手助けする魔族とクイーンキラービー退治
時は少し遡り、イルの自宅前にてリリーフが毒に侵されたという話を監視花こと、スターサーベイランスを通して魔界で知ったデジールは高笑いをしていた。
「フッフッフ。アーハッハッハ! リリーフめ、余のことを責めたバチが当たったのだな! 愉快! 実に愉快である!」
執務室のデスクをバンバンと叩きながら嬉しげに笑うデジールに側近のアドラシオンは軽く溜め息をついた。
「まったく、品性の欠片もありませんね」
「なんとでも言え! あの者が苦しんでると思うと何を言われても気分がいいのだからな! それに毒消し草もないと言うではないか! 随分と滑稽なものよ!」
「……デジール様、水を差すようで申し訳ないのですが、このままではあなた様の今後にも影響が出ますよ」
「は? どういうことだ?」
リリーフが苦しんでいることが自分にどのような影響をもたらすのかわからないデジールが側近に尋ねると、彼は涼しい顔で説明を始めた。
「まず、リリーフさんとイルさんがご友人なのはさすがのあなた様もご存知ですよね?」
「癪に障る言い方をするな! それくらい知っておる!」
「それは良かったです。さて、そのリリーフさんが今回クイーンキラービーの毒にやられたということは明日までに毒消し草を与えないとぽっくりと亡くなってしまいます。そうなるとイルさんは悲しみのあまり何も手をつかなくなり、デジール様にスイーツを作ることさえ放棄する可能性も高いのです」
「ちょっ、ちょっと待て! さすがにそうはならぬだろう!? そもそもクイーンキラービーの毒を食らって一日で死ぬなど赤子じゃあるまいし……」
「デジール様、魔族と人間では身体能力にかなりの差があります。それに彼女はただの民間人、鍛えている人間よりも遥かに弱い存在ですのでクイーンの毒だと一日も持たないかと」
その話を聞いてデジールは驚きに開いた口が塞がらない。
そこまで脆弱だとは思ってもいなかったし、二、三日もすれば毒消し草くらい入手出来るだろうからそれまで我慢出来るだろうと思っていた。
「アド……ほ、本当に一日も持たぬのか?」
「はい。明日の昼頃には亡くなってもおかしくないかと」
「し、しかし、リリーフだぞ? この余に恐れをなさないあの人間であるぞ!? そんな簡単に死ぬわけ……」
「死にますよ。デジール様も本当はわかってらっしゃるでしょう? 人間は我々のように長寿ではなく、あまりにも弱い存在だということを」
「……」
確かにそうだ、と思ったデジールはアドラシオンの言葉を否定しなかった。
リリーフの苦しむ姿や自分に戦慄する姿、またはぎゃふんと言わせたいと常日頃から考えていたが、死ねばいいとまでは思ったことがない。
「……余は、友と呼べる者がいないが、やはり友を亡くすと悲しいものなのか?」
「人間に限らずどの種族も概ねそうですね。場合によっては家族同様の感情を抱くかと」
「ふむ……では、イルもリリーフが死ぬと悲しむわけか」
「間違いなくそうかと」
「……では、悲しみのあまり余にスイーツを提供してくれなくなる可能性も本当に有り得るのか!?」
「むしろ顔も合わせたくないと言って自暴自棄になり、引きこもってしまうことも考えられますね」
「それは困る!」
「では、どうすればいいかもうおわかりですよね?」
まるで早く命令しろと言わんばかりのアドラシオンの態度に思うことがひとつかふたつはあるものの、今はそれに触れることなく、デジールは強い口調で言葉を発した。
「毒消し草を用意せよ! そしてリリーフの元へゆくぞ!」
「かしこまりました、我が主。これでイルさんの私への好感度も上がることでしょう」
「……貴様、それが狙いか」
それならば余の好感度とやらも上がるのではないのか? と口にすれば、アドラシオンは冷めた目で助言をしたのは私ですが? と返してくるためデジールはそれ以上つつくことはやめた。
こうして魔族の二人はそれぞれの下心のため、リリーフの元へ毒消し草を持ってきたのだった。
毒消し草はしっかり水洗いをしてから葉をちぎり、毒に刺された患部に消毒をして葉とガーゼを当ててテーピングする。
これで傷から身体に回る毒は消してくれるんだけど、体内に残る毒を取り除くため、残った葉をすって白湯に混ぜて飲めば毒を除去する作業は完了。
