たい焼きもどきと新しい焼き型
「レイヤ、お待たせ!」
「あぁ、お疲れ様」
時刻は夕方。パティスリー・ザーネの勤務後、お店の前に待っていたレイヤの元へと駆け寄る。
彼がアッシュさんに頼んだ焼き型が本日完成したので一緒に引き取りに行く約束をしていた。今日のスイーツもたい焼きで決まりである。
そのため私の仕事終わりに合わせて待ち合わせをしていたわけだ。
レイヤは紙袋を抱えていたのでおそらく夕飯の材料を先に購入していたと思われる。
本日の夕飯はレイヤが担当なので何を作るか楽しみだ。だってレイヤの作るご飯美味しいからね。本人は「作りは雑だけど」と言うけど、それで美味く出来るのなら凄いことだ。
「買い物してきたの?」
「時間がある内にすませたいと思って」
「今日は何作るの?」
「きのこのクリームスープパスタ」
「いいね! 美味しそう!」
絶対美味しいだろうし、気づけば十一月。寒くなってきたから温まりそう。
スープパスタの材料の他にベーカリー・リーベでパンも買ってくれたらしい。
でも、邪魔になりそうなのでレイヤから買い物の袋を受け取り、アイテムバッグへと入れさせてもらった。
それにしてもレイヤは少しずつ町に慣れてきているようだ。もう、出会って半年以上は経っているのか。そう思うと月日は早いなぁとしみじみしてしまう。
「今日はギルドの依頼を受けてたんだっけ?」
「あぁ、ミノタウロス狩りの依頼をこなしてきた」
最近では冒険者としての活動が多くなったレイヤだけど、その合間に戦闘訓練施設や配膳の仕事もこなしたりしている。
「……思ったんだけど、レイヤ凄く忙しいよね? 無理せずに休息は取ってね」
「ありがとう。けど、俺は結構自由にやっているし、無理はしていない。しっかり睡眠も取れてるから清々しいくらいだ。……徹夜しなくていいだけでとても幸せだからな」
レイヤは遠い目をしていた。彼が住んでいた村では徹夜するような生活を送っていたのかな。……それはさすがに可哀想だ。
……だからなのかな。レイヤは自分の故郷に帰りたがらない雰囲気なのは。
温室育ちと言っていたけど、まさか過剰な過保護ゆえに監禁まがいの扱いを受けて寝るに寝られない生活だったとか? それならレイヤもわざわざ家に帰りたがらないのも頷ける。
「レイヤ……幸せになってね」
「え? あぁ……ありがとう?」
本人からあれこれ尋ねるのはよくないだろうし、深く掘り下げないことにした。
アッシュさんのお店へと訪問すると、早速注文した品物を用意してくれた。
「これが俺の注文した焼き型……」
受け取った焼き型をマジマジ見つめるレイヤ。どうやらキャノンフィッシュを初めて見るのか興味深そうに隅々まで眺めていた。
ぷっくりとした丸い魚の形が二匹分作れる小型の物で尻尾は小さめだが、ちゃんとそこも細かく再現している。
レイヤが望んでいたタイとは全く違うかもしれないけど、彼はどこか嬉しそうな表情をしていた。
「キャノンフィッシュの型を作るのは初めてだったが、なかなかに上手くいってるだろ?」
「そうですね。丸々とした形が綺麗ですし、焼き上がりも綺麗な球体になるかと!」
「ありがとうございました、アッシュさん。無理なお願いをしましたけど……」
「あれくらいじゃ無理なんてことねぇよ。大事に使いな」
「はい」
「あ。アッシュさん、今度は私の注文聞いてもらっても大丈夫です?」
「おう、いいぜ。何にするんだ? 見習いパティシエさんよ」
「パティシエじゃないですよー。ただの趣味なんですから」
「似たようなもんじゃねーか」
「全然似てませんけど……」
そりゃあ、趣味程度で鍛冶屋さんに製菓道具を依頼しないけどね……。
クラフトさんのオススメの鍛冶屋さんでもあるし、オーダーメイドで出来た製菓道具はどれも使い勝手がいいから今ではすっかり顧客である。
そんなアッシュさんのからかいを受け流しながら、エンゼル型を注文した。
「……普通はシフォン型を代用にするけど、本家を使う辺り本格的ではあるけどなぁ」
「ちゃんとした型もあるし、それならそっちを使いたいなぁと」
「はいよ。まぁ、こっちとしては儲かるんで構わんがな」
