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バナナパウンドケーキと悪報

 パティスリー・ザーネに勤めて三回目の勤務。販売としての作業は慣れてきたかなと思う。

 ケーキの名前を覚えるのが大変かもと思ったけど、どれも美味しそうで芸術作品のようなケーキ達を見ていたら案外すぐに覚えてしまった。

 ケーキを箱に詰めるときも落とさないように細心の注意を払っているし、上手いことやっていると我ながら思う。


 そして本日からはカフェの方の業務も覚えることになり、販売よりも業務が多くてパンクしそうになるも頑張らなければと自分で鼓舞する。


 注文を取って厨房のカフェ担当にオーダーを通したり、注文の品を運んだり、後片付けやレジなどやることが沢山だ。

 ただでさえ人気あるお店なのでひっきりなしに人が来るため、目まぐるしい。


「お待たせしました。ザーネ特製ショートケーキです」


 人気ナンバーワンのショートケーキを届け、おひとり様であるお客さんの前に差し出すと、その女性のお客さんは私の顔を見て何も言わないまま睨みつけてきた。


「し、失礼しますっ」


 敵視するようなその視線にいたたまれなくてなってそそくさと逃げるのだけど、実はすでに何度かこのようなことばかり体験している。

 最初は気のせいかと思ったのだけど、さすがに何度も色んな人から敵意剥き出しの目で睨まれたら嫌でも気づいてしまう。


 私、何かしてしまったのかなっ!? そう思って休憩中に指導係の先輩に相談してみると、睨まれる理由がすぐにわかった。


「それ、ザーネ店長のファンの子達ね。女性従業員にはみんな妬んでてあの態度なの。まったく、腹立たしいんだから」

「女性従業員みんなにっ!?」

「そうなの。貴族のご令嬢も多いみたいだし、感じ悪過ぎ!」

「そうなんですか……」


 これは女性従業員もなかなかのストレスを抱えていそうだ。

 しかし、そんな環境となると何かにつけて私が絡まれる予感しかしない……! そしてお店に迷惑をかけてクビに……なんてことも有り得る!

 迷惑だけは、迷惑だけはかけたくないっ! いや、いっそのこと男装して働けば少しは彼女達の目を逸らせることも出来るのでは?


 ……。うん、無理があるかな。更に何かやらかしそうだし、声まで変えられないしね。


「まぁ、あんまり気にしなくていいよ。みんな慣れちゃってるから」

「な、慣れなんですね」

「あれでも一応はお客様ってやつだしね。お金落としてもらわなきゃ」

「仕事は嫌になったりしないんです?」


 ちょっとした興味本位で聞いてみたら彼女は悩む素振りもなく答えた。


「仕事自体は好きだよ。おかしい客も多いけどいい客もいるし、何よりここの仲間はみんないい人だからね。だからイルも何かあったら今みたいにじゃんじゃん相談してよ」


 手を取りぎゅっと握ってくれる先輩の言葉はとても嬉しい言葉なのだけど、その強い瞳には「辞めないでね!」と強く訴えかけているような圧力を感じた。


「は、はい……ありがとうございます」


 もし私が辞めた場合、再び新しく人員を雇ったとしてもまたザーネさん目当ての人が来てしまったら従業員達が心労で倒れてしまいそうだ。

 この人達のためにも、なおさら私が頑張らなければ。


 休憩終わりにも何度か妬みの視線をぶつける女性客がいたけど、何も言ってこないだけマシだと思いながら仕事をこなした。






 無事に仕事を終えた帰り道。今日は何かスイーツを作りたいなと考え、何にしようか色々候補を上げてみる。

 ふと、パティスリー・ザーネの焼き菓子を売っている棚をお仕事終わりにチラ見したことを思い出す。

 その中には一切れずつ個包装されたパウンドケーキもあって美味しそうだなと感じていた。


 よし、今日はパウンドケーキにしよう。


 そう決めた私は家に帰り、いつもお世話になっているレシピブックを開いた。

 くるみのパウンドケーキやレモンのパウンドケーキ、探せば色々と出てくるのでいつも迷いどころだけど、ちょうどバナナがあるし、今日はバナナのパウンドケーキにしてみよう。


 バナナパウンドケーキの材料は軟質小麦粉、膨らまし粉、バナナ、卵、牛乳、バター、砂糖。


 ボウルに室温に戻したバターを入れてクリーム状になるまで混ぜていく。

 次に砂糖と溶いた卵を数回ほどに分け加えてから混ぜる。

 ふるいにかけた軟質小麦粉と膨らまし粉も投入し、ヘラで混ぜ合わせる。

 主役のひとつでもあるバナナはフォークで潰してから加え、あとはバターを塗ったパウンド型に流して表面をならし、型を落として空気を抜く作業をしてから予熱で温めた石窯オーブンで焼く。