一命を取り留めたリリーフは先程より顔色が良くなった様子だけど、体力の低下が激しかったのかすぐに眠りについた。
娘の表情を見て安心したのか、クラフトさんも安堵の溜め息を吐き出す。
「はぁー……ひとまず安心だぜ」
「良かった……。デジール、本当にありがとう」
「ふふんっ。当然のことをしたまでよ!」
鼻高々といった態度のデジールだけど、そこは誇らしく思っていいのでうんうんと頷いた。
そして、リリーフの無事を確認出来た私は二人に告げる。
「……それじゃあ、私も行ってくる」
「行くってどこに行くつもりだ? まだ緊急事態の宣言は解除されてねぇぞ」
「私も、私の出来ることをやらなきゃいけないので」
デジールは毒消し草を持ってきてくれた。アドは毒消し草を配り回っている。
リリーフには何もしてあげられなかったけど、私にもまだ出来ることはあるんだ。
「まさか、キラービー退治に向かうってのか? 危ねぇからやめとけ! 毒を食らっちまったら元も子もないだろ!」
私を心配してくれるクラフトさんは優しくて、舞い上がってしまうほど嬉しかった。
だからこそ早く元凶を叩かなければいけない。
確かに、このまま閉じこもっていたらいつかは討伐が終わるかもだけど、それだと私は私の出来ることを放棄してしまうことになる。
私が参加することで救われる命もあれば、被害も最小限に抑えることもあるってドルックギルド長も言っていたし、それより何より……。
「私、毒耐性スキル持ちなんです」
好きな人にちょっといい所を見せたいから、少し自慢げに答えた。
「それなら安心だけどよ、だからってお前が行く必要はねぇだろ?」
「これでも冒険者の端くれですから」
「……無理はするじゃねぇぞ」
ふぅ、と溜め息をひとつこぼして、引き止めるのを諦めたクラフトさんは心配しながらも私の頭を撫でてくれた。
優しくも温かくて大きな厚みのある手に私は「はいっ!」と勢いよく返事をする。
「デジール、リリーフのこと見てあげてね」
「良かろう。これは貸しだからな」
「うん。じゃあ、行ってきます!」
デジールとクラフトさんにリリーフを託し、私は一人で下へと降りた。
出入口の扉に手をかけたところで一息入れる。
「ふぅ……」
つい格好つける感じでここまで来てしまったが、やっぱり怖いなぁ……。
大きな蜂の魔物だし、飛ぶし、刺すし、虫だし。
「……いや、女は度胸!」
首を振って弱気を払拭し、新たな被害者が出る前に私がやらなければと気合いを入れて外へ出た。
先程見たときはいつもの静かな町中だったのに、一転してあちこちから争う音や悲鳴に似たものが聞こえてくる。
緊急事態の宣言もあってか、外にはあまり人がいなくてみんな建物に避難していると思うのだけど、魔物を退治しなければいつまでもこの状態のままになってしまう。
一匹でも多くキラービーを倒さなければと走り出した。
その途中、拡声器を持った憲兵による通達が耳に入る。
『ギルド長よりキラービー討伐者達への伝言です! クイーンキラービーを発見次第すぐに近くの憲兵、または空に魔法を放つなどの合図を送るようにとのこと! 決して少人数では立ち向かわないこと! 繰り返します━━』
どうやらクイーンキラービーはまだ討伐されていない。
まぁ、それは当然だろう。討伐されていたら配下のキラービー達も女王がいなくなったことで動きが鈍くなり、一気に駆除出来るという話だ。
早くクイーン達を退治して、リリーフやクラフトさん達を安心させたい。その一心でキラービー達を探し回る。
何度かキラービーと対峙する人達を見かけたけど、一匹につき五人以上で戦っているので不利な様子はなく、手を貸すまでもなさそうであった。
手間取っているグループがあれば手助けするつもりだったけど、どうやらこの辺りは不要だと思われる。
場所を変えようと裏道を通り、町の中心部へ向かって他の迎撃隊の様子を見ようと移動した。
このまま私の出番がなく全て終われば一番いいのだけど、私は私を信じている。
自分が不運だということに。
「?」
裏道を走っていると急に空が暗くなった。今日は雲のない空だと思っていたのにと上を見上げれば「ひっ」と恐怖に息を飲んでしまう。
なぜならそこには大人の人間くらいの大きさであるキラービーが太陽を遮って影を作っていたからだ。
いや、待って。この大きさもしかしてクイーンの方では……?