そういうわけでエンゼル型も無事に引き受けてくれたのでレイヤと帰宅するその道中のこと。
「レイヤってたい焼きっていうのは自分で作ったことあるの?」
「小さい頃にじいちゃんと一緒に作ったことはあるな」
「材料とか作り方は覚えてる?」
「そうだな……なんとなくだけど」
「じゃあ、レイヤが作ってみてよ!」
たまにはレイヤが作ったスイーツを食べてみたい。そう思って提案すると、彼は瞬きを繰り返して「あー……」と思案するような声で唸る。
「けど、イルがレシピ本見て作る方が絶対美味いだろうし、使える魔法が増えるだろ?」
「そうだけど、せっかくだからレイヤが作ったスイーツも食べてみたくて」
「……本当に小さい頃の記憶だから分量とか手順も下手くそだと思うけど」
「それはそれでいいんじゃないかな?」
「イルがそれでいいって言うなら……」
少し不安げではあるけど頷いてくれたので楽しみにしながら家に帰る。
本日はお留守番だったプニーはレスペクトと一緒に色々と話をしていたらしく、私とレイヤがいなくてもご機嫌だった。
レスペクトも「子守りなど性に合わん」と言いながらもそこまで嫌そうには見えなかったので有意義な一日を過ごせたんじゃないかなと勝手に解釈した。
先に夕飯を作ってもらい、レイヤの作ったきのこクリームスープパスタは文句なく美味しかった。
付け合せにベーカリー・リーベのパンと一緒に食べるとまた最高に美味でスープも一滴残らずパンですくって綺麗に完食。
そしていよいよレイヤによるたい焼き作りだ。型はキャノンフィッシュではあるけど……。
私は食べ終えた食器の洗い物をしてる間にレイヤは準備を始める。プニーは満腹で眠くなったのか、すよすよと眠っていた。
「えーと、薄力……いや、軟質小麦粉と重曹……じゃなく、この世界は痺れ粉か……」
小さく呟く彼のその声は洗い物の音にかき消されて聞こえなかったけど、材料を見ると軟質小麦粉と痺れ粉、牛乳、砂糖、そして私が昨日予め作っておいたあんこを用意していた。
軟質小麦粉をふるいにかけて、痺れ粉と砂糖を混ぜ、牛乳を少しずつ加えながら混ぜていく。
あんこをひとつひとつ細長い形に整えておき、新しい焼き型に油を引いてしっかり火にかけて温める。その頃には私の片付けも終わったので隣でレイヤの調理する様子を見学した。
しっかり予熱で温めた焼き型に生地を流してあんこを乗せ、その上に生地をかけてから焼き型を挟んで焼いていく。
しばらくしてから綺麗なキャノンフィッシュ型のたい焼きが完成した。
「綺麗に焼き上がったね」
「あぁ、思ったより上手く出来たな」
まん丸の形をしたそれをレイヤは早速味見をするため一口齧った。
美味しそうな匂いが漂う。それだけですでに美味しいのだろうとすぐに理解するのだけど、レイヤから許可が出るまで我慢である。
「……」
「ど、どう?」
「ん。美味い。食えると思う」
「ほんと? 食べていい?」
こくっと頷くのでもう一匹のたい焼きを頬張る。外はサクッと中はふわっとしていて、あんこと生地もよく合いとても美味しい。
しかし、熱々だからはふはふしながら食べることになってしまう。
「ん、ん! 美味しいね! これがたい焼きなんだね」
「まぁ、たい焼きというかキャノンフィッシュ焼きが正しいよな……」
「あ、そっか。タイの形じゃないもんね」
タイの形がいまいちわからないけど、キャノンフィッシュ焼きもなかなかいいと思う。
『あー! 僕も甘いの食べるー! るー!』
そこへ美味しそうな匂いで目覚めたのか、プニーが私の肩の上にぴょんぴょんと乗っかってきた。
「あ、待っててくれ。今から作るから」
『早く早くー! くー!』
「プニー。食べかけでもいいなら私のを先食べる?」
『食べる! る!』
ばくっと身体を伸ばして私の手ごと飲み込み、キャノンフィッシュ焼きだけ少しずつ溶かすように吸収していく。
いつも思うのだけど、プニーがちゃんと私の手というのを認識して消化せずにいるから偉いし、凄い。
『おいしー! しー!』
「ね、美味しいよね」
『もっと食べる! る!』
「あぁ、わかった」
まだ食べられる様子のプニーのためにレイヤは再度生地を流し、キャノンフィッシュ焼きを作っていく。
