たい焼きの焼き型と伝わらない絵心
翌日、レイヤとプニーを連れてアッシュさんの仕事場である鍛冶屋へと向かった。
「アッシュさん、こんにちはー」
「お? なんだ、イル。男連れとはやるじゃねぇか」
訪問するとアッシュさんはレイヤを見てニヤニヤ笑いながら茶化してくる。
……この前のアドといい、私とレイヤはそんなふうに見えるのだろうか?
「違いますよ、アッシュさん。彼は友達のレイヤ。アッシュさんに作ってもらいたいものがあって一緒に来たんです」
『僕もいるよー。よー』
「ふふっ。この子が従魔のプニーです」
「あぁ、そいつが噂の」
「……プニーも噂に?」
「まぁ、ここは鍛冶屋だし、冒険者がよく出入りするからな。カトブレパスの他にも喋るスライムを従魔にしただけじゃなく、誘拐にもあったがカトブレパスと憲兵を引き連れて救出したとか」
「あはは……」
よくご存知で……。いつも思うんだけど、そんなに小さな町ではないのに噂はよく広まるなぁ。
「それで作ってもらいたいものって?」
「あ、うん。アッシュさん、たい焼きの型って作れますか?」
「たい焼き型?」
「あの、タイって魚を模した焼き型なんですけど……」
レイヤがそう答えるとアッシュさんは顎髭を触りながら眉を寄せた。
「タイ……聞いたことねぇな。どんな形か描いてもらっていいか?」
近くに置いていたスケッチブックを取り出し、何ページか捲ってから鉛筆と共にレイヤに差し出したアッシュさん。
おそらく普段からこうやってデザイン画を描いてもらい、それに沿ったものを作ってくれているのだろう。
「……わかりました」
スケッチブックと鉛筆を受け取ったレイヤは少し間を開けて返事をする。
タイとは難しいビジュアルなのか、レイヤの手はなかなか進まなかったが、しばらくしてから悩みながらも描き始めた。
「出来た……が、多分伝わらない気がする」
はぁ、と肩を落としながら溜め息をついて渡したスケッチブックをアッシュさんと共に覗いて見る。
「……」
「……」
そこには子どもが描いたような落書きともとれるイラストがあってアッシュさんと一緒に絶句してしまった。
魚のしっぽの形だけはなんとかわかるけど、全体的に黒く塗り潰されていてよくわからない。
「……黒いな」
「……魚の形はしてるね」
「絵、描くの駄目なんだよ……」
少し恥ずかしげに頬を掻くレイヤによると、黒いのは焼き型が黒いから塗り潰したそうだ。
タイの形だけ描いたら良かったのに……と思うけど、この画力だと塗り潰さなくても結果は変わらない可能性がある。
まさかレイヤがここまで壊滅的な絵を描くとは思わなかったけど。
「タイって魚はよくわからねぇが、見た感じキャノンフィッシュに見えなくもないな」
「キャノンフィッシュ……?」
「海にいる魔物だよ。黒くて大きくて、姿は丸いから確かに絵と似てる感じはするかな。でも、実物は重量があって体当たりする威力が凄いの。大砲の弾みたいな魚だからキャノンフィッシュって名前らしいよ」
子どものキャノンフィッシュは砲丸みたいな重量と手のひらに乗るサイズなんだけど、大砲の弾サイズになる大人の重量はさらに重くなるので大人のキャノンフィッシュと戦うのは一苦労するらしい。
皮も身も硬くて食用には向いていないんだけど、素材には重宝されているとのことだ。
「あー……とりあえず魚っぽい形になればなんでもいいです。そのキャノンフィッシュっていうのを参考に焼き型を作っていただければ結構ですので」
「それでいいの?」
「形はあまり気にしてない。食べる材料が変わるわけじゃないし」
タイの形じゃなくてもいいのかなと思って聞いてみたが、レイヤはすでに諦めたのか、それっぽい形ならなんでもいいというスタンスになっていた。
うーん、せめてタイの写真とか実物があればアッシュさんもそれに似せて作ってくれたのだろうけど。
「あぁ、わかった。キャノンフィッシュの焼き型で請け負うぜ」
「はい。あの、挟んで焼くタイプでお願いします。ワッフルを作るみたいな」
「了解。他に付属するもんはあるか?」
「いえ」
アッシュさんとレイヤが注文内容を確認しあっている間、アイテムバッグから昨日作っていたサバランを用意する。
注文が完了したのを見計らい、アッシュさんにお皿ごと差し入れとして渡した。
「アッシュさん。昨日サバランを作ったのでどうぞ」
「おぉ! いつもすまんな!」
「ラム酒たっぷり染みて美味しかったですよ」
「そりゃ楽しみだな」
サバランを受け取ると、彼はすぐに手掴みで食べ始めた。豪快である。
「しっかし相変わらずイルんとこのカトブレパスから取れる生クリームはうめぇな」
髭についたクリームも舐めつつ、サバランの中心に乗っている生クリームを見て彼はしみじみと呟いた。
「そもそも生クリームなんざいい値するのによく差し入れしてくるよな。サバランなんて生クリームのないやつしか食えねぇからよ」
「アッシュさんにはいつもお世話になってますので」
「それはありがたいが、あんまり誰彼構わず高価なもん食わせるなよ? ただでさえ噂が広まりやすいんだから知られちまったらお前さんの所にカトブレパスのミルクを寄越せって押し寄せるかもしれんからな。だからワシはあえてイル経由で生クリームを食わせてもらったなんて口にしてないんだからよ」
