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商業ギルドの姉と雇用手続き

 ベーカリー・リーベにてガーリックトースト、クロワッサン、食パンを購入してアイテムバッグにしまう。

 ガーリックトーストは夕飯の付け合せに。クロワッサンは明日の朝食用に。食パンは昼食用のサンドイッチに。

 ベーカリー・リーベの卵サンドも美味しいのだけど、たまには自分で作るのもいいものだ。


「ほんと、ツイてないわね」

「あはは……」


 レジに立つリリーフが呆れたように呟く。クラフトさんと一緒に店を訪れたときは前掛けをする私を見て訝しげな顔をしていた彼女も、その理由を話したら軽く溜め息をつかれてしまった。


 クラフトさんにはリリーフの分と共にモンブランを差し入れすると太陽のような眩しい笑顔でお礼を告げ、店の奥へと引っ込み仕事を再開したので店頭にその姿はない。


「でも、そのおかげでクラフトさんに優しくしてもらえたから脈アリだと思うんだけど!」

「夢見るのもいい加減にしなさい!」

「いだっ!」


 自信満々に将来娘になるかもしれない友に豪語したのに彼女は私に強いデコピンを食らわせた。めちゃくちゃ痛い。


「パパはママ一筋だって何度言えばわかるのよ!」

「うぅ……でも、いつかは新しい恋をする可能性だってあるでしょ……」


 ヒリヒリする額を押さえながら唇を尖らせて物申すが、リリーフの目つきが鋭くなるだけだった。

 その様子にひぇ、と怯えてしまったけど、彼女はすぐに溜め息を吐き捨てる。


「……その可能性があればね」


 そう呟く友人は一瞬だけ悲しい眼差しをしていたが、すぐに「このあと商業ギルドに行くんでしょ。早く行きなさい」と言われ、そうだと思い出した私はリリーフに挨拶をして急いで商業ギルドへと向かった。

 時間も置いたし、そろそろザーネさんも商業ギルドに話を通しているはず。


 商業ギルドへ足を踏み入れ、そのまま働き手募集の掲示板へ向かう。

 パティスリー・ザーネの募集の張り紙はどこかな~と上から下まで順番に目で追っていく。


 ……が、しかし。


「あれ?」


 首を傾げてしまう。どこにもパティスリー・ザーネの求人張り紙がなかったからだ。

 もしかしてザーネさんがすでに募集を停止するようにギルドの人にお願いしたのかもしれない。

 でも、私より優秀な働き手が来るかもしれないのに気が早すぎなのでは?


「あ、イルさん! お話は伺ってますので受付へどうぞ」


 受付から職員であるレアーレさんに声をかけられ、彼女の元へ向かう。


「すみません。求人の張り紙はザーネさんから取り下げるように頼まれましたのであちらにはもう掲示していないんです」

「そうだったんですね。でも、そんなに急がなくても良かったのに……」

「ザーネさんも早く求人を止めたかったのかと思います。色々と大変そうでしたので」


 どういうことだろう? そう尋ねようとする前にレアーレさんが先に口を開いた。


「ザーネさんって女性に人気なんですよ」


 確かに整った顔をしているからそう言われるのも納得だ。うんうんと頷くと彼女は眉を下げて困り顔で語った。


「料理大会で優勝したこともあり、知名度が急激に上がったことで彼のファンが沢山出来たんです」

「凄いですねー。モテモテじゃないですか」

「ですが、素直に喜べないこともありまして……。そんな人気のザーネさんのお店が求人を出したところ、たちまちに女性の求職者が集って商業ギルド内で募集用紙を奪い合う騒動になってしまったんです」


 よほど凄かったのか、レアーレさんが遠い目をしていた。

 募集していたのはパティシエかカフェと販売両方を担当する店員だった。

 この場合殺到したのが後者の方であまりにも多い希望者によりザーネさんが纏めて面接をし、なんとか絞り込んで研修期間として雇ってはみたものの、パティシエであるザーネさんと店員ではあまり顔を合わすことが出来ない。

 そのためか、ザーネさんファンの子が用もないのに仕事中の彼の元へ話しかけに来るため集中出来ないし、他の仕事仲間にも迷惑をかけるのですぐに研修終了してお断りをしたそうだ。

 その後も似たようなことがあり、ザーネさんも頭を抱える始末だったという。

 うん……なんというか、人気者も大変で、気苦労もしたのだろうなぁと同情してしまう。


「だから募集する人材条件を引き上げたりしたんですが、それでも条件に満たない人が『一度仕事をさせてください!』と受付に詰めかけてくる始末でいつもその対応に追われてました……」

「それは……お疲れ様でした……」


 条件に満たない人がどれだけお願いしても職員の人は手続きが出来ないためお引き取りを願うしかない。

 ザーネさんの負担は減ったが、今度は商業ギルドの負担が増えたそうで、そのことでまた彼は頭を悩ませたそうだ。


「でも、先ほどザーネさんが『イル様を雇用出来るかもしれないので求人を下げていただけますか。後ほどいらっしゃるはずですので契約の確認だけさせてあげてください』と言いに来てくださったときは職員達は嬉々として募集用紙を剥がしました。ありがとうございます!」