「今回はあんこのみだけど好みによってカスタードクリームとか、生地だけを焼いてアイスを乗せたりとか、結構自由にアレンジ出来るからイルも自分で作るときは好きな具を入れてみてもいいと思う」
「自由度が高いんだね。クレープみたいに中身は好きにしていいんだ」
てっきりあんこのみかと思ったんだけど、カスタードクリームとか入るならチョコレートもいいかもしれないね。デジールも喜びそう。
アイスを乗せることも可能なら生クリームを乗せてもいいだろうし、レスペクトも喜んで食べるかも。
日も暮れ、自分専用の牛舎へと戻ったレスペクトはその身を休めると、毛で覆われた目を閉じて眠りに入った。
しばらくして彼は夢を見る。全ての生物はみんな夢を見るのと同じでレスペクトもまた眠りの世界へと降り立った。
その夢は唐突に映し出される。レスペクトの前には倒れるイルの姿があった。血に塗れていて、ぴくりとも動かない。
レスペクトとイルだけしか色のなかったその世界はまるで絵の具を塗るかのように少しずつ色を増し、初めて二人が出会ったオルールの森の情景が浮かび上がる。
『……』
人形のように動かず、生気のない色をしているイルの身体。レスペクトは鼻先で彼女の脇腹をつついてみたが反応はない。
血が水溜まりのようでそれがイルの身体から流れているものなら誰がどう見ても生きているとは言えなかった。
レスペクトは彼女の遺体を口に咥えて持ち上げると、そのままオルールの森の奥深くへと運んで消えた。
その瞬間、どこか遠いところでキィッと音が聞こえたレスペクトは急激に眠りから覚めて現実の世界へと戻る。
『……』
ゆっくり目を開けると、そこには牛舎小屋の扉を開けるイルの姿があった。
「あ、レスペクト寝てるかな……?」
レスペクトの目が隠れているため、寝てるのか起きてるのか判断がつかないので小声で話しかけるイルにレスペクトは反応した。
『起きてる。なんだ?』
「あ、良かった。あのね、レイヤがキャノンフィッシュ焼きっていうスイーツを作って、生クリームにも合うみたいだからレスペクトにお裾分けしに来たの」
生地を半分にしてその中に生クリームを乗せ、生地を挟んだキャノンフィッシュ焼きを差し出したイルにレスペクトはすぐさま一口で食す。
『やはりクリームが一番だな』
「レスペクトのミルクだから美味しいのは間違いないけどね」
うんうんと頷くイルを見たレスペクトだったが、夢の中では倒れていた彼女の姿を思い出し、軽く溜め息を吐き捨てる。
「ど、どうしたの? 何かおかしかった?」
『いや、夢の内容を思い出しただけだ』
「そうなんだ! どんな夢見たの?」
『……』
どんな夢と問われるとなんて言えばいいのかレスペクトは迷った。
楽しいわけではなく、面白いわけでもない。では、悲しいのかと言われると自身より寿命の短い人間一人を悲しむのは地面を歩く蟻の死を悲しむようなものなのでこれも違うと考えた。
カトブレパスは人よりも長寿だから遅かれ早かれイルは自分より先に逝くというのをわかりきっている。
イルがいなくなれば今のような生活は出来ないし、何より酷く退屈だろう。
『実につまらん夢だった』
「そっかぁ。次はいい夢見れるといいね」
他人事だと言わんばかりの言葉ではあるが目の前の従者が元気ならそれで構わんと思うもそれを口にすることはなかった。
そういえば、とレスペクトは思い出した。イルがクイーンキラービーと無茶な戦いをしていたことを。
イルから彼女自身の血の臭いがしたため、問いただして雷を落としたことはまだ記憶に新しい。
おそらくそのときの血の臭いがまだ鼻の奥に残ってあのような夢を見たのだろう。そう思ったレスペクトは同時に夢の原因はこいつだったのかと気がついた。
『……』
「え、な、何? レスペクトなんか機嫌悪い? いたっ! えっ? なんで攻撃されるのっ!?」
なんだか腹立たしくなったレスペクトは腹いせのためにイルに何度か小突く。
その後、イルは今後作るスイーツを確認しようとレシピを開いたらキャノンフィッシュ焼きが新しく記載されたことに気づくのだった。