確かに。レスペクト狙いの悪い人が掻っ攫おうと来ては彼に返り討ちにされるのだけど、普通に私の元に訪ねて頼まれたら困るかな。……我ながら断りきれなさそうで心配だ。
『イルが困ったら僕が助けるのー! のー!』
「ははっ。そりゃ頼もしい護衛だな。まぁ、カトブレパスもいるから危ない目に遭うことはそうそうないだろうけど、危機感を持って自分で対処出来るようにしとけよ。お前さん、ただでさえ知名度が上がってんだ。一人の所を狙われることもあるからな」
「うぅ、肝に銘じます……」
その可能性がないとも言いきれない自信がある。……いや、身の危険があれば恐ろしくてぶっ放したくない魔法を使えばいいんだろうけど、魔法などで人を殺める術殺だけは避けたいところだ。
「そういや王都じゃ牛の乳から作った生クリームが普及し始めてるそうだ」
「えっ? そうなんですか?」
牛のミルクから生クリームを作るにはコストがかなりかかるし、味も大きく落ちるためカトブレパスのミルクより安価で手に入るとしてもあまり購入する人は多くない。
だから牛から作る動物産生クリームより、カトブレパスから取れる魔物産生クリームの方が手間もかからず、美味しく、高く売れるのでカトブレパスを飼っている農家はウハウハだろう。
「なんでも味が大幅に良くなったそうだ。それでもカトブレパスの生クリームには劣るが、美味しく食うには問題ないみたいでな。それで値段も安いから一般市民にも手が届きやすくなったんだとよ」
「それは凄いですね! もっと色んな人に生クリームを味わってもらえるし、生クリームを使ったスイーツも食べられるわけですし!」
「イル……一応お前さんにとったら商売敵みたいなもんだろうが。カトブレパスでミルクを売ってる奴らはすでに契約を打ち切られてる所もあるんだからよ。もしかしたらイルがミルクを届けてるパティスリー・ザーネも動物産に乗り換えて契約を打ち切るかもしれんだろ」
「そのときはそのときかと。元々うちのレスペクトのミルクを売るつもりはなく、私個人のスイーツ作りに使いたかっただけですので」
「……商売人に向いてねぇなお前さんは。宝の持ち腐れだろ」
「従魔として傍にいてくれるだけでありがたいですので」
きっとアッシュさんは心配してくれてるのだろうな。そんな何も気にしない私の答えに彼は呆れたように溜め息を吐き捨てたけど。
「お前さんがそれでいいならいいんだがな」
「はいっ」
こうして世間話を終え、鍛冶屋をあとにした私達は買い物をして家に帰ろうとしていたところ、不意にレイヤが呟いた。
「……イル。もし、生活が苦しくなっても俺も協力するからな」
「えっ? あ、ありがとう?」
真面目な表情だから何を言うのかと思えば。
……もしかしてレイヤも心配して気遣ってくれたのだろうか。でも確かに初めて会ったときはちょっとギリギリな生活だったからね。
なんだかみんなに気遣われ、心配させて申し訳ないな……しっかりしないといけない。
「レイヤ。私、頑張るから! レイヤに苦労はさせないからね!」
「俺は別に苦労だとは思ってないけど……」
「でも、レイヤに迷惑はかけられないからね。それに私も定職した身だから! ……続くかはわからないけど」
「知り合いの店なら大丈夫だろう?」
「レイヤ……私、イストワール様からレシピブックを受け取るまでの約一年間、勤めた仕事場は潰れたり、よその町に移転したり、因縁つけられてそのままクビになったり、不当な解雇を受けたりしてたの。短期間のお仕事なら今のところ上手くいってるんだけど、長期的なものになるとなかなか続かなくて……」
思い出しただけでズーンと気持ちが沈む。出来ることならザーネさんのお店に迷惑かけないでいたいんだけど、私の不運がどこまで発揮するかわからない。
「駄目ならまた次を探せばいい。どうしても長期間の仕事が続かないなら上手くいく短期間の仕事を探せばいいし、悲観しなくてもいい。冒険者も単発仕事みたいなものだからな」
「……レイヤって前向きなんだね」
「前向きかはわからないけど、自分に合う働き方が一番だからな。……結局俺は合わない仕事しかしてこなかったが」
ぼそりと呟いた言葉はあまり聞き取れなかったけど、独り言だったようなので深くは聞かないようにした。……どこか哀愁が漂っていたし。
『イルー。イルー。僕も頑張るよー! よー!』
「ありがとう、プニー。優しいね」
プニーも張り切るようにアピールをするので褒めてあげると機嫌良さげに身体を揺らしていた。
そんなときだった。すれ違った男の人達の会話が耳に入る。
「そういや、近くの町に出たキラービー。大体は駆除されたけど、肝心なクイーンキラービーを逃したらしいぜ」
「マジかよ。親玉なんだからそいつを倒さない限り安心出来ねーじゃんか」
な、なんと……。この前聞いたキラービーの出現からなんとなく気にはなっていたけど、殺人蜂のボスを逃したのは痛いところだ。
早くクイーンの方も退治されますようにと願いながら私達は夕飯の買い出しに向かった。




