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緊急事態と毒消し草

「失礼します! ドルックギルド長! 件のクイーンキラービーが町へ侵入し、下っ端のキラービーを呼び寄せてます!」


 冒険者ギルドのギルド長執務室の扉が勢いよく開いた。

 本来ならばノックをするのが礼儀ではあるが、緊急を要するため冷静を欠く部下が急ぎの知らせを届ける。

 ドルックはそれを咎めることはせず、席から立ち上がった。


「住民に緊急事態の布告を発してくれ」

「し、しかし、住民達がパニックになる恐れもあるのでは……」

「自宅や建物に避難するだけでいい。奴らは姿さえ見せなければすぐに通り過ぎるが、視界に入る方が危険だ。特にクイーンの方は以前に討伐し損ねていることもあり、気が立っていて攻撃性が非常に高くなっているだろう。そんな状態でキラービーの兵士達を呼び寄せているのなら手当り次第攻撃を始める」


 普段より興奮状態であるクイーンキラービーの討伐は平常時に比べると相当厄介なもの。

 クイーンと戦闘を交えたらその一戦にて退治しないと仕返しと言わんばかりの凶暴性を増し、さらに下僕であるキラービーを自身から発する羽音や普通の人間には感知出来ない超音波を使い集合させる。

 そしてクイーンの怒りが落ち着くまで人間を見つけ次第襲い続けていくため、酷ければ小さな村が一日で潰されるという事例もあった。


「だから至急憲兵達にも協力を要請して、緊急事態の布告と共に討伐に参加してくれるメンバーをすぐに駆り出してくれないかい?」


 言葉遣いは柔らかいものの、その瞳は鋭く相手を見据えていた。

 まるで無駄話をしている暇はないと言いたげな上司に、報告に来た部下は声を震わせながら「は、はいっ!」と返事をして急いで執務室から出て行った。


(毒消し草の入手が困難になっているからよその町で調達を始めている最中だというのに襲撃が早すぎる。運が悪いにもほどがあるな……)


 深い溜め息をひとつこぼして己の胸中を吐露する。しかし、嘆く暇なんてない彼はスーツのジャケットを脱ぎ始めた。

 ベスト姿になったドルックはネクタイを少し緩め、執務室を出ると、ギルド職員達がいる受付へと移動する。

 冒険者ギルドはすでにキラービーの出現に慌てて対応を求める住民や、それを聞いて我先にと討伐に向かう冒険者などで入り乱れていた。


「やぁ、みんな。僕はこれから害虫駆除に行ってくるよ」


 ニコッと笑いながら部下に伝えた彼だったが、冒険者達を含めたギルド内は騒然とした。


「おいおい……ギルド長が直々に討伐に向かうのかっ?」

「もしかして、町にいるキラービー達はギルド長が出るくらいに強ぇってのかよ……」


 元冒険者Aランクの実力を持つドルックは引退した身とはいえ、その実力は衰えていないという噂がある。

 そんな彼が害虫駆除という名の討伐に向かうということはキラービーの相手をするのは大変と言っているようなもの。

 稼ぎのために退治に向かおうとしていた下級から中級の冒険者達は外に出るのを躊躇し始めた。


「ドルックギルド長! あなたはここのトップです! そんな方が討伐に向かってしまったらこのギルドは誰が指揮を取るんですか!?」

「フロワくん。わざわざそういうこと言ってくれるってことは君が代わりを務めてくれるわけだね?」

「……はい?」


 フロワの肩をポンと叩き、いい笑顔で自身の役職を彼に押しつける。


「しばらくはフロワくんがなんとかしといて。まぁ、長く席を空けるつもりはないし、現場が混乱する前にちょくちょく顔は出しておくからさ」

「そんなたまに遊びに来るみたいな軽い言い方されても……」

「じゃあ、スタービレ住民のために身体を張ってくるからあとは頼んだよ~」

「ちょっ、ドルックギルド長っ!」


 背を向けながら手をひらひら振って冒険者ギルドを出ようとしたところでドルックは「あっ」と何かを思い出したかのように呟いて振り返った。


「そうそう。戦える勇気のある冒険者がいれば是非とも手を貸してほしいんだ。この町のためにも。キラービー達は個々で動いているだろうから何人かで応戦すれば問題ないからね」


 クイーンキラービー、キラービー達はコミュニケーション能力が高く、興奮状態のクイーンは手早く人間を仕留めたいため、兵士蜂であるキラービーには別行動を指示している。

 だからこそクイーンの命令により攻撃性の上がったキラービーだとしても、一匹に対して多勢で迎え撃てば問題はない。

 そのため、キラービーに立ち向かうべきか悩んでいた冒険者達は討伐へのやる気が湧いてきた。


「でも、油断して毒にやられないように。解毒魔法持ちがいるならまだしも、今この町には毒消し草が品薄状態でね。あぁ、あとクイーンを見つけたらすぐに魔法で合図するか憲兵に知らせるかしてくれないかい? 人数を集めて一気に叩く方が確実だからね。決して一人とか少人数で対応しないこと」


