強くなる理由と終わりの見えない報恩
「ん~~!」
戦闘訓練施設にてプニーがシールドを張り続ける訓練を行っていた。
初めに比べると数秒も持たなかった防御魔法は数分ほどの持続力がつき、さらにシールドを張る大きさも倍になって自分の身体より大きな形を作れるようになった。
それを見た指導員であるラートは嬉しそうにパチパチと拍手をする。
「あら~プニーちゃんってば成長したわねー! いい感じよ」
『ほんとー? とー? 僕強いー? いー?』
「うーん……残酷なことを言うと強いって言うにはまだまだ程遠いわね」
頬に手を当てて申し訳なさそうにしながらも事実を告げるラートにプニーは風船が萎むようにしゅんっと身体を縮こませた。
『僕、まだ強くなれないの? の?』
「強くなるのは簡単なことじゃないの。だから沢山時間をかけなきゃいけないのよ」
だからと言って時間をかけたら必ずしも強くなれるわけじゃないし、それ相応の素質も必要である……と、本来ならば生徒にそこまで説明するのが指導員として当然なのだが、魔物とは思えないほどの純粋さを持つスライムにそこまで言うのは酷だろうと思い、それ以上は本人のやる気に関わるため口にしないことにした。
(それに攻める戦いよりも守る戦いの方が向いてそうだしね)
シールドを張り続ける特訓をし、元からあるプニーの長所を伸ばすことに専念してみた結果、思っていたよりも成長が早いことにラートは気づき、彼には伸び代があると予想する。
「でも、プニーちゃん自身を守れるくらいのシールドを張れるようになってるのは凄いことよ。最初はもっとちっちゃかったんだし」
『うん! バリアーがおっきくなった! た! でも、イルを守るにはこれじゃあ小さいの……の……』
「あら、よくわかってるじゃない。じゃあ、私から言うことは何もないわ。いつも通り、プニーちゃんはシールドを張る練習をして少しずつ拡張していきなさい。それと体力作りね」
『うん! 頑張る! る!』
「その意気よ、頑張ってね~」
素直に頷き、向上心を見せるプニーにラートも子どもの成長を見守る親の気持ちで声援を送り、次にもう一人の教え子の元へ近づく。
「レイヤちゃん、休憩は終わりよ。立てるかしら?」
仰向けで倒れ、息も絶え絶えな状態であるレイヤを見下ろすラートはにっこりと笑いながら語りかける。
つい先程、肉体強化のトレーニングを終えたばかりですでにヘロヘロな状態だったレイヤは休憩をもらったばかりだが、実のところ数分も経っていない。
あまりにも早い休憩終わりに相変わらずスパルタだと思いながらも逆らうことはせずに彼はゆっくりと立ち上がった。
「は……はい」
「体力作りのための強化トレーニングを増やしたけど、レイヤちゃんにはまだ早かったかしら?」
「いえ……はぁっ……この程度、ラートさんにとっては朝飯前なんですよね……?」
「そりゃあね。まぁ、アタシの場合は美しさのためだけど」
引き締まった身体を見せつけてポーズを取るラート。モデルとしてもやっていけそうなプロポーションだなと思うレイヤだったが、それを口にしてもし本人が乗り気になり転職してしまったら指導してもらえる機会がなくなるのであえて何も言わなかった。
「さぁ、それより稽古しましょ」
「は、はいっ……お願いしますっ」
足がふらつきながらも自身の武器を手にし、剣の扱いを少しでもマスターするためレイヤはラートと一戦を交える。
十数分後。レイヤは剣を地に突き刺し、膝をついた状態で息を切らした。
手加減されているとはいえ、どんなに切っ先を振っても蝶のごとく軽い身のこなしで舞っては躱され、少しでも隙を見せれば蜂のごとく勢いで狙いを定め攻撃へと転じる。
一撃一撃が重い猛攻にレイヤは剣で受け止めることで精一杯だった。
「はいっ。本日の訓練終了ー」
「あっ、ありが……と、うっ……ござい、ました……」
ぜーはー、と息を整えながら指導してくれた礼を伝える中、レイヤは思った。いつもよりハードだったなと。
そんな彼の訴えに気づいたのか、ラートは口角をくいっと上げながら笑みを浮かべる。
「冒険者ランクDになったことだし、少しキツめにしておいてあげたわ」
「はは……」
乾いた笑いしか出なかった。ようやくラートの動きに慣れたかと思えば訓練のレベルを上げられて、あっという間に実力の差を見せつけられてしまう。
プニーも魔力切れギリギリのところで訓練を終了したが、疲れきってしまい溶けるようにそのゲル状の身体をぐてんと広げた。
「ところでレイヤちゃん。このあと予定はあるかしら?」
「? いえ……特には」
「それじゃあ、アタシとお茶でもしましょ」
ウインクをされながらお茶に誘われたレイヤは戸惑いつつも「あ、はい」と彼の誘いを受けた。
ラートに連れられた場所はオープンテラスのあるお洒落なカフェだった。
お店の前には開放的なパラソルのついたテラス席がいくつか並んでいて、ラートはすかさずその席を選んだ。
メニューを渡されて中身を見てみれば、各産地のコーヒー豆を使ったコーヒーの名前がズラリと記載されていた。
どうやらコーヒー専門のカフェなのだろうと思うも、レイヤはそこまでコーヒーにうるさいわけでもないし、むしろこの世界のコーヒー豆についても詳しいわけじゃない。
悩んだ末にレイヤは『本日のおすすめコーヒー』を選ぶ。
テーブルの上でいまだに溶けているプニーはオレンジジュースを所望した。
「本日のおすすめコーヒーのホットをひとつと、オレンジジュースをひとつ、それからマイルドブレンドをひとつお願いね」
ラートが注文し、あとは商品が届くのを待つだけだが、お茶に誘うということは何か話があるのかもしれないと考えたレイヤは相手から話を切り出してくるのを待った。
「さて、レイヤちゃんにはいくつか聞いておきたいことがあるんだけどいいかしら?」
「はい」
「ありがと。じゃあ、まずひとつ。レイヤちゃんは基礎的な訓練はもう大丈夫よ。ランクがDになったことでそれが証明されてるの。それで今まで教えてた初級的な訓練はやめて今日から中級者向けの訓練に変えてみたんだけどどうだったかしら?」
「中級者向け……」
なるほど、だから少しキツめにしたと彼は言っていたのかと納得したレイヤは今日の訓練内容を思い出した。
体力強化トレーニングも増やされたし、手合わせもいつもより力強かったと。
「確かにキツかったですけど、初めて訓練したときも同じような気持ちでしたし、このまま頑張っていきたいと思います」
「レイヤちゃんならそう言うと思ったわ。もし、レベルを下げて欲しいって言うものなら『もう教えることなんてないわよ』って言って卒業させるつもりだったけど、あなたなら問題ないわね」
相変わらず手厳しい人間であるラートの言葉をレイヤは真面目に耳を傾ける。
「一応ね、初級訓練を終えた子って大体は訓練を辞めて実戦を重ねていくんだけどレイヤちゃんは継続でオッケーってことかしら?」
「あ、はい。もちろんです。実戦はギルドで依頼を受けながらやっていってますけど、ラートさんに指導してもらえる方が俺としては遥かに勉強になりますから」
「あら、嬉しい。ほとんどは自己流で極めていく子がほとんどなのにレイヤちゃんってほんと真面目よね」
「自己流で極める方がいいんですか?」
「それは人によるわね。自分のことを一番知ってるのは自分だからそれに合った自己訓練する子も少なくないわ。でも人間ってなんだかんだ楽をしたいものだからついつい苦手な分野って後回しにしたりパスしたりするのよ。その分、長所でカバーすればいいけどね? みんながみんなそう上手くいくわけじゃないの」
そう聞くとまるで受験勉強をしてるような気分になる。塾で徹底的に勉強するか、自分を信じて家で勉強するか、の違いのようなものなのかと昔を思い出すレイヤだった。
ちなみにレイヤの場合は塾に通っていたので今と変わらない選択である。
「それに訓練所に通うのもコレがかかるわけだし? そう長く続ける人はあまりいないのよね」
コレ、と言って親指と人差し指をくっつけて円を作るポーズを見せる。つまりお金がかかるということ。
それを見たレイヤは習うのだから当然の対価だよなと考える。
「やっぱりお金は大事にしたい人が大半だろうから基礎的なものさえ覚えたら用はないというわけよ。もちろん中級者向けや上級者向けの訓練を受けている人もいるけどね。でもそれはごく一部ってとこよ」
「それでも俺はこれからもラートさんの指導してもらいたいです。ご迷惑でなければ今後ともよろしくお願いいたします」
ぺこり、と頭を下げてまるで継続することを強調するかのように伝える。
そんなレイヤの姿を見たラートはジッとその様子を見ながら満足気に笑った。
「ふふっ。いいわよいいわよ。レイヤちゃんにそこまで言われたらアタシもガンガン気合い入れて教えるわ。どうせアタシを指名する人そんなに多くないから暇だし」
「それはそれで勿体ないですよね。ラートさん凄く強いのに」
「アタシの美しさに気後れしちゃうんでしょうね。まぁ、仕事熱心じゃないから暇なくらいがちょうどいいけど」
男性として考えたらインパクトのある見た目と話し方のせいではないだろうか。なんて失礼なことをレイヤは口にすることもなく、真顔で「そうですね」と肯定することにした。
ちょうどそこへ注文の品が届いたので一息つくことにする。
プニーはオレンジジュースを飲んで少し元気が戻ったが、溶けた状態はそのままで今度は眠気に襲われたのかうとうとし始めた。
「ところでレイヤちゃん。あなたが強くなる理由はまだ友人のために、なの?」
「はい、もちろんです」
「そう。そこも変わらず、なのね」
「?」
ふぅ、とわざとらしい溜め息を漏らすラートにレイヤは何か問題があるのかと言いたげに首を傾げる。
「別に悪いことじゃないのよ? 誰かのために強くなるっていうのは。格好いいし、素敵だし、立派だと思うわ。真面目なレイヤちゃんらしいと言うべきか……」
そう呟いたあと、ラートは真剣な表情をレイヤに向けた。先ほど話していた内容よりもこちらが本題だという様子だ。
「これはアタシの主観だけど、他人のために強くなりたいって思うほど虚しいものはないわ」
「虚しい、ですか?」
「えぇ。だって自分のために強くなりたいって思うならどんなに過酷でも頑張れるし、逆に辛かったらすぐにやめることだって出来るもの。でも、自分以外のためならどこまで頑張ればいいのかわからないし、辛くてもやめられない。全てが義務になってしまうのよ。そんな人生って楽しくないわよ?」
「……」
「結局、何も得られずに無駄に終わってしまった人間は虚無感を抱くことも少なくないの」
人のためというと聞こえはいいが、指針にするにはなかなかに大変なものである。
人生経験豊富で年齢不詳のラートもそんな人間を数多く見てきた。
レイヤと接して彼が真面目でなおかつ優しさを持つ人間だというのはなんとなく察してはいたため、その性格ゆえに潰れてしまわないかラートなりに心配していた。
「レイヤちゃん。人のためもいいけど、自分のために目標を定めなさいな」
「……ラートさん、心配をしていただいてありがとうございます。でも俺はそこまで深くは考えてないので大丈夫です。確かに友人のため、ではありますが恩を返したいですから結局自分のためなんです」
「その恩返しってのはいつまで続くものなの? どこまですれば終わりなわけ?」
「それは……」
言葉に詰まる。イルの代わりに、イルのためにと強くなる決心をしたレイヤだがラートの質問には答えられなかった。終わりがわからないから。
「終わりの見えない目標や報恩はやめたほうが無難よ」
「……。いえ、俺はこのまま彼女の手助けをしていきます。漠然とした目標ですけど、それを取り上げられたら俺はこれからどうすればいいかわからないので」
姿勢正しく、目線はしっかりとラートに合わせて言葉にするレイヤの姿は誠実さが感じられる。
少し目を奪われたラートであったが、すぐに呆れるような溜め息をこぼす。
「わかったわよ、好きになさい。……レイヤちゃんって頑固でもあり、不器用でもあるのね」
「そうですか?」
「えぇ、そうよ。でも、レイヤちゃんがそこまで友人のために頑張りたいとは思わなかったわ……愛ね!」
「いえ、違います」
にやつきながら友人ことイルとの関係を誤った認識をされてしまい、レイヤは真顔できっぱりと否定する。
つまらない反応ね、とボヤきながらラートは「あ、そうそう」とまた話を変えた。
話題の尽きない人だなと思いながら、レイヤはコーヒーを一口飲む。
「お願いがあるんだけど聞いてくれるかしら?」
「俺で力になれるなら」
「ありがと。でも、どちらかといえばプニーちゃんとその契約者へのお願いなのよね」
「?」
「プニーちゃんを貸してもらえないかしら?」
プニーを? 疑問に思いながらレイヤはテーブルの上ですよすよと眠りに落ちているスライムを見つめた。