 途中で中心に切り込みを入れて最後まで焼けば完成だ。


 甘いバナナの香りが漂う中、早速出来たてをいただいてみることに。

 型から取り出したパウンドケーキを切って、湯気が立つ生地をフォークで刺して口に運ぶ。

 しっとりでほろりとした生地はバナナが混ざっていることもあり、熟した甘みも感じる。

 そして出来たてほやほやなのでこれがまた美味しい。やはり出来たては手作りでないと口に出来ない。


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レベルアップしました。サイレンスを覚えました。


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 レベルアップの画面が表示され出てきた魔法を見て「あ」と声が出た。

 サイレンスは闇魔法でも有名なものだ。確か、言葉を発することが出来なくなるから魔法が使えなくなるんだって聞いたなぁ。


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・サイレンス

沈黙状態にすることが出来る。


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 魔法詳細にもしっかり沈黙と書いているので声を出せないのは確実だ。


 でも、無詠唱スキル持ちだった場合どうなるんだろ?

 あれは魔法名を口にしなくても魔法を発動出来るスキル。もし、サイレンスを受けたら無詠唱でも問答無用に魔法を出せないのか、それとも無詠唱は言葉にしないから問題ないのか気になるところだ。

 

 それにしてもステータス画面を見ると、いつの間にかレベルが54もあるんだ……と、なんとも言えない気持ちになってしまった。

 この調子ではあっという間にレベル100になるんじゃないのかな……そこまで強くなりたくないから早く運が正常になるスキルか魔法をください……。


 パウンドケーキをもぐもぐ食べながら切に願ったそのとき、荒々しく扉を叩く音がして思わず身体が、びゃっ! と驚きに跳ねてしまった。


「イル! イル!! いねぇのか!?」


 その声を聞き間違えることはない。クラフトさんの声だった。


「い、います!」


 すぐに返事をして急いで玄関先へと向かう。

 しかし、切羽詰まったような声だったから珍しくて、何をそんなに慌てているのかと思っていると、急にキィンと頭から金属音のようなものが聞こえた。


(おい、このうるさい輩はなんだ? 黙らせるぞ)


 不機嫌そうなレスペクトの声が脳内に響く。どうやら彼からテレパシーを受け取ったみたいだ。

 なるほど、受ける立場はこんな感じなのかと思う暇もなく、物騒なことを言い出すので慌ててレスペクトに伝える。


(ダメダメダメ!! クラフトさんは大事な人だから!)


 間違えても邪視を使っちゃ駄目だから! と告げるよりも先に扉を開けた。

 そこには汗を沢山流したクラフトさんが血相を変えた表情で立っていた。


「ど、どうしたんですか、クラフトさ━━」

「イル! 毒消し草を持ってねぇか!?」


 言葉を遮るほどの勢いで肩を掴まれて尋ねられたのは毒消し草の有無だった。


「毒消し草、ですか? すみません、手持ちにはなくて……」

「ッ……そう、か……」


 すぐに肩から手が離れ、落胆するクラフトさんにただならぬ事情を感じてしまった。


「あの、クラフトさん……一体どうしたんですか?」

「イル……大変なことになっちまった……。リリーフがクイーンキラービーに襲われたんだ」

「えっ……」


 一瞬、頭が真っ白になった。

 リリーフがクイーンキラービーに襲われた? キラービーの親玉であるクイーンに? どうして? そう問う前にクラフトさんが事の経緯を話してくれた。






 今から数時間ほど前、リリーフは仕事の休憩がてら外へ散歩しに出ていた。

 最近はキラービーの被害が近くの町にまで出ているので、スタービレ内では落ち着くまでよその町の移動は避けるようになっていたけど、好奇心旺盛の子どもがたまに冒険者の真似事をして町を出ようとする事例がいくつかあった。

 それを知っていたリリーフはコソコソと人に見られないように動き回る子ども達を見つけ、すぐに目を光らせ怪しんだ。

 木を削って出来た不格好な剣を背中に装備して、いかにも冒険者ごっこをしていそうな子達は少しずつ町から離れていこうとする。


「こら! あんた達どこに行こうとしてるの!?」

「ゲッ! 見つかった!」

「べ、別にどこも行こうとしてねーし! ただ隠れてるだけだっての!」


 そこは元農家が住んでいた土地で、長年人の手入れがされていないせいで畑だった場所は雑草が生い茂っていた。

 町の端に当たる場所なので、その荒れた畑を抜ければ町を出られるらしく、子どもなら隠れられそうな草むらに彼らは身を縮めて移動しようとするので、それを見兼ねたリリーフは子ども達の進行を阻止し、説教を始める。

