん、どうかしら? 代弁ではあるけど、本人はそう言ってるみたいよ」

「うぅ……そう、ですか。俺はてっきりポプラが戦いに興味があるスライムだと思ってました……。よく、俺に体当たりしてくるから血の気が多い子で本当は戦いたくてうずうずしてるんじゃないかと……」


 毎日のように腹部や背中、寝室で寝ているときも顔面にダイブしてくるので血気盛んだと思っていたヴェイグにプニーは再びポプラに問いかけた。


『ポプラ、この人に体当たりしてたの? の?』

『早く飯を寄越せって訴えてたんだよ』

『ポプラはご飯が欲しかったんだってー。てー』

「あぁ……なるほど、そういうことだったんだ」

「訓練はキャンセルでいいかしら?」

「あ、はい。お時間を取らせてしまい、すみませんでした。でも、安心しました。ポプラは戦いたいわけじゃないって知って」


 困り顔で笑いながらポプラの契約者は自分の従魔を両手で抱えるように持ち上げた。そして慈しむようにポプラの頭を撫でる。


「本当は危ないことをしてほしくなかったんです。でも、戦いたいならそうさせた方がいいのかなって考えてたんですけど、スライムはか弱い魔物ですから不安で不安で……。ちょうどそのときに戦うスライムの話を聞いて、それならポプラも強くなれば安心して戦わせることが出来るかもって思って来てみたんですけど俺の勘違いでしたね。意思疎通出来てないのが恥ずかしいです……」


 申し訳なさそうな顔をポプラに向けるヴェイグ。ポプラは主人の言葉は理解出来ていないけど、その表情の意味はなんとなく察していた。


『おい、プニーっつったな? 契約者はなんて言ってんだ?』

『え? んーと、んーと、ポプラが戦いたいと思ってたけど本当は戦わせたくなかったとか、でも強くさせたら戦うことが出来るかもって思ってたとか、勘違いしてて恥ずかしいとか色々言ってるよー。よー』


 ポプラからも通訳を頼まれたプニーはヴェイグの言葉を思い出しながら彼に伝えると、また大きな溜め息をこぼしてからポプラはヴェイグの顔へ勢いよく体当たりする。


「!? ポ、ポプラ……?」


 ベチャッ! と突然の体当たりに目を丸くさせるヴェイグ。スライムの身体なのでダメージは全くないのだが、こんな場面で体当たりを受けるとは思ってもみなかった。


『辛気くせー面すんなっ! 言葉がわかんねーなら勘違いしても仕方ねーだろ! んなことでいちいち落ち込むじゃねーよ! そんな暇があったら飯の準備でもしとけっての!』


 再度ヴェイグの手の中に戻ったポプラが必死に訴える。その様子を見たプニーも急いで彼の言葉を棒読みながらにそのまま伝えた。

 従魔の台詞をプニーから介して聞いたヴェイグは驚きの表情を見せたあと、言葉よりも先に行動に出たのかポプラを強く抱き締めた。


「ありがとう……ポプラ。帰ったらすぐにご飯の用意をするよ」

『ポプラ、今この人はねー』

「大丈夫よ、プニーちゃん。きっと今の言葉はポプラちゃんにも伝わってるはずよ」


 自身の唇の前に人差し指を当ててストップをかけるラートにプニーは『そうなの?』と身体を傾ける。

 よく見ると、抱き締められているポプラは少し遠慮がちに主へと身体を擦り寄せていたのでラートの言葉通り、プニーから見てもヴェイグの言いたいことが伝わっているように見えた。


