レアチーズケーキと初雪を眺めて決心する青年
「プニーを借りたいって?」
ラートと訓練後のお茶を終えて帰ってきたレイヤはラートからの頼み事をそのままイルへと伝えた。
突然借りたいと言われてイルも戸惑いながら疑問符を浮かべる。
「通訳してほしいって言ってた」
夕飯であるアルミラージ肉を使ったシチューを食べながらレイヤはこれまでの経緯を語った。
話はクイーンキラービーによる襲撃事件へと遡る。自宅に避難命令が出た大きな事件は今もまだスタービレの町では話題になっていて、そのときに活躍した冒険者や憲兵の話は常にあちこちで噂されていた。
クイーンキラービーを仕留めたイルはその現場を目撃されたことがないのと、情報漏洩しない憲兵しか知らなかったため、クイーンを倒した人物は不明とされている。
そんな中、最近話題になっているのが『スライムが勇敢にも戦っていた』ということだ。
スライムは元々戦いは得意ではなく、同等の相手かそれ以下の相手でなければ逃げることが多い。そんなスライムが凶暴化して手強いキラービー達に消化液をぶつけて戦っていたのは珍しいことだった。
人間と共に戦っていたのでおそらくあれは従魔であり、さらに戦えるように鍛えられたスライムなのだと話題になり、さらにその話が色んな所へ広まったせいか「俺、戦闘訓練施設でスライムを通わせる契約者を見たぜ」という話も出てきた。
戦闘訓練施設に通わせたらスライムも強くなるのか━━。
そんな話で持ちきりになったことで愛玩用としてスライムと従魔契約を交わした人間が自分のスライムも強くさせたいと思って施設に連れてきた者がいたそうだ。
契約者と従魔が意思疎通出来ていれば基本的には会話が出来なくてもプニーと同じように訓練を受けることは可能である。
しかし、その契約者と従魔スライムは意思疎通が出来ておらず、訓練にならない状態だった。
本来ならば諦めてもらうところなのだが、契約者の方が「絶対こいつも強くなりたいはずです!」と引き下がらないらしく、困ったラートが対話スキルを持つプニーに通訳を頼んだとのこと。
「なるほど。確かにプニーが適任だね。私も魔物の言葉はわかるけど、一方的に理解出来るだけだから会話が成り立たないんだよね」
イルの言語理解のスキルはあくまで一方的に相手の言葉を理解出来るだけであって、相手からだとこちらの言葉は理解出来ない。
同等のスキルがなければ会話すら出来ないのが言語理解スキル。対話スキルとは一人が持っていると互いに会話が出来る効果がある。
余談ではあるが、キラービーのように音や超音波などでサインを送り合う魔物は言葉を発しているわけではないので会話は出来ない。
「プニーがいいならいいと思うよ」
「そうか。プニーはどうだ?」
『んー? いいよー。よー』
シチューと付け合せのパンをちまちまと体内に吸収しながら食事を取るプニーは呑気な声で返事をした。
「……何をするか聞いてたか?」
もしかしたら適当に話を聞いて答えてるんじゃないのかと思いながらレイヤが確認をすると、プニーは大きく頷いた。
『うん! お話したのを教えたらいいんでしょー? しょー?』
「プニーは優しいね。それじゃあ、お願いしてもいいかな?」
『うん! 僕、頑張るー! るー!』
元気良く答えるプニーの様子にイルとレイヤは危険もないことだしと判断して彼に任せることにした。
「それじゃあ、プニーも頑張ってくれるみたいだから今日はプニーの分のスイーツは多めに分けてあげるね」
『ほんとー!? とー!?』
イルが冷蔵庫から取り出したのはワンホールのレアチーズケーキだった。
軟質小麦粉、バター、卵、砂糖でケーキの土台であるクッキー生地を作り、クリームチーズ、カトブレパスのミルク、スライム液、砂糖、レモン汁を混ぜてクッキー生地の土台に流し、冷やし固めて完成したもの。
包丁で切り分け、その上にはブルーベリーのソースもかけられて真っ白なケーキに色がつき、シンプルながらに美しい見栄えとなる。
プニーの前に置かれたレアチーズケーキはイルの言葉通り大きく切ってくれたため、プニーは興奮のあまり飛び跳ねた。
『わーい! わーい!』
「そんなに喜んでくれるとは思わなかったなぁ……うん、美味しい」
身体で感情を表現するプニーにほっこりしながらイルは自分のケーキを一口食べる。
後味爽やかでそんなに甘くないので甘い物が苦手な人も食べやすい。