 ギルド内にいる冒険者にそう伝えると、ドルックは一人で表へと出て行った。






 町中は思っていたよりも静かだった。むしろいつもの風景といった感じ。ここにはまだクイーンキラービーが襲っていない様子だ。

 もしかしたらすでに冒険者や腕利きの憲兵達によって討伐されたのかもしれない。それなら安心なんだけど。


 そう思いながら、ベーカリー・リーベへと辿り着いた私とクラフトさんは住まいとなる二階へ駆け上がった。


 よくお邪魔する彼女の部屋に入ると、そこには青白い顔でうなされている様子のリリーフがベッドに寝込んでいた。

 クラフトさんは先程より顔色が悪くなっていると焦りを抱いていて、一刻も早く毒消し草を与えなければならないと入手出来ない苛立ちに頭を掻き毟る。


「リリーフ……」


 気が強いけど、その分優しいリリーフが子どもを庇うなんて容易に想像出来る。

 リリーフは私の大事な友達。私が大変なときは彼女が傍にいてくれた。色々と手助けもしてくれた。

 ……うん、こんな所でジッとしているわけにはいかない。


「クラフトさん。私が毒消し草を譲ってくれないか探しに行きますからリリーフの傍にいてあげてください」

「イル、さすがにそれは悪いぜ。父親として俺が動かないとリリーフに合わせる顔がねぇよ。お前が傍にいてやってくれ」

「父親なら尚更リリーフの傍にいてあげてください。たった一人の肉親なんですから……」


 彼女も目が覚めてクラフトさんの顔を見たら安心するだろう。

 私も風邪を引いたときはお母さんやお父さんが傍で看病してくれて嬉しかったし。


 そう説得してみるけど、クラフトさんは優しいから私一人に行かせるのを躊躇っている様子だ。

 そのときだった。外から拡声器を通した声が聞こえた。


『緊急事態発生! 緊急事態発生! ただいまスタービレ内にてクイーンキラービー及び、キラービーが侵入しています! 住民の皆さんは近くの建物に避難してください! そして戦闘可能な兵士、または冒険者は退治の協力をお願いします! 繰り返します━━』