「さ、さすがに運が悪すぎるってレベルなのかな……」
幸か不幸かと言われたら絶対に不幸ではある。だって初っ端から遭遇するのが親玉のクイーンキラービーだなんて普通に有り得ないでしょ!?
周りには誰もいないし、早くクイーンがいることを知らせないと……。
と、思ったところで私は考えた。
もし人を集めてもクイーンの毒を受けたらリリーフのようにまた命に関わることになる。
それなら毒が効かない私が一人でなんとかする方が一番被害が少なくてすむのでは?
この方法だったらきっとドルックギルド長の期待にも応えられるんじゃないかな。
けれど……。
「うぅ……やだな……」
そりゃあ、クイーンを倒さなきゃいけないけど、まさか一人で出くわすとは思わなかった。
緊張と恐怖で喉がカラカラになりそうだし、心拍数も上がってる。
相手も私を認識してるみたいでギチギチという音なのか声なのかよくわからないものが聞こえるし、羽の音も大きくて不快感で鳥肌が立つ。
「アプレイザル」
========================================
・クイーンキラービー Lv.42
キラービーを従える女王。自身が傷つけられると攻撃性が高くなり、キラービー達に命令を出して近くにいる人を無差別に襲う。キラービーよりも三倍強の毒を持っていて、クイーンを倒さなければキラービーの攻撃も終わらない。
========================================
レベル……高いなぁ。ラミアより少し低いくらいだけど、私一人でなんとかなるのかな。
そう思っていたら先にクイーンの方が動き出した。
「!」
槍の如く勢いでお尻の毒針が私へと向けられ、足が縺れそうになりながら慌てて避ける。
でも相手は空を飛ぶ魔物。避けたところで小回りが利くため、すぐに方向転換して私へと狙い定めた。
「ッ……ファイアボール!」
目を瞑ってしまいそうになるが、それは諦めてしまったことと同じ。
前回のラミア戦でそうした私はレイヤに助けられたけど、今は一人だ。
全部自分で動かなければならないため、咄嗟に発動時間が短いファイアボールを放つ。
しかし、すぐ目の前まで迫っていたクイーンに向けたというのに彼女は驚くべき速さで火の球を回避した。これはなかなかに手強い。
「ストーンバレット!」
今度は石弾を打ち込んでみるけど、礫に当たるどころか全て避ける。
あまりにもすばしっこくて、範囲の広い魔法を使いたいところだけど、こんな狭い裏道で放つのはかなり危険だろう。
ファイアアロー、ウォーターランス、アイスランス、ウィンドカッターなど攻撃範囲の狭い魔法を連発するが、一発も当たらない。
あまりの回避率の高さにどうすればいいのかわからないけど、手を休めたらすぐに襲われてしまう。
そのため何度も魔法を発動して互いに近づくに近づけない距離を保つが、時折クイーンキラービーが激しい羽音や鳴き声のようなものを叫んでいる。
その理由はすぐにわかった。
「……うっそぉ」
いつの間にか、クイーンの背後にキラービー達が集まっていた。待って待って、これはかなりやばい。
恐らく私と戦いながら仲間を呼び出したんだ。これはかなり不利な状況。
ただでさえ広範囲な魔法を使えない場所なのに、数の暴力はさすがに無理! 捌ききれない!
さすがに場所が悪すぎる。そう判断し、自分の足にハイスピードの魔法をかけて場所を変えるためにその場から逃げ出した。
もう少し開けた場所でなら広域魔法も使えるし、もしかしたら誰か手を貸してくれる人がいるかもしれない。
そう期待して裏道を抜けたすぐのこと。
目の前に人影が見えたのだけど、後ろばかり気を取られていた私は気づくのが遅かった。
(人がっ……!)
高速魔法をかけた私の足では気づくのが遅れたため、すぐに避ける暇がなく、無理やり魔法を解除することでその勢いを落とす。
……が、止まる時間まではなかったため、結局相手とぶつかってしまい、そのまま押し倒してしまった。