シンプルなチーズ生地も美味しいが、ブルーベリーソースと一緒に食べるとまた違った味を楽しめる。ストロベリーソースも合うだろうし、ジャムならなんでも美味しいとイルは考えた。
レアチーズケーキを食べてうっとりするイルの前にはレベルアップを告げるメッセージウィンドウが現れる。
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レベルアップしました。スノーフォールを覚えました。
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スノーフォールという文字をイルは食い入るように見つめた。
そして慣れた手つきで魔法の詳細を確認する。
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・スノーフォール
雪を降らすことが出来る。
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思っていたよりもロマンチックな魔法でイルは少しだけ嬉しくなった。
もっと寒くなればスタービレ周辺も雪は降るので特に珍しいことではないが、ちょっとしたサプライズとか夏に降らせてみても面白いのではないだろうか。
そう考えると家の中でも雪を降らせてみるのもありかもしれないと思ったが、すぐに考えを改める。
雪を降らせたところですぐに溶けて水になるのであちこち部屋中が濡れてしまったら大変だ。
仮に溶けなかったとしてもそのときは除雪しなければならないので室内で使うことだけはやめようと心に違う。
「自由に雪を降らせるって凄いな」
すでにレアチーズケーキを食べ終えたレイヤが食器をシンクへと持って行ったあと、イルのメッセージウィンドウを見ながら呟いた。
「そうだね、さすがに家の中では試せないけど……。でも、わざわざ魔法を使わなくてももうすぐこっちも雪が降るから無理に使う必要は━━」
ない、と口にしようとした瞬間、イルは言葉に詰まった。
なぜならレイヤが眉を少しばかり下げ、残念そうな雰囲気を出していたから。
その様子にハッと気づいたイルはもしかしてレイヤは雪を見たいのかなと察した。
「ない、と思ったけど、やっぱり一回試してみようかな。レイヤはどう思う?」
念のためにレイヤに尋ねてみる。すると真面目顔の多い彼は小さく顔を綻ばせながら頷いた。
「あぁ。俺も見てみたいし、いいと思う」
本人は気づいているかはわからないが、平然としているつもりでも声色はどこか嬉しげで活き活きとした表情もしていた。
レイヤが珍しく興味を抱いているのがよくわかるため、イルもそんな彼がちょっと可愛いなと思ってしまう。さすがに口にするとレイヤが困るかもしれないので黙っておくことに決めた。
それからすぐに表へと出ると、せっかくなのでという理由で牛舎で休むレスペクトも半ば無理やり外へ出した。そのおかげでレスペクトは不機嫌そうなオーラをこれでもかというほど溢れさせている。
『新しい魔法を使いたいから見ろ、と言って連れ出すとは……見せたがりの幼子のつもりか?』
「いや……まったくそのつもりはなくて。ただ見るならみんな一緒の方がいいかなって思って」
『イルがねー。雪を降らせてくれるんだってー。てー』
日が沈みきって辺りは真っ暗。スタービレの中心部の方だと沢山明かりが灯る時間である。
そのため町外れに住むイルの自宅以外の周辺に明かりはない。
勿体ぶっても仕方ないので早速イルは頭上へと目を向け、雪を降らせるイメージをしっかり固めて呟いた。
「スノーフォール」
そう唱えて空を見つめる。そわそわしながら白い結晶が散るのを待つが全く降ってこない。
「あ、あれ?」
まさかの失敗? え、嘘? そんな難しい魔法なのっ? でも使えるはずだよねっ? 覚えたんだから! 何か違った!? と、一人で慌てふためく様子のイルはもう一度魔法を使ってみようとすると、レスペクトが溜め息混じりに口を開く。
『少し待て。高い空から降るのだからすぐには目視出来んぞ』
「そ、そうなの? 失敗じゃないなら良かった……」
頼りになる従魔がそういうのならそうなのだろう。彼は長生きらしいということを知ってるので魔法にも詳しいのだろうなぁとイルはぼんやり考えた。
「レスペクトはなんて?」
「もうすぐ降ってくるって」