 レアーレさんの笑顔が眩しい。恐ろしく大変だったのだろうけど、私もまだパティスリー・ザーネにとって使える人材かはわからないので、ぬか喜びにならないか心配である。

 ……というか、そこまで期待されるとプレッシャーが半端ない。


「で、でも、もし私が駄目だったらまた募集かけるかもしれないですので、そのときは……その、すみません……」

「大丈夫です! ザーネさん目当てで仕事を受ける人に比べたらイルさんは神です! 自信を持ってください!」

「は、はい……」


 目を輝かせながら、さらに受付のテーブルを乗り越えそうな勢いで身体を前のめりにさせるレアーレさんに思わず頷いてしまう。圧が凄い……。

 しかし、さすがに彼女も少し熱くなってしまったことを自覚したのか、ハッとしたあとコホンと咳払いをして恥ずかしげな表情で謝罪をする。


「も、申し訳ございません。つい舞い上がってしまって……」

「いえいえ。私も一日でも長く勤めるよう頑張りますので……」

「イルさんはそんなに気負う必要はないですよ。いつも通りで大丈夫ですから」


 にっこりと笑って励ますレアーレさんに少しだけ心が軽くなる。


 その後、パティスリー・ザーネの仕事内容や給料の確認をして、特に問題がないのでそのまま仕事を受けることに決めた。

 レアーレさんに手続きをしてもらい、ザーネさんからの言伝で初日の勤務はいつからでもいいとのことだった。


「制服は支給で靴は動きやすい物を履いてきてくださいとのことです」

「わかりました。ありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます。また商業ギルドに来てくださって嬉しかったです」


 確かにレスペクトのミルクを売り始めて、商業ギルドカードに販売者の印字をしてもらってからあまりここに顔を出す機会は減った。

 せいぜいお金を預けるか引き出すかくらいだろうか。まぁ、冒険者ギルドでも出来るので今はそちらに訪ねる方が多いんだけど。


「あ、もちろん冒険者としての活躍も応援しています! 冒険者ギルド長のお気に入りだと弟から伺ってますよ」

「弟……? レアーレさん、弟がいたんですね」

「はい。冒険者ギルドに勤めているフロワが私の弟なんですよ」

「えっ!? フロワさんのお姉さんだったんですか!?」


 そう言われると確かに顔も似ている気がするし、ダークブルーの髪色は二人とも同じだ。

 弟が冒険者ギルド職員、姉が商業ギルド職員として働いていたとは。


「いつもお二人にはお世話になっています」

「いいえ。こちらこそ、弟の態度にご迷惑をかけてしまっているのではと気がかりでして。何せ弟は言葉がキツかったり、愛想もそんなに良くないので……」


 ……思い返してみればレスペクトの討伐を取り下げてほしいとお願いしたときや、プニー誘拐事件解決のためにレスペクトを町に入れたいとお願いしたときもいい顔はしてなかったっけ。


「でも、フロワさんはとても真面目で仕事にも一生懸命ですよね」

「融通が利かないんですけど……でもあの子なりに頑張ってるので悪く思わないでいただければ」

「彼にはお世話になっていますので悪く思うことはないですよ。ただ、いつも大変そうだなとは感じてますが……」


 徹夜だったり、上司からの圧があったりと見ていて大丈夫かなと思うときもあるくらいだから。


「そうですね。確かに私も無茶しないようにっていつも口酸っぱく言ってます」

「私からも無理はしないようにと伝えてください」

「はい。ありがとうございます」


 レアーレさんとのお話もそこそこに商業ギルドを出て自宅へ戻った。


 家の傍にある大きな木の下がお気に入りなのか、いつもそこで身体を休めているレスペクト。

 帰宅すると簡単に今日はこんなことがあったと報告をするんだけど、そんなことでいちいち報告するなとよく言われる。

 でも、なんだかんだ言って彼はちゃんと話を聞いてくれるからついつい話をしてしまう。

 そんなノリで「今日はね、私が働く仕事先を見つけたんだ」って話したら空気が若干重くなった。

 ……おそらく、レスペクトの機嫌が悪くなった思われる。

 相変わらず目を毛で隠してるから表情は読み取れないけど、その分背後に漂う雰囲気というかオーラはわかりやすい。


『……私の稼ぎでは満足出来んと?』


 そんな亭主のような言い方しなくても……なんて言える雰囲気ではない。


「いやいやっ、そうじゃないんだよ! レスペクトに養われてる分で十分なんだけど、私自身が働いていないのもいい大人としてどうかなと思うからちゃんと職には就きたくて……」


 改めて魔物に養われてるって口にするとなんだか情けない気がしてきたな……私自身は健康そのものなんだし。


『お前は私の従者だろう。私のために働け』

「ええと、その通りなんだけど……ほら、レスペクトもいつまで私の傍にいるかわからないでしょ? ここから出て行く可能性もあるし、もしかしたら寿命とかくるかもしれないし。そうなってすぐに仕事を探しても見つからないと思うから、今のうちに一人でもちゃんとやっていけるようにはしなきゃ」


 もし、金銭が底についても仕事が見つからなかったら生きるのさえギリギリすぎてキツいからね……リリーフ達にもまた迷惑がかかりそうだし、レスペクトばかりに頼ってはいけない。


『……。フン。自立する心意気は悪くない。だが、勘違いするなよ。私の寿命などお前達人間よりも遥かに長い。お前と私ではどう考えてもお前の方が先に命が尽きるだろう』

「凄いね。そんなに長生きなんだ?」

『……ついでに言っておくが。私は飽き性ではないからな』

「そうなんだね」

『……。もういい。勝手にしろ』

「え? え、うん? ありがとう……?」


 なぜか溜め息を吐き捨てられて、ふいっと顔を逸らされてしまった。


 それにしても私が久々に仕事を始めることでレスペクトが渋るとは思わなかったなぁ。

 危なっかしいと思われてるのだろうか? 別に初めて仕事をするわけじゃないのに彼は心配性である。


「レスペクトって本当にお父さんみたいだね」

『口も身体も動けなくなりたいのか?』

「ご、ごめんなさい……」


 遠回しに邪視を発動するぞと脅されてしまったので、自分の身の安全のため素直に謝罪をした。


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