 町の外には魔物がいること。特に今はキラービーが近くの町を襲ったことや、町の中で平和に暮らせるのは憲兵や冒険者のおかげなど、くどくどと説明をして子ども達に反省させたそうだ。


 子ども達のこってり絞られた様子を町の人達が苦笑いしながら見守っていそのときだった。

 ガサリと、草むらからそれは姿を現した。成人ほどの大きな蜂だ。皆の視線は一気にそれへと集中する。


「キ、キラービーだ!!」


 誰かがそう叫ぶと町の人達に動揺が生まれた。すぐに逃げ出す者、隠れる者、腰を抜かして動けない者、騒ぎで混乱するのは早かった。

 目の前に現れた魔物の存在にリリーフは息を飲む。相手は明らかに近くにいる自分達をロックオンしているのがわかったから。

 お尻の毒針がいつこちらに向けられるかわからない状況。彼女は逃げることが敵わないと察し、ゆっくりしゃがみ込んで怯える子ども達を自分の元へ寄せたその瞬間、キラービーが襲いかかった。


 リリーフは子ども達を守ろうと自分を盾にしようと彼らを強く抱き締め、キラービーに背中を向けた。

 ドスッと刺される背中にリリーフは顔を歪める。


「あ、ぐっ……!」


 必死に子ども達だけは守ろうとその手は離さず、身体を丸める。

 何度か刺されたが、動かないリリーフに飽きたのか、それとも死んだと思ったのか、キラービーはその場を離れ大きく鳴き声を発した。

 そしてそのキラービーは他にターゲットを変えたのか、逃げ惑う町人を追いかけ、町の中へと入って行った。


 力が抜けたようにリリーフは倒れ込み、子ども達が泣き喚く中、隠れていた町の人達によって彼女はベーカリー・リーベのクラフトの元へ連れ戻してくれた。






「━━それが一部始終見ていた町の奴らの話だ……俺は急いで医者を呼んだが、刺された患部を見てキラービーじゃなく、クイーンキラービーに刺されたっつってよ。普通のキラービーより毒の回りが早くて、一日足らずで命を落とすから一刻も早く毒消し草を使ってやらなきゃなんねぇのに……!」

「そ、そんな……。でも、毒消し草ならお店に売ってるんじゃ……」

「品薄状態なんだってよ……! 近くの町にキラービーの被害が出たからこっちに回る毒消し草が少ない上に、キラービーに備えて確保してる奴も多くてどこもねぇんだ」

「あ、でも私解毒魔法が使えます!」

「いや……残念だが、普通の解毒魔法でもクイーンキラービーの毒性の方が強いんだ。医者の話じゃ毒を受けてすぐなら効果はあったが、すでに数時間も経ってるから意味がねぇ……」


 デトックスが使えるのにクイーンキラービーの毒はそこまで強力なのか。

 どうやらデトックスは外部の毒を除去するのは早いが、強力な毒が内部まで進行していくと毒消し草でなければ解毒は難しいそうだ。

 「レベルの高い者の魔法なら効果はあったかもしれねぇが……」と呟くクラフトさんの言葉を聞いて私は自身のレベルではリリーフを助けられない無力さを知る。

 悔しそうに拳を握り締めるクラフトさんを目にして、毒消し草を持っていないことやレベルが高くないことが申し訳なくて仕方ないし、リリーフが危ない状態だということを知り私も気が気じゃなかった。


「こうしちゃいられねぇ。リリーフの容態を見て毒消し草持ってる奴を探しに行かねぇと」

「ま、待ってくださいクラフトさん! 私もリリーフの所に行ってもいいですかっ? それに、今町の中ではクイーンキラービーが動き回ってるんですよね? クラフトさんも襲われたら危ないです!」

「それはお前もだろ? 俺は大丈夫だからイルは家にいな」

「私も大丈夫ですから! 追い払えるくらいの力はありますし、リリーフのことが心配なんです!」

「そう、か。じゃあ、来てくれ。その代わり急ぐぞ!」

「はい!」


 急ぐということなら私の魔法を使おう。

 自分の足とクラフトさんの足にハイスピードの魔法を発動する。こうすれば足が速くなるので普通に走るよりも短い時間でリリーフの元へ駆けつけられる。


「これで速くなるのか?」

「はい。人にぶつからないようにだけ気をつけてください」

「おう!」

「レスペクト。レイヤ達が帰って来たらリリーフの所にいるって伝えといて……」

『……変なことに首を突っ込むなよ』

「うん、わかった」


 戦闘訓練施設に行ってるためレイヤとプニーは自宅に居ない。

 そのため、レスペクトに伝言してもらい、私はクラフトさんと一緒に急いでリリーフの元へ向かった。


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