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アップルクランブルケーキと異世界転生青年の昇級試験

「はあっ!」


 戦闘訓練施設内の教室にてレイヤはいつものようにラートを指名し、指導を受けていた。

 長剣を大きく振り被って指導員に斬りかかるも、ラートは相手と同じ長剣で受け止めて薙ぎ払う。


「大きく動くならもっと早く! 動作が遅いわよ!」

「はいっ!」


 言われた点を直そうともっとスピードをつけて斬り込むが、まだまだラートには及ばないレイヤは彼に足払いをかけられて尻もちをついた。


「っ!」

「レイヤちゃん。足元が疎かになるくらい焦りが見えるわよ。どうしたの?」


 実戦訓練で感じたレイヤの焦燥感を見抜いたラートは一旦訓練を中断する。

 二人の近くではプニーがシールドを張り続けていた。こうして魔法を出し続けることによって魔力増強と持続力を鍛える効果があり、レベル、魔力共に低いプニーの魔法訓練となる。


「……俺、ランクアップ出来ますかね?」


 頭を掻きながら言いづらそうにぼそりと呟くレイヤにラートは瞬きを繰り返した。


「あら、ランクアップしたいの? Dなら余裕よ。そもそもDランクの昇級試験を落ちるような人はそうそういないし、レイヤちゃんの動きなら問題ないもの」


 指導員のお墨付きをいただけてホッと安心する。そもそもDランクの壁が低いのだろう。それがいいのか悪いのかはわからないが、レイヤにとって少しでも上にいけることはありがたいことである。


「そう、ですか。じゃあ、今度昇級試験に受けたいと思います」

「えぇ、頑張ってね。……けど、焦るようなことかしら? 早くランクアップしなきゃいけないこと?」

「……」


 言い淀むレイヤの姿にラートは聞いてはいけないことだったのかと考え、すぐに口を開く。


「あぁ、込み入った事情なら聞かないわ。ごめんなさいね」

「いえ、ただなんて言ったらいいのか……。俺、友人の代わりに強くなりたいんですよ」

「代わり?」


 こくり、とレイヤが頷く。そして彼は事情を暈しながら明かした。

 冒険者としての活動は控えたいのに、力があるせいで頼られてしまい、魔物と対峙する友人のことを。イルの名だけ伏せてラートに告げた。


「俺が彼女より強ければギルドは彼女に頼ることはなくなるし、彼女もやりたくないことをしなくてもいいはずです」

「そんなの断ればいいじゃない?」

「……強く頼まれることに弱いのだと思います、当初は」


 クイーンキラービー襲撃事件のあともレイヤはイルに危険な討伐は無理に参加しなくてもいいと話をしたが、彼女は「私にしか出来ないこともあるから」と強い意志を持つようになっていた。

 少し前なら危険な魔物の討伐依頼をお願いされると困っていたはずのイルだったのにどういう心境の変化なのかレイヤにはわからなかった。

 イルの考えが変わったのか、それとも誰かが彼女に何かしらのきっかけを与えたのか。


「彼女も受け入れるようになっていて……それが一般的にいい傾向というべきなのかもしれませんけど、俺にはそう思えなくて」


 イルがクイーンキラービーによって怪我を負わされたとき、レイヤは肝が冷えた。毒耐性があろうと、回復魔法が使えようと、転移前の地球では大怪我扱いだ。

 そんな無茶をしなくていいはずなのに。元はただの一般人の一人だというのに。レイヤにとってそのときのイルは無理をしているように見えて仕方なかった。


「だからレイヤちゃんがその子の代わりになりたいってことね」

「はい」

「結論から言えば誰かの代わりって出来ることもあれば出来ないこともあるわ。個別依頼があるって話だけど、それは相当実力を買われてるってことよね。それをレイヤちゃんが代わりたいっていうのは結構厳しいのよ? 彼女と同等の強さがあるか、またはその上をいくか。それにあなたが強くなったと言って彼女が存在する限り、ギルドは見逃さないわよ」

「……」


 その言葉を聞いたレイヤは言葉を失った。確かに優秀な人材は手元にずっと置きたくなるもの。会社であれば特にそうだろう。

 イルがいる限り、例えイルより強くなったとしてもカトブレパスを従える彼女をギルドは手放さない。


「俺が頑張ったところで意味はないみたいですね」

「あらぁ、そんなこと言ってないわよ。頑張りに無駄なんてないの。まぁ、彼女が冒険者を引退しない限り頼られることは間違いないけど、その分あなたも協力して彼女を守ってあげなさい」