 緊急事態発生。それは町の中がただならぬ状況だということ。

 しかも、最初はクイーンキラービーしかいなかったはずなのに手下ともいえるキラービーも侵入しているようだ。


 町に魔物が入ってくるのはたまにあることだけど、レベルの低い魔物だったり、侵入する数が少ないくらいなので、それだけでは緊急事態というほどではない。

 つまり、クイーンキラービー含めキラービーの総数が少なくても十匹以上いるのは確実だ。

 そしてその殺傷能力も高いことも考え、お店や家に待機するように冒険者ギルドが指示を出したと思われる。

 それを憲兵達があちこちに知らせてくれているのだろう。

 いくら戦える人材の彼らでも、キラービーに狙われる可能性は非常に高い危険な役割だ。


「……とのことですので、クラフトさんは家にいてください」

「何言ってんだ! イルだって危ねぇじゃねぇか!」

「でも、このままじゃリリーフの方が危ないんですっ。私ならなんとかなりますから……」


 一刻を争う状況。例え外が危険でも何もせずにリリーフを見守ることしか出来ないのは嫌だった。

 毒消し草が手に入るかどうかもわからないけど、今動かなければ取り返しのつかないことになってしまう。

 クラフトさんにも危ない目には遭わせられないのだから攻撃魔法も使える私が動くのが適切である。


 そんなときだった。


「話は聞かせてもらったぞ!!」


 突然リリーフの部屋の入口に聞き覚えのある声が聞こえた。

 クラフトさんと共に勢いよくそちらへ顔を向けば、そこにはフードを被った少女と男性らしき姿が。

 ……いや、デジールとアドラシオンだった。


「なんだお前らは!?」

「デ、デジールにアド……?」

「イル……知り合いか?」

「えぇと……はい、まぁ……」

「申し訳ございません、ご主人。階下でお声をかけさせてもらいましたが返事がなかったもので、失礼を承知でお邪魔させていただきました」


 怪しさ満点のフードを被りながらも礼儀正しく経緯を説明するが、クラフトさんはぶっきらぼうに返事をする。


「緊急事態だからうちに避難してきたってわけか。悪ィがここは俺と娘の住居だ。挨拶はいいから緊急事態が解除されるまで下で待ってな」

「いいえ、ご主人。我々は避難をしにこちらへお邪魔したわけではなく……」

「余が毒消し草を持ってきたのだ!」

「「ええっ!?」」


 まさかの言葉にクラフトさんと一緒に声を上げる。

 確かにデジールの手には毒消し草と思われる薬草を手にしていて、その姿は威張るほどに堂々としていた。


「ま、まさか、それをうちの娘にくれるってのか……?」

「もちろん、タダではございません」


 まさかのアドの返しに思わず「え」と言葉が漏れる。そこは譲ってくれるわけじゃないんだと少し残念に思ってしまった。


「そうだな。品薄だからタダで譲ってくれってのは虫のいい話だ。いくらだ? 多少高くても目を瞑るぜ」

「話の早い方で安心しました。では、遠慮なく。こちらの毒消し草はご主人の作るパンひとつでどうでしょうか?」

「……へ?」


 パンひとつだなんて普通に毒消し草を購入するよりも少し安いくらいだろうか。

 まさかそんな取引になるとは思わなかったクラフトさんは言葉を失ったあと豪快に笑った。


「アッハッハッ! こりゃあたまげたぜ! 娘の命の恩人にパンひとつだなんてケチくせぇこと言わねぇ! いくらでも食ってけ!」

「取引成立ですね」

「ア、アド、ありがとう……リリーフのために」

「こら、イル! 余のおかげでもあるんだぞ!」

「うん。デジールもリリーフのために毒消し草を持ってきてくれてありがとう」

「うむ! 全ては余のおかげである!」


 むふー。と鼻息を荒くして恍惚とした表情をするデジールだったが、急に彼女の肩を掴んだアドラシオンがそのまま物を動かすように退かすと、私の手を取り顔をずいっと寄せてきた。


「リリーフさんのためでもありますが、何より私はイルさんのためにお持ちいたしました。あなたを悲しませたくなくて……」

「え、あ、ありがとう?」


 フードを被ってもキラキラした顔が近くにあるので整った顔がよく見えてしまう。

 きっと他の女性ならばイチコロになるであろう彼の対応に私は戸惑いながらお礼を告げる。


「……やはり効きませんか」

「え? 何が?」

「あぁ、いえ。どうぞ、こちらを彼女に」


 ぼそりと小難しい顔で呟いたアドラシオンに何が効かないのか聞き返すも、彼はにこりと笑っていつの間にかデジールから奪ったであろう毒消し草を手渡してくれた。


「……あんた達、うるさいわよ……」

「「!!」」


 すると気がついたのか、身体を起こしたリリーフが苦しそうな声で言葉を発した。

 慌ててクラフトさんと共に彼女の元に毒消し草を届ける。


「起き上がるんじゃねぇ、リリーフ! 毒が回るだろっ!」

「リリーフ! もう大丈夫だからね! デジールとアドが毒消し草を持ってきてくれたの!」

「……あたしはいらないわ」

「なっ……」


 なんでそんなことを言うのか。そう口にする前にクラフトさんが先に告げた。


「な、何言ってやがんだ! 早くこいつを使わねぇと死んじまうぞ!」

「あたしより……他の人に回して……それ、必要な人が沢山いるのよ……」


 顔色が良くないのに彼女はこんなときまで他人を優先するというのか。


「でも、リリーフの方が危ないよ! そんなこと言わないで!」

「あたしはまだ……なんとか持たせてみせるから……」

「おい、リリーフ! そなた、友人を悲しませてどうする! そんなに余が持ってきた毒消し草を使いたくないと申すのか!?」


 デジールが私から毒消し草を奪うと、それをリリーフの目の前に差し出すが、彼女は拒絶するように顔を背けて静かに呟いた。


「大丈夫だって言ってるでしょ……王と自称するなら弱い者から守りなさいよっ」

「ぐぐっ……!」

「デジール様、どうされますか?」


 アドラシオンが耳打ちをすると、デジールは唸りながらも腹を括るように答えた。


「……どうするも何も本人がああ言うておるのだろう?」

「ま、待ってデジール……!」


 せっかく毒消し草があるのに本人が拒むなら渡せないと言うのだろうか。

 それだけはどうしても避けたくて、無理やりにでもリリーフに毒消し草を使ってもらいたい私はデジールに取り上げないようにお願いしようとした。

 しかし、デジールは毒消し草をリリーフへと押しつけた。


「ちょっ……!」

「アド! 今すぐ領地へ戻り、ありったけの毒消し草を持って必要としてる者の元へ届けよ!」

「Yes,Your Majesty」


 胸元に手を当て、頭を下げるアドラシオンはテレポートを使ったのかすぐに目の前から消えてしまった。

 突然のことでクラフトさんは瞬きをして「瞬間移動が使える奴だったのか……」と驚いていた。


「他の者も余がなんとかするから気にするな! これはそなたの物だ! 早く養生せぬか!」

「……」


 デジールの勢いにリリーフは少し圧倒されたようだったが、しばらくしてから観念したのか、こくりと頷いたので急いでクラフトさんと一緒に彼女のために毒消し草を使用することにした。


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