レスペクトの通訳するとレイヤは「そうか」と呟き、雪が降るのを今か今かと待った。
しばらく空を見上げて待っていると少しずつ白い結晶が降ってきたことに皆が気づく。
「わ! 凄い! ほんとに降ってきたよ!」
『わーい! 雪ー! 雪ー!』
ぴょんぴょん跳ねながら地上へ落ちる前の雪に触れて遊ぶプニーの様子を見て、イルも手のひらを差し出して落ちた雪の感触を確かめる。
少しだけ冷たかったが、手の温度ですぐに溶けて水滴に変わったので間違いなく本物の雪だと確信した。
「レイヤ、どう? 魔法だけど初雪だよ」
「あぁ、綺麗だな。降ってくる瞬間を見る機会なんてそうそうないし、いいものが見れた。ありがとう、イル」
小さく笑いながらお礼を伝えるレイヤは初めて出会ったときに比べると表情が柔らかくなっていた。それでも普段の表情は静かで真面目顔だ。
「そんなお礼を言われるほどじゃないよ。それにしてもレイヤは雪が好きなの?」
「好きか嫌いかで言えば好きの部類だけど、そこまでの熱い思いはないな。……俺のいた所では雪が降るのは少なかったから物珍しい気持ちがあったというか」
「レイヤの住んでいた村は暖かい場所なのかな? ここはよく積もる地域だからやっぱりレイヤの出身地はもっと遠い所かもね」
「……だろうなぁ」
遠い、というより世界そのものが違うとは言えない彼は軽く溜め息をついた。
正直なところ本来住んでいた世界では死んだ身だが、地球に未練などなかった。仕事、仕事ばかりの毎日だったし、死ぬと思ったことも何度あったか。
疲労が蓄積していたから娯楽への興味も薄れていって、もはやロボットのような人生だと感じていた。
気づけばもう半年以上新しい人生を歩んでいる。まだまだ知らないことも多く、この世界の住人にしても冒険者としても半人前だけどなかなかに悪くない生き方だと思っていた。
そう思えるのは隣にいる彼女のおかげだということもレイヤは深く感じている。イルがいたから色々と知ることも出来たし、路頭に迷うこともなかった。
全ては二人をくっつけたい女神の手によるものだとしても、イルの人間性はレイヤにとっても好感のあるものだった。
不運を気にする彼女のために出来るだけ沢山の恩を返して幸せにしてやりたいレイヤはふとラートの言葉を思い出す。
『その恩返しってのはいつまで続くものなの? どこまですれば終わりなわけ?』
(……どこまで、か)
改めて考えると確かにゴールはわからない。イルが幸せになったら? 運の数値が正常になったら? それとも好きな相手と結ばれたら? あれこれ考えてみるもピンとこなかった。
ラートの言う通りいつか世話になったイルのために努力するのが辛くなるのかもしれないと考えるも、今は全く辛いとは思わないし、なんなら一生をかけてイルのために生きるのもありだとさえ思う。
そう考えるレイヤはまだ気づかなかった。一生をかけるほどイルの傍にいてもいいと思える理由がただの友人だけではないことに。
「でも、今の生活や暮らしは住んでいた所に比べると凄く楽しいと思ってる」
「そう? それなら安心した」
とりあえずゴールなどは考えずに、今は心地のいいこの状態がずっと続けるように頑張ろうと改めて決心するレイヤはあとになって自分の発言に思うところがあったのかハッとして狼狽えた。
「あ、いや、別にずっとイルの家に寄生したいとかじゃないからなっ? いつまでも甘えるわけにはいかないし」
「? 私は気にしてないよ。自分の家だって思ってくれていいんだし、レイヤも気にしないで」
「あ、あぁ……いや、でも……」
「レイヤはもう家族みたいなものだし、私としても家が賑やかになって寂しくないから本当に気楽に考えてくれたら嬉しいな」
甘えてばかりではいられないのでいつか出て行かなければと考えるレイヤと、遠慮せずに我が家だと思っていいと考えるイルは何度かこのやり取りをしたことがある。
しかし、いつもならばイルは気遣ってるのだろうなと思うレイヤだったが、一緒にいる時間が長くなってきたせいか、その言葉は本音なのだろうとレイヤも少しずつイルのことを理解し始めた。
それに寂しくないという言葉を聞いて、少し前までは彼女一人で過ごしていたことを思えばその意味も理解出来る。
(望んでいない一人の生活はよほど寂しかったのだろうな……)
ならば彼女が望む限り傍にいようと思ったレイヤはこくっと頷いて返事をした。