 その後、ヴェイグはポプラの訓練生退会の手続きを行うため、一旦ラートと共に訓練部屋から出て受付へと向かう。

 その間プニーとポプラの二匹だけの空間になり、二人が帰ってくるまで二匹は色々と話をすることにした。


『へー。オレの契約者の名前、ヴェイグって言うのか』

『そうだよー。よー』

『そうか。色々教えてくれてサンキューな。あの契約者……ヴェイグはオレの名前をずっと呼んでたみたいだから自分の名前やヴェイグの名前も知れて良かったぜ』

『嬉しー? しー? それなら良かった! た!』


 相手が喜んでるようなのでプニーも自分のことのように嬉しくなる。

 従魔契約してから今まで自分の名前も主の名前も知らなかったポプラは互いに会話が成立しないため、名前を知ることは一生ないと思い諦めていた。

 しかし今回の件でどちらの名前も知ることが出来たポプラはどこか誇らしげで活き活きとしていた。


『そういや、お前も従魔契約してんのか?』

『うん! してるー! るー!』

『お前まだそんなに歳食ってねーみてーだけど、契約したら子作りすら出来ないのに早々に従魔契約して良かったのかよ?』

『子作りー? りー?』

『なんだよ、子作りもしらねー子どもだったのか? 番いと身体を擦り合わせりゃ子どもが出来るぜ』


 人生の……いや、スライム生の先輩と思われるポプラがスライムの子作りについて簡単に説明した。

 本当ならば親が教えるか、または本能的に行う行為ではあるが従魔契約をすると他の仲間と関わる機会が大きく失われるため、生殖行為すら出来なくなる。

 魔物のほとんどは本能的に一度でも子を残すのが当たり前とされているので従魔契約をする魔物は大体その役目を終えた者が多い。

 なのでポプラはプニーがもう子を残す機会がないんだろなと感じて少し同情する。


『身体をすりすり~ってするやつ? それなら毎日イルとしてるよー。よー』


 就寝時、起床時などによく挨拶がわりにイルの頬に擦りついているプニーはさも当たり前のように答えた。とはいえそれはただの愛情表現であり、人とスライムでは子を生む行為ですらない。


『は、えっ!? なんだよ、お前番いがいんのかよ! しかも毎日ってなかなかだなっ? 子どもかと思ってたら……いや、若いからそういうものか?』


 しかし、ポプラはプニーのそのお相手がスライムだと勘違いして今日一番に驚いた。


『じゃあ、子だくさんなんだろうな』

『そうかなー? なー? まだ子ども生まれてないよー。よー』

『それならこれから生まれるんだろうな。楽しみにしとけよ』

『うん! わかったー! たー!』


 互いに勘違いしたまま、プニーはもうすぐ子どもが生まれるかもしれないという話を聞いて嬉しそうに飛び跳ねた。






『ねーねー。イルはいつ子どもが生まれるのー? のー?』


 その日の夕食時にプニーはポプラの話を聞いたことにより興味津々でイルに尋ねた。

 それを聞いたイルとレイヤは突然の質問にその場で固まってしまう。


「な、な、なんでっ!? こ、子ども!? 私がっ!?」

「……イル、聞かれたくない話なら席を外すけど」

「いや、待ってレイヤ! 誤解だよ! 私、子どもいないから!」


 聞いてはいけないものを聞いたと思い、レイヤは少しばかり青ざめた表情で席を立とうとするが、イルが慌てながら全力で否定する。その様子を見てプニーは不思議そうに身体を傾げた。


『イル、子ども生まれないの? の?』

「う、うん。私は子どもが出来るようなことしてない、し……」


 羞恥に染まりながら語るイルにプニーは『おかしいなぁ。なぁ』と呟いた。


「……なぁ、プニー。どうしていきなりそう思ったんだ?」


 イルがあまりにも恥ずかしそうにするのでなんだか可哀想に思えてきたレイヤはプニーがなぜそう思ったのか原因を突き止めることにした。


『ポプラがねー、子作りするには身体をすりすりするって言ってたから僕は毎日イルとすりすりしてるから子ども出来るんだってー。てー』


 すでにポプラとヴェイグの話をプニーから聞いていた二人はスライム同士の会話ということを理解し、そして納得した。


「プニー。私は人間でプニーはスライムだから子どもは出来ないんだよ。人間同士かスライム同士じゃないと子は宿せないから」

『そうなのー? のー?』

「プニーは子どもが欲しいのか?」


 レイヤにそう尋ねられ、プニーは想像してみた。ポプラの言う通り子だくさんをイメージする。

 沢山の子どもとわいわいする自分はそれはもう友達のような感覚で楽しいと思われた。

 しかし、その子どもに自分の寝る場所であるイルの隣を奪われるかもしれない。そう思うとプニーはぶんぶんと否定するように身体を左右に振る。


『……イルが取られるからやだ。だ』

「プニー……」


 新しい兄弟に母を奪われる子どものような可愛らしい嫉妬にイルは思わず顔を綻ばせた。


「それじゃあ、この話はここまでにして、プニーは今日一日頑張ってくれたからデザートタイムにしよっか」

『! うんっ! 食べる! る!』


 嬉しそうに飛ぶプニーのためにイルは作っておいたシュトレンを用意した。

 硬質小麦、軟質小麦、イースト、卵、砂糖、バター、アーモンド、ドライフルーツ、ラム酒、シナモンパウダーの材料で作ったシュトレンは少々手が込んでいた。

 生地の中央にはアーモンドをウィンドカッターで粉砕して手作りしたマジパンが入っている。

 仕上げに生地全体にまぶした粉糖も砂糖を魔法で粉砕したもので、真っ白な粒子が雪のように美しい。


 大きめに作ったので何日かに分けて食べるつもりだったのだが、プニーが『僕、今日いっぱい頑張ったからいっぱい食べたい! い!』と、おねだりをしたのでイルは二つ返事で許し、シュトレンは一日で消えてしまうことになる。

 のちにイルはシュトレンを食べてスメルアップという嗅覚を強化する魔法を使えるようになった。


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