「……はい」


 納得は出来なかった。しかし、今はラートの言う通りでしかイルを守ることしか出来ない。

 冒険者を引退するように勧めるべきかとも一瞬考えたが、それではイルが本来の用途として利用していた買い取り関係も出来なくなってしまう。

 レイヤ自身が代わりにやればいいのかもしれないが、それでは互いに手間になるだろうしイルの性格上それを良しとしないと考えたため、冒険者を辞めさせる案はレイヤの中で没となった。


「それにしてもいいわね~。レイヤちゃんってばその子のことそこまで大事に思ってるんだもの。よっぽど好きなのね」

「……深い意味はないですけど、彼女は友人です」

「ふーん?」


 にまにまと薄笑いを浮かべるラートの表情にレイヤは面倒な勘違いをされたなと胸の中で溜め息をこぼす。


「本当です。彼女には沢山世話になっているのでその恩を返したいですし、友人として心配をしているだけなので」

「あら、そうなのねぇ?」


 否定をしてみるが相手は微笑ましげな目を向けるだけで信じていないようだ。

 なぜ、こうも自分とイルを恋愛に結びつけようとするのかわからなくてレイヤは頭痛を覚える。同時に恋愛脳女神と胸の中で悪態ついていたイストワールのしたり顔まで浮かんできて苛立ちも芽生えた。






 それから数日後、レイヤは冒険者ギルドへと赴き、ランクアップするための昇級試験を申し込んだ。

 昇級試験を受けるにはギルドが提示する依頼をこなして規定のポイントを溜めてからになる。

 クイーンキラービー襲撃事件にてキラービーを討伐したこともあり、多くのポイントが入ったようでレイヤは昇級試験を受ける条件を満たしていた。


「レイヤ様、準備が出来ましたのでギルドの奥までお越しください」


 ギルド職員の案内により、レイヤは冒険者ギルドの奥を進み裏口から外へと出た。

 ギルドの裏は昇級試験用の敷地となっていて、十分な広さがあるとはいえ、もしものときを考えて近隣への被害をなくすため目には見えない防護と防音の魔法が施してある。


「Dランクの昇級試験内容は魔物退治となります。今から魔物を放ちますので一匹残らず倒してください」

「はい」


 腰に下げる剣の柄を持ち、レイヤは戦闘準備を始める。

 試験官のギルド職員が敷地の端へと移動すると、魔物に襲われないように自身の前にシールドを張った。


「それでは、始め!」


 試験官の合図によりレイヤの目の前に多数の魔物が出現した。何もない所から一瞬にして。


(召喚魔法、というやつか?)


 スライム、アルミラージ、ゴブリン、アックスビークという初級レベルでも対応可能な魔物達が揃っている。

 しかし今は魔物の出現した理由を考える暇などはない。魔物達はいっせいにレイヤへと襲いかかった。


「……」


 抜剣したレイヤが構えると、一番に彼に向かってきたアルミラージを真っ二つに斬った、が手応えがない。


「!?」


 それもそのはず、魔物はみんな召喚された本物ではなく、全て幻。幻影魔法によって生み出されたもの達だった。

 その証拠に斬られたアルミラージは姿を残すことなく身体が少しづつ薄れて消えていく。


(倒した……ってことでいいんだな?)


 手応えがないのは違和感ではあるが、魔物を倒す目的は変わらない。

 レイヤは次にゴブリンへと目をつけ、以前退治したことを思い出しながら首を狙った。

 あのときは短剣で相手をしていたが、イルのスイーツを食べていたおかげもあり、ステータス上昇効果内での退治だった。

 しかし、今回は長剣ではあるものの、イルの作ったスイーツは口にしていない。己の実力のみで挑みたかったから。

 その結果は一瞬である。一撃でゴブリンの首を飛ばし消滅させた。


「次っ!」


 続いてアックスビークが斧のようなくちばしを振り下ろした。

 レイヤが瞬時に剣で受け止め、しばらく競り合ったのち力でアックスビークを押しやり、バランスを崩した隙に剣で強く突き刺す。

 相変わらず刺した感触がないままアックスビークも幽霊のように静かに消えた。


「……」


 残ったスライムはぼよんぼよんと跳ねている。身近にスライムがいるため少しばかり退治に躊躇うものの、幻ならば気にすることはないかと結論し、レイヤは軽く薙ぎ払うようにスライムも半分に斬った。


「試験終了!」


 試験官のかけ声により、レイヤは手にしていた剣を鞘に収めた。


「おめでとうございます。ランクDへの昇級試験は合格です」


 淡々と話す試験官。ランクDの試験はそうそう落ちないというラートの言葉を思い出したレイヤは「合格して当たり前か」と理解した。

 幻影魔物の相手なので本物とは違い、もしものことがあってもまだ安全性はある。しかし、手応えがないし、あまりにあっさりと終わったため昇級試験に合格したという実感がレイヤには湧かなかった。


(Cランクの試験だともう少し難しくなるのか?)


 簡単に終わってしまったからCランクの試験レベルがどんなものかいまいち思い描けなかった。






「ただいま」

「おかえり、レイヤ!」

『おかえりー! りー!』


 イルの家へ帰ると、イルとプニーがいつものように帰宅の挨拶に返事をしてくれた。


「昇級試験はどうだった!?」

「あぁ、ランクアップは出来たな」

「ほんと? 良かったね! おめでとう!」

『おめでとー! とー!』

「やっぱりレイヤは凄いよねー」

『ねー! ねー!』

(俺より凄いのが目の前にいるのに……)


 嫌みではないことくらいレイヤにはわかっていたし、一人と一匹が楽しそうなのでわざわざ口にしなくてもいいかと口を噤む。

 ふと、甘い匂いがレイヤの鼻を掠めた。おそらくイルがスイーツを作っていたのだろう。その平和的な光景にレイヤはどこか安堵感を抱く。


 つい数日前にクイーンキラービーの襲撃事件があったからそのときの騒動がまだレイヤの記憶にも新しい。

 イルが無茶をしてクイーンの攻撃を腕で受け止めたときは心臓が止まる思いをした。

 改めてイルの腕を遠目で確認するが、すぐに回復魔法をかけたので傷跡は全くない。

 傷がないのは安心したけど、イルが傷を受けたこと自体は消えはしない。


(……泣かれたときはどうしようかと思ったけど)


 討伐を終えて緊張感が抜けたからなのか、傷の痛みによって涙を流したときはレイヤも余裕がなくなって焦ってしまった。

 その経験があるからなのか、イルが笑っているだけで安心する。


「あ、そうだ。見て見てっ。今日はアップルクランブルケーキ作ったんだよ」


 アップルケーキにそぼろ状のクランブル生地を沢山乗せて焼いたアップルクランブルケーキをレイヤに見せると、イルは食べた感想を続けて述べた。


「味見をしたらリンゴのケーキはしっとりで美味しくて、上のホロホロ生地はサクサクして良かったよ。それで今回は光の攻撃魔法のレイザーを覚えたみたいで━━」


 途中でイルの言葉が途切れる。その理由はレイヤが無言でイルの頭を撫でたからだ。


「……レイヤ?」

「イルはそうしている方が一番いい」


 無理をして戦闘に立つよりも、攻撃を受けて泣くよりも、安全な場所にいて笑ってほしいとレイヤは無意識に願っていた。


「えっと、ありがとう……?」

「……」


 イルの少し戸惑う声を聞いたレイヤがハッとして、手を引っ込ませた。


「いや、その、悪い。今のは忘れてくれ……」


 くるりと背を向け、恥ずかしげに片手で顔を覆うレイヤにイルはさらに困惑するが、謝られることをされた自覚はないので、なぜ悔やむのかわからないままレイヤに立ち直ってもらおうとかける言葉を探す。


「えーと……私、レイヤに撫でられるの嫌じゃなかったよ。だから気にしないでいいんだよ!」

「あー……イル、それ逆効果だ」

「?」


 口にされると事実を突きつけられた気がして更なる羞恥心に駆られてしまい、レイヤは我ながら恥ずかしいことをしてしまったと酷く後悔する。

 そんな二人に目もくれず、プニーはというと用意されたアップルクランブルケーキを貪っていた